彼女を愛した、貴女に恋をした

クロレ

第1話 彼を愛した、

 赤い、赤い、赤い、

 どこも同じ色に染まっている。人々は無残に赤い血を流し、倒れている。立っているのは、自分だけ

 きょろきょろと、辺りを見わたし彼を探す


 いない、

 いない、

 いない、


 どこにも、いない


 咽るような、生臭い血の臭い。見るも無残な死体を無視して必死に彼を探す



 どこに、いるの?



「……オ、シャオ」


「ジャ、イル…?」


 名前が呼ばれ、目を開けると大好きな彼がいた。

 私とは違う光に当たると透ける、黒色の瞳が優しく笑う。


「此処んなところで寝ると、風邪ひくよ」


 そっか、寝ちゃっていたのか

 彼に言われてようやく気付いた。洗濯を終えて、木の下で少し休憩していたのだ。


「夢を、見ていたの」


「どんな夢?」


 私の隣に座った彼が問いかける。

 あれ?どんな夢だったけ?とても怖い夢だったのに。覚えていない


「忘れちゃった」


 茶化すように答える私に彼は、怒ることなく優しく笑ってくれた。


 私と彼は、幼い頃からずっと一緒にいる。頭がよく、武芸にも優れている。かっこよくて優しい彼。同じ孤児院で育った。大袈裟かもしれないが、私は彼がいないと生きてはいけない。それくらい彼のことが大好きだ。

 孤児院の皆知っている。先生も。大人になったら、彼と結婚して彼の奥さんになるのだ。それが、私の夢。


「ご飯出来たよ。皆待ってるから行こう」


 先に立ち上がっていた彼が、私に手を差しだした。嬉しくて、その手を取り立ち上がって、そのまま彼の腕にしがみ付いた。



 * * *



 この世界には、人間と魔族が存在する。魔族は、人間に悪さをして理由もなく殺す。

 私と、ジャイルの両親は魔族に殺され孤児院に来た。孤児院には、そんな親を亡くした子供たちがほとんどだ。


 昔、魔族によって人々は苦しんでいた。それを見ていた、神は混沌の世界を終わらせるために神力を人々に与えた。そして、魔王を打つように天命をさずけたらしい。神力の多い人間に魔王を討伐させよ、と。天命に従い、人々は魔力の強い人間に魔王を討伐させた。王を失った魔族は、弱り人間を襲うことが減っていった。こうして手に入れた平穏は、永遠ではなかった。魔族が活発化するにつれ、人々は魔王討伐のために勇者をつかい平穏を手にしてきた。

 魔族が活発化する周期は、百年単位だったり数十年だったりとまばらだった。その謎は、明かされていない。

 前回、勇者が魔王を倒したのがおよそ八十年前。まだ、前回の魔族による傷跡が癒えない前に再び魔族の被害を受けだした。

 現在神殿では、勇者を探している。

 皆、私も早く勇者が見つかることを祈っている。はやく平和になって、ジャイルと毎日笑いあえる幸せな日々を送るのだ。


 孤児院では、一定の年齢になると院を出て独り立ちする。今は、私とジャイルが年長者だ。

 何においても完璧なジャイル、慕ってくれている皆、怒ると怖いけど優しい先生たちがいるこの孤児院が私は、大好きだった。


 今日は、成人前の十五歳の少年少女が受ける神力診査の日。神殿で行われるこれで、神力の有無・量を測るのだ。

 私とジャイルは、村にある神殿に行って、神力診査を受けた。

 私には、普通の神力量しかなかった。けど、ジャイルには強力な神力があることが分かった。立ち会った神官たちは、ジャイルを勇者候補として王都にある神殿の本殿に推薦すると言った。ジャイルが、勇者候補として王都に行くことになれば、私とは離れ離れになる。ジャイルは、神官の申し出を断ってくれた。しかし、神官はあきらめてくれなくて、

