第16話 公爵令嬢姉妹の部屋の盗聴

 いつものように廊下を曲がると聴能力を飲んで、壁に盗聴器をくっ付けた。

 すぐに姉妹の声が聞こえてきた。


「姉様、ご結婚おめでとうございます」

「ふぅー、ようやくね。このまま戦争終結するかと思ったわよ」

「はい、そうですね。でも、今ならば十分に挽回できます。早速、父様に傭兵の手配をお願いしようと……」

「はぁ? リリ、あんた、いつから自分で考えて行動していいように偉くなったの?」

「す、すみません、姉様……」

「はぁぁ、まったく、あんたがもっと徹底的にイジメないから死んでないのよ。このぐらいやりなさいよ!」

「きゃああっ! あぐっ、姉様、やめて、やめて、ください、蹴らないでぇ……」


 ……ひ、酷過ぎる。めちゃくちゃ外面が良いだけじゃないですか。

 ドガッ、ドガッ、ドガッと公爵令嬢姉妹の部屋から信じられない声が聞こえてくる。

 どう聞いてもリリがララを暴行していない。ララがリリを足で蹴って暴行している。


 ……ヤバイです。とんでもなく性格最悪の暴力女です。

 王子とナターシャが良い人だと言っていたけど、ララは偽聖女と同じレベルの腐れ女だった。

 まあ、このまま外面が良いまま続けてくれれば問題ないと思います。

 女は多少秘密がある方が普通だから、戦争勝利の為に、このぐらいの凶暴性も我慢するべきだと思う。

 所詮は形だけの第一夫人なんだから、ナターシャと結婚できるまで我慢すればいいんだ。


「はぁっ、はぁっ、まったく使えない妹ね。次に失敗したら、どこかの下級貴族のブサ男に嫁がせるわよ」

「こほぉ、こほぉ、うぐっ、うっ……ぐっす、は、はい、すみません……」


 ようやく蹴り終わったようだリリは二分間も蹴りまくられていた。

 蹴られたリリの方が謝っているから、今日初めて暴行されたわけじゃなく、日常的に暴行されているみたいだ。

 リリは完全に蹴られる生活に慣れきっている。


「まあいいわ。あんたもナターシャも王子も私の人形よ。人形は思い通りに動くから人形なの。思い通りに動かない人形は人形じゃない。壊して捨てないといけない。リリ、あんたもナターシャみたいに捨てられたいの?」

「い、いえ、私は姉様の人形です。はぁっ、はぁっ、姉様のお人形にしてください」

「くすっ。相変わらず犬のように変態ね。右の靴を舐め終わったら、左の靴も綺麗に舐めるのよ」

「ワン」


 ……姉もヤバイですが、妹もヤバそうです。

 リリは完全服従というか、洗脳されている。

 リリを蹴って汚れたのだろうか、ララの靴をリリが舐めて綺麗にしているようだ。

 

