秋のセミ _彼女の場合

優木

第1話 出会い

その時、私は舞い上がっていた。卒業記念制作にぴったりの題材が見つかったのだ。

 紅く色づき始めた葉を背景に、一匹のセミ。ちょっと寂しさもあるけれど、それでも、力づよい。

 うん。良い画。我ながらうまく撮れていると思う。だから仕方が無いのだ。いつもなら絶対にしないようなことをしてしまったとしても。

 セミの声が聞こえて、この構図を思いついた瞬間いてもたってもいられなくなった。居場所まで分かったらものだから、つい木に登ってしまったけれど、普段なら、絶対に後先を考えずに木に登るなんてしないのだ。絶対に。……たぶんだけど。


 さて、と。どうしようかしら。


 私は考える。私が置かれている状況が、仕方が無いことであろうとなかろうと、問題が起きていることには変わりは無いのだ。私はどうやって下りればいいのだろう。

 木登りなんてしたことがなかった。だから、登ったはいいけど降り方がわからない。

 唯一の救いは、自分がズボンをはいていることだ。なんとなく気分を変えてみたくて、久しぶりに履いてみただけだったが、助かった。


 飛び降りる?


 でも、それだとカメラを地面にぶつけてしまうかもしれない。それだけは何としても避けたかった。お年玉と小遣いをためてようやく今年手に入れたのだ。私の両親は、私が写真にはまっていることをよく思っていない。誕生日やクリスマスでもこんな高価なものを私に与えてくれるはずもなかった。



 何かいい方法はないかしら…


 解決策を探して、あたりを見回してみる。一人の男子高校生の姿が目に入った。


 うん? あの子……


 何かを探すように歩きながら上を向いてきょろきょろとしている。まるで、先ほどまでの、私のように。

 きっとそうだ。何故か確信した。

 セミを探しているのであれば、この鳴き声をたどってここにたどり着くはずだ。その時に手伝ってもらおう。彼にカメラを預かってもらって、私は飛び降りればいい。そんなことは、したことはなかったけれど、うちの2階よりも低いし、大丈夫だろう。


 でも……。ためらいが浮かぶ。女子がこんなことをしていたらきっと、びっくりするに違いない。それも子どもではない。高校生の、女子が、だ。


 なんて思われるだろう。私は考える。いや。そうだ。ひらめいた。

 「普通」だと思わせればいい。どうせ、もう会わないのだから。これが、自然だと思わせればいいのだ。考えている間に彼は近づいてくる。


さあ、どうやって声をかけよう。そう思っていると、


 あ。


 右足をかけていた枝が折れてしまった。少年の目の前にその枝が落ちる。視線がこちらに向く。ああ、もう。まだ考えがまとまっていないのに。

 彼と目が合った。予想通り、とても驚いた顔をしている。恥ずかしい。見なかったことにして、と言ってしまいたい。


 でも、もう後戻りはできない。

 私は、覚悟を決めて、大きく息を吸い、口を開いた。



「あーっ!少年!いいところに」


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