「勇者候補となれば、孤児院に一定のお金が入る。それで、院にいる子供たちに貧しい思いをさせずにすむ、名誉も、お金も手に入る」

 と、言った。

 横暴な神官を無視し、ジャイルは私の手を引いて神殿を出てきた。

 孤児院に戻ると、院の皆が集まって来た。

 ジャイルは、皆に勇者候補の誘いを受けたことを言った。皆はこぞって、「 すごい 」と、称えた。


「ジャイルは、王都に行くの?」


 誰かが言った。不安そうな声

 それが、広まり皆「行かないで」と、縋りつきだした。

 勇者候補になることは、名誉なことで嬉しいこと。でも、もう会えないことは寂しいのだろう。すぐに、意見を変えた。

 勇者候補なんかにならないで、と。


「行かないよ。僕は、どこにも行かないよ」


 安心させるように優しくジャイルは、言い聞かせるように言った。皆に、いや、私に。

 神官に推薦せれたときから、ジャイルと離れまいとしがみついていた。どこにも行かせないようにしていた、私の不安をジャイルは察していたみたいだ。

 ジャイルは、私の頭を優しく撫でてくれる。でも、どうしてだろう?どうしても、不安は消えてくれない。

 

 数日後。消えてくれない不安をよそに、王都にある神殿の本殿の神官が孤児院に来た。

 彼らは、ジャイルを勇者候補としてではなく勇者として迎えに来たと言った。勇者となると断れない。

 頭が真っ白になった。私は、ジャイルと一緒にはもういられない。嫌だ。離れたくない。

 ぎゅっ

 ジャイルとつないでいた手に力が入った。驚いて彼の方を見ると、微笑んでいた。まるで、心配しなくてもいい、と言うように。


「分かりました。それで、この世界の平穏が訪れるのなら。」


 ジャイルは、勇者になると言った。神官たちは、喜んだ。勇者誕生だと。私は、ジャイルを見ることしかできず何も言えなかった。


「条件があります」


 それで、平和になるのならと神官たちは「何でも言え」とニコニコしながら言った。ジャイルも嬉しそうに笑っている。


「ありがとうございます。では、まず第一にシャオ、彼女も王都に連れていかせてください。討伐に行っている間は彼女をよろしくお願いします。それと、」


「まて、まだ何かあるのか」


 ジャイルの条件が一つと思っていたのか神官たちは焦っていいる。


「一つとは言いませんでしたよ。それに、何でも言えと、言いましたよね。神官ともあろう方々が嘘をついたのですか」


 ジャイルに言い含められた神官たちは苦虫を嚙んだように大人しく黙るのかなかった。


「討伐後、シャオと暮らせるように手をまわしてください。静かに暮らしたいです。お金もください。シャオに不自由な生活をさせたくないので。最後にこれが重要なんですが、シャオになにかしたらあなた方を殺しますから。」


 神官たちは、真っ黒なオーラを放つジャイルのジャイルの条件をすべて受け入れた。このジャイルは好きじゃない。


「すべて彼女に関することなんですね」


 一人の神官が言った。あれだけ出した条件の中にこの孤児院のことは無かったことに驚いたのだろう。


「当たり前でしょう。僕は彼女が僕の側で笑ってくれればこの世界がどうなろうともどうでもいいですから」

 

 初対面の人は皆同じ反応をする。ジャイルは異常なほど私を愛してくれている。それをまるで、可笑しいみたいな反応をジャイルに対してする。そして決まって、私を心配するのだ。


「可哀想です。今はそれでいいでしょうけど、それだと彼女が一人で生きていけませんよ。囲ってしまっては、彼女が可哀想です。」


 って。私からジャイルを離そうとするのだ。言った人にとっては、親切心からなのだろうけど余計なお世話。

 

 ジャイルが、神官の首に手をやって絞める。怒ったジャイルによって首を絞められた神官は苦しそうに呻く。このままだと殺しかねない、そう思った他の神官たちが止めに入るが容易く払われる。たったの十五歳の少年に、数人の大人が。


