第50話 メスガキわからせシャーク

「それでは、お気をつけて……」


 俺達は馬車に乗って、騎士に見送られて町を出た。王都ではない。ここはホリムランドの国境の町アコレ。特に何の特徴もない田舎町であるが、ここから北は大樹海が広がり、人は住んでいない、通称『まっくら森』。


 王都からアコレの町までは馬車で2週間。アコレの町にはホリムランド国軍が駐留しており、魔族の攻撃を常に警戒している。最前線の町ということもあってもっと殺伐としていると思っていたが、意外にも普通の町とそんなに変わらない雰囲気だった。魔族の気配も感じない。


 ここから先は人の理の及ばぬまっくら森。何が起こるのか分からない。見送りの騎士も心配そうにしていた。


 人と魔族は辺境で小競り合いをしているとは聞いていたが、実のところ人はこの森に全く足を踏み入れられないでおり、たまに森の外に出て家畜や人を襲う魔物から防衛している程度らしい。


 昼なお暗く、夜は光苔で明るい。魚は空に、小鳥は水に。卵が跳ねて、鏡が歌う。まっくら森は不思議なところ。近くて遠い、まっくら、暗い暗い。


 全く常識の通じない不条理な場所。その森の奥に魔王が根城にしている魔王城があるという。女王エイヤレーレと魔王の会談を設定するべく使者を出したが、結局彼も帰ってくることはなかった。


「陛下、申し訳ありませんが、馬車はここまでになります」


 馬車の通れる道があるのは森の入り口まで。俺とペカとエイヤレーレ、それに身の回りの世話をする数名の従者(騎士ですらない)を残して馬車は戻っていった。


 一国の元首に対してあんまりな仕打ちだとは思うのだが、宰相アグンをはじめとする高級官僚達はもうエイヤレーレの妄想には辟易としており、付き合う気力はない。


 その上ここに来て「魔王と会談の場を持ちたい」という急な申し出にまともに取り合う気はなかったのだ。いや、ヘタすればいい厄介払いができた、とでも思ってるかもしれない。


 俺を先頭に一行は暗い森の中を進む。エイヤレーレを中心に、殿しんがりはメスガキの勇者ペカが務める。この呼称はどうにかならんのだろうか。というかペカはホントに『勇者』なんていわれるほどの実力があるのか?


 俺は常時「サーチ」を出しっぱなしにして周囲を警戒する。正直このサーチ自体かなり怪しい魔法ではあるが、今は頼れるものは何でも頼りたい。魔族がどういう奴らなのかが全然分からないからだ。


「来るぞ」


 赤い光点が近づいてくる。それも結構なスピードで。みんなが身構えるが、俺はそれを制して木の陰に隠れるように指示した。まずは見極めたい。


 魚は空に、小鳥は水に。


 そんな話をエイヤレーレから事前に聞いてはいたが。


 俺の目の前に現れたのは、巨大な一匹のサメだった。


 それも頭が三つある。


 トリプルヘッドシャークが悠々と木々の間を進んでゆく。まるで水の中を泳ぐが如く。それにしても窮屈そうだ。一本のサメの体に同じサイズの頭が三つついてるんだから当然か。シュールすぎる。


 しかし、シュールだが……怖い。


 全く感情というものの読み取れないホオジロザメが歯をむき出しにして、それも三列。その時、カチカチと音が聞こえた。


 まずい、ペカが恐怖のあまり震えて歯の音が聞こえてる。ピクリと反応したサメの三つの頭が彼女の方に振り向く。


「ひ、ひぃ……」


 どうやら腰が抜けて動きが取れないみたいだ。ペカと目の合ったサメは超高速でこちらに向かってくる。


「イヤーッ!!」


 俺のファイアボールが命中。しかし一頭だけだ。こちらに向かってきているトリプルヘッドシャークの胴体は狙えない。もう一発。これも命中。だがその間に俺とサメの距離はゼロになっていた。最後の一頭が……


「ぐぅッ!!」


 何とか後ろに下がって噛まれるのだけは避けたが、俺は頭突きを食らってしまって後ろに吹っ飛び、木の幹に叩きつけられた。


 あばらが折れてる。呼吸ができない。痛みで魔法が使えない。回復魔法で怪我を治さないと……だがその前にサメが突っ込んでくる……せめて、もう少し時間があれば……


「ざ、ざぁこ♡ ざこサメ♡」


 ピタリ、とサメの前進が止まった。


「軟骨魚♡ 化石に歯しか残らない♡ メガロドンなんてほんとはただの口だけデカい普通の魚だったんじゃないのぉ♡」


 ペカ? ペカがシャーク煽りでサメの気を引いてる。しかしその顔は恐怖に蒼白になっており、足は震えている。


「このよわよわ生物♡ シャチに一撃で殺られる♡ 骨格すっかすか♡」


 どうやらこの煽りはサメに大分効いたようだ。無理もない。あれだけ凶悪な面してるくせに水族館でショーやってる奴に体当たり一撃でやられるんだからな。やはり肋骨のある生物は違うぜ。


 鬼気迫る雰囲気でゆっくりとペカの方向に向きを変える。一方のペカは恐怖のあまりその場にペタンと座り込んでしまった。


 その隙に俺は慣れない回復魔法で怪我を回復する。ペカ、やはりメスガキと言えどお前は勇者だ。立っていることができないほどに恐怖に支配されているというのに俺のためにサメを煽って時間稼ぎをしてくれるなんて。


「よっわ♡ 所詮魚♡ ペカみたいな哺乳類にザコサメが勝つつもりぃ? 笑えるぅ♡」


 よほど頭に来たのか、サメはペカに恐怖を与えるためじわじわと彼女に近づく。ペカは恐怖のあまり涙を流しているが、しかしそれでも煽るのを止めない。


「ざ、ざぁこ♡ 捨てるところがない♡ 肝油はサプリに♡ 肌はおろし金に♡ 余すとこなく消費される♡」


 だらり、とサメの口からよだれが垂れ、糸を引いて地面に落ちる。


「ちゅ、中国人にはヒレだけ取られて……捨てられる♡」


 まずいぞペカ!  それを口にしたら戦争だろうが! 治療の終わった俺は急いで両手に魔力を込めるが……激昂して襲い掛かるかと思われたサメはその場にどさり、と落ちた。


「な……何が起きたんだ?」


 どういうことだ? 二つ頭を潰したダメージが今きたのか? そんなばかな。なぜ落ちたんだ?


「サ……サメには遊泳性と底生性がいて、遊泳性のホオジロサメは前に進み続けないと呼吸ができないから……♡」


 サメに詳しすぎだろうこのメスガキ。


「そりゃあ、サメ魔法は魔族が使う魔法としちゃ有名だからね♡ このトリプルヘッドシャークもきっと魔族の使い魔よ♡ そんなことも知らないのぉ♡♡♡」


 知るわけないだろ、なんだよサメ魔法って。


「ぎゃああぁぁぁ!!」


 従者の声。振り返ると巨大なサメに従者の一人が飲み込まれるところだった。だがそれだけじゃない。他の数名の従者もサメの後ろから伸びて来る吸盤のついた触手に捕まっている。


「た、助けて! ケンジ!!」


 なんてこった。エイヤレーレも捕まってる!! 従者の一人を掴んだ触手がサメの口の中にそれを放り込むと、サメの口は閉じ、従者は足だけを残して飲み込まれた。


「な、なんだこりゃ……」


「シャークトパス!!」


 なんだと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る