いじめっ子にコトリバコを渡してみた

@aikawa_kennosuke

いじめっ子にコトリバコを渡してみた

殴られた痛みとともに、口の中に血の味が広がる。


頬とこめかみの辺りに地面の冷たさを感じた。




別にいつものことだ。




田上とその取り巻きの何人かは、地面に伏している僕を一瞥すると、高笑いをしながら校舎の方へ歩いていった。




通りかかった生徒たちは、薄汚れた雑巾のように倒れている僕を見てクスクスと笑っている。




別にいつものことだ。




服が汚れ、頬を腫らした僕が教室に戻ると、田上たちが言う。




「川西、お前また転んだのか。」




教室にどっと笑いが起こる。


僕が席に着くと、教壇に立っている先生が苦笑して


「川西またか、気をつけなさい。」


と言う。




別にいつものことだ。




僕が田上にいじめられていることは先生も含めて皆が承知している。


だが、皆は注意するどころか、一緒になって囃し立てる。


まるで、僕だけが何かの生贄に捧げられているようだ。




別にいつものことだ。


けど、その日僕は思った。






殺そう。




なんとかして、田上を殺そう。






溜まっていたものが弾けたとか、吹っ切れたとか、そういうんじゃない。


ただ、漠然と思い浮かんだんだ。




田上を殺そう。






笑っている教室の皆を見渡すと、僕も一緒になって笑った。








このいじめが始まったのは、高校2年生になった今年の1学期だ。


きっかけは、僕の出身地が皆に知れたことだ。




僕は被差別部落と呼ばれる地域の出身だった。


今は学校に近い市内に住んでいるが、小学校にあがるまでは部落地域の祖父母の家で、父と母と祖父母と一緒に暮らしていた。




田舎というのは閉鎖的な分、噂もすぐに広まりやすく、どこから知れたか分からないが、現在の高校2年生のクラス全員が知るところとなった。




いじめの首謀者は、田上という男子生徒だ。


昼休みになると、ほとんど毎日校庭の隅に僕を呼び出して、暴力を振るう。


楽しそうに高笑いしながら。








その日の放課後、僕は久しぶりに祖父母の家を訪ねた。




祖父は2年前に他界し、今は祖母だけが暮らしている。




祖母は嬉しそうに、夕飯を作るから食べていきなさいと言ってくれた。




僕は、祖母が料理をしている時、隙を見計らって祖父の書斎だった部屋に入った。




そして、うっすらとほこりを被ったデスクの下の敷物をどけると、床下の物入れのようなものが出てきた。


その中に置かれている頑丈そうな箱を取り出した。


その箱は汚れた御札のようなものが何枚も貼られていたが、鍵はかかっておらず、開けると予期したとおり、古びた小さな木箱のようなものが入っていた。




僕はそれをビニール袋に包みながら直接触れないように取り出して、袋を何重にも被せて鞄の中に仕舞った。




その後は何事もなかったかのように祖母の料理を食べ、祖母の家をあとにした。








昔、祖父に聞いたことがあった。




僕がまだ幼稚園に通っている時分だった。


僕が祖父の机の引き出しを開けたりして遊んでいると、祖父に止められた。




そして、こんな話をされた。




「この部屋にはな、触れちゃいかんものがある。もうこの部屋には勝手に入るな。」




僕が首を傾げていると、祖父はこう続けた。




「今はうちが預かる期間でな。危ないけど、目が届きやすいこの部屋に置いとる。もう10年もすれば他の家に移すから、それまでは我慢せんといかん。」






話はそれで終わりだった。




だが、今になってピンときた。




祖父が隠していたのは“コトリバコ”なんじゃないかって。






今じゃ怖い話や都市伝説はネットにごまんと書かれている。


祖父が言っていた話と符合するような怖い話を探すのは、そんなに時間はかからなかった。




実物を見て確信した。


居住地や管理のルール、それらを考えると、祖父の隠していたものは“コトリバコ”だったんだと思った。




そして、僕は歓喜しながら、夜の家路を歩いた。








翌日も、田上に校庭の隅に呼び出された。




「今日は金持ってきたよな。」


そして、いつものようにカツアゲが始まる。




「持ってきたよ。この中に入ってるんだ。」


僕はビニール袋に包んだ木箱を見せた。




「おじいちゃんちにあったものなんだけど、貯金箱らしくて、この中にお金が入ってる。」




田上は僕から箱を奪うように取ると、


「ふーん。いくら入ってんだよ。」


と訊いてきた。




「分からない。それなりには入ってると思う。」




「入ってなかったら覚悟しとけよ。」




田上は満足したのか、その日は暴力を振るわなかった。




そして、「もし大金が入ってたら、お前らにも飯奢ってやるよ。」


と言いながら取り巻きの生徒と教室に戻っていった。




僕はその後ろ姿を見ながら、どうか苦しんで死んでくれるようにと、呪詛の言葉を浴びせた。








その翌日、また田上に呼び出された。




「おい。あれ全然開かないんだけど。ほんとに金入ってるんだろうな。」


田上が言う。




「だから、それなりには。」


僕はそう言ったが、田上は懐疑的な目をこちらに向けでいたので、急いでこう付け足した。




「もしかすると、かなり値打ちのあるものが入っているのかもしれない。おじいちゃん、すごく大切にしてたから。」




それを聞いて、田上は怒りを抑えるようにして無言で立ち去った。




僕は内心焦っていた。




コトリバコの効果が出ていない?