「と、止めてくれないか?」


 ジャイルを止められない神官が私に助けを求めた。


「私には、彼だけなんです。貴方たちは私から、ジャイルを奪いませんよね」


「あぁ、ジャイル君の条件を全て受け入れよう。他に何かあれば言ってくれ」


 あれだけ私を見下していた、彼らが今度は頭を下げてくる。それを見て、愚かだと思った。


「じゃあ、私もジャイルについて魔王討伐に行かせてください」


 チャンスだと思い言った。

 それに反対したのは先ほどまで暴れていたジャイルだった。彼は私の元まで来て目を合わせるように跪いた。


「駄目。危険なことに巻き込みたくない。安全なところにいて、僕の帰りを待っていて。」


 ちゃんと帰ってくると分かっているけどそれでも、私から離れるジャイルに不安が募る。

 私のいないところでけがをしたら?

 私のいないところで病気になったら?

 もし、死んでしまったら?

 そう想像したら怖くてたまらない。無理やりでも一緒に行かなかったことに後悔してしまう。


「どうして、討伐に行くなんて言うの?」


 ずっと聞いてこなかったこと。今にも溢れだしそうな涙を必死に我慢しながら聞く。


「知ってるでしょう。魔族が大嫌いなとこ。」


 うん、知ってる。

 四歳の時、ジャイルと私の両親は魔族に殺された。私たちは、隣町の祖父母の家にいて助かったが村の人は全員無残に殺された。そして、最初に入った施設も魔族に襲られた。まだ幼かった子供まで無差別に殺された。私たちは、学校に行っていたので助かった。二回とも私とジャイルだけ助かった。

 だから、私とジャイルも魔族が嫌いで、憎い。

 だから、魔族なんかに大切な人をもう奪われたくない。でも、復讐なんかしてほしくない。そうして、ジャイルまでいなくなるのなんて耐えられないから。


「それに、魔族が滅びればシャオが安心して暮らせるようになるでしょう」


 ジャイルが私を抱きしめて言った。私より大きいジャイルの身体が私を包み込む。


「・・・分かった。でも、ちゃんと帰ってきてね。戻ってこなかったら嫌いになるから」


「それは嫌だな。帰って来るよ。僕の居場所は、シャオのいるところだけだから」


 私とジャイルは、お互い抱きしめあった。


 それからすぐに荷物を整理して王都に向かった。院の皆と別れるのは寂しかった。泣いてくれたし、私も泣いた。全てが終ったらここに戻ってこよう。


 王都までは、馬車で三日。それから、神殿で五日間だけお世話になった。そのあと神官が家を用意してくれたので、ジャイルと暮らした。ジャイルは、用意してくれた家から神殿まで通う。決まった時間に行って、決まった時間に帰った来る。それが狂うことは無かった。休みの日もあるみたいで一日神殿に行かないにもある。

 勇者になったのだ、もっと忙しいと思っていたから不思議に思ってジャイルに聞いてみた。


「家と神殿の往復大変じゃないの?神殿で暮らしてもいいんだよ」


「それは、僕と一緒に居たくないってこと?」


 いつもの笑みなのに、普段よりも低い声に冷や汗が流れる。怒らせた?


「違うよ。そういうことじゃなくて、私も神殿で暮らすし。ただ、ジャイルの負担が増えているのかなって、」


「誰かに言われたの?」


 一層強くなる冷気に震えが止まらなくなる。


「言われてない」


「そっか。シャオが気にすること無いよ。神殿は、人が多いでしょう。だから、二人きりの場所を用意してもらったんだよ。あそこだとシャオとの時間が減るから」


 ジャイルの雰囲気が元に戻り、ほっとした。怒ってない。

 ジャイルは、怒ると怖い。いつも浮かべている笑顔が冷たくなり、淡々と言葉で攻めてくる。怒らせないようにしているけど、思ってもいないところで地雷を踏んでしまうから気を付けている。その後は、甘やかしてくるからそれは嬉しいけど。


