惚れ薬(偽物)を売る錬金術師の少女〜路地裏で醜男達に高額で売っていると王子に薬の効果を試したいと無理矢理飲まされる〜

アルビジア

第1話 路地裏の錬金術師

「本当に飲めば、誰でも俺の事を好きになるんだな! 本当なんだな!」


 狭く暗い路地裏に醜男の野太い声が上がる。

 路地裏には五人の醜男達がいて、魔女のような黒いローブととんがり帽子を着ている私を囲んでいる。


「ええ、もちろんです。この惚れ薬を飲めば、赤ん坊からベッドで死にかけているお婆さんまで、あなたの事を好きになります。残りは一本だけ、百万(百万円相当)ギルですがどうしますか?」


 自信満々に答えると、右手に持った小さな真っ赤な小瓶を醜男達に強調するように軽く振って見せた。

 中身はただの酒で小瓶も含めた価値は百五十ギル程度しかない。

 そのたった一本しかない偽・惚れ薬を醜男達の誰か一本でも買ってくれたら、半年は遊んで暮らせる。


「百万ギルなんてすぐには用意できない。分割払いは駄目なのか!」

「申し訳ありません。今日中に街を出発するのでそれは無理です。現金一括払いです。お金が用意できないのならば、その想い人とは縁が無かったと諦めてください」

「くっ! 三時間、いや、二時間待ってくれ! 金を借りてくるから!」

「申し訳ありません。先着一名様だけですのでお約束は出来ません。早い者勝ちになっております」

「くっ! いいか、俺のだからな! 誰も買うんじゃないぞ! 買った奴はぶっ殺してやる!」


 暑苦しい醜男達の必死のお願いを冷静に対応し続ける。

 すると、我慢できずにいつものように我先にと醜男達がドタバタと走り出していった。

 私の為に知り合いや金貸しに金を借りてきてくれる。

 その情熱があれば、百人に告白すれば一人ぐらいは付き合えるだろうに、失敗するのが怖くてやらない。


「やれやれ、傷つくのが怖いなら恋なんてしなければいいのに。よっこいしょ」


 臆病者の醜男が戻って来るまで地面に座って待つ事にした。

 早い醜男は三十分から一時間の間に戻ってくる。

 たまに家の権利書や高価な宝石付きの指輪で支払う醜男もいるけど、基本は現金だけだ。


「んっ?」

「ちょっといいかな? 惚れ薬を売っている錬金術師がここにいると聞いてきたんだが……」


 黒いフード付きコートを着た男がやって来た。お客様のようだ。

 若そうな声は綺麗だけど、コートと履いている靴は安物だ。

 高嶺の花の女性に恋をして、藁にもすがる思いで惚れ薬を手に入れたいのだろう。


「ええ、ありますよ。一本百万ギルで残りは一本だけです。どうしますか?」

「本物ならば買おう。それが偽物じゃないと証明してくれ」

「ええ、いいですよ」


 金を用意できないのに、疑り深い客はどこにでもいる。

 ニコリと笑うと目深に被ったとんがり帽子を取った。

 帽子の中から綺麗な銀色の長い髪が滑り落ちていく。


「もしも、薬に効果が無かったら、私を奴隷として好きなように使っていいですよ。容姿は平均よりも上のはずですから。誰かに売るも、自分で使うも好きにしてください」


 ティエラ・ホーエンハイム、瞳の色は灰色、年齢17歳、身長165cm、体重50kg、美少女だ。

 ついでにローブから奴隷契約書を取り出すと、フードの男に広げて見せた。

 キチンと手続きされた書類なので、あとは私の名前とご主人様の名前を書いて国に提出すればいい。

 そうすれば、法律上はどうな酷い事をしても問題なくなる。


「なるほど、凄い自信だな。分かった、買おう」

「はい?」


 一瞬聞き間違いかと思ったが、男が高級そうな黒い革袋をコートのポケットから取り出してきた。


「これなら、枚数を数える必要はない。その薬を貰おう」

「あっ、はい、ありがとうございます……」


 ……ヤバイ。相当の金持ちだ。偽物だとバレたら殺されるかもしれない。

 男は革袋から大金貨一枚を取り出すと、私に向かって差し出した。普通の客は大金貨なんて用意できない。

 せいぜい小金貨百枚を用意するか、大銀貨や小銀貨の山で支払おうとする。


「使い方は相手に飲ませるだけでいいのか?」

「ええ、自分の髪の毛を一本だけ小瓶の中に入れて、相手に飲ませるだけです。相手に普通に飲ませる自信がない場合は、無理矢理に飲ませれば問題ないですよ。では、これで私は失礼します。幸せになってくださいね」


