第3話 忍変身

 翌日、草也は廃ビル内にある駐車場に立っていた。

 差し込む朝日は暖かく、けれど吹き込む風は酷く冷たく。

 ビル内に持ち込まれたソファで一夜を明かした草也は――正直しっかり休めてはいないが、ヒールターンには早めに慣れろと言われたきりだ――“最初の授業”に顔を出している。


「――――では、始めて行きましょうか」


 穏やかな微笑を浮かべた船守が、パンと手を叩いて宣言する。

 その隣にはニタニタと笑いながら観戦体勢のヒールターン。

 それから、数mほどの距離を取って草也の正面に立っているのは制服姿のままの紅葉だ。


「まずは……装束の生成から、ですね。風間様、忍者装束の出し方はわかりますか?」

「今更ではあるけどファンタジーな単語が出てくるなぁ……」


 生成て。

 一般的な人類は無から装束を生成したりしない。

 とはいえ、それがどういうものかは草也にもなんとなくわかった。

 ゲニンバチと戦う時に身に纏っていた、あの装束のことだろう。

 今は普段着そのままの草也だが、あの瞬間だけは確かに忍者装束のようなものを身に着けていた。あれを出し入れする技術がある、というのは理解できる。

 理解はできるが、実行できるかはまた別の話である。


「全然わかんない。出ろって言ったら出てくるものだったりする?」

「その辺りは個人差があります」

「この台詞、今後無限に聞くことになるんだろうな……」

「ふふ、冗談ですよ。風間様の場合は、言わば意識の切り替えによって装束を変えることができるはずですが……」

「アー。その辺はアタイが教えてやるのがいいか」


 ふむ、と思案顔を見せる船守の隣で、先に口を開いたのはヒールターンだった。

 億劫そうにがしがしと頭を掻きながら、視線で船守に確認を取る。船守は、どうぞとバトンをヒールターンに渡した。


「まー……要はスイッチの切り替えだよ、スイッチの。心をいくさにスイッチするんだ。わかるか?」

「……喧嘩らしい喧嘩もしたことない人生なんだけどなぁ。とりあえずやってみるよ」


 とりあえず言われるがまま、瞳を閉じて念じてみる。

 今から戦うぞ。

 戦うために、変身するぞ、と。

 ゲニンバチと戦っていた時の感覚を思い出しながら、イメージする。

 …………そうしてしばらく唸ってから目を開けば――――いや、別に服はそのままだった。


「……ダメだ。変わらないや」

「ま、だろーな。いざいくさが始まりゃあ勝手に変わると思うけどよ」


 本当に戦うのならともかく、練習だとまだ……感覚が掴めていない、ということか。

 役者が舞台に立ち、野球選手がマウンドに立ち、ボクサーがリングに立ち、落語家が高座に上がる。そういう類の、意識のオンとオフのスイッチだということは草也にもなんとなく理解はできる。

 心を戦いに備えさせる、儀式のようなものなのだろう。

 問題は、頭ではわかっていても心の方はそうはいかない、ということなのだが。

 どうしたものかと考えれば、ヒールターンがパンと手を叩いた。


「よし! んじゃいっぺん手本見てみっか。紅葉サン! ちょっとやってみてくれや」

「はい! まっかせてください!」


 ぽよん、と紅葉が胸を叩く。

 ……ドン、ではない。

 ぽよん、である。

 恐ろしい破壊力だ。草也はそっと視線を逸らした。

 三娘は案外この“授業”に対して乗り気なようで、特に紅葉は元来の性格なのか、随分と張り切っている様子だった。紅葉が正面に立っているのも、彼女が訓練の相手役を買って出たためである。