「シャオ、もし何か言われたら僕に言ってね。僕が何とかしてあげるから。


 シャオ、愛しているよ。ずっと、いつまでも。シャオは?」



「うん。私も、愛してる。」


「いつも?」


「もちろん」


 そう言って、ジャイルと抱き合う。不安になるとする掛け合い。これをすれば、不安は、なくなる。

 ジャイルも、不安なのね。

 二か月後ジャイルは魔王討伐に行った。


 魔王討伐は、少数部隊で編成されたったの五名だけ。

 勇者であるジャイル

 世界一の治癒魔法の持ち主の、王女様

 魔法士の青年

 神官二名


 私は、王都でジャイルの帰りを待った。

 ジャイルが、怪我をしないように、病気にならないように、魔王を無事倒せるように毎日祈った。


 熱が出た。祈らないといけないのに、動けない。熱で意識が朦朧とする。


 ジャイルに、会いたい。


 ジャイル、ジャイル、ジャイル


 今、どこにいるの?


 会いたいの。あなたに、


 もう、魔王なんてどうでもいいからかえってきて、



「こんなところに居たのですか、わが君」


 冷たい風が頬を撫でる。気持ちいそれに、熱から少し解放される。

 風の入ってくる方、窓に視線を向けた。

 人が立っている。

 だれ?

 もしかして、じゅいる?

 そうだ、かえってきたんだ


「おかえり、じゃいる」


 熱で呂律が回っていないみたいだけど言えたよね。


「!誰かと間違えているみたいですね。行きましょう。あなたが居るべき場所に」


 何言っているの?私の居場所はジャイルの側だよ。おかしな、ジャイル。

 誰かジャイルが私の頬を撫でた。甘えようとするすると、寄せる。それに対して、驚いたように体が強張った。

 どうしたのかな、本当におかしなジャイル




 朝日が眩しくて目が覚める。今日もジャイルがいない一日が始まった。


「お目覚めですか?」


 ジャイルじゃない知らない人の声に驚いて、そちらを向いた。

 そこには、恐ろしく整った容姿をした男の人が立っていた。彼がカーテンを開けたようで窓の近くにいる。

 細くさらさらとした白銀の髪は朝日を浴びて輝いている、私を映す緑の目には眼鏡がかけられている。髪の色も、瞳の色もどちらも人間ではありえない色。

 魔族、だ。

 何で家に?


 私は、ここで死んじゃうの?


 恐怖で体が震えだす。


「大丈夫ですか?」


 魔族の手が私に向かってくる。


「いやっ」


 殺される、そう思い手を払った。


 どうしよう。もう、ジャイルに会えない。こんなことなら無理を言ってついていけばよかった。


「すみません。着替えと、消化の良い食べ物を持ってきます。すぐに戻ります。」


「え!?」


 予想していなかった返答に驚く。

 何で殺せないの。


 魔族は、そう言うと出て行った。

 居なくなったことに、ほっとした。


 あれ?

 ここ、どこ?


 落ち着いたところで、私がいるところが家でないことでないとこが分かった。

 ベッドはジャイルと寝ても余裕があるくらい広いし、布団は手触りがよく高価なものだと分かるくらい。部屋の中においてある調度品は少ないけど、どれも一級品だ。

 どこか分からないけど、ここから逃げないと。

 ベッドから、降り立ち上がろうとしたけど、それは叶わなかった。足に力が入らず床に座り込んでしまった。


「何しているのでるか!?まだ、寝ていないと」


 先ほど出て行った魔族が、慌てた様子で近づいてきた。

 魔族は、易々と私を持ち上げると再びベッドの上へと戻した。


「貴方は、一週間も寝ていたのです。安静にしていてください。」


 一週間も?

 ジャイルは?

 ジャイルは今どうしているの?

 祈らなきゃ


 慌てだす私を、魔族が抑える。


「急にどうしたんですか?」


「ここはどこ?私を家に帰して、ジャイルが返ってくる前に」


「ジャイル、は今代の勇者のことですか?」


 頷く。自分たちを滅ぼしに来る人間のことは把握しているのか


「では、いずれ会いに来ますよ。彼の方から」


「どういうこと?」


 ジャイルがここに来るの?

