第72話 誘拐犯になんて恋しない③

 「ど、どうしたんだよ、泣くほどの事なのか?そのセバスチャンは何処へ行ったんだ?」

 「むっ」

 優しく声をかけたハレオに、口を尖らせたモッカは、持っていた紙切れを渡した。


 「え~と「モッカお嬢様との契約終了の時間となりました。御達者で」……これだけ?」

 「酷いよね、悪魔だよね、オレにこんなことさせておいて、契約期間が切れたらポイ捨てだよ、どうするのよ、私、警察に捕まっちゃうじゃん」

 モッカはハレオを見上げながらポロポロと涙を零している。


 「落ち着け、一人称がバラバラだぞ、詳しく聞いてやるから泣くなよ」

 「だって、セバスチャンが乱暴な言葉を勉強しなさいって、でないと一人では生きていけないからって、私だってこんな悪い言葉使いたくないよ」

 「じゃあ、普通に喋んなよ、もうセバスチャンとやらも居ないんだろ、お前を置いてった奴の言う事なんて守る必要ない」

 「……それもそうね、ロリボンのくせに良いことを言うわね、見直したわ」

 「乱暴な言葉のまんまな気がしますが?」

 「そんな急に直る訳ないじゃない、おバカね」

 「さっきバカっていう奴がバカだって言ってたよな」

 「おバカって言ったの、おバカさん」

 「おい、やめろ俺には晴間晴雄という立派な名前がある」

 「ハレマ……ハレオ?」

 「なんだ、どこかで会ったか?」

 「いいえ、どうでもいい名前だったから」

 「……まぁいいや、困っているなら、ちょっとぐらい力になってやってもいいぞ」

 モッカのことが気にかかるハレオは、頭をポリポリと掻いた。


 「じゃあお金を下さい、今下さい、全部下さい、早く下さい」

 モッカは、真面目な顔でハレオの事を見上げて迫った。

 「ちょっ、近いって」

 「何が近いのですか」

 「顔が、近い」

 「人に真剣に物を頼むときはしっかりと相手の顔を見てと教わっていますから」

 「分かったから、ちょっと離れて」

 「じゃあお金くれるのですか?」

 「いや、やっぱり分かってない、なんで俺がお前に金を渡さねばならんのだ」

 「お前呼ばわりは止めてください、モッカという名前があります」

 「分かったよモッカ、でも金はやらんぞ、だいたいなんでそんなに金が必要なんだ」

 グイグイと顔を寄せてくる無防備なモッカに必死に照れを隠すハレオ。

 

 「言ったらお金くれますか?」

 「内容によっては考えなくもない」

 ハレオの下心は暴走を始める。


 「ほんとですか?」

 モッカの瞳はより大きく輝き、口角が上がり。

 「お、おおうよ」

 それを見たハレオはさらに照れる。


 「比留家の復権には、私の稼ぎと、私のお婿さんを探さないといけないのです」

 「お、お婿さん……いや、復権って家が大変なのか?」

 「お父様から、比留家は破産したと聞きました」

 「破産か、それは大変だ」

 「ですから、私が稼ぎ、婿殿を見つけ出し家を支えるのです」

 「そ、そうか、大変だな」

 「ですから、ハレオさんは、まずお金を私に下さい」

 ハレオは、もう一方の願いなら……と思いつつ再び頭を掻いた。


 「とりあえず稼ぐってのは働くってことなんじゃないの?誘拐したり、物乞いしたりなんかしたら、家に迷惑かかるでしょう」

 「うっ、それは困ります」

 「まだ未成年だからさ、ちゃんと働くのは無理かもしれないけどアルバイトでもしながら勉強してれば報われると思うよ、犯罪なんかに手を染めたら後戻りできなくなるからね」

 「分かりました。誘拐はもうしません、だからお願いします。私にお金を下さい」

 モッカは深く頭を下げた。


 「いや、人の話しを聞いて下さいよ」

 「だって、お金貰った方が手っ取り早いじゃないですか」

 「だってじゃない、努力しないと碌な大人になれないよ」

 「だって……」

 グゥ……。

 モッカの腹部から響いた音に気付いたハレオ。


 「お腹空いてるのか?」

 「空いてないです」

 「ここは、モッカの家なのか?」

 「はい、一人暮らしを始めました」

 「そうか」

 1Kの部屋には、未開封のダンボールが数箱積んであるだけ。冷蔵庫もレンジも無い。この状態でお金もないとすると……ハレオはどうしようもない不安を覚える。


 「とりあえず、外でなんか食べるか」

 「え?私お金持ってないよ?」

 「いいよ、奢るから」

 「ほんとですか、ヤッター」

 無邪気に笑うモッカは、長い髪を弾ませて飛び跳ねた。

 

 そんなモッカを連れて外に出たハレオは、電柱の管理番号で、すぐにここが隣町だと気付く。

 しかし、駅から離れている場所の様で、土地勘が全く無い。

 だが、モッカと並んで歩く知らない土地は、自然とハレオを笑顔にした。


 そんな気持ちもつかの間、ハレオの表情は、だんだんと暗くなって行った。


 「なぁ、モッカ」

 「ん?」

 「セバスチャンって人は、オールバックで黒スーツで蝶ネクタイのいかにも執事ですって感じのとっぽい兄ちゃんだったりするか?」

 「よく知ってるねー見た目は怖いけど、可愛いとこもある執事さんだよ……もう私の執事じゃないけど……」

 「そ、そうか」


 電柱の影や、塀の間、ハレオの視界にちょこちょこと入り、モッカの視界には絶対に入らない場所から、ずっと後をつけてくるセバスチャンらしき人物に一抹の不安を感じざるを得ないハレオだった。

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