妄想 落とし穴

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 もし、ここにあの人がいたら。


 きっと私に「頑張れ」っていうはず。


 もし、ここにあの人がいたなら。


 きっと私に「諦めるな」っていうはず。


 よし、気合入った。


 がんばろう。


 私は落とし穴の淵を見上げて、拳をつくった。


 地上までは、あと十メートルある。


 私がよじのぼった記録、三メートルが最高記録。


「……やっぱり、無理かもぉ」


 脳裏に浮かび上がらせた推しの力で、築き上げた決意の城。それは、砂の城だったらしい。


 水とかかけると、すぐ崩れちゃう類のものだった。


「はぁ」


 そもそも、学校の帰り道。


 年甲斐もなくはしゃいで、散歩でもするかと森の中に寄り道してしまったのがいけない。


 テストでいい点とれたから、ハイになっていた。


 それで、普段はいかない森の中にいって、馬鹿みたいに浮かれてるうちに、落とし穴にずどん。


 たぶんこれ害獣対策とかのヤツだ。


 穴の隅に、動物用の餌とか檻とかがおかれているから。


「いつ、助けにきてくれるんだろう。スマホの電波入らないし、困ったよ」


 たぶん今日の夜くらいには、私が帰らなかったことで、両親が異変に気が付いてくれるだろう。


 でも、そこから発見されるまでどれくらいの時間がかかるだろう。


 森の中は冷えるだろうし、獣だっている。


 いたいけな少女にとって、安全と言えるような環境ではないのだ。


「うぅー、かじられたりするのは嫌。だれか気づいて!」


 なけなしの気力で叫んでみるが、人が気が付いたような気配はまるでなかった。







 うだうだしてる間にも、周りが薄暗くなっていく。日が暮れていく。


 暗闇が満ちていくのに従って、恐怖心がわいてくる。


「うぅっ、誰かぁ。もう浮かれて変な場所にはいきません、だから助けてー」


 けれど、そんな私を励ますのも、推しの幻だった。


「心が負けてたら勝負をする前から負けてるだろ」


 とか。


「ここで奮い立たなくて、いつ立つんだ」


 とか言ってくる。


 さっきは役に立たなかったくせに。


 でも、好き!


 カッコいいから許す!


 けど。


 心はちょっと元気になっても、現実は変わらない。


「はぁ、がんばれって言われてもなぁ……」


 ぼんやりと穴の淵を眺めてる。


 きっと私の好きな推しだったら、ポテンシャルが高いから、ひょいひょいっとすぐに登っていってしまうだろう。


 即・落とし穴脱出だ。


 でも、私は無理。


 ただの女子学生だから。


 あれは、どうせ普通人には超えられない大層な障がいなのだ。


 すると、脳内の推しが喋り出した「本当にそうか?」


 んぇ?


 ちょいちょい、いま発言を許可した覚えないけど、何で自動的に喋ってんの。


 私の推しに対する愛って、そんな奇跡起こしちゃえる程だったっけ。


「諦めるな。たとえ誰が諦めても、諦めるな。お前なら運命を変えられる」


 ほぇ?


 そっ、そんな事言われましても。


 私、ただの人間ですし。


 アニメとか漫画に出てくる特別な人間じゃないですよ。


 もじもじ。


「誰だって、そうだ。最初は普通の人間だった。それでも頑張ったから特別な人間になったんだ。最初から特別な人間だったヤツなんて、ほんの一握りだぜ?」


 天才は一人もいないって言わないあたり、微妙にリアリティあるねこの幻。


 はぁ、そんな風に推しに応援されたら、もうちょっと頑張らなくちゃって気分になるじゃん。


 どれどれ。


 ちょっと観察してみようか。


 んー。


 崖の中腹。


 ここから五メートルくらいの所に、木の蔓が垂れ下がってる。


 野太いから、華奢な少女一人くらいの体重はささえられそうかな。

 えっ、私の重さ、どれくらいかって?

 秘密ですん。


 とりあえず、あそこまで登れば、何とかなりそう。


 問題は、私の最高記録が3メートルくらいってとこだ。


 何か踏み台になるものがあればいけるか?


 よし、害獣用の檻を使ってみよう。


 よっこらせ。


「……」


 よじよじ。


 ぎゃん!


 いたたた。


 檻がひっくり返った!

 そしたら上に乗った私も巻き添えだい!

 事前にそれ予想しとこうね、私!