 ジャイルは、魔王を殺しに行った。魔王がいるところに


「此処に魔王がいるの?」


「魔王は、あなたです。シャオ様」


 え!?

 魔族の言葉に頭が真っ白になる

 何で?私は、人間だよ。お父さんも、お母さんも。髪も、目も黒い。魔力も人並みしかない。だから、討伐にはいかせてくれなかった。


「熱を出したのは、魔力が作り替わったためです。暴走したんです。本来だったら辺りまで被害が出ていたことでしょう。無意識に制御していたのです」


 だから、高熱が出るほどまでだったと言う。

 絶望で何も考えられなくなる。

 神力は、神様が人にあたえたちからに対して、魔力は魔族が持っている力のことだ。


 何で私なの?

 あんなに憎んでいる元凶が私?

 これからどうすればいいの?

 此処にいればジャイルは来る、私を殺しに

 ジャイルはどう思う?なんのためらいもなく私を殺す?それともこの状況をどうにかして私を助けてくれるかな

 知られたくない、ジャイルに私が魔王なんて残酷な選択をさせるくらいならここで死んでしまった方が良い


 ベッド脇に置いてあったコップを床に叩き割る。魔族が驚いているが気にせず割れた破片を取り自分の首筋にあてた。


「何をするんですっ」


 焦ったように私からガラス片を奪った。一人の時にすればよかった。


「私が死ねば人間は魔族の被害から逃れられるの」


 だから邪魔をしないで


「ジャイルと言う人間はどうするのです。このまま会えなくてもいいのですか?」


「嫌だ」


 ジャイルに会えなくなるのは嫌だ。


「シャオ様どうか我らの王となってください。貴方のことは我らがどんな手を使ってもお守りいたします」


 魔族・リノラースは魔族のについて語りだした。


 魔族は大まかに二つに分かれる。

 一つはグールやゴブリンなどといった知能を持たないただ欲だけを満たす者たち、魔物と呼んでいる

 もう一つはリノラースのような知能を持ち色以外人間によく似た者たち

 人間を襲うのは前者。彼らは魔界に漂う瘴気を吸い込み力をつけて見境なく人間を襲う。後者は魔力が多く人間を嫌っているため関わることを嫌っている。その為人間がいるところには降りてこない。

 魔族も街を築いている。ランク付けされているが、人間とほぼ変わらない。


 魔王が魔界に漂う瘴気をコントロールしている。が、魔王はすぐに人間の勇者に殺される。力の制御ができるようになった魔王なら勇者ごときに負けない。しかし、制御もできない生まれたばかりの魔王には隙がある。いつもそこを狙われる。人間はそれを分かっていないだろうが。

 いつしか魔力を貪る下級魔族が人間を襲い、新たな魔王が魔界の瘴気をコントロールしているうちに人間が、勇者を誕生させて魔王を討伐する、そんなループができていった。


 魔王のいない間瘴気は、魔力の強い高位魔族数名がコントロールしているが、魔王のように完全にはいかない。漏れ出した瘴気を吸い込むのだ。

 魔族には、魔王が必要だ。人間たちに魔族について話し、盟約を結べば解決するかもしれない。しかしそれをしないのは、高すぎるプライドから。人間とは関わりたくない、関わるくらいならこのままでいい。

 それで、数千年も人間との対立が続きて来た。


「もう、無意味な争いはしたくないのです」


「それは、貴女の意見ですか?」


 今まで、人間を嫌ってきたのにいきなり意見を変えるはずがない。

 リノラースは、いなずいた。


「正直貴方の存在を皆、否定しています」


 それは、私が人間だからだろう。

 私が目を覚ましてから、他の魔族はここに来ていない。


「勇者は殺しません。人間たちと話し合ってもらいます。人間側と魔族の盟約が決まればもう争いは起きないでしょう。いいえ、起こさないようにさせます。」


 リノラースは、真剣だ。嘘はついていない。周りの者たちが反対している中で、自分の意見を突き通し続けることはどれだけ辛いことだったろうか。私には、分からない。けど、その想いを潰してしまいたくない。