「あたしは風間さんとは多分違う技術で変化するんですけど……なにかの参考にはなるかもしれませんし! ちゃんと見ててくださいねっ!」

「そうですね……風間様も、慣れる・・・必要があるでしょうし」


 今なんか含みがあった気がする。

 疑念混じりの視線を船守に向ければ、彼女はきょとんとした後に蠱惑的な微笑を浮かべた。


「ふふ、含みはありませんよ?」

「含みがない人はわざわざしない発言じゃないかなぁ……」

「イチャイチャしてねーで、よーく見とけよ風間サンよ。目ェ逸らすんじゃねーぞ! 正面からちゃーんと観察するんだぞ!」

「わ、わかった」


 ともあれここまで念押しされてしまえば、草也としても覚悟を決める他ない。

 できるだけ紅葉の顔を見つめるように、真っ直ぐ紅葉を見据える。


「バーカ、顔ばっか見ててもしょうがねーだろ。全体見ろ全体! 相手の体の中心に視線の中心を置くんだよ!」

「………………わかった!」


 頑張って全体を見据えた。

 頑張った。頑張る。紅葉の胸部ではなく、努めて全体を見据えなければならない。でっか。デカすぎる。その胸は豊満であった。違う。頑張れ草也。

 頑張って紅葉の全体を捉えているので、視界の端でなんとなく呆れ顔の船守も、ニヤついているヒールターンも見えていない。見えていないのだ。頑張れ草也。


「よぅし、行きますよーっ!」


 ブンブンと手を振ってくる。

 当然その時に揺れる。でっか。デカすぎる。助けてくれ。頑張れ草也。

 視線を逸らすとヒールターンに怒られるので、草也は必死に真っすぐ紅葉を見た。

 というかこの少女、いくらなんでも無防備すぎる。無防備に揺らしてくる。もう少し警戒して欲しい。本当に。心から。

 いや、彼女自身が持って生まれた体つきについてあれこれと文句をつけるのは筋が通るまい。堂々と自分らしく生きるべきだ。ましてやそれは健康的で魅力的なものなのだから。なんら恥じるべきことはない。

 つまり、草也側で心を強く持つしかないのだ。草也の心持ちひとつで守れるものもある。頑張れ草也。

 あるいはそう、船守の言う慣れる・・・とはそういうことか。であればなおのこと、心を強く持たねばなるまい。


 そんな草也の心境を知らぬまま、紅葉は二本の指を重ねて立てた。いかにも忍のだ。

 そうして集中する素振りを見せ――――



「――――――――――――『忍・変身』っ!!」



 宣言と同時、紅葉の制服が弾けた。


 ……………………。



 紅葉の制服が弾けた。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??!?!?!!?」

「ブハハハハハハハハハハ!!!! ヒーッ! ヒーッ!! ダハハハハハハハ!!!!」


 反応する暇もなかった。

 日に焼けた褐色の肌が惜しげもなく晒され、しかし紅葉自身が発する強烈な光とどこからともなく噴き出す煙が絶妙に裸身を隠している。

 隠してはいるが裸身は裸身だし隠されているのがかえって煽情的だ。草也は悲鳴を上げた。ヒールターンは爆笑している。


 なんだこれは。なにを見せられているんだ。

 そう思いかけた次の瞬間には、するすると光そのものが紅葉の褐色の肉体へと巻き付いていく。

 つま先からなぞるように昇っていく光は、それそのものが衣服のようであり――――否、衣服を象っていく。まずは下着から、そして金属装飾、はためく前垂れ……光が弾ければ、それらはまさしく衣装へと変化したではないか。

 しかしその現象に注目すると自然とつま先から舐めるように豊満な肢体を見つめることになり、この時点で草也の正気は相当のダメージを負っていた。助けてくれ。デカすぎる。なんだこれは。


