第40話 カルタゴ滅ぶべし

『……ということで、埼玉三区から出馬しているカルナ=カルア議員が選挙区の有権者の子供に白昼堂々と買収をした、ということになりますね』


『全く嘆かわしい事件です。こういうところにやはり民自党一強の驕り、昂ぶりが現れてるということでしょうね。民自党議員は全員腹を切って死ぬべきでしょうね』


『その通りですね。民自党滅ぶべし。以上、カルナ=カルア議員の公職選挙法違反に関するニュースでした。それでは次のニュースを……』


 俺はリビングのテレビのスイッチを消した。


 ……マジか……確かにあのファミレスの会計、カルアミルクに払わせたけど……それだけでこんなことになるとは……


「ケンジさん……」


 やめろ、そんな目で見るな、ベアリス。


「すっごい頭脳プレーしますね……正直ドン引きです」


 俺は何もしていない。


 なんなのこれ? どうなってんの? 結局俺が何かしてもしなくてもあいつはどんな世界でも炎上する運命なの? なんか可哀そうになってきた。


「ともかくこれで邪神側の尖兵は一人始末したわけですね。じゃあ次のターゲットを……ん?」


「どうしたベアリス……?」


 ベアリスが何かに気付いたようで視線を宙に彷徨わせている。俺も何か嫌な予感がした。こんな時は……


「サーチ!」


 まさかこの世界で使うことになるとは思ってなかったが、俺は索敵画面を脳内に広げる。


 赤い光点が二つ。敵だ!


 外は暗くなり始め、もうすぐ夕飯の時間だが俺とベアリスは急いで外に出た。何が起きてるんだ? 周りは無関係の、緑の光点が無数に輝いている。俺は紅い光点に向かって全力で走った。


「ひいぃ……」


 人通りの少ない路地裏。二匹の巨大な化け物に女子高生が捕まっていた。脂肪の多い巨体に豚の頭。前に見たことがある。これはオークだ。なんでこんな奴らがこの世界に!?


「ぐおお……」


 オークの内の一匹が女子高生の腕と頭を掴んで首筋に噛みつこうとする。


「イヤーッ!!」

「グワーッ!!」

「イヤーッ!!」

「グワーッ!!」


 俺は二匹のオークにそれぞれ一発ずつファイアボールを放って肉片に変えた。よかった。まだ試してなかったから少し不安があったけどちゃんと攻撃魔法も使えるままだ。


 女子高生は腰が抜けたのか、情けない悲鳴を上げながら四つん這いのまま逃げていった。


 少し遅れてベアリスが到着し、オークの死骸を見て驚愕している。


「一体どういうことだ? なんでこんなファンタジー化け物がこの世界にいるんだ? もしかして似てるだけでこの世界は俺がいた世界とは違うのか?」


「いえ……この世界にはこんな化け物はいない筈です。ただ……一つ可能性として考えられることはあります」


 死骸の処理が面倒だった俺はオークの残骸を放置して、家路につきながらベアリスの話を聞く。別に俺の責任じゃないし、隠さなきゃいけないわけでもないからな。


「多分……邪神の、ガチの尖兵です」


 ガチの尖兵ってどういうことだよ。やっぱりお前も民自党がガチの邪神の尖兵だとは思ってなかったって事じゃねーか。


 しかしそれはまあどうでもいい。なんでそんなものがこの世界にいるんだ。


「まあ、多分私がいるからでしょうね」


 少し俺は考え込む。


 そう言えば前に、神が世界に干渉できるのは息のかかった人間を送り込むことくらいだと言ってた。善神が直接干渉するようなことがあれば、邪神側も本腰を入れて対応してきて、そんなことになれば泥沼の戦争になってしまうとかなんとか……まさか?


「私がこの世界に来ちゃったから、邪神側もなりふり構わずこの世界にいないような魔物を送り込んできたんですよ」


「ちょっと待ってよ……?」


 え? 嘘だろ?


 というかベアリスがこの世界に来たのって、『ヒロインがいないから』とかいう超くだらねー理由だったよな?


 その報復が?


 人食いモンスターの派遣?