「ごめんなさい」


 きっと私が魔王になり、人と魔族が盟約を結べばもう誰も傷つかないのだろう。分かっているの。

 でもね、それでも憎いの。私の両親を奪った魔族が許せない。


「そう、ですか」


「私を殺しますか。そうすれば次の魔王が誕生するんですよね」


 自分のものにならないのなら容易く処分してしまう、それは人も魔族も一緒だろう。

 そんな私の想像を裏切り彼は、首を横の振った。


「私は、貴女を王にすることも、人間と盟約をかわすことも諦めません。その為にまず、勇者と交渉をしたいと思います。」


 彼が勇者、という単語を口にしたとたん今までにないほどの怒りが湧いた。

 ジャイルを、利用しようというの?

 そんなこと、させたくない。今だって、無力な神官たちによって利用されているというのに、これ以上ジャイルを駒として扱うことはさせたくない


「落ち着いてください。まだ魔力を制御できていません。感情を大きく動かすかとは危険です。」


「それは、貴女のせいでしょう。ジャイルを利用しようとするなんて」


「利用なんてしません。交渉するのです。彼は、人間側の代表として、盟約をかわしてもらいます。盟約さえ結ばれれば魔族と人間が争うことは無くなる。もう無意味な争いをしなくて済むのです。」


 その無意味な争いを起こしたのは、貴方たち魔族でしょう。そう、言いたかったけど言葉にできなかった。

 だって、彼があまりにも必死だから。

 私がどれだけ首を横に振るったとしても、諦めないだろう。


「分かりました。それで、もう誰も傷つくことが無くなるのら」


 覚悟を決めろ。たとえ仇だとしても、彼のようにこの世の全てを敵に合わそうとも。

 大丈夫、ジャイルは私の決めたことを否定しない。応援してくれる。一緒に、世界の平穏のために動いてくれる。心配ない。


 何度も、言い聞かせる。

 この決意が、間違えじゃないと。全て上手くいけば、またジャイルと二人で暮らせると。




 それからは、この部屋で魔力のコントロールの仕方を、リノラースさんに教わることになった。コントロールできない限り、命の危険があるらしい。また、ここは魔界。魔族しかいない。この状況で部屋から出ればすぐに殺せれる。なので、魔力を自分のものにするまで部屋から出ないように言われた。


 人間である私が、魔王とは認められない。たとえ魔界のために勤めても敵視される。人と、魔族の盟約が結ばれようとも、それはすぐに魔族によって破られる。そうなれば、今まで傍観していた高位魔族との戦争になり、人類は滅亡するだろう。

 それを防ぐために、魔力をコントロールして圧倒的力を見せつける必要がある。

 魔族は力の大きいものに従う。それで、わたしが人間だというだけで反対する奴らを黙らせるという。それでも、認めない者たちはリノラースさんが説得するという。どんな手を使ってでも。


 自分の中にある魔力に慣れ始めて二年がたった。

 そのころには、もう魔力のコントロールもできるようになり城の外に出ることもあった。もちろんリノラースさんと一緒に。

 城の外は、人の町と何ら変わらなかった。多くの者たちが行きかい賑やかだ。ただ、それが人か、魔族かの違いだけ。


 リノラースさんが、この時教えてくれた。城下はこんなに賑わっているけど、国境に近づくほど人間から国を守ろうとピリピリしている。その為孤児は多く、治安が悪いのだと。


 知能のない魔物が人間を襲い、その討伐に人間が魔族の領土を脅かす。そのループになっている。それを断ち切りたいと、彼は影を落としたように言った。


 たとえ、分かり合えなくてもいい、許しあわなくてもいいから争いを終わらせたい。だから、たった一人でも人である私を魔王にして盟約を結びループを終わらせようとしているのだろう。

