第71話 誘拐犯になんて恋しない②

 青臭い畳の上で乱れた黒髪は、帽子に収まっていたとは思えない程長く、モッカと名乗った少女の腰辺りまで伸びている。

 モッカを押し倒し、馬乗りになったハレオは、その髪を踏んでしまわぬ様に注意を払う。


 抵抗されない様、モッカの両手首を自分の両手でしっかりと掴み、モッカの頭の上辺りで固定するハレオは、このまま力を入れてしまったら、このか細い手首が折れてしまうのではと危惧し力加減を迷わせる。


 その体勢の所為で、ハレオとモッカの顔は近く、鼻息でさえ、互いの頬を撫でているのがハッキリと分かる。


 怯えて目を瞑るモッカの顔は、小さく、肌は透き通り、まつ毛は目を閉じている所為で、その長さをより強調させている。

 光沢を帯びた小さな唇は少し震え強張っている。


 はだけたスカジャンからは、真っ白で透き通った首筋が見え、小さな鎖骨が少女の鼓動を伝えていた。


 「痛いっ……」

 「ご、ごめん」

 その人形の様な少女に見惚れたハレオは、思わず両手に力を込めてしまう。


 「……」

 モッカの瞑った瞳から、涙がひと粒零れ落ちた。


 「わ、悪かった。手を離すから、暴れないでくれよ」

 「うん」

 その素直な返事に、言い知れぬ罪悪感を覚えたハレオは、ゆっくりと手を離し、立ち上がった。


 バキッ。


 「……っつ」

 その瞬間、モッカの右足がハレオの股間を蹴り抜く。


 「バーカ、バーカ、変態、2度とオレに触るんじゃないぞ、このロリボン」

 「ろ、ロリボン……」

 股間を抑えるハレオだったが、思いっきり蹴り上げられた割には、痛みはほとんど無く、モッカのその非力さに安堵し、謎の言葉に気を取られる。


 「ロリコンで金持ちだから、ロリコンでボンボンでしょ?だからお前はロリボンだ」

 モッカは、八重歯を剥き出しにして叫ぶ、怒りで吊り上がっているが、その見開いた瞳は大きく愛くるしい。


 「はぁ?ボンボンはまだ分かるが、なんで俺がロリコンなんだよ」

 初対面だったトウカからもロリコン呼ばわりされていたことを思い出し、怒りが増すハレオ。

 「人の体をジロジロ見やがって、どう見てもロリコンじゃないか、気色悪い」

 「人の事誘拐しておいて、その言い草は無いだろ」

 「あっ、そうだ、約束だろ、早く金を出せ」

 「出すわけないだろ、バカか」

 「わたし……いやオレはバカじゃない、バカっていう奴がバカだバカ」

 「……幾つだ?」

 「15だ」

 「中3?」

 「そうだ」

 「比留木瓜(ヒトメモッカ)は本名か?」

 「そうだ」

 「やっぱりバカだろ」

 「バカじゃないってば、うぅ、もう怒ったぞ、待ってろよ、セバスチャン呼んでくるからな」


 「セバスチャン?ちょっと待て、どこ行くんだよ」

 地団駄を踏む様に歩き出し、背中を向けて玄関の様な場所に向かうモッカ。

 辺りを見回し、古いアパートの一室だと気付いたハレオ、このままモッカの後を追い、玄関から出れば逃げられることも容易だろうと考えたが、モッカのことが気になって待つことを選択。


 ほどなくして戻ったモッカは、小さな紙切れを握り締め泣いていた。


 「うわぁ~ん、セバスチャンも居なくなった~お金がないから、みんないなくなっちゃうよ~」

 「……」

 まったくもって状況が見えてこないハレオは、興味をそそられる以外の感情が湧かなかった。

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