 そうだ、固定しとかないと。ぐらついちゃうじゃん。


 阿保だなぁ私。

 だから、テストでいい点とれた時、浮かれちゃったんだけどね。


 檻を土で埋めて、ひっくりかえらないように固めとこ。


 よし、即席の足場完成。


 よいしょ。


 これで、四メートルくらいには到達……するかな。


 あと一メートルは、くっ。ジャンプだ。


「そいっ!」


 ぱしっ。


 やった蔓をつかんだ!


 やりぃ。


 半分に到達だ!


 ぶらーん。


 って、あああ、腕がぁぁぁ。


 人間の体って、超重い!


 私個人は決して重くなんてないんだけど、人間という種族の体重が重い!


 ぶら下がるだけでやっとだよ!


 ううぅ、やっぱり無理ぃ。


 なんて思ってたら脳内の推しが、再び「諦めるな」だってさ。


 分かりましたよーぅ。


 私は、渋々ゆらゆらぶらりんこしながら、周囲を見つめてみる。


 くっ、肩がそろそろ限界。


 あっ、土の壁に足場になりそうなくぼみがある。


 上の方にもいくつかあるぞ。


 よし、このくぼみに足をかけて登っていこう。


 蔓をたよりにしながら、慎重に。


 ゆっくり。


 ゆっくり。








「のぼれた!」


 一時はどうなるかと思ったけど、無事に落とし穴から脱出できた。


 よかったー。


 落とし穴で過ごす所だった。


 ん、雨が降ってきた!


 わっ、土砂降りだ!


 うわぁぁぁ、早く家に帰らないと。


 バケツをひっくり返したような雨だよー。


 でも、良かった。


 早く脱出できて。


 もうちょっと遅かったら、くぼみの足場がぬめってのぼりにくくなってたかもしれないし。


 底の方でとどまっていたら、風邪をひいてたかも。


 雨の量が多かったら。朝があけた頃にはもしかしたら……。


 うっ、怖い事は想像しないようにしよう。


 さっ、早くかえろーっと。


 家に着いたら、今晩は推しグッズにまみれて眠るぞー。


 うん、私の脳内の推し、もう喋らないな。


 まあ、いっか。

 危機的状況に陥った私が、秘めたる才能を開花させちゃっただけだろうし。


 私の推しへの愛は、奇跡を起こすのだ!


 なんちて。







 一人の少女が穴から脱出したのを見届けて、俺はため息を吐いた。


「まったく、世話を焼かせる奴だな、五葉あいつは。幸運そうなのは名前だけかよ」


 あいつと初めて会ったのは、今から一年前。


 出会った頃は、乙女ゲームの世界に転生したとかわめいて、意味の分からない事ばっかり言っていた。


 それから色々あって、一年の間一緒に旅をした。

 そして先日、とうとう打倒の目的であった悪魔を倒す事ができたのだ。


 その褒美に、俺達の味方である天使が「何でも」願いを叶えてくれると言ったから。


 だから、俺は願った。


 あいつがこの世界に転生してこないようにしてくれと。


 目の前の天使は言う。


「良いのですか、彼女がいなくなればあなたの旅は、本来のシナリオ通りに進みます」

「ああ、いいぜ」

「貴方は助からずに死んでしまうでしょう」

「それでもいいさ。あいつからは、十分に良い物をもらってきたからよ」


 俺は、もうすでにたくさんの物をもらってきた。

 あいつが起こした奇跡で、俺は生き延びる事ができたんだから。


 だから、恩返しをすることにしたのだ。


 たとえ、今までの事が無駄になったとしても、彼女が幸せになれるのなら。


 それでいい。


 そう思って。


「分かりました、では過去にさかのぼって歴史を元に戻します」

「ああ。これで、さよならだな、五葉」







 翌日、学校に通った私は、友達に「それでねー」と昨日の出来事をぐちっていた。


 本日発行「私新聞」の内容は……


 !落とし穴にはまる、まぬけな私!


 だ。


 そのまんまだね。


 見るからに阿保っぽい。


 ううむ、やっぱりあのテストの点数、誰かと間違えられてるんじゃ。


 すると、友達が心配そうな顔をして「よく無事だったね」と言ってきた。


 うん、私もびっくりだよ。


 あの後、ほんとにすごい大雨・どしゃぶり・あめあられだったからね。


 ほんと、妄想とはいえ、推しには助けられたなぁ。


 すごくかっこよかった。惚れる!


 あっ、もう惚れてた。好き!


「はぁー、唐突に異世界召喚とかされちゃって、推しがいる世界にいけないかなぁ」

「昨日大変な事があったのに、そんな事言ってー。よくあるファンタジーみたいに、不慮の事故で異世界転生しちゃってもしらないよ」

「あはは、それはさすがに嫌だよねー」


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妄想 落とし穴 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032

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