 この二年間ずっとリノラースさんといて、情が湧いたのかどうしても彼の望みを叶えたいと思ってしまった。

 それに、魔族も私たち人と同じように命があり、感情があって思いがある、家族も、大切なものもある。それを奪い合うのはあまりにも残酷だ。

 盟約は絶対に結んでみせる。その為にまず、魔王として認められないとね。


 私は、初めて魔族たちの前に姿を見せた。

 リノラースさんが用意してくれた服は、魔族が着ているようなもので、デザインは簡素だが見ればそれが高価なものだと分かる。全身を黒で統一されていている。腰のあたりで広がる裾は膝のあたりまでだが、後ろは地面につくまで長い。襟はなく、肩まで大きく出しているのに、下品な印象ではない。

 髪は、リノラースさんが一つに後ろでまとめてくれた。

 そして、頭の上には妖艶に光る深紅の宝石が付いた冠がのった。


「リノラース卿、その人間はだれだ?」


 行ったのは、この場にいる者たちの中で一番年老いた老人だった。彼は、真っ白な髭を撫でながら眉間に皺を作っている。まるで、私の存在が不快だと言わんばかりに。

 彼だけではない、この場にいる皆が私の存在に嫌悪をあらわしている。


「新しい魔王陛下です」


 リノラースさんがそう言った瞬間、膨大な殺意が飛んできた。


「気でも狂ったか、卿?それは人間だ。」


「いいえ。私はいたって正気です。彼女は、魔王の器です」


 言い切る彼に、魔族たちは批判しだした。


 曰く、あれは、敵だ。歴代の、陛下は奴らに殺された。

 曰く、脆弱な魔力も持たない排除すべき存在

 曰く、奴らのせいで、我々の区域が侵されている

 曰く、いつから人間の手下となった

 曰く、殺せ

 等々、人に対して、私に対して、そしてリノラースさんに対して


 ヒートアップしていく、罵詈雑言。

 リノラースさんは、その間私を隠してくれていた。その為、前が見えない。

 見えないけど、感じた。魔力が錬られる気配が。慌てて彼の間から覗き見ると、興奮した一人が火の玉を出していた。私の一回りも大きいそれが当たれば、ひとたまりもないだろう。


 だめ、

 このままじゃ、死んじゃう


 リノラースさんを横に押して、火玉と対峙する。そして、そのまま魔力を消した。


「此処で、争いたいなら私が相手になる。私は、人と魔族の不毛な争いを終わらせる。それを邪魔するのなら、ここで死んで」


「      ?

