◆track.02「なるほど、これが噂に聞く」③
◇
放課後に訪れた神室美礼の家は、ハツキの家とよく似た、画一化された一軒家だった。チャイムを鳴らして出てきたのは彼女の両親ではなく老齢の男性であり、玄関も女子高生の家と呼ぶには不釣り合いな殺風景ぶりで、主人公のみならずライカも面食らう。
「どうぞ。片付いてない家ですが」
先導されて玄関を超えても、その印象は変わりない。可愛らしいネームプレートが下げられたドアが目に入ったが、それ以外は祖父らしき老爺の生活環境らしかった。
「美礼、お友達が来てくれたよ」
通された居間のかたわらにある仏壇は、簡素というより寂しい。骨壺や位牌がないのが、司法解剖中なのか火葬前だからなのか、明るくない主人公に判断はつかない。あるのは供え物と写真立て、そして花。気持ちばかりに買ってきたペットボトルのお茶と茶菓子程度では、賑やかしになるかどうか。
「犯人も捕まってない中、気が進まないだろうに、来てくれてありがとう」
「私達はクラスメイトですが、友達でもないのに来てるので、褒められたものでは……」
「いやいや、来てくれただけでもありがたいよ」
手を揉む老爺は写真立てに目をやって。
「孫娘は夢のために、遊ぶよりも資格勉強やアルバイトに精を出していたよ」
『夢?』
「美容関係に進みたかったらしくてね。訛りの矯正や一人暮らしの練習を兼ねて、遠路はるばる上京してきたというわけさ。子供達は皆独り立ちして、妻も随分前に亡くしてる。部屋もあり余っているし、老いぼれでもいた方が若い女の子の一人暮らしよりも安心できるからね。だとしても、美礼がいるようになってから暮らしに彩りが生まれたよ」
半ば下宿のようなものだったと、しわがれた声は語る。
「その夢も、断たれてしまったわけだが……線香の一つでもあげてやっておくれ」
答えに適した言葉が見つからず、促されるままに、まごついた手で線香に火を点ける。嗅ぎ慣れない匂いが煙と共に立ち込めて、故人へ向けて無心になるべく手を合わせるも、ますます心がざわついた。
「夢に急ぐあまり友達と遊ぶのもそっちのけだったから、こうして誰かが来てくれるなんて思いもしなかった。美礼の両親も、海外からすぐ帰ってこれないようでね……」
主人公が気持ちを落ち着けられずにいるのは、あり得たかもしれない自分の姿を見ているからかもしれない。
けれど胸に去来するのは、恐怖や怒り、悲しみなどとは毛色の異なる感情だった。
「どうして……美礼だったのかねぇ……」
手を合わせ終えた主人公とライカにではなく、また誰に向けるでもない呟き。
あまりにも素朴で、茫洋とした疑問。犯人に聞いたとて、分かるかどうか――それでも、主人公の手の中には、真実への糸口があった。
人知れず決意を固める主人公、そしてライカに老爺は穏やかに語りかける。
「どうして、来てくれたんだい? 口振りからして、美礼とは特別関わりがあった方じゃないんだろう?」
「……私は最初『被害に遭ったのが自分じゃなくてよかった』なんて思ったんです。今回来たのは、その罪悪感を消したかったのかもしれません」
だからか、ライカはお茶をいただくことも断り、後ろめたさから足早に帰ろうとしていた。
「怒られるならまだしも、感謝されるようないわれは……」
「それでも、来てくれた。私にはそれがありがたいよ」
「…………」
「お茶、飲んでいってくれるかい? 少しで構わないから、あの子が通っていた学校のことを話してくれると嬉しいよ」
「……はい」
背を向けることをやめ、あたたかな声に向き合う。誠実な対応に、老爺はにっこりと優しく微笑んだ。
「本当に、来てくれてありがとう。おかげで気持ちが少し軽くなったよ」
◇
帰り道、交わす言葉もなく並んで歩いたライカだったが、その横顔は、今朝よりも血色がよくなったように見受けられた。彼女も心を決めたのかもしれない。
心を決めた主人公は、ライカと分かれた道すがら、人気のない通りに差し掛かった辺りで、音羽カナヱに声をかけた。
『いる?』
「――どうしたの?」
やはり姿を見せないだけで、いつも護衛してくれているようだった。深呼吸を一つして、その心強い相手に胸の内を打ち明ける。
〇選択肢
『私は、どうして黒コートに狙われたのか、理由が知りたい』
『僕は、どうして黒コートに狙われたのか、理由が知りたい』
それは、探求心のような感情。
運よく生き残った者の使命としてではなく、なにが運命を分かたったのかを知りたかった。はなむけになりはしない、エゴイズムな理由。
「本当に、いいの?」
【主人公、頷く】
仕留め損ねた標的を野放しにしておくとは思えない。むしろ目撃者として、なんらかのアクションがあって然るべきだ。いずれにせよ向き合わなければならないのならば、逃げ腰になるよりも前を向きたかった。
「協力してくれるのは嬉しい、心の底から。でも危険が伴う。それにこれから先、悲しい景色を見せるかもしれない。辛い現実を聞かせるかもしれない」
その言葉を引き金に、目蓋の裏でいつか見た夢がチラつく――混濁する視界、消えゆく命、鮮血を浴びて尚も白い少女の姿――主人公はかぶりを振った。それこそ非現実的だ。協力を仰いできた相手が裏切って牙を剥くなんて。保障はないが、かといって確証もない。夢はあくまで夢だと結論づけて自分に言い聞かせていると、音羽カナヱは真剣な眼差しを向けてきた。
「私は歌うことしかできないけれど、それでもあなた達の明るい未来を作っていきたい」
それは、誓いの言葉に似ていた。
「あなたは狙われた理由を知るのために、私は事件解決のために、共に手を組んで戦いましょう」
主人公は『こちらこそ、ありがとう』と答えて手を差し出す。
「?」
『握手だよ』
「なるほど、これが噂に聞く」
音羽カナヱはにっこりと微笑んで手を握り返す。やはり体温のない手のひらだったが、どこかあたたかかった。
「噂に聞いていたけれど、これが初めて経験する握手で嬉しい」
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