第31話 男の子は男の娘らない①

 「待ってナリヤスっ、どうしたんだ急に」

 トボトボと俯き歩く姿を見つけ、急いで追い付いたハレオは、その勢いのままナリヤスの腕を強く掴んだ。

 「やめてよっ離してっ」

 ナリヤスは、ハレオの顔も見ずに腕を振り解いた。


 そこでハレオは、ナリヤスの変化に気付き始める。


 昔から、子分の様にハレオの後ろに付いて周り、あまり男らしくなくナヨナヨした感じではあった。それは何処にでも居る気の弱い小学生男子、なんの違和感も感じなかった。

 

 だが、ハリヤスは今、高校生。16年も生きていれば、男がどういう存在か、女がどういう存在なのか、疑問に持ち、意識し、そうある様、振る舞うものだとハレオは考えていた。

 だから、今のナリヤスの口調に違和感を覚える。

 

 「ナリヤス、お前……」

 「なによっ」

 ナリヤスは下唇を強く噛みしめて涙を浮かべた後に、ハレオの顔を睨んだ。

 「ハレくんも、僕のことバカにするの?」

 よく見ると、ナリヤスはうっすらと化粧をしているし、髪も艶々で良い香りを漂わせている、一度掴んだ腕も、すごく華奢で、それはまるで……。


 「ナリヤス、お前、女だったのか?」

 「バカっ、バカハレくん、何言ってるの、僕たち一緒にトイレとか行ってるよね?」

 「あ、ああ、そういえば付いていたよな」

 ナリヤスは顔を真っ赤にして両手で覆った。

 

 「酷い、酷いよハレくん、やめてっ思い出さないでっ」

 「いや、でもナリヤス、それじゃあ、今のお前の口調って」

 「ハレくんも、僕のことバカにするの?ゲイだ、ニューハーフだ、オカマだってバカにするんでしょ」

 「いや、そんなことは……」

 怒りと恥ずかしさで泣きじゃくるナリヤスに、どうしていいのか分からないハレオ。


 「と、とりあえず、家に戻ろうよ、なっ?昼ご飯でもでも食べながら話そう」

 「ヤだっ、あんな所に戻りたくない」

 「あんな所って、一応、俺の家だぞ」

 「なんでボタンちゃんが居るの?なんであんな恰好で起きてきたの?」

 「なんでって、遊びにきてたんじゃないか、昔から俺たちそうだっただろ?他に理由があるのかよ」

 「あるよっ、大ありだよ、僕たちはもう高校生だよ?いくら友達だからって、女の子があんな恰好で、一人暮らしの男友達の家に泊まる?」

 「いや、一人じゃないし、妹のトウカも居るしだな」

 「言い訳なんて聞きたくない、気持ち悪いっ、近寄らないで」


 こういう状況は父親のハーレムで何度か経験している、いくらハーレムハウスだからといって、愛人の全員が全員、互いを認め合っている分けではない。

 父親の対応、他の愛人の扱いに、妬み、憎み、嫉妬する。そう、これは完全に女性のヒステリック、それに似ていると感じたハレオ。


 「ちょっと落ち着いてくれナリヤス、ここでいいからさ、ゆっくり話そう」

 ハレオは、近くの電柱の陰にナリヤスの体を引き寄せた。

 力強いハレオの腕に、ナリヤスは身を任せる。



 「なに、あれ、ケンカ?」

 「なんか女の子みたいにワーワー泣いてたわよ」

 土曜の昼前とはいえ、駅から近いハレオのマンション前。人通りもそれなりにある。

 声を出さなくても、ジロジロと視線を飛ばす通行人も多い。


 「気にするなよナリヤス」

 「気にするよっ、ここじゃ嫌だ」

 そのナリヤスの言葉を聞き入れたハレオは、近くの公園まで案内し、人気のないベンチに座った。


 「性同一性障害ってやつか?」

 ハレオは迷いなく言った。

 たぶん、それがナリヤスにとって最善だと悟ったから。


 「その言い方は、あまり好きじゃない……」

 ナリヤスは、酷く落ち込んだ声で答え、そして続けた。

 「だって、その言い方って、なんか病気みたいじゃない?」

 

 「ごめん、そうだよな、トランスジェンダーだっけか」


 「ありがとうハレくん、詳しいんだね」

 ナリヤスは、初めて笑顔を見せた。

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