     か! 陛下っ!」


 リノラースさんが、なぜか必死に私のことを呼びかけていた。私の肩を掴み、心配そうに見ている。


「何ですか?」


「今、何をしたんですか?」


 今?魔力を消して、あの火玉を失くしたと、言うと彼は、驚いていた。


「感情が揺れたでしょう。物凄い魔力が出てましてよ」


 この度は、私が驚いた。感情が揺れたいたなんて。私は、彼が死んではしくないと思っただけで


「おかでげ、この場を掌握できました。」


 そう言う彼の声はどこか嬉しそうだ。

 今まで、言いたいことを言っていた彼らは黙り、跪いていた。


「申し訳ありません、これまでのご無礼お許しください。魔王陛下。我々は、貴方様に従います」


 私の魔力を見た瞬間変わった態度。それは、彼らの習性なのだろう。魔力の強い者に従う。


 認められた。

 やった。

 まだ、計画の第一歩に過ぎないけど嬉しい。


「リノラースさん、私、やりましたよ」


「はい。頑張りましたね」


 優しい彼の言葉に、心が温かくなった。

 まだまだこれからだよ。これから、もっと頑張ろう。

 人と魔族のために、何よりジャイルとのために



 それから、私は魔王として目まぐるしい日々を過ごした。

 リノラースさんは、宰相として変わらず私の側で手伝ってくれている。

 そこから、三年の月日が流れて行った。ジャイル達、勇者一行は着実にこちらに向かっているらしい。

 ねぇ、ジャイルもう五年も経ったよ。早く来て


 魔王として魔族をまとめるために執務をこなす一方、魔族と人との盟約の準備をやっている。

 盟約の方は、私が魔王と認めてもらう前からリノラースさんと進めていたのでほぼ完成した。後は、ジャイルを待ち盟約を結ぶだけ。

 盟約が結ばれれば、争いは無くなる。両者にとっていいことだ。

 全部リノラースさんのおかげだ。彼が居なければ負の連鎖は続くこととなっていただろう。

 魔族は今でも憎いけど、それでもいい魔族もいる。それに、人を襲うのは魔物だということを今では理解している。そして、魔族が人に抱えている憎悪も。


 執務室で仕事をしていると、警備の者が来た。

 彼は、リノラースさんの元に行きこちらには聞こえないように何かを告げると一礼し退室していった。


「彼らが到着したようです」


 来た

 やっと、


「広間で待っていましょう」


 彼の言葉にうなずいた。


 玉座しかない広い空間。そこで、リノラースさんと二人で待つ。

 大丈夫だよね、

 変じゃないよね

 ドキドキと脈打つ心臓を落ち着かせるために何度も深呼吸をする。そわそわと落ち着かなくて髪をさらってみたり、ドレスを触ってみたりする。


 今の私の格好は、赤の衣に床までつくほどの黒いスカートで、金色の刺繡が入ったスカートより濃い黒の帯。この日のために特注していたのだ。髪は、一つに髪紐で縛っている。

 こっちに来てからは、魔族と同じドレス言う服を着ていたため、ハンフを着るのは久びりだった。

 ドレスを着てジャイルが気が付かなかった嫌だから。


 バンッ


 勢いよくドアだ開いた。

 入って来たのは、白色を基調とした祭服を来た男性二人と、旅には不釣り合いな煌びやかなハンフを身に着けた女性。前者が神官で、後者が王女だろう。

 彼らは、迷わずこちらに来る。

 三人?

 討伐隊は五人だったはず。ジャイルはどこ?


「魔王はどこ?」


 王女が聞いてきた。

 それよりジャイルなんだけど


「ジャイル、勇者は来ていないんですか?」


 王女の問いかけを無視して、聞く。


「何で、あんたが勇者様の名前知っているのよ」


 王女が睨んできた。嫉妬の目だ。

 この人は何でそんな目で私を見るのだろうか?

 今にも殺したいと見てくる神官二人。でもそれをしないのは、彼らでは私たちに敵わないと分かっているから。

 王女は治癒能力、神官も似たような能力。戦闘はできないのだろう。彼らも待っているのだ。魔族を殲滅するだけの力を持った、ジャイルを。


「それより、答えなさい魔王の居場所を。」


 この人は、魔族が怖くないのだろうか。自分を一瞬で殺してしまうことができる存在が目の前にいるのだ。なのに、彼女は勇猛に向かってくる。


「私だよ」


 王女の勇気に隠さず答える。

 彼らは、驚いた。それもそうだろう。見るからに弱そうな女が、魔王なんて思っていないだろう。私が、嘘ついて魔王を守っているとしか思えない。


「嘘よ、こんな女が魔王なんて。早く、本物魔王を出しなさい」


 ほらね。でも、嘘じゃないんだけど


「何してるの、魔王にはもう            



               シャオ?」


 冷たく張り詰めた空気を纏いながら来たジャイルが、まるで幻を見たかのように言った。


「ジャイル!」


 ようやく会えたジャイルは、最後にあった時より背が伸びていてすっかり大人の男の人となっていた。

 嬉しくて、今までの想いが溢れてきて、すぐに涙が溢れ出して止まらなくなる。それでも、ジャイルの元に行きたくて駆け出す。

 ジャイルも、私もほうに来るのだ分かる。


 もうすぐで、抱きしめられるそんな距離となったとき、


 ドサッ


 わたしの、

 めのまえで、

 ちを、

 ながして、

 たおれた、


「     じゃいる?    」











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