第8話 妹なんていたことない④

 偽の妹、いや実際には本物だが、偽者だと思いたい妹モモカが現れたその日の夕方、ハレオは業務スーパーに居た。

 ハレオの日課である食料の買い出し。

 なぜ質素倹約に務める彼が毎日買い出しに来ているのか、それは、通っている高校に起因する。

 

 ハレオの在籍しているW高校には、週1日、週3日、週5日の通学コースがあり、それぞれ曜日は決まっているが、その日数だけ通い、あとはオンライン授業を受ければ高校卒業の資格を得られる。さらに凄いのは通学を一切せず、オンライン授業だけを受け本校で行われる年数回の特別授業に参加するだけでも卒業が可能な事。これは、感染症、過疎地域の教育、学費、イジメ、あらゆる問題を抱える昨今の子供たちにとっての光明とも言える新たな教育形態だった。

 もともと学費が安いから選んだオンライン授業だったが、ずっと家で勉強してると体に悪いし、1人暮らしで買い溜めして食べ切れなくて腐らせてしまうし、むしろ毎日新鮮な物を夕方の割引等で上手に買った方が結果的に節約だし体も動かせるから日課としたのだ。


 「ハレちゃん、今日もいいの入ってるよ~」

 引っ越してから一週間しか経ってないが、鮮魚売り場のおじさんとも仲良くなったハレオ。安く良い物を追い求めるハレオの熱意にヤられた口だ。


 「ほんとですか、じゃあコレとコレ貰っていきます」

 「おっ、じゃあ今日はアクアパッツァだな」

 「違うよおじさん、今日はブイヤベースだよ」

 「ほう、そうきたか、じゃあまけといてやるから美味しい“ぶいらべーそ”作ってくれ」

 「ブイヤベースだよ」

 おじさんは「そうきたか」と知ったかぶりをかましたが、ブイヤベースの事を知らなかった。ちなみにおじさんはアクアパッツァも知らなかった。こうやっていつもハレオから難しい料理名を引き出すのもおじさんの楽しみであった。

 

 「ハレオ?ハレオだぁー」

 おじさんと会話するハレオに声を掛けたのはスミレだった。

 「お、おう元気だったかスミレ」

 何も言わずに引っ越ししたことに、後ろめたさを感じるハレオは、よそよそしい返事をした。


 「元気だったかじゃないよ、急に引っ越しなんかしてーボタンも怒ってるよ」

 「ああ、連絡しようとは思ってたんだけどな」

 ハレオは嘘を付いた。宝くじの事を知られているかもしれないスミレ、友達といえど、女であるし、友達だから、お金で変わって欲しくない、だから、少し距離を置きたいと思っていた。父親のトラウマはそれほど強烈だった。


 「そうか、まぁ色々あるよね……お互い……」

 スミレは、よそよそしいハレオに気付き、それ以上の詮索を止めた。



 「ねぇ、あれ、ナジミじゃない?」

 店内のどこからかヒソヒソ話が聞こえてくる。

 「推薦枠奪っといて、怪我しちゃった奴でしょ」

 「なんか部活辞める気らしいよ」

 「うっそ、マジ、ありえないんだけど」

 「推薦取れなかった子に謝って欲しいよね」

 「確か貧乏なんでしょ?ウリやってるって噂もあるよね」

 「うわ、最低っ」

 姉御肌でクラス委員で推薦入学、陰の者の陰口の恰好の的でもある。

 スミレは拳を握った、以前のスミレなら即座に行動に出て口で拳で論破していただろう、だが、今はそれができない、できない理由があった。だから今は俯くことしかできない。


 「気にするなよスミレ、ただの嫉妬だ、買い物も済んだ事だし店を出るぞ」

 俯き、顔を青くするスミレの手を取るハレオ。

 「ハレオ……」

 力強く引っ張ってくれたハレオに、スミレの顔は赤くなる。


 そのまま2人は、手を繋ぎながら無言で歩き、近くの公園に辿り着く。

 「なんか悩みでもあるのか?」

 いつもと違うスミレの態度に抱く不安。ハレオは迷う事無く問う。


 「え、あの……クシュン」

 4月も半ばとはいえ、まだまだ夜は冷える。

 「ごめんなさい、怪我してから、あんまり運動できなくてさ、本調子じゃないんだ」

 「家来るか?」

 「えっ?ハレオの家?」

 「ああ、美味いご飯でも食えば元気出るさ」

 「え、あ、うん」

 スミレは俯いて返事をする。顔が真っ赤な事をハレオに気付かれないように。


 ハレオは、ハレオで覚悟を決める。お金がなんだ、ハーレムがどうした、幼馴染が悩んでいるのなら、飯を作って話を聞く、ただそれだけだ、と。


 

 「えっ、嘘、ここハレオの家?」

 高級マンションの入口で怯むスミレ。


 ハレオはカードキーを使ってロックを解除。

 玄関の扉を開き、スミレを招き入れた。


 「おかえり~」

 「ただいまーって、ええええ?」

 誰も居ないはずの部屋から聞こえた帰宅時の挨拶。

 思わず返事をしたハレオの目には偽の妹の姿、モモカが映っていた。

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