17 急転直下の犯人判明
過熱報道は終わらない。うかつに外に出るのは憚られる。すっかり自粛生活に慣れた咲哉。
あれ以来、田中さんとも二階堂君とも会えていない。
二階堂君とはラインでやり取りをした。旅行中だという。瀬戸内方面というから岩崎さんの実家だろう。やはりふたりは恋人だった。
蜜月の日々が窺われ、血生臭い話は切り出しずらい。
傍らには、酷く心を病んでいたらしい岩崎さん。二階堂君の励ましで、少しずつ本来の明るさを取り戻している途中。そんな大事な時間に割って入る覚悟は持てない。
田中さんには、メッセージを送っても、何の返信もない。既読もつかない。
嫌われているのかと思ったら、想像以上にショックだった。愛想はすごぶる悪いけれど、案外良い子だと思っていた。
僅かな疑いを抱いて以来、田中さんの姿を思い浮かべる事が多くなった。思い出せば思い出す程、田中さんの自分の中での意外な評価の高さに、咲哉自身が驚いている。
惚れてもいないのに、失恋したような痛手を持て余していた頃、事態は急展開した。
月刊大倫。一連の扇情的な事件報道の中では、クレーマーや小売業者の疲弊など、社会問題と絡めた冷静な記事を載せていた。硬派なイメージの雑誌だ。
月刊大倫のスクープに、世間は騒然となった。一連の犯行を告白するメールが編集部宛てに送られてきたのだ。事件の詳細を綴った信憑性のあるメールだった。
犯人は田中莉奈と名乗った。
青木康男、日野耕作、渡辺栄一郎。3人を襲ったのは私です。
そんな一文から告白は始まった。
バイト先のドラックストアの常連だった青木康男と日野耕作は、酷い客だった。店のスタッフの間でも知れ渡っているブラックリスト客だった。怒鳴られ、脅され、触られ、耐えられなかった。
ある日、青木康男が凶カードを引いて大騒ぎになった。バイトの帰り、酔っぱらって階段を降りる青木康男を見つた。足元がふらついていた。カードと同じ運命になればいい。今ならいける。そう思って突き飛ばした。
バイトの帰り、酔った日野耕作に襲われそうになった。最低だった。青木康男と同じ目に遭わせてやろうと思った。買い物に来た青木康男に隠し持っていた凶カードを渡した。深夜酔った日野耕作を工事現場に誘い込み、鉄パイプで殴りつけて殺した。
これで毎日は随分平和になった。こんな日々が続けばいいと思った。
けれど、もうすぐ終わる。卒業したら、東京の実家に戻らなければならない。実家に戻って祖父の決めた相手と結婚する。その約束で4年間京都の大学に通い、一人暮らしをする許しを得た。祖父の言葉は絶対だ。誰も逆らえない。
誰でもいい。殺そうと思った。これで全てが終わる。その日は準備をして店に行った。日野耕作を殺した鉄パイプ。着替えの白衣。必要な物を店の裏に隠した。
レジに入る時、凶カードを混ぜ込んだ。誰にあたるかはわからなかった。防犯カメラの機能を停止させた。
渡辺栄一郎が凶を引いた後、トイレに行くフリをして後を追った。そして殺そうとした。杜撰な計画だった。見つかっても構わなかった。けれど思った以上に上手くいった。ただ殺す事は出来なかった。
最後に自殺を仄めかす文章で告白は締めくくられていた。
出版社の通報を受けて、警察が田中さんのマンションの部屋を捜索した。中から鉄パイプ、血痕のついた白衣、田中さんの犯行を裏付ける物証が出てきた。
報道はさらに過熱した。
デスカード連続殺人事件。犯人は文科相田中聡一郎の孫娘。母は次期衆院選に立候補の噂もあった教育評論家の田中美登里。
日本一の教育一家が育てた殺人鬼。
事件報道を機に、田中聡一郎の権威が失墜した。家庭内でのモラハラ。秘書や役人へのパワハラ。違法献金、収賄疑惑まで表出した。
これまで力で抑え込んでいた醜聞が、力を失うと同時に一気に噴出した。
田中さんの父は田中昭太郎。昭太郎氏は、幼い頃から実父聡一郎氏に疎まれ、DV被害を受けていた。DVは連鎖する。
不幸な連鎖の果て、新な被害者が田中さんだ。
権力志向の強い母親は、娘よりも聡一郎氏に気に入られる事が大事だった。
学校、役所、警察。田中さんが外に助けを求めても、結局もみ消された。
体に傷をつければ、学校でのイジメ被害だとされた。警察の気を引こうと万引きをしたら、イジメ加害者に強要された被害者に認定された。
加害者に仕立てられた友人は、怯えて去っていく。
田中家の意向には誰も逆らえない。
ひとり取り残された少女。
連続殺人鬼はこうして作られた。
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