あのころの未来

宇佐酔卯

あのころの未来

 ハイスクール・オーラバスターが完結した。


 32年前のわたしたちは、ぱっとしない女子校の、じつにぱっとしない女子中学生で、それから少しして、ぱっとしない女子高校生になった。オタクというものは市民権を得ておらず、ライトノベルはまだその名を持たず、個人と個人がつながる方法は固定電話(という名称もまだなかった)とFAXと手紙だった。インターネットはまだ霞の中だった。


 ぱっとしない女子高生たちの誰が最初にあの物語に出会ったのかはもう忘れたが、小遣いでコバルト文庫を買ってみんなで読んだ。そして夢をみた。


 ハイスクール・オーラバスターは若木未生が集英社コバルト文庫で書き、有為転変をへてこのたび徳間ノベルズで完結した現代ファンタジーである。ひらたくいうと転生をくりかえす神の血筋に連なる超能力者たちと、やはり転生をくりかえすバケモノたちが世界の命運をかけて戦う話である。

 主人公は高校生で、この両陣営がくりだす超能力を中和できる。だからハイスクール・オーラバスター。


 主人公のみならず登場人物の大半が東京の高校生で、彼らが軽口を叩きながら信頼しあい、すれ違い、壁にぶちあたり、涙を流し、傷つき、何度も立ち上がるのを、わたしたちは目眩いものとしてリアルタイムで追いかけた。わたしたちのいる、この東京で、いま起きている物語だと思った。夢をみた。


 若木未生はそのころ東京の女子大生だったはずで、それもまた、自分たちの延長線上にいる存在だと感じた。一方的な親近感と、憧れ。わたしたちは大学ノートを共有して、彼女に伝えたいことを書きつらねた。現況、悩み、感想、キャラクターへのメッセージ。伝えたかった。

 わたしたちは、いま、ここにいます。東京にいます。新宿のざわめきも知っています。渋谷でお茶もします(六本木はちょっとこわくて行けなかった)。夜、あの人たちと同じ月を見ています。世界の命運がこの双肩にかかることはないけれど。


 書きはじめた時点では集英社に送るつもりだったあのノートは、どこに行ったのだったかな。


 物語はすこしずつ停滞し、超能力者たちは高校生のまま、その世界は大戦のただなかのまま。わたしたちは高校を卒業し、連帯したり、決裂したり、違う道を歩んだり、大人になったり、もう連絡もつかなくなったり、した。32年とはそういう時間だ。


 かつて、第1部のクライマックスにあれほどの紙幅をつぎ込んだ物語は、令和の最終章が見えてからは驚くほど駆け足だった。それは作中のあの神の命が、加速度をつけて減っていったからというのもあるのだろう。そんなことまで体感させなくても、いいのにね。


 完結おめでとうございます。若木未生の物語はいつも、その人たちが本当に生きているのだと思わされる。完結後も彼らの人生は続くのだと。

 なんだよ、あいつらみんないつのまにかスマホ持ってSNSやって、流行りものおさえて、いまどきの10代になっちゃってさ。


 そっちはスタート時点でバブルの残り香があって、そのまま優雅に高校卒業してるけど、こっちはその後、就職氷河期にリーマンショックに消費税10%だぞ。ほんと、あのころ夢みた未来から、だいぶ違うところにきてしまったよ。

 でも、生きているうちに完結してくれてよかった。彼らの物語、わたしたちのリアルタイム10代の物語。

 ありがとう、さようなら、またね。


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