羅生門のその後
kernel_yu
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月もない。星もない。一点の光も見えない。その闇の中で何か黒いものが動いているらしく思われたと思ううちに、すぐ消え失せた。
老婆は、しばらくの間、そこに佇たたずんで、闇の中を眺めていた。けれども、やがて、その眼が、じれったくなったと見えて、いきなり、門の外へ飛び出そうとした。ところが、その時、ふと、門の下の死骸の山が目についた。――その死骸の山は、いつの間にか、ことごとく、門の外の地面から引き抜いてあった。――それが、何のためか、なぜ、そんな事をしたのか、その時は、まるで気がつかなかった。ただ、その山の崩れたのが、自分のした事によく似ていると思ったばかりであった。
その崩くずれた死骸の山に、何か白い物が見えた。その白い物は、今、自分が脱ぬいだ老婆の着衣だと気がついた時、老婆は、急に、恐ろしくなって、立ちすくんだ。すると、その時、どこから出したものだろう。長い抜け毛が一本、その手に握られていた。その髪の毛は、つい今まで、その老婆の鬘かずらに使われていたものである。
老婆は思わず、髪を握っていた両手を開いた。そうして、そのままの姿勢で立っていた。
すると、その時、どこかで、誰かが、「おい。」と云う声が聞えた。
「おい。」
老婆は、はっと気を取り直して、耳を澄ました。すると、また同じ声で「おい。」と云うのが聞える。今度は、もっと近くである。
「誰だ。」
老婆は、その方へ向いて、叫んだ。
「ここだ。」
また、遠くで、返事がする。
「どっちだ。」
「こっちだ。」
また、返辞があった。
老婆は、やっと安心をした。そうして、急いで、その抜け毛を袂たもとへ入れると、そろりそろりと、門の方へ引き返して行った。
門の内へはいると、もう大丈夫だと思って、老婆は、そこで、また着物を着た。そうして、また梯子段を上り始めた。
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