第75話 誘拐犯になんて恋しない⑥

 「どうしたんですか急に、セバスチャンのことをおバカだなんて、ちょっと失礼じゃないですか?確かにセバスチャンは天然なところが可愛いですけど」

 「どうしたってさ、自分の名前を忍者の末裔で、執事の血族で、従順なセバスチャンなんて中学英語で固めるとか、粛清とか、動いたら殺すとか、知らない天井がどうとか、今どき小学生でもそんなこと言わないぞ、それに誘拐を企てたのも奴なんだろ?」

 「なんだかセバスチャンと会ったみたいな言い草ですけど、知り合いですか?」

 「いや、知らない、知りたくない」

 「そうですか、あんまり悪口言ううと根に持つタイプなので気を付けて下さいね」

 町の小さな食堂。こういった場所に入ったことがない、お嬢様のモッカはハレオの問いの真意に気付くことなくメニューを楽し気に眺めている。

 そしてハレオは、何気なく見回した窓の外で、顎を少し上げた首の辺りで右手親指を下に向けて横に流すポーズをするセバスチャンを発見するが、見て見ぬ振りをした。


 「それでさ、セバスチャンは御屋形様の命令は絶対に聞くタイプなの?」

 「それはもう絶対の絶対に服従です」

 「ほんとに?」

 「はい、掟に背いたらこの世に存在する意味が無い、それが口癖ですから」

 「ふ~ん、じゃあ俺がどんなに悪口言っても、御屋形様からモッカの前に現れるなって命令されてたら絶対に出てこれないんだね」

 「意味の分からない命令ですが、セバスチャンのことですから、比留家が破産してても命令には絶対に従うと思いますよ」

 「そうか、なら安心だ。人のことを愚か者とか、簡単に殺すとか言うおバカとは関わりたくないからな」

 ハレオは、窓の外を眺めて「バ~カ」と、セバスチャンに向かって口だけ動かした。

 それを見たセバスチャンは、電柱の裏で、片足だけで激しく地団駄を踏み悔しがる。


 「私、この料理が良いのですけど、どうやって頼めば宜しいのですか?」

 「ん?ああ、直接厨房のおばちゃんに頼むんだよ、俺が頼んできてあげようか?」

 「ありがとうございます。じゃあ、私もお手洗いへ行って参りますね」

 「ん?えっ?あっ、じゃあ俺も……」

 窓の外でニヤリと笑うセバスチャンの視線に背筋が凍ったハレオは、連れション感覚でモッカの傍に付いて行く決心を固める。


 「変態ですか?止めてください」

 モッカの激しい抵抗に、厨房に居たおじさんとおばさんは、ハレオに冷たい視線を送る。

 「あっいや、そういう訳では……」

 「注文して待ってて下さい」

 「分かった……なるべく早く戻ってきてくれると助かる」

 「ハレオさんってモテないですよね?デリカシー無さ過ぎますよ」

 「えっ、いや、ゴメン」

 自分が異性にモテるのかモテないのかなんて考えたこともなかったハレオは委縮した、なんだか気になる存在のモッカから言われると猶更だった。


 「人生ってのは上手くいかないから楽しいじゃぞ兄ちゃん、がんばれ」

 モッカがトイレに行ったのを見送った厨房のおばちゃんが、ハレオを暖かく見守りながらエールを送った。


 「ほんと、人生って上手く行かないよな」

 さっきまで外に居たはずのセバスチャンが、いつの間にか隣に座り、ナイフを持った手をハレオの脇腹に突き立てながら言った。


 「っ……」

 「おっと、動いたらグサリだぞ。今回は喋ることを許してやろう。私のことをバカにしたことへの謝罪が欲しいからな」

 「バカになんてしてませんよ」

 「忍者の末裔であり、読唇術に長けた私に嘘は通用しない」

 「読唇術……本物の忍者なのか?」

 「体で味わうか?」

 セバスチャンは、ナイフをハレオの頬にあてながら楽しげだ。

 「え、遠慮しておきます」

 「素直で宜しい、では謝罪の言葉を聞こうか」

 「すみませんでした。もう悪口言いません」

 まずは謝罪がハレオのモットーである。

 「そうかそうか、少しは反抗すると思ったが、すぐに謝罪するとは、よい教育を受けているな気に入った」

 「あの、聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

 「聞いてやろう」

 「モッカの……」「モッカお嬢様と言え」

 「モッカお嬢様の家が破産したのは本当ですか?」

 「愚か者め、御屋形様がそんな過ちを犯すはずがなかろう」

 「じゃあなんで、モッカに、モッカお嬢様に嘘付くんですか?」

 「可愛い子には旅をさせろとのご命令だからな、モッカお嬢様には辛い思いをさせるが、私が任された最大の任務、世間の厳しさを体験させ必ずや立派な高校生になってもらうのだ」

 「でも、誘拐なんてしちゃったから、その任務を外されたんですよね?」

 「……そうか、貴様、なかなか鋭いな。私も今までなんで任務を外されたか分からなかったのだが、そうか誘拐が悪手だったか」

 「えー気付かなかったんですか?犯罪しちゃダメでしょ」

 「愚か者め、犯罪は世間に知られなければ犯罪では無い」

 「犯罪は、犯罪ですよ、バカですか」

 「おいっ、バカという奴がバカなんだぞ、口を慎め」

 その何度も聞いたセリフに、なんだか自分の周りがバカばっかりな気がしてきたハレオ。


 「とにかく、私をこれ以上愚弄するな、そして、モッカお嬢様を護衛し立派な高校生にする任務は、お前に託されたのだ」

 「いやいやいや、遠慮します」

 「知らない天井を拝みたいと?」

 「なんですか、その脅し文句は、モッカ……モッカお嬢様とは一緒に居たい気はしますが、護衛とか無理ですから」

 「安心しろ、私が一時も目を離しはしないからな、私の指示に従って行動すれば何も起きんよ」

 「それが嫌なんですけど~」

 「いいか良く聞け、お前はただモッカお嬢様の機嫌を取り、モッカお嬢様の気に障る行動を控え、モッカお嬢様の助けになり、モッカお嬢様の……」


 その後も、モッカお嬢様を連呼し続けるセバスチャンは前のめりになりながら夢中で喋り続ける。

 

 むにゅ。むにゅ。


 呆れながら話を聞き続ける合間合間に、前のめりになるセバスチャンから、ふと、何か柔らかい感触を腕に感じるハレオは思う。

 (さっきからセバスチャンの胸辺りが俺の腕にあたる度に感じる、この感触は何だ?凄く柔らかい、これはまるで……)

 

 「おい、聞いているのか?」

 「あ、あの、もしかしてセバスチャンって、おん……」

 「まずい、モッカお嬢様が戻られる、後は頼んだぞ、さらばだ」

 セバスチャンは、また風の様に消えた。

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