 男に聞かれたので使い方を説明した。あとは路地裏から急いで退散して、別の街に逃げるだけだ。

 当然、無理矢理に飲ませた場合は牢屋送りになる。馬鹿な醜男が何を言おうと誰も信用しない。


「ちょっと待ってくれ。この薬を飲んでくれないか?」

「は、はい?」


 男の声にピタッと足を止めて、恐る恐る後ろを振り返った。

 男の右手の指には摘まれた金色の長い髪が一本揺れている。

 その髪の毛を小瓶の中に入れている。


「あの……私に飲ませるのは駄目というか……」

「普通に飲ませる自信がない時は、無理矢理に飲ませても問題ないと言っていたな?」

「きゃああああ!」


 嫌な予感しかしないので、悲鳴を上げて急いで逃げ出した。

 前にも醜男が同じように私に飲ませようとした時が二回もあった。

 入り組んだ狭い路地裏で薬を売るのは、人目に付かないようにするのと、こういう緊急事態に逃げる為だ。


「待て!」

「うぐっ!」


 だけど今回は駄目だった。ガシッとローブの裾を追いかけて来た男に掴まれてしまった。

 首がギュッとローブに絞められる。かなり苦しい。首締めで気絶させた後に飲ませるつもりかもしれない。


「安心しろ。全部終わったら帰してやる」

「やめてぇ! この変態っ!」


 少しも安心できない。全部終わった頃には私の心と身体はボロボロになって無事じゃない。

 男が汚い壁に私の身体を強引に押し付けると、小瓶を口に近づけてくる。

 必死に抵抗するけど、男は細い身体なのに想像以上に力が強い。


「うぐっっ、うぐっっ!」


 後ろから羽交い締めされて、小瓶の惚れ薬、ただの酒を飲まされていく。

 この程度の量だと絶対に酔わない。だけど、これは惚れ薬なのだ。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 ……あぁ、飲んじゃった。

 無理矢理に飲まされると男に解放された。

 まだ喉に指を突っ込んで吐き出せば、なかった事に出来るかもしれない。


「薬に効果が無ければ、奴隷契約書にサインするそうだな?」

「ふへぇ?」


 口に指を入れようとすると、男が短剣を見せてきた。思わず指が止まってしまう。

 服を切るのか、指を切るのか、どっちなのか分からない。


 ……どうする! どうする、私! やるしかない!

 数秒で覚悟を決めると男に抱き付いた。惚れた演技をして、隙を見つけて逃げるしかない。


「ああ、なんだか、身体が熱いよぉー。心臓がドキドキ苦しいよぉー。あなたの事が好きになっちゃったみたいだよぉー」


 超棒読みの大根役者だけど問題ない。

 モテない男は身体に女の子が抱き付くだけで舞い上がるはずだ。


「なるほど、こんな感じになるのか。悪いが私には心に決めた女性がいる。君の気持ちには応えられない」

「えっ?」


 ……私、もしかして、今、フラれたの?

 男は自然な動作で私を身体から引き剥がした。


「君に協力してもらいたい事がある。信頼できる人じゃないと頼めない事なんだ。一緒に付いて来てもらいたい」

「あっ、はい……」


 ポカンとする私に男はお願いしてきた。どうやら、事情があるようだ。

 男に手を握られると、路地裏から表通りに連れて行かれる。

 そこには黒塗りの高そうな四輪馬車が停車していた。


「乗ってくれ」と男に言われたので、心の中だけでめちゃくちゃに警戒しながら、笑顔で乗り込んだ。


 ……どこかの金持ち貴族ね。私に惚れ薬でも量産させるつもりかしら? 偽物なのに。

 男の狙いは分からないけど、結構な金持ちなのは分かる。

 私達が馬車に乗り込むと、馬車がゆっくりと動き出した。


「乱暴な真似をしてすまなかった」

「いえ、大丈夫です。好きな人にされるなら、何でも喜びにしかなりませんから……」


 馬車が走り出すと男がフードを取って謝ってきた。

 綺麗な金色の髪に透き通った青色の瞳、十八歳ぐらいの青年に成り立ての端正な顔立ちは、惚れ薬無しでもその辺の若い女なら惚れさせる事が十分に出来ると思う。そう思える程に美しい顔だ。

 ……金持ちで、この顔で落とせない女性がいるなんて、余程、その女性は欲張りね。


「私はエース・クロイチェル。このザルクペルト王国の第一王子だ。君の錬金術の力で少しの時間だけでいい、嘘を言えない薬を作って欲しい」

「王子……様?」


 フードの男は確かに『王子』だと、そう名乗った。

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