耳かきASMR好きな俺が、幼馴染と至高のASMR動画を作るまで。

灰猫

【オリエンテーション】耳かきASMRこそ、癒しの至高

「今日も、疲れたな……」


 部屋の電気もロクに付けず、糸が切れた人形のように、ベッドへと倒れ込む。

 雨宮 光太郎あまみや こうたろう。私立大学の一年生。今年の春から親元を離れ、大学近くのアパートで一人暮らしをしている。

 大学生になれば、夢のキャンパスライフが待っている! なんて思っていたが入学して早一ヶ月。大学で友達は一人もできず、バイト先の居酒屋もパリピばかりで、ノリについていけず友人と呼べる人がいない。

 大学生ってなんで皆あんなにコミュ力高いのかね? 中学、高校と教室の片隅でひっそりと学生生活を過ごしていた俺にとっては衝撃だよ。

 あと、居酒屋のバイトって結構忙しい。酔っているお客さんの、無茶振りの対応の仕方が未だに分かんない。俺、不器用だからね。

 しかし、時給は結構高くて割がいいのだ。だから、当分やめる予定は無いが、それでも疲れるものは疲れる。


「こんな時は……あれしかないな」


 仰向けになった俺は、スマホの画面を開き、ファイルアプリを開く。そしてある音声ファイルをタップすると、耳かき棒を持った可愛らしい女子高生のイラストが画面に表示される。俺は、そのイラストの真ん中にある三角の再生ボタンを押した。


『──お兄ちゃん、いつもお疲れ様。今日は私が、耳かきしてあげるね?』


 スマホから囁くように、おっとりとした女の子の声が聞こえてくる。ついで、ガサガサと、何かが穴の中に入ってくるような音。


「ふっ」


 慣れ親しんだ、心地良い音に、つい息が漏れてしまう。

 これが俺の密かな趣味──耳かきASMRだ。


『お兄ちゃん、気持ちいいところがあったら、ちゃーんと私に教えてね? カリカリカリーってやって、お兄ちゃんの事、もっと気持ち良くしてあげるから』


「任せろ、妹よ。というか、全部気持ちいいです。全部カリカリカリーっとしてください」


 音声のセリフに、そんな事をつい口走ってしまう。

 今日聴いているASMRは、おっとりで巨乳な女子高生の妹に耳かきされるものだ。

 耳かきASMRはその声質や耳かきの音質が大事なところになってくるが、それと同じくらい、キャラの設定、それに付いてくるイラスト、シチュエーションが重要なのだ。

 なぜなら、それらの要素は目を瞑り、作品を聴く上で妄想するのに必要不可欠なものだから。

 そう、今バイトから疲れて帰った俺は、巨乳でおっとりとした可愛い女子高生の妹に、耳かきされている……!


『あ、お兄ちゃん。ここが気持ちいんだね? いいよ、もっとしてあげる……カリ、カリ、カリ。ふふ、お兄ちゃん。すっごく気持ち良さそう。良い子、良い子』


「……ヤバい。俺の妹、めちゃ優しいんだが? バブみが凄いんだが? 母性の塊か?」


 ちょっと涙が出てきそうになる。一人暮らしを始めて一ヶ月。早くもホームシックになってきたのだろうか? あ、でも実家には帰りません。だって、ようやく完全なプライベート空間を手に入れましたからね。

 家族という存在は、ASMRを聴くのに障害となる。そりゃあ、万が一、家族にASMR聴いてるのがバレたりしたら、気不味いどころの話ではない。

 それに、誰も周りにいない空間だからこそ、出来る聴き方もある。それが、イヤフォン無しで聴くというものだ。

 普通、ASMRはイヤフォンを付けて聴くものだ。そっちの方が音質が良いし、作品もそれを想定して作られているものが多い。

 しかし、あえて言おう。イヤフォン無しASMRも有りであると。

 誰もいない空間。狭い一人部屋に、超可愛い女の子の声が部屋中に響き渡るんだぞ? その背徳感たるや否や。しかも、スマホを寝転ぶ自分の耳元に置けば、そこから囁き声が発せられた時──本当に側に、その女の子がいるような錯覚さえ覚えるのだ。


『よし、これで終わり。お兄ちゃん、耳かき終わったよ? ふふ、すごく眠そうだね。じゃあ私も一緒に寝ちゃおうかな? ……お休み、お兄ちゃん。大好きだよ』


 最後にキス音と共に音声が終わる。


「……最高だった」


 薄暗い部屋の中で、俺はその余韻をしばらく噛み締めた。


 

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