四_099 神の贄



「あの嘘つきぃぃぃ!」


 罵る。


「嘘はいけないって! 嘘は駄目だって言うくせに!」


 喚く。


「いたい、いたいぃ! なんでボクがこんな目にぃ」


 嘆く。


 大教会の広間。這いずったところに赤く跡が描かれた。

 憎い嘘つきはいない。

 苦しみ始めた元仲間を置いて飛び出していった。逃げた。

 戒めを解除しただなんて嘘をついてプロペロシオを騙した悪いやつ。


 あちらも無事ではない。深く腹を咬み千切られ、別に残された血溜まりを見ればまともに動けるはずがない。

 目に付いた入り口から飛び出していったとすれば、その先は深緑の公園になる。



 そんなことはどうでもいい。

 誰もいない大教会の広間。

 かつては多くの人間に溢れたここも、今はただ這いずるプロペロシオだけ。

 目から、鼻から血を溢れさせ、抑える腹から肉がこそぎ落ちる。


「ボクの体が崩れてる……死んじゃう、これじゃあ死んじゃうよ嫌だぁ!」


 ただ戒めを破っただけなのに死んでしまうなんてひどいと思うのだ。

 食べたいものを食べようとしただけなのに。



「そ、そうだ! 凌霄橋を――」


 想定外の事態に錯乱してしまったが、常識を超えた力がある。


 凌霄橋。

 高次元の力。

 常識を覆す力で、元理属の中でもプロペロシオ達だけが身一つで使える原理不明の力。


 物質はエネルギーから出来ている。質量が重力を伴い、陽子と電子は引き合あったり反発したり。

 無限のエネルギーからは物質も作れる。不安定な物質でも安定させるだけの引き合う力を無理やり使えば、たぶん体も作れるはず。


 やはり細かい理屈はわからない。

 なんとなくそういうものだと。

 わからないから、無闇に使わないということになっていた。危険かもしれないから。


 危険かもしれない。

 だからなんだ。今危険なのは崩れるプロペロシオの体だ。

 ばらばらになってしまいそうな自分の体を、この世界の外の力で補おうと――



「……?」


 届かない。


「あれ?」


 手応えがない。


「なんで、なんでぇ」


 いつもなら紐を手繰り寄せるように届いたものが、すか、すかりと。

 まるで最初から何もなかったように。


「どうして使えないんだぁ! なんだよ、なんなんだよぉ!」


 疑念に呻く間にも、プロペロシオの体からさらに肉が離れていく。

 骨も崩れていって、這いずることも出来なくなるほど。

 どうしようもないほどに。



「……ヘレム、かぁ……っ‼」


 気づいた。


「あいつぅ! 可愛がってあげたのに! いっぱい食べさせてあげたのにぃ!」


 凌霄橋の力が途切れたことに理由があるとすれば、それしかない。


「裏切りだ……」


 元理属の仲間を裏切った。ヘレムが。


「裏切り者めぇ! なんで今、凌霄橋を切ったんだよぉ! ボクが、ボクが死んじゃうじゃないかぁ!」


 自分がイスヴァラにしようとしていたことを棚に上げて、駄々っ子のように謗った。


「裏切り者裏切り者! あぁ、駄目だ駄目だボクの体がぁ……どこかにいっちゃう」


 既に身動きも出来ず、ただ口から汚い言葉を吐くだけでさらにプロペロシオの大きな体がばらばらに離れていく。




 それからどれだけの時間、ぶつぶつと呪う言葉を紡いでいたのか。

 意識が飛び飛びになっていたプロペロシオにはわからなかったが、実際は大した時間ではなかったのかもしれない。



「……かみ、さま?」

「そのお姿は……」


 教会の外には、元理属に従う人間が住んでいる。

 そのうちの二人が、異変を察知したのか教会に訪れた。


 喋る血肉の塊のようなものに向けて、恐る恐る声をかけた。


「ああ……やあ」


 体と共にバラバラになりかけていたプロペロシオの意識が、その瞬間だけ透き通るように明瞭になる。

 どうすればいいのか。

 どうしたら消えてなくならないのか。もっと食べたい。もっともっと食べたいから。


「きみたち」


 二人の人間。元理属に対して友好的な彼らなら、ちょうどいい。


「お腹が空いているじゃあないかなぁ」

「……」


 ボクがこんなにお腹が空いているのだから。


「ボクの体をお食べよ」


 余さずに。

 残さずに。


「神様の言うとおりに、さあ」



  ◆   ◇   ◆

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