第38話 内政チート
「おいしい! これなんて言うんですか!?」
「カレーよ。ベアリスちゃんカレー食べたことないの? そんなに日本語上手なのに。カレーはラーメン、ハンバーグと並んで代表的な日本料理の一つよ」
お父さんとお母さん、それに姉貴と俺、そしてベアリスの5人は食卓を囲んでカレーライスを食べている。
「ちょっとケンジ」
隣に座ってる姉貴が小声で話しかけてくる。
「なんなのこの子? あんた女の友達なんていなかったじゃない。どっからこんな北欧系銀髪美少女拾ってきたのよ」
まあ……気になるわな。だが俺もどう言ったらいいのか……ベアリスはどういうつもりなんだろう。結局方向性をすり合わせられないまま夕食になってしまった。
「あんたいつも行動が唐突なのよ! 交通事故なんてやったと思ったら急にこんなかわいい女の子家に連れ込んできて……どんだけみんなが心配したと思ってんのよ!」
「フミちゃんなんて取り乱して泣いちゃってたもんね~心配したよねぇ」
「ちょっとお母さん! 言わないでよ!!」
姉ちゃんいつもはぞんざいな扱いなのにそんなに心配してくれてたのか。なんだか申し訳ない。
「ほんと美味しいですね! この……カレー? っていうんですか? 辛くて、香りがよくて! 凄いですね! これ私が食べるために開発されたんですよね?」
そんなわけねーだろ、どういう発想してんだ。
「ねえ、ベアリスちゃん、カレーが気に入ったのはいいんだけど、あなたどこから来たの? ケンジとはどういう関係なの?」
「そうだな。見たところ未成年みたいだし、親御さんが心配してるんじゃないのか?」
お父さんもお母さんの質問に乗って尋ねる。まあ、どう見ても子供だし、気になるよな。
「というか何の説明もなしに夕食に同席するのが信じられないんだけど? あんた何者なの?」
姉ちゃんも訊ねる。どうすんだベアリス、もう収集つかねーぞ。
しかしベアリスは質問に答えることなく右手の人差し指だけを出して天に掲げ、その後、ビッとお母さんたちに向けた。
「オラッ! 催眠!!」
雑な催眠術。
「……あの? ベアリスちゃん?」
お母さんが続けて尋ねる。そりゃそーだ。そんな雑な催眠術がかかってたまるか。
「今日は泊まっていくの?」
「えっ?」
お母さん? お母さん?
「さすがにケンジと同じ部屋はまずいよな。フミと同じ部屋でいいか? 来客用の布団出すか」
お父さん? お父さん?
「なんだか妹ができたみたい! よろしくね、ベアリスちゃん」
お姉ちゃん? どうなってんの!?
「ちょっと問題が片付くまではお世話になります。よろしくお願いします!」
ベアリスさん!?
――――――――――――――――
「ちゃんと聞かせてもらうぞ、『民自党総裁を殺す』って、どういうことだ?」
「正確には、『まず手始めに』ですが、民自党総裁の岸本弘明内閣総理大臣を殺害してもらいます」
全然説明になっていない。
次の日、日曜日の朝、俺の部屋で依頼の詳しい内容をベアリスからヒアリングした。しかしこいつの説明はいつも要領を得ない。というか完全にテロリストじゃねーか。
「いいですか? ケンジさん?」
ベアリスは座っていたフローリングの床から立ち上がって説明を続ける。
「破壊される自然、広がる格差、増え続ける国の借金……その理不尽はみんな……」
嫌な予感しかしない。
「全て民自党のせいです」
ダメだコイツ。早く何とかしないと。
「いやしかしな? 日本は法治国家で、民自党の体勢は盤石だよ? 首相を殺したところで次の首相が選出されるだけだろう?」
「そしたらそいつもぶっ殺すんです」
このテロリストめ。
「とにかく! 民自党をぶっ壊して、野党第一党である民共党に政権を渡すんです! それで日本は全てよくなるんです!!」
「民共党って支持率一桁の泡沫政党じゃん。そんな奴らに何ができるんだよ!」
というかラノベに政治ネタを持ち込むんじゃねーよ。荒れるだろーが。しかしベアリスは興奮した様子で言葉を止めない。