じゃあやっぱりあれはコトリバコなんかじゃないのか?


そんなことを思って、絶望的な気分になった。








だが、効果は思わぬところから現れた。




その翌日、田上は学校を休んだ。


なんでも身内に不幸があったらしい。




他の生徒の会話に耳を澄ましていると、こんな声が聞こえた。




「田上のお母さん、昨日急に死んじゃったらしいよ。」


「え、病気とか?」


「いや、原因分からないんだって。」






単なる偶然か、コトリバコの効果か分からないが、田上の身の回りに不幸が訪れたことは嬉しかった。






田上が登校してきたのは、それから一週間後だった。




ひと目見て分かった。


田上の人相が変わっている。


頬がこけて、血色が悪い。


取り巻きの生徒も驚き、恐る恐る「大丈夫か?」と訊いている。


田上は「ああ。」と力なく答えていた。




その日の田上からの呼び出しはなかった。








そして、さらにその一週間後、田上は死んだ。




自宅で首を吊っているのが発見されたとのことだ。


生徒の間では、母親の死に対する悲しみからの自殺ではないかという噂が広がっていた。




僕は確信した。


コトリバコの効果だ。


あれに宿った呪いが田上を殺してくれた。


僕はコトリバコに感謝した。






後日、田上の葬式が行われた。


僕も友人として出席したが、もちろん彼の死を悼みに行ったのではない。


隙を見て田上の自室に入ると、コトリバコを回収した。


机の引き出しに入れられていたそれは、こころなしか以前より黒みを帯びているように見えた。








それから僕はコトリバコをたびたび“有効活用”した。




僕のいじめを見て見ぬ振りしていた女教師は、産休に入る予定だった。その女教師の机にコトリバコを忍ばせると、女教師はたちまち流産し、家庭崩壊して休職した。




田上と一番仲の良かった男子生徒の家に忍ばせると、何があったのか、あっという間に引っ越していった。




他のクラスの教室の隅へ、こっそりとコトリバコを置いてみた時は傑作だった。


そのクラスの何人もの生徒、特に女子生徒が同時に体調不良を訴えたため、食中毒が疑われたが、特に何も証拠は上がらず、先生たちも首を傾げていた。








僕は素晴らしい武器を手に入れた。




呪いの効果を目の当たりにした時の痛快感にハマっていった。


そして、誰かの近くにコトリバコを忍ばせる時の、まるで爆弾を仕込むような、胸騒ぎの虜になっていった。






僕はコトリバコを自宅には置かず、学校に隠していたため、呪いの被害は学校内で少しずつ増えていった。




気がつくと、僕をいじめる奴は一人もいなくなった。


皆、最近度重なって起こる不幸を見て、内心怯えているようだった。




安寧を手に入れた。


僕はそう思った。


そして、自分が学校を支配しているかのような全能感に浸った。








そして、僕は何事もなく学校をあとにし、家に帰る。


笑顔で家族と会話し、母の作った夕飯を食べる。


風呂に入って自室に行き、少しだけ勉強をして、就寝する。




また、明日も学校に行ける。


明日は誰が呪われるのだろう。


そんなことを考えながら、眠りに入るのを待つ。






その時だった。






クスクスクス






という、笑い声が微かに聞こえた。


そして、間をおいてまた、






クスクスクス






と聞こえる。




外に誰かいるのだろうかと思い、立ち上がってカーテンを開け、外を見ても誰もいない。


街灯が寂しく明りを下ろしているだけだ。




気の所為か。


そう思って、なんとなく部屋の中の机を見た。




寝る前には無かったはずのものが、机の真ん中に置かれていた。




まさか、と思った。




そんなはずはない。


だってあれは、学校に。




恐る恐る机の明りをつけると、果たしてそれは、今ここで僕が最も見たくなかったものだった。




その黒黒とした木箱は、机の明りを受けてより毒々しく見えた。




そして、また






クスクスクス






という声が、今度ははっきりと聞こえた。






カーテンを開けたままにしていたガラス窓を見ると、部屋の中が反射して映っていた。






ガラス窓には、僕の怯えたような顔が浮かんでいる。




そして、もう一人。


この部屋にいるはずのない人影が、僕のすぐ隣にたっているのが見える。






その時、僕は唐突に理解した。






ああ、呪われていたのは僕の方だった。






また、






クスクスクス






という笑い声が耳元で聞こえた。




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