25:ステッキ

 うららかな陽光が降り注ぐ、『こちら側』に似た『異界』の公園。ベンチに腰掛けたXは、ぼんやりと虚空に視線を彷徨わせていた、が。

「あなたも魔法つかいになりませんか?」

 不意にひょこり、とXの膝の上に上ってきたのは、犬とも猫ともつかない、ふわふわもこもことした不思議な生物だった。生物というよりぬいぐるみ然としているそれは、けれど確かに生物らしく瞬きをして、小さな口をぱくぱくと開閉させて喋ってみせるのだ。

「あなたからは飛びきり強い魔法の才能を感じます。僕と一緒に魔法つかいになれば、どんな願いだって叶いますよ!」

 何を言われているのか、さっぱりわからない、けれど。

 Xは片手を伸ばして、むんずと不思議な生物を掴む。「あっ」という声が聞こえた。そして、そのまま生物を膝から引き剥がし、目の辺りまで持ち上げてみせる。じたばたじたばたと短い手足を振り回す生物に対し、Xは極めて穏やかな声で言った。

「どんな願いでも、叶うんですか?」

 それは――穏やかだけれども、酷く、剣呑な響きを帯びていた。

 こういう時、私はXという男について、何一つ正しく認識していないことを突きつけられる。Xはいつだって我々に対しては従順に振舞ってみせるが、その胸の奥にどのような感情を飼っているのか、悟らせたことがないということでもある。

 もはや何も望むことなどない、かつてXは私に対してそんなことを言ってみせた。だが、それが「どう足掻いても叶わない」からであったとすれば。どんな願いでも叶うのだとすれば、Xは何を願うのだろうか。

 ぴたり、と動くのをやめた生物は、ボタンを思わせる両眼でじっとXを見つめる。次の瞬間、少女向けアニメのおもちゃのようなステッキが、Xと生物の間に現れる。くるくると回るステッキを前に、生物が「そう、どんな願いでも」と頷いてみせるのだ。

「この魔法のステッキさえあれば、何だって叶うんですよ」

「それは素晴らしいですね。けれど……、全部、全部、嘘だ」

「へ?」

 間抜けな声を上げる生物を握る手に、力が篭ったのがディスプレイからでもはっきりと見て取れる。

「魔法で全てが叶うというなら、……私は」

 私は、と。もう一度呟いてから、Xはほとんど投げ捨てるように生物から手を離す。

「帰ってください。私は魔法つかいになんて、なりたくない」

「しかし――」

「帰れって、言ってるんだ」

 Xらしくもない、強い言葉。これには生物もびくりと震えて、ステッキと共にふっとその場から姿を消した。後に残されたXは、生物が消えた辺りの空間をしばらくぼんやりと見つめていたけれど、やがてゆっくりとベンチから立ち上がる。

 遠くで、遊具で遊んでいるらしい子供たちの歓声が聞こえる。『こちら側』と極めて近いといえる光景をぐるりと見渡して、Xはぽつりと呟いた。

「……魔法なんて、大嫌いです」

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