しにがみこうかん。

楓トリュフ

第一章 カーテン揺れる。

郵便屋さんのバイクの音で、目が覚めた。

よほど疲れていたのか、制服のままソファーで寝ていた。洗面所の鏡に写った私は青白い顔をしていた。


二時限目になり、担任が、入ってきた。


─起立。礼。着席。


教卓から一番近い席。ピクリとも動かない私。


 「どうした。具合でも悪いのか?保健室行くか?」

 「はい。そうします。」

 「誰か、連れていってやれ。」

 「いや、一人で大丈夫です。」


廊下の壁に体を預け、ぼんやり歩いている。

校舎には、1000人位居るのかな。

だけど廊下には、誰もいない。

この世に、ひとりぼっち。

そんなセンチメンタルだ。


 - 失礼します。


 先客はおろか、先生もいない。窓が少し開いていた。時よりピッと笛の音がする。


体育か。そういえば、月曜日は午後から登校が習慣になった私は、体育の日数が足りなくなりそうだ。


授業後、担任は私を見舞いに来た。消毒薬の臭いのする保健室。カーテンが揺れて中庭がチラリと見えた。


満面の作り笑いで、私は告白する。


 「あのね、赤ちゃんが出来たみたい。」


もう彼の答えを聞くまでもなく私は、涙が溢れていた。

彼には家庭があった。


アプローチをしたのは私だ。ちょっとした夏の冒険だった。本気で好きになる気など本当に無かった。

だからなのか?彼を責める気持ちなんて微塵もなかった。


いや、嘘だ。

優しいから。好きだから。



 「遊び歩いてるからだろ。」



その後、どうやって帰宅したのかは覚えていない。

気がついたらリビングのソファーで寝ていた。


冷たい水で顔を洗った。タオルで拭いて、

コンタクトを外そうと鏡に顔を近づけた。


不意に耳鳴りがして、振り替えると、背後に黒い影が走った。


─ギシッ


我が家は農家で、母屋も相当古い。家鳴りは勿論、

すきま風で襖が、カタカタ鳴る。


 「わたしは、バカだなぁ。」


口に出したら、また泣きそうになった。


 「ごめんくださーい。咲元さきもとさん。咲元るみさん、いらっしゃいますか?」

 

涙目をゴシゴシ拭いて、廊下から玄関を見た。

リクルートスーツを着た小柄な女性がいた。


 「はい。咲元るみですけど...どちら様ですか?」


 「ああ、よかった。わたくし、死神交換社しにがみこうかんしゃ真波まなみと申します」


 「しにがみこうかん.?...あの..宗教とか、興味ないです。ごめんなさい」


 「ちょっと失礼します」


彼女は私のお腹に耳を押し当ててきた。うんうんと頷き、涙を浮かべて私を見上げる。


 「良かった...ほんとぉ..生きてる。間に合った..」


ぎゅっと抱き締められた。


何故だろう。私も大粒の涙が溢れる。


初対面の二人が玄関で抱き合い泣いている。とても滑稽だ。


 「ごめんなさい、るみさん。意味分からないよね。急に泣き出すなんて、私、プロ失格ですね」


 「いえ、私も...でもなんで赤ちゃんの事知ってるんですか?」


 「理解できないかもしれないし、理不尽かもしれない。だけど、るみさんと赤ちゃんは救世主なんです」


私は頷く。真波さんは、続ける。


 「この世の生死には、死神王に全権限があるの。その死神王が2040年8月1日に全人類を死亡と決めてしまったの。でも、閻魔様は断固拒否した」


 「そこで、調整機関である弊社が人類の救世主を指名したの。それがこの子。」


 真波さんは、優しくお腹を撫でる。


 「でもね。問題があったの。この子、寿命が無いんだ...可哀想に。理由分かりますよね?」


私は背中が泡立つ。自己嫌悪。黒い感情に包まれる。


背中に鋭いナイフが、突き刺さる。


真波さんは、痛いぐらい私を抱き締める。


 「大丈夫。自害も堕胎もさせない。私を信じて」


 「うん。」


今思えば、まなちゃんの事を無条件に信じていた。

それは、今も変わらない。出会いなんて突然なんだ。

別れだって....。



 





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