「ナターシャはあれを持たせているから、王様に密告すればいつでも排除できるけど、あの錬金術師は厄介ね。早めに城から出て行ってもらわないと……」

「そういえば、神殿の兵士がその錬金術師が凄い物を持っていたと言ってましたよ」

「凄い物?」

「はい。何でも分厚い壁の中の会話も聞けるワイングラスだそうです。それを使って、偽聖女と騎士団長が不倫しているところを取り押さえたそう、きゃああっ!」


 リリが話している途中だったけど、また蹴られたみたいだ。

 ドガッ、バタッと蹴られて、床に倒れた派手な音が聞こえてきた。

 靴じゃなくて、生足でも舐めて怒らせてしまったのだろうか。


「この馬鹿犬! それを早く言いなさい! その道具で私達の話を聞いていたらどうするつもり! さっさと調べて来なさい!」

「は、はい、姉様っ‼︎ ごめんなさいっ‼︎」

「ヤバイです! 逃げないと蹴られて、靴を舐めさせられます!」


 公爵姉妹の部屋の扉がバァタンと勢いよく開けられた。盗聴器をポケットに仕舞うと走り出した。

 ララは用心深い人間みたいだから、盗聴されている可能性に気付いたようだ。

 まだまだ色々と聞きたい事があるけど、椅子にロープで縛られて聞きたくない。

 捕まったら、知っている事を拷問で洗いざらい喋らされた後に殺されてしまう。


 ♢


「はぁっ、はぁっ、危なかったぁー」


 何とか自室まで走って逃げると鍵をかけた。犬のリリもここまでは追って来ない。

 流石にこの部屋の中まで追って来て、「何か聞きましたよね?」とは聞いてこないはずだ。


 ……あれって何ですか? 王様に密告とか言ってましたけど。

 少し落ち着いてきたので考えてみた。ララは何か切り札みたいなものがあると、口にしていた。

 ナターシャに盗品でも渡して、ナターシャに盗まれたと訴えるつもりかもしれない。

 あの足蹴り女なら、そのぐらいの事をやっても不思議じゃない。


「王子に教えた方がいいとは思うけど、言ったら言ったらで面倒になるよね……」


 本当は今すぐに王子とナターシャに、イジメの本当の首謀者を教えに行きたい。

 リリがララに命令されて、ナターシャをイジメていたのならば、そんな相手と結婚して欲しくない。

 でも、それをやってしまうと問題が発生してしまう。


「どうしよう? 婚約者がナターシャだけになっても、あの王様が結婚を許すとは思えないよ」


 ララの本性を教えたら、あの王子ならば結婚をなかった事にすると思う。

 その結果、ナターシャと結婚するとまた言い出すと思う。

 でも、それを国王が許すとは思えない。

 イジメなんて小さな事はどうでもいいと結婚を強行するはずだ。


 それにララもナターシャが結婚できないようにする切り札を持っているらしい。

 結局は婚約者候補四人全員がいなくなってしまう。


 もちろん、そんな事にはならないから、一番まともな相手が選ばれる事になる。

 ナターシャとララならば、結局はララが選ばれるだろう。

 結果は同じなんだから、私がこのまま黙っていた方が騒ぎにならなくていい。


「はぁぁ、余計な事をせずに城から出ましょう。その方が良いんですから……」


 ララは私を城から追い出すと言っていた。私の希望通りの結果になったんだから、喜んだ方がいい。

 あとは大人しくしてれば、城から出て行っていいと言われるから、その時まで部屋で待機していればいいんだ。

 ……これ以上は余計な首を突っ込むのはやめましょう。


 ♢


 二日後。部屋の中で爆弾や作れそうな錬金術の薬を暇潰しに作りながら待っていると、知らせがやって来た。


「錬金術師のティエラだな。国王様の命令だ。城を出て行ってもらう。これが報酬だ。それと部屋の中に欲しい素材があれば、持っていっていいそうだ。もう使う必要がないそうだ」


 やって来た兵士はそう言ってから、硬貨がギッシリと入った布袋を渡してきた。

 金貨じゃなくて、多分、銀貨が大量に入っていそうだ。

 この城は泥棒が多いから、兵士の目の前で数えて、「足りない」と言った方がいいかもしれない。

 まあ、当然、そんな子供っぽい事は言わない。


「ありがとうございます。最後に王子様とナターシャさんに挨拶をしていいでしょうか?」

「駄目だ。それにあのメイドは王子に惚れ薬を飲ませていた罪で牢屋に入れられている。会う事は出来ない」

「まさか……そんなの嘘ですよね?」

「嘘ではない。王子の紅茶にバレないように入れていたそうだ。まったく酷い女だ。だから、敵国の女を城に入れるべきではなかったのだ」


 城を出る前に二人に別れの挨拶をしようと思ったのに、まさかのナターシャの牢屋送りだ。

 確かに隠すように紅茶に精力剤を入れていたのは知っている。

 ちょっと違うけど、惚れ薬だと言われても仕方ないと思う。


「そうですか……ナターシャさんはどうなるんですか?」

「そうだな。通常は死刑が妥当だろうが、それは王子が反対した。だが、あんな嘘吐きは死刑で当然だ。惚れ薬だと知らずにリラックス効果がある薬だと思って入れていたそうだ。戦争で心労が重なっている王子を陰から助けたかったそうだ」


 兵士は苦々しい顔で教えてくれるけど、そういう事情があるなら、牢屋送りは早すぎる。


「だとしたら、そうなんじゃないですか? キチンと調べれば無実だと分かりますよ」

「フン。その必要はない。その薬は公爵家のララ様に貰ったそうだ。ララ様に確認したところ、そんな薬は知らないと言っていた。あれだけ良くしてもらったララ様に罪を擦り付けるとは最低の女だ。それとも、優しいララ様ならば庇って助けてくれると期待したのかもしれないな」


 絶対にその腐れ公爵の方が嘘吐きだ。兵士には悪いけど、嘘吐きはララの方だ。

 精神安定剤だとか言って、ナターシャに小瓶を渡している姿しか見えない。

 盗聴した時に言っていた、アレとは精力剤の事だったみたいだ。


 きっと、精力剤の力で王子を誘惑して惚れさせたと王様に密告したに違いない。

 王様もその方が都合が良いから、ろくに調べさせずに強制的に牢屋送りにしたのだろう。

 それで王子に「ララと結婚したら、死刑だけは許してやろう」とか言えば、王子も言う事を聞く。

 わざわざ王子をナターシャに惚れさせた後に叩き落とすなんて、人間の考える事じゃない。

 

 ……王様は自白剤を使おうとしていたから、ララが考えたんでしょうね。

 想像を超える外道公爵令嬢ですけど、証拠もないのに何も言えない。

 下手すれば、ナターシャと仲良く牢屋送りだ。

 お金と錬金術の素材を貰って、大人しく城から出て行くしかなかった。

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