「とにかく必要なのは『変化』なんですよ。出来るかどうかなんてやってみればわかるんです。いっぺんやらせてみればいいんですよ。民自党にはお灸を据えなきゃいけないんです!」
「イヤお前は知らないかもしれないけどな? 一回それでえらい目にあってるからな? 民共党って一回政権取ってんだぞ!?」
「それは民衆党です。別の政党です」
このクソアマ。
「民共党は手始めに消費税を5%に下げることを提唱しています。これだけで生活はだいぶ楽になるはずです」
「いきなりそんなことして社会福祉はどうするんだよ? 財源は?」
「福祉については民共党は消費税を25%に上げてベーシックインカムを導入することを計画しています。このベーシックインカムとは国民全員に一定額の給付金を与えるシステムです。これによってあぶれることなく国民の生活が救われ……」
さっきと言ってることが逆じゃねーか。こりゃ本格的にダメだぞ。
知っている。知っているぞ。こいつは……『国士様』って奴だ。ここで言う『国士様』というのは頼まれてもなく、明確なビジョンもないくせに安全な場所から現政権を批判して「ああすればいい」「こうすればいい」「自分ならもっと上手くやれる」と非生産的な不平不満をぶつけるだけの無責任な人間の事をさす。
自分にできることもせず、刺激的な行動や政策を好み、それがうまくいかなければさらに『敵』を批判する。
いや、実際ベアリスは選挙権を持っていないのでこの国の政治には参加できないし、テロを実行しようとしているので、無行動な『国士様』とは違うのだが、だからこそなおさらにタチが悪い。
「それでですね。日本でこれがうまくいった暁にはこれをロールモデルとしてさらに全世界に展開して、いよいよ世界を……」
俺は呆れてため息をつき、窓の外を見る。
これは、チェンジ案件か……しかし、ここでチェンジすれば、俺は再びこの世界から消え、家族を悲しませることになる。もう、母親が泣く姿は見たくない。仲が悪いと思ってた姉ちゃんも、俺の事をあんなに心配してくれてたんだ。
いや待てよ? 別にチェンジする必要はないんじゃないか?
その時、遠くの方から選挙カーの音が聞こえた。そう言えば、もうすぐ衆議院選挙があるはず。ニュースでやっていた。
「ベアリス、暴力じゃ何も解決しない。民衆がついて来ない。それよりも、合法的に政権をひっくり返せばいいんだ」
「合法的に? そんな方法があるんですか!?」
普通そっちが先だろうが、このナチュラルボーンテロリストが。
「いいか? 俺はこの国の国民だ。戸籍もある。つまり満25歳になれば被選挙権が貰える」
「それは……どういう意味ですか?」
察しの悪い奴だ。
「つまり、25歳になれば議員として選ばれるための選挙に出られるんだ。この意味が解るか?」
「それはつまり……どういう意味ですか?」
こいつ本当に女神か。知能が低すぎないか。
「つまり、俺が議員になるんだ」
ベアリスはハッとした表情で手で口を押えた。
「それは、まさか……ッ!! まさか……どういう意味ですか?」
「だぁかぁらぁ!! 俺が議員になって世界を変えるってことだよッ!! なんで分かんねーんだよこの低能!!」
「そうか……つまり、ケンジさんが衆議院議員になって、……そして……議員? 議員って何をするんですか?」
「お前本当にいい加減にしろよ!! 議員は立法府!! この国のルールを作れるの!! ベーシックインカム知ってるのになんでそんなことも知らねーんだよ!!」
俺は荒い息を抑えて窓を開け、外気を入れた。酸素不足だ。
これでいい。これでいいんだ。『世界を救う』とか『世界を変える』とかそんなもんは棚上げ。適当ぶっこいて時間稼ぎして、チェンジはせずに俺は俺の人生を満喫してやる。女神の使命なんて知ったことか。
「はぇ~、ケンジさんすっごく頭いい……」
お前が悪すぎるだけだ。
選挙カーがだんだんと近づいてきた。
『民自党、民自党をお願いします』
民自党の選挙カーか。
『どうかカルナ=カルア、カルナ=カルアに清き一票を!!』
なんだと。
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