20:祭りのあと

「おや、旅人さん。惜しかったね、祭りはもう終わっちまったよ」

「祭り、ですか」

 きっと、盛大な祭りだったのですね、と、Xは辺りを見渡す。大きな提燈が道の果てまで連なっていて、きっと昨夜まではそこに明々と灯が点されていたに違いなかった。今は太陽の角度を見る限り――これが『こちら側』とおなじ法則を持っていれば、だけれども――朝方のようで、遠くでは既に提燈が片付けられ始めているのが見て取れる。

 Xを「旅人さん」と呼んだ女が、「そうだ」と手を打つ。

「せっかくだから、見ていくかい?」

「何を、ですか?」

「祭りの後始末さ」

 そして、Xに背を向けて歩き出す。Xはそれを追うように、サンダル履きの一歩を踏み出す。

 女がXを案内したのは、大きな道をしばらく歩いたところにある、広場だった。広場には人が集まっていて、中心にあたる場所に置かれたいくつもの巨大な何かを取り囲んでいる。

 それは、獣だった。人の背丈よりもずっと大きな、獣。どれもが太く立派な脚を持ち、燃えるような鬣をなびかせている。ただし、それらが作り物であることはすぐにわかった。どうやら、木組みの枠に紙を張りつけた、張子の獣のようだ。

「あれはね、うちの守り神様たちが天から降りてくるときに乗ってくる獣なのさ」

 女の説明に、Xは「ほう」と返事をする。神が獣に乗ってやってくるというのは、『こちら側』の神話でもしばしば見られるモチーフだ。Xがそれを知っているかどうかは定かではなかったけれど。

「祭りでは、守り神様が宿った獣と一緒に、町中を練り歩くのさ。壮観だよ」

「なるほど。それは、確かに見てみたかったですね」

 やがて、張子の獣たちの周りを取り囲んでいた人々が、徐々に動き出す。広場の中心から離れるように、という声が飛んできて、Xは張子から傍らの女へと視線を向ける。女はにっと笑ってXを見上げる。

「ここにいれば大丈夫さ。見ていてごらん」

 Xは軽く首を傾げて、それから女の言うとおりその場に立ちつくしたまま、張子の獣に視線を戻す。獣たちは物言わずそこに佇んでいたけれど――。

 突如、ぱん、という音がしたかと思うと、獣に火がついた。ぱん、ぱん、ぱん、と連続して音が鳴るごとに、獣の体の一部に火がつき、火は徐々に獣の輪郭に沿って燃え広がっていく。

 紙と木でできた獣は、炎に包まれてその巨体を徐々に崩していく。確かに、これだけでも、それなりに見ごたえのある光景ではある、が――。

 と、その時だった。

 炎の中に、ちらり、ちらりと別の色で輝くものが見えて、はっとする。Xもそうだったのだろう、わずかに息を呑むのがスピーカーを通して聞こえた。

 次の瞬間、視界がかっと白く染まった。ディスプレイが白く焼けついたのもつかの間、Xの目が光に慣れてきたのだろう、映し出された世界は色を取り戻していく。

 見れば、煙を上げて燃え盛る獣たちから、光の柱が立ち上り……、柔らかく輝く七色の光が、天へに向かって浮かび上がっていく。その幻想的な光景に、Xはほう、と感嘆の声を上げる。

「守り神様が、天に帰っているんだよ」

 女の声が、聞こえた。柔らかな光は炎の生み出す熱にあおられるようにして、ゆっくり、ゆっくりと朝の青空に受けて舞い上がっていく。

 獣の姿が完全に崩れ落ちるその頃には、光の柱も消えて、七色の光も見えなくなっていたけれど。

 Xは、神が帰っていったという天を、じっと見つめ続けていた。

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