第2話 王子の依頼

「ああ、この国の王子だ。君には悪い事をしたと思っている。惚れ薬を作れる凄腕の錬金術師がいると噂で聞いて、ずっと君を探していた。どうか、私達を助けてくれないだろうか?」


 ……私達?

 王子と名乗る男が馬車に揺られながら、深々と頭を下げてお願いしてきた。

 当然、面倒そうだし、そんな力はないので断りたい。

 だけど、惚れている男の頼みを嫌な顔して断る女はいない。

 選べる選択肢は笑顔で引き受けるしかない。


「ええ、もちろんです。私に出来る事なら何でも手伝わせてください」

「そう言ってくれると助かる。問題が解決したら、それなりの金額を報酬として用意するつもりだ。もちろん、城から自由に出て行ってくれて構わない」

「そんな……いつまで一緒にいたいのに……」


 一応は悲しそうな顔をするけど、頭の中は報酬の事しかない。

 逃げるのは絶対に駄目だ。逃げたら指名手配される可能性しか待っていない。

 兵士に捕まれば、王子を騙した偽錬金術師として、永久に牢屋の中に入れられてしまう。


「大丈夫。君なら惚れ薬の効果を消す薬も作れるはずだよ。いや、もう作っているんじゃないのか?」

「あっ、はい、確かに作っています……」


 一晩寝れば、身体の惚れ薬(酒)の効果は消えると思う。


「そうだろうと思った。本当の事しか言えない薬を作る為に必要な材料は用意する。何でも言ってくれ」

「分かりました。私は自白剤を作ればいいんですね? 何の為にそんな物が必要なんですか?」


 自白剤はペラペラと隠している事も、相手に聞かれたら話してしまう薬だ。もちろん、私は作れない。

 自白剤が主に使われるのは犯罪の容疑者が多い。

 便利そうな薬だけど、大量に使われると廃人になったり、場合によっては死亡する危険な薬だ。


 そして、自白剤の効果はほとんど実証されていない。

 自白のほとんどは暴力と脅迫で、都合の良い自白だけが引き出されているのが現実だ。


「自白剤か……私が君に作って欲しいのは安全な薬なんだ。とても大切な女性に使う薬だから、危険な自白剤は使いたくないんだ」

「はぁぁ、大切な女性ですか……」


 王子は神妙な顔付きをしているけど、大切な女性には、例え安全でも自白剤は使わない。

 何か理由があるのだろうと王子に聞いてみた。


「その女性はどんな人なんですか?」

「ナターシャは私のメイドで、結婚したいと思っている女性だ。ナターシャとの出会いは、ルトラビア帝国の戦場の帰り道だった……」


 王子が自分にとっての素敵な出会いを語り出したので、以下省略してみた。


 ♢


 まず、敵国との戦場視察に出掛けた王子は、その帰り道に敵国兵士五人に追われるフードの女性と遭遇した。

 颯爽と王子の護衛兵士五十人が、敵国兵士を切り伏せて、そのフードの女性を救出した。

 でも、フードを取った女性の肌は倒した兵士達と同じ褐色の肌だった。


 その褐色の女がナターシャで、「亡命したい」と王子に言ってきたそうだ。

 当然、護衛の兵士達は「危険」だと王子に警告して、許可しようとしなかった。

 そこを王子が「助けたのなら、最後まで助けるのが人の道だ。自国の民ならば、お前達も反対しないはずだ」と説得したそうだ。

 

 そして、ナターシャはそのまま王子と一緒に城に戻って、メイドとして城に暮らし始める事になった。

 だけど、当然、戦争中の敵国の女だ。城の者の風当たりは激しかった。

 ナターシャの毎日のように酷い嫌がらせを受ける日々が始まった。


 その結果、夜中にランプを持って、王子の部屋から見える木で、ナターシャは首吊り自殺をした。

 その現場を、夜中の庭に見えた不審なランプの光が気になった王子が、たまたま発見したそうだ。

 王子は急いで部屋から飛び出して、ロープに首がぶら下がった状態のナターシャを救出する。


「もう死なせてください! 私はどの国でも生きていたら駄目な人間です!」

「馬鹿な事を言うな!」


 パァン! 「きゃあ!」と王子に頬を手の平で殴られて、ナターシャが地面に倒れ込む。


「死んでいい人間なんていない! 少なくとも私は、君に死んで欲しいと思った事は一度もない!」

「王子様……」


 そうやって、涙を溢れさせて、死なせてくれと懇願するナターシャを王子が強く説き伏せたそうだ。

 これが切っ掛けで周囲の反対を押し切って、ナターシャを王子付きのメイドにしたそうだ。

 そこから二人は少しずつ愛を深めていく。


 ♢


 ……もう結婚すればいいんじゃないの?

 二人の出会いから現在までを聞かされて、普通にそう思ってしまった。

 長すぎて、そろそろ目的地のお城に着きそうだ。


「良い人じゃないですか。その女性にどうして自白剤なんて使わないといけないんですか?」


 話を聞く限り、自白剤なんて使う必要ないし、必要とも思えない。


「私もナターシャを疑っていない。だが、私には三人の婚約者候補がいるんだ。教会から聖女と言われる『プリシラ・ブルーネル』。国内最大貴族、コンバティール公爵家からは姉の『ララ』と妹の『リリ』を紹介されている。その三人がナターシャは敵国のスパイだと言っているんだ」

「ああ、それで身の潔白を証明する為に自白剤が必要なんですね?」


 候補とはいえ、婚約者が三人もいるとは流石は王子だ。


「その通りだ。君の腕を疑ってはいないが、作られた自白剤が本物か複数の人に試させるつもりだ。ナターシャが真実を言っているのが証明されれば、三人の婚約者も父上も母上も反対しないだろう」

「な、なるほど、頑張ります」

「よろしく頼む。そろそろ城に着く。まずはナターシャに会って欲しい。話せば悪い人じゃないとすぐに分かるはずだ」

「わぁー、楽しみです!」


 本当にヤバいのはナターシャじゃない。本当にヤバいのは私だ。

 何とかして時間を稼いで、王子が別の方法に切り替えるのを待つしかない。

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