デスカード~スクラッチカード殺人事件”凶”を引いたら死ぬ?
荒方涼歌
プロローグ
深夜のドラックストア。安売りの缶ビールが一本。
人生最後かもしれない買い物。
レジで渡されたスクラッチカード。
今更運試しのバカバカしさに、男は、自嘲の笑みを浮かべながら、釣銭のコインでカードを削る。
現れた文字は“凶”。
客に渡すカードとしてはあり得ない。けれどそれは、適格過ぎる一文字だった。
男は死に場所を探していた。
あてなどなかった。
気づけば、新幹線に乗っていた。
降り立った駅は、町のイメージとは不釣り合いに近代的で、間近見えるタワーは、なんだか妙に間が抜けて見えた。
漸く思い至る。この町へ来た理由。
常に多くの人に囲まれていた。
しかし、連立つ仲間を、何の疑問もなく友達だと思えたのは、あの旅が最後だった。
高校3年生。修学旅行。
思えば妻とは高校の同級生だった。いつも笑顔を絶やさない、明るい女の子だった。遠くから冷やかす仲間の気配を背に、勇気を振り絞って告白したのが、この京都タワーの展望台。
あれから30年。
学校の成績は良かった。けれど、大学に進学してのんびり勉強できる程、家庭には余裕がなかった。
就職。学校の推薦で、条件が良いとされた会社に就職出来た。しかし、周りは大卒の社員が多く、常に一段下に見られた。苦労して成果を上げても、手柄は大卒の社員に取られた。
何度も苦汁を舐め、半ば自暴自棄となって独立を決意した。
独立してから数年は本当に苦しかった。借金を抱えて妻にも随分苦労をかけた。
「なんとかなるって」何があっても、そう言って笑ってくれる妻だった。その笑顔に何度も助けられた。
すっかり忘れていた。
やがて苦労は実を結び、事業は軌道に乗った。いったん走り出した車両は、レールの上を進み続ける。成功は成功を呼び、金は金を生む。
一度手に入れた栄光は、何としても手放したくなかった。もっと大きく、もっと上へ。欲望は留まることなく膨れ上がる。
もう二度と馬鹿にされたくない。
目的のためには多少の犠牲は致し方ない。何度も人を傷つけた。次第に傷つける事に慣れていく。
騙される方がバカなのだ。
裕福な暮らしを手に入れたのに、いつの頃からか、妻は笑わなくなった。
かわりに多くの人が寄ってきた、儲け話を山ほど抱えて。
「是非一緒にやりましょう」
「あなたの才能が必要です」
天下を取った。そんな勘違いをし始めた頃、妻は息子を連れて出て行った。
あなたの援助はいらない。養育費もいらない。人を傷つけて手に入れたお金で、大事なこの子を育てるわけにはいかない。
わけがわからなかった。コケにされたと思った。誰のおかげでこんな暮らしが出来ていると思う。そんなに嫌なら好きにすればいい。
妻がいなくても、何も困らない。寄ってくる女は山ほどいる。取替の利く若くて綺麗な女が。
振り返る事なく走り続けた。新たな栄光に向かうレールは永遠に続いていると思っていた。
自分は天から選ばれた特別な人間だ。凡人どもとは価値が違う。
綻びは、突然訪れた。新型のウイルスと共に。
積み上げてきた実績が少しずつ崩れてく。そして、僅かな綻びが、ある時大きな裂け目となって、あっと言う間に全てが流れ出してしまった。
振り返ると、そこには誰もいなかった。
あれ程何重にも取り囲んでいた人々は、一斉にいなくなった。
「大丈夫か?」そんな慰めを言ってくれる友達のひとりもいなかった。いるわけもなかった。全て蹴散らしてきたのだから。
チェックインしたビジネスホテルを出る。目的もなく街を彷徨う。
見覚えのある電車に乗ってみたり、ただただ歩いてみたり。30年前の面影をどこかで見つけられる気がして。
もうどれだけ飲んだかわからない。自販機で買った缶ビールがそろそろ空になる。気づけば、辺りは暗くなっている、ここが何処なのかもわからない。
目の前に見覚えのある店構えが現れた。30年前の記憶ではない。自宅近くにもあるドラッグストアのチェーン店だ。ビールを買おうと店に入った。
そのピンク色のコスチュームは、やはり白衣と呼ぶのだろうか。
名札には一般従事者とある。薬剤師ではないという事か。なのに白衣は無駄に洗濯が大変だ。
ぼんやりと、若い女の店員を眺めながら、どうでもいい事を考えていたら、レジの順番が回ってきた。
背中を丸め、伏し目がちで、暗い印象の店員。
「袋はご入用ですか?」
「いらない」
自ら発したその声は、自らの耳にに酷く不快色を持って響いた。。
無表情の店員の表情が、ほんの一瞬歪む。声音のせいか、アクリル板越しにも届く酒の臭いのせいか。
釣銭とレシート。一緒に渡されたスクラッチカード。
「申し訳ございません」
“凶”の文字を驚愕の表情で見つめた店員は、深々と頭を下げた。
印刷ミスの“凶”のカードが何かの手違いで紛れていたらしい。
「凶で結構」
そう言って口角を上げる。笑顔には程遠い。
「大吉の景品をお受け取り下さい」
慌てて追いかけてきて、そう言ったのはグリーンの白衣を着た女の店員だった。わざわざ出てきたのだから、先程のレジ係の上役にあたるのだろう。しかし、年の頃は変わらない。明るい印象の分むしろ若く見える。
渡された紙袋は、迷惑に感じる程度には重量があった。ちらっと覗くとシャンプーのボトルが見えた。
死に場所を探して立ち寄った先で“凶”を引き、シャンプーを受け取る。
何もかもがバカバカしい。
店員の視線を振り切るように店を出て、買ったばかりの缶ビールのプルトップを開け、口に運ぶ。
裏道に入ると、街灯もなく足元も見えない。時刻は0時を回っている。
「凶」
口に出して言ってみる。当たってる。小さな罰のひとつだと思って受け取った紙袋に再び目をやる。
その時だ。
頭を一撃。一瞬の衝撃。
何が起こったのかわからなかった。
ただ、目の端に、見覚えのあるピンクの布地がひらりと舞うのが映った気がした。
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