14 追い立てられて
そこから二日間。
多少の獣の襲撃はあったが、赤く光る妖魔ほどのことではなかった。
実際にはやはり凶暴性を増した魔獣の襲撃なのだが、慣れてくると対処もできてしまう。
巨体のブーアは突進を避けてしまえば簡単には止まれない。場合によっては他の獣を蹴散らしてくれたり、他の獣の攻撃対象になったりしてくれる。
石猿の個別の戦闘能力は高い個体が多いが、群れとしての連携が弱くなっている。個別に対処できればそれほど恐ろしくもない。
巨鳥ニトミューの方がまだ恐ろしい。これは一撃の破壊力が高いからだ。
白熊ブラノーソが一度、石猿との戦闘中に現れた。
戦いの最中、そのブラノーソの頭に皮穿血が飛び掛り、完全に巻きついた。のだが。
「う、そぉ」
アスカは呻き、フィフジャは目を疑った。
ブラノーソはその皮穿血を無理やり引き剥がした。自分の耳あたりに突き刺さった皮穿血の爪を、自分の皮が裂けるのも構わず引っぺがしたのだ。
豪腕のブラノーソだから出来る力技で、自分の頭周辺の皮が一緒にいくらか引きちぎられていたのだが。
皮穿血の巻きつく力はかなり強いし、手の爪の鋭さと返しの歯で抜けないようになっているのに、痛みも無視して強引に。
ダメージはあったようでそこからは動きが鈍り、最後はヤマトに喉を突かれて絶命した。
「これ、つよい」
倒したもののやはりブラノーソの戦闘能力は非常に高い。ヤマトは肩で息をしながら汗を拭った。
夜行性ではないことが幸いだ。これが暗闇の中で襲ってきたら対応が難しい。
こうした体の大きな生き物が日中行動するので、小さな動物が夜間に活動する傾向にある。時間のあまり関係ないようなのもいるようだが。
とりあえず襲撃を撃退して、また先に進む。
周辺には果実やら何か食べ物が多い。夏だからなのか、この辺りは特に多いのか。
食べ物が多いのに争い合うのはなぜなのだろう。
普通の生き物なら、飢えていなければ余計な争いなど必要ないのに。
黒鬼虎はともかく、現れる生き物の大半は雑食なので、どうしても血肉を食いたいという性質ではないはずだった。
(大森林の呪い、ってやつなのかね)
フィフジャが森に入る前に聞いたいくらかの噂のうちのひとつを思い出す。
――森の獣は獰猛だが、月の光を浴びると血が静まり眠りにつく。
事実なのかどうかはわからないが、実際に昼間の襲撃の方が多い。
(逆だな。この事実が、そういう言い伝えになっているんだ)
因果関係が反対。
そう思えば理解できる伝承だ。事実が先にあって、おとぎ話のような言い伝えが出来上がった。
結局、なぜこんなに好戦的なのかはわからないのだが、実際に体験している現実は疑いようもない。
「こわい、だから」
考えているフィフジャの後ろでアスカがふと言った。
「ん、怖いのか? アスカ」
「ちがう」
首を振る。
「なんで、ここのいきもの、たたかう」
考え事をしていたフィフジャがぶつぶつ呟いていたことを聞いていたらしい。
口に出ていたのか、と少し恥ずかしくなった。
意図せぬ独り言を口にするとは。割と無口で無愛想という評価をもらっていた自分も年を取ったのかもしれない。師匠の独り言を笑えないか。
「ここのいきもの、みんな、こわいとおもってる」
「この辺の獣が?」
アスカは自分の言いたいことをうまく伝えられなくてもどかしい様子だった。
彼女の話をちゃんと聞こうとフィフジャは立ち止まった。
ヤマトは早く行きたそうだったが、槍を抱えて腕を組む。
周辺に、危険な気配は感じない。フィフジャの感覚というのもあるが、グレイが警戒態勢ではない。
やや暑苦しい風が木々をかすかに揺らした。吹くならもっと強く吹いてくれたなら夏の空気も多少は涼しく感じるだろうに。
天気が良いせいで余計に気温が高く、フィフジャは頬を伝う汗を袖で拭った。
「このちかくのいきもの、たくさん、こわい、きもちになってる」
アスカも、立ち止まったら暑さを鬱陶しく感じたのか、ぱたぱたと服の胸元を引っ張って風を送りながら言う。
