七色の双弓

ゆあっしゅ

一 花珠也と暁



「....大丈夫だよ、花珠也(かずや)...俺は....」




───────.....熱い....




何だ.....




「.......ゃさ.....」




俺は.....




「....ずや..ん.....!」




一体.......




「......ずやさん!」





誰か.....呼んでる......?





「花珠也さんっ!!」



「はっっ!!」




炎と熱風の海に取り囲まれている花珠也(かずや)と暁(あきら)は絶体絶命だった。


すぐ傍まで炎を吹き晒す、樹木ほども背丈のある大きな蛇の妖が迫っていた。


その皮膚はメタル素材の様な黒ぐろした艶の鱗で、前進する度に鱗はその一枚一枚をギラりと光らせる。



「花珠也さん!僕の治癒力ではこれが限界です!立てますか?逃げましょう!」



見ると花珠也の腹には大量の血がべっとりとへばりついている。



─────あぁ、そうか、俺はこの蛇からコイツを庇って腹を喰われかけて.....



花珠也は暁の肩に手をかけ立ち上がる。



「大丈夫だよ、ありがとアッキー!下がってな!」



そう言うと花珠也は弓を構える姿勢をとった。



〖爆矢!〗



その号令と共に、何も無かった花珠也の手に黄金に光り輝く弓が現れた。


弓を引き、大蛇に狙いを定める。



〖急急如律令!〗



そう声を張る花珠也が引いた弦を離すと、黄金に光る矢がピンと音を立てて空を切り、勢いよく放たれた。


矢は見事に大蛇の眉間を貫く。


けたたましい大蛇の叫び声が轟いた。



「ちっ!首跳ねねーと無理かぁ!」



大蛇は眉間に矢が刺さったまま口から炎を繰り出し、轟音と共に花珠也へ向けて吐き散らした。

それを交わしながら再び弓を構え矢を放つと、大蛇の首に命中した。


矢はまばゆく光り、激しい爆発音と共に大蛇の首を吹き飛ばした。


大蛇は声をあげる間もなく、首から粉々に粉砕していった。


花珠也はその場の地面へと仰向けに倒れ込む。


大蛇の肉片が粉々に散る中、森の草木に隠れていた暁は花珠也に駆け寄った。



「花珠也さん!」



花珠也の腹は傷口が広がり、更に血が溢れ出していた。


この大蛇で何匹目だろうか、この妖の世界へ踏み入ってから花珠也はずっと妖と闘い続けている。



「すみません、花珠也さん。僕なんかを庇って...

花珠也さんが言ってたこと、分かってるつもりでしたが....役立たずですみません....。」



暁は俯く。



「なーに言ってんだ。どっち道想定内だよ。無傷で帰れるなんて思ってねぇ。気にすんな!

それに、俺は弟を連れ帰るまでは死んでも諦めねぇ!」



「花珠也さん...。」



そう力強く話す花珠也の腹へ、暁は両手をかざした。

その手のひらからは青い光が立ち込める。

暁の治癒力で完治出来るのはせいぜい擦り傷程度。

大蛇の鋭い牙で深く傷ついた花珠也の腹は到底治せそうになく、薄皮一枚をつなげて止血する程度に留まった。



「はぁ...こ...これが限界です...すみません....。」



冷や汗をかきながら謝る暁の手のひらから光がゆっくりと消えていった。



「サンキュー!血止まったし、なんとかなんだろ!」



花珠也は上空へ足を伸ばし、勢いをつけて飛び上がり立ち上がった。


暁はそれを見て慌てて言った。



「ちょっ!すぐ傷口が開いちゃいますからあんま動かないでくださいよぉー!」



「いや、もう行かなきゃっ!弟は半年もこの世界に閉じ込められてんだ。さっさと助け出してやんねーとさっ。」



そう言って花珠也は準備運動をしながら更に続けた。



「双子の弟は硺也(たくや)っつってさ、俺なんかよりめちゃくちゃ強えぇのっ。もちろん俺と同じ顔なんだけどさ、優しくて可愛いやつなんだよっ。」



花珠也は腹に大きな傷があるとは思えないほど嬉しそうに語る。



「俺らには兄弟以上のキズナがあんだ!

俺硺也にメロきゅんだかんなぁーっ♡ふはっ!」



そんな花珠也の笑う顔の奥には少し寂しさがチラついている。



それにしても、



「ん?メロ...?」



聞き逃すところだった単語をもう一度拾った。



「ふはっ!メロメロってことっ!変だろ?

俺の硺也は双子で、弟で、この世で一番大切な奴!俺めちゃくちゃ大好きなんだよ!笑ってくれてもいーぜ、俺気にしねーし!」



ニコニコと笑って空を見上げる花珠也に、暁は違和感を持つどころか少し嬉しくなった。



「.....いえ、変なんかじゃないです。誰にだって大切な人はいます。花珠也さんには、それが弟さんってだけです。」



花珠也の笑顔を見ていると、

暁は心からそう思えた。



「ふはっ!....お前.....良い奴だなっ。」







───────────8時間前



「ここかぁ。」



とある山奥、花珠也は巨大な岩の前に立っていた。



────ガサガサ.....