「全然割りにあってねーじゃねーか!!」



――――――――――――――――



 今日の夕飯は親子丼だった。もはやベアリスは当然のことのように家族と一緒に大喜びでそれをかっ喰らっていた。さっきまでその辺を人食いモンスターがのさばってたのに、切り替えの早い奴だ。


 食事が終わり、それぞれ自分の部屋に戻ってくつろぎの時間。


 お母さんだけはリビングでテレビを見ているが、俺は皿を洗いながらも、悩んでいた。


 正直言って先の展望がまるで見えない。


 俺はこの世界で民自党政権を打倒するべく議員に選出され、世界を変えつつ、さらにどこかから湧き出てくる魔物を討伐しながら生きていくのか……? ハードすぎひん?


 仮に民自党の事は放置するとしても、俺はこの町で正義のヒーローやりながら生きていけるのか? というかよくよく考えたら魔物が出るのってこの町だけなのか? もしかして日本中に?


 その時ニュースの音声が耳に入ってきた。


『それでは次のニュースです。現地時間未明、インドネシアのキンタマーニ島で、巨体に豚の頭の覆面を被った大男たちが町を襲ったというニュースが……』


 オークやんけ。しかもインドネシアだと?


『現地では24人の死傷者が出ましたが、警察が対応してこのテロリストを鎮圧したと報道されており……』


 犠牲者めっちゃ出とるやんけ。俺に女友達がいなかっただけでこんなことに?


『全く嘆かわしい事件です。こういったテロリストの活発化も全て民自党のせいですね。民自党滅ぶべし、です』


『その通りですね。民自党滅ぶべし。以上、ワールドほのぼのニュースでした。それでは次のニュースです……』


「……どうすんだよ、ベアリスこれ」


「どうすると言われても……どうにもできませんが? 私にできる特殊能力は『チェンジ』だけですし」


「嘘つけ! なんか催眠とかやってたじゃねーか! 他にもなんか女神のスーパーパワーでなんとかなんないのかよ!」


「あれはただの催眠術です」


 あんな催眠術あってたまるか。お母さんは言い争う俺とベアリスを怪訝そうな表情で見つめているが、話がややこしそうなので声をかけてはこない。


 しかし、どうにもできない事なんかないはずだ。少なくともベアリスがこの世界に来たことでこんな影響が出たんなら即刻ベアリスだけでも立ち去って邪神と何とか話をつけてもらうしかない。


「それはダメです。私がここを離れたら、ケンジさんちゃんと使命を果たしてくれますか?」


 果たすわけねーだろ。ほっかむりして自分の人生をエンジョイするに決まっとるわ。


「女神は心が読めるって事、忘れてますね? ケンジさんの打算的な考えなんて全部お見通しですから。それに、私が転移をすると、多分関係が深くて近くにいるケンジさんもそれに巻き込まれちゃいます」


「近くってどのくらいだよ。遠くでやればいいんだろ?」


「だいたい一万五千キロくらいです」


 一万五千キロ……海外か……ブラジルまで行けばやれるか? 飛行機代は痛い出費だが、人の命には代えられん。しかし地球の反対側にまで行くことになるなんて……ん? 地球?


 俺はスマホで気になった情報を調べる。


「地球の直径が……一万二千キロ……だと?」


東京サンパウロ間の直線距離が一万八千キロだけど、当然ながら地球の直径はそれより小さいじゃねーか! つまり地球上にいる限り転移に巻き込まれる! なんでそんなに無駄に影響範囲がデカいんだよ!!


 がっくりと項垂れる俺の肩をベアリスがポン、と叩いた。


「諦めて使命を全うしてください。使命が全うしたのを確認したら、自動的に私だけがあの神殿に戻れるようになってますから。そしたら、邪神側も手下を引き下げるはずです」



 俺は……どうすべきなのか。



「お母さん……」


 俺はテレビを見ていたお母さんの向かい側のソファに座った。


「ん? どしたの?」


 これから何が起こるかも分かってないお母さんはとぼけた表情をしている。まあ、当然か。


「これから、長い長い旅に出ることになった。でも、俺は世界の……異世界のどこかで必ず生きてるから……心配しないで」


 お母さんは半笑いで応える。


「な、何よ、涙なんか流しちゃって……迫真の演技ね。永遠とわの別れでもあるまいし」


 永遠の別れなんだ。多分、この世界に戻ってこれるなんて、そんなチャンスはもう二度とこない。それでも、俺がいるだけでこの世界に迷惑がかかることになるなら、俺には選択肢は一つしかない。


「何を言ってるのかは分からないけど、それでもあなたが決めたことなら仕方ないわ……子供って言うのはいつか巣立つものだもん」


 俺は、あふれる涙をこらえきれず、それでも号泣しながら宣言した。


「チェンジ!!」

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