「怯えている? 俺たちに?」
「ちがう、べつの……なにか」
フィフジャたちに怯えているのではなく、他の何かに。
アスカの言いたいことはわかるが、なぜそう思うのだろうかと不思議に思う。
肯定も否定も出来ないフィフジャに、思い出したようにヤマトが続けた。
「たたかっていて、ええっと……やらさ、れてる? うしろ、から、おっかけられている、ような」
ヤマトの言い分を聞いてフィフジャも何となく理解できた。
言われてみれば確かに、不利になっても逃げない様子や死力を尽くして戦うなど、何かに追われてやっているような印象があるかもしれない。
不利なら逃げればいいのに。それが自然なのに、そうしない。
「戦うことを強制されているような感じだってことか。何かに追われて」
「そう、たぶん。そういう」
言いたいことが伝わってすっきりしたような顔でアスカが頷いた。
本当によく見ているものだと感心する。
今まで接してきた獣と同じものが、いつもと違う行動を取る。
その原因となりそうな行動心理を仮説を立てて説明付ける。
この仮説に矛盾がないのなら、どこかにそれを証明する理由があるのかもしれない。
原因となる存在を取り除けば、周辺の獣の獰猛性を抑えることもできるのかもしれないが。
「何が理由なのかわからないけど、そんな怖いのには会いたくないな」
「うん」
ただでさえ厄介な魔獣どもが怯えるような存在があるのなら、遭遇したくない。
肩を竦めたフィフジャに、アスカが笑って頷いた。
「FURAGU」
「YAMEROTTE」
アスカの黄色いハーフヘルムを軽くヤマトが叩く。
叩かれても怒らずにえへへと舌を出してるあたり、何か軽口を言ったのだろう。
「MAJIDE YAMETEKURE」
彼らの言葉で何かを言い合ってまた進むのだった。
◆ ◇ ◆
ずっとずっと昔のこと。
地面の中で暮らす目の見えない獣の中に、その妖魔は生まれた。
生まれてからしばらくは、妖魔は世界はそういうものだと思っていた。いや、思うことさえなかった。
別に不満はない。土の中は暑くも寒くもないし、掘っていれば食べ物も出てくるのだから。
食べるのは植物の根っこだったり、小さな虫だったり、穴を掘る小さな動物だったり。
だがある時、妖魔は土のないところに出た。
驚いた。
土がないのだ。こんなことは初めてだ。どうしようか。
掘る土がないというのはどうしたらいいのだろう。
妖魔は知らなかった。今まで生きてきて、土がないなんてことを考えたこともない。
妖魔は見た。
見るということを認識したことがなかったということを、初めて知った。
目に映る世界を、見て知覚することが出来るということを、初めて知った。
何しろ彼の一族は地中で暮らすことしかなかったのだから、視野という感覚がなかった。
妖魔である彼が視覚を有していたとしても、光のない土の中でそれを活かすこともできなかったし、同族の誰もそれを教えることは出来なかった。
世界は、視ることが出来る。
妖魔はそれを知り、初めてみた頭上に浮かぶ丸いものを好きになった。
丸いものは逃げていった。
見えなくなった。
代わりに、今度は目が痛くなるくらいに突き刺さる痛みで、彼は地中に戻った。
土の中は今までと何も変わらなかった。
見るものはなにもないし、暑さも寒さもほとんど無関係で掘っていれば食べるものが出てくる。
土の中は今までと何も変わらなかった。
だが、彼は変わってしまった。
見ることが出来ると知ってしまった。
知るということを知ってしまった。
だから彼はそれからも時折、土のない場所まで掘って進んでみた。
目に刺さる痛みの時もあった。
最初に見たのと同じ丸いものが見える時もあった。
そうしているうちに彼は、自分が他の同類と違うのだと知っていった。
また丸いものがある時が夜なのだということを知る。
彼は後に海モグラと呼ばれるようになる妖魔になった。
◆ ◇ ◆
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