背後の林の中から音がする。


何か居る。




「....出てこいよ。俺の事付けてたろ。めっちゃバレてんぞ。」



花珠也がそう言うと、草木を分けいって一人の少年が申し訳なさそうに現れた。



「少年、俺に何の用だ。」



学ランに赤いバックパックを背負い、前髪の長いマッシュルカットで丸い眼鏡をかけた少年は申し訳なさそうに答えた。



「あっ...の.......ここ、妖の世界へ通じる場所....なんですよね.....?」



花珠也は弓を構える姿勢を取った。



「てめ何もんだ。何でおめーがそれを知ってる。まさか妖か?」


「いや...あの.......」



花珠也の手に黄金に光る弓が現れる。



「まっ....待って..!あのっ....僕、

葛西 暁(かさい あきら)って言います!

....ち...中学2年生で...す...。」


「ちゅーがくせーが俺に何の用だよ。」



花珠也は弓を持ったまま警戒している。


暁は慌てて言葉を振り絞った。



「ぼっ僕の母さんがっ....その妖の世界にいるかもしれないんです!」


「あぁ?」



暁は事前に用意していた言葉を途切れ途切れに話だした。



「ぼ...僕の母さんは....二ヶ月前、妖にさらわれました。

僕、小さい頃から妖が見える体質でして...母さんにも...見えてました。

さらわれる直前、母さんに黒いモヤのようなものが付き纏って..

母さんがボソッと言ってたんです。

『迎えがきた』って...。」



花珠也はゆっくり弓を下ろした。



「そして突然黒いモヤだったものがいきなり、黒い大きな...犬のような...狼のような姿に変わって母さんをくわえて逃げて行ったんです....。」



花珠也を見上げると、無表情のまま暁を見下ろしている。



「え...と...それで!昨日学校帰りに偶然、お兄さんが妖と闘っているのを見かけてしまいました...。

僕、母さん以外に妖が見える人知らなかったし、しかも妖術使いさんなんて初めて見たからっ....つい、隠れて見ていたんです...すみません....。」



「あーーー....見られてたんかぁーーー...」



花珠也は頭をかいた。



「それで....お兄さんがその妖から、妖の世界へ行く方法を聞き出しているのを聞いてしまって.....」



花珠也はじろりと暁を見た。



「すっ!すみません!すみません!でも....この人について行けば、もしかしたら...!」


「母ちゃんの居所が分かるかもしれない..と思ったわけか。」


「はい.....。」


「はぁ....くっそ、こんなもん親父に言えりゃあんな妖、拷問する手間なんざ省けたんだけどなー。」



花珠也はまた頭をかいた。



「あんなー、少年、向こうへは連れて行けねえ。現世にいるのは大抵が小物の妖怪だが向こうの世界では訳が違う。お前みたいなん一瞬で妖の餌になって終わりだぞ。」


「わかっ...てます...。」


「分かってねーよ。それに、俺は手伝えねーぞ。同じく人を探しにいくんだ。少年の気持ちも分からねーでもねぇが、正直俺は自分の事で手いっぱいだ。」



すると暁は、俯いていた顔を上げ声を張った。



「な...なら!その人探し、僕にも手伝わせてください!そしてその後でもいいです、母さんを探すのを手伝ってください!お願いします!!」


「はぁーー??お前話聞いてた?お前なんか一瞬で...」


「僕には治癒妖力があります!...ちょっと...弱くて中途半端にしか治せない力ですけど...お兄さんが怪我をしたら、僕、治してあげられます!」



暁の言葉に戸惑う花珠也。



「いや、でも....」


「お願いします!母さんは....正直妖の世界にいるのか、もう妖に食べられちゃったか....分かんないけど、でも...あんな....あんな別れ方嫌だ...

....どこにいるのか、なぜさらわれたのか、生きてるのか、生きてないのか、なんであっても、確かめたいんです!!」



暁の目には涙が溜まり、今にもこぼれ落ちそうだ。



───────こんな時、硺也なら.....



花珠也はまた頭をかき、しばらく黙った後話し出した。



「んーーーー.....わーったよ。わーった、連れてってやるよ。俺とお前は同じ境遇ってことだもんな。」


「同じ...?」


「あぁ、俺は 安倍 花珠也(あべのかずや)。こー見えてあの安倍晴明、直属の子孫だ。

家が代々祓い屋でな、俺は双子の弟の硺也(たくや)と組んで祓い屋継いでんだ。

でも半年前、訳あって硺也が妖の世界、

〖燕下〗(えんか)に連れていかれた。

別れ際に約束したんだ。必ず迎えに行く、ってな。」



そう話しながら、花珠也は再び大岩の前に立った。



〖装───。〗



胸元で人差し指と中指を絡めそう唱えると、花珠也の衣服が一瞬で狩衣(かりぎぬ)へと変化した。

全体的に動きやすい作りとなっているその狩衣は白く、履物である指貫(さしぬき)は膝下程度まで短く、足元は厚底シューズのような硬く黒い浅沓(あさぐつ)で守られている。


暁は呆然とそれを見つめた。


そのまま花珠也はブツブツと何かを唱え始めた。


すると地鳴りと共に大岩がスライドし始め、

真黒く大きな口を開けた洞窟が現れた。



「えーっと、アキラ?だっけ?めんどくせーからアッキーでいーか?」


「めんど....あっ、はい!いいです!花珠也さん!」


「そんじゃアッキー、よろしくな!」



花珠也は振り返り暁に微笑むと、躊躇うことなくそのままスタスタと暗闇の中へ進んでいく。



「ホラ、行くぞアッキー!」


「はっ...はいっ!」





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