 ……無限に思えた時間は、しかし実際には一瞬のこと。

 気付けば制服を着ていたはずの紅葉は、大胆なアラビア風の踊り子装束に身を包み、褐色の肢体を見せつけるように堂々と立っている。

 ………………………豪奢な飾りが施されたビキニ装束の上に、透き通るように薄い布を組み合わせた、煽情的な踊り子風の装束である。

 その手には身の丈を超える長さの薙刀を握っており、その石突きでトンと床を叩けば、しゃなりと金の腕輪が鳴った。

 艶やかな黒髪を揺らしながら、ヴェールの下で自信ありげな笑みを浮かべ、彼女は大きな胸を張る。こっちも揺れる。


「――――――――と、こんな感じです!」

「忍者じゃないじゃん!!!!!!!」


 忍者ではなかった。


「えっ!?」

「えっ!? じゃないよ!! こっちのセリフだよ!!! 絶対忍者じゃないじゃん!!! 踊り子さんだろそれは!!!!」

「ダァハハハハハハハハハハハ!!!! ヒーッヒヒヒヒヒ!!!!」

「笑いすぎですよヒールターン様……」


 違う。

 絶対違う。

 草也の知る限り、忍者というのはこういう感じの存在ではない。

 いやそりゃあ女忍者ともなればある程度煽情的なデザインになることもあろうが、そういう次元ではない。踊り子である。

 ただでさえ豊満な紅葉の肢体が、セクシーな装束によってさらなる色気を振りまいている。もはや直視は叶わず、草也は天を仰いだ。


「に、忍者ですよ! ほらほら、ちゃんと見てください風間さん!」


 ……………………。

 …………そう。

 見間違いかもしれない。

 冷静に考えて忍者があんなアラビアンな格好をしているはずがないのだ。

 多分見間違いかなにかだと思う。そうに違いない。

 意を決して、草也はもう一度しっかりと紅葉を見た。

 豪奢な飾りが施されたビキニ装束の上に、透き通るように薄い布を組み合わせた、煽情的な踊り子風の装束を着た紅葉が見えた。でっか。デカすぎる。


「ほら! 忍者でしょう、忍者!」


 紅葉が大きな胸を張る。

 草也は絞り出すように答えた。


「踊り子だろ………………」

「ええっ!?」

「イィーーーーヒヒヒヒヒヒヒヒ!!! ヒッ、ブッフ、ダハハハハハハハハハ!!!!!!」

「……あの、ヒールターン様。大丈夫ですか?」


 ヒールターンがえげつない勢いで笑っていた。

 いやでもこれはちょっと、忍者ではないと思います。うん。




   ◆   ◆   ◆




「ハーッ、ハーッ……あー笑った笑った」

「ようやく落ち着きましたね……」


 それからしばらく、話を再開するのはヒールターンが落ち着くのを待つ必要があった。

 本当にえげつない勢いでゲラゲラ笑っていたので、まったく話が進まなかったのである。

 流石にしばらく目前にすると、紅葉の忍者装束(?)もある程度見慣れてくる。

 確かによく観察してみれば、どことなく和のテイストを感じられるような気もする。でっか。ある程度見慣れたとか言ったがあれは嘘だ。まだ全然見慣れていない。デカすぎる。なんだそれは。


「ほんとに忍者なのに……」


 当の本人はと言えば、真っ向から忍者ではないと言われてしまったせいか目に見えて落ち込んでしまったようである。こうなるといささかバツが悪い。

 草也も間違ったことを言った覚えはない、というかこれが明らかに踊り子の装束であることについて譲るつもりはないが、それはそれとして年下の少女を落ち込ませるつもりもないのである。


「いや……その、ごめんね紅葉ちゃん。僕が悪かった。ただちょっとこう、僕が知ってるのと違ったから……」

「いいんです……風間さんはあたしが忍者だって信じてないんだ……あたしドジだし……成績もあんまりよくなかったし……どうせあたしなんて……」


 困った。

 メチャクチャ落ち込んでる。


「弱った。悪いことしちゃったな……」

「ヒヒ。まーオマエの反応は正常だよ。忍者! ってカッコじゃあねーわな」

「……ですが、紅葉様は間違いなく忍者なのです。この奈落忍法道に呼ばれた以上は、ね」


 ……そうだ。

 この世界は、異世界から忍者を呼び寄せて閉じ込める結界。

 である以上――この奈落忍法道に呼ばれた紅葉もまた、忍者以外であろうはずがない。

 この場にいるという事実そのものが、彼女が忍者である証明なのだ。


「そして、それこそが重要なことなのです。風間様」

「それこそが、っていうのは……」

「はい。即ち、貴方様の想像の外にあるような、ありとあらゆる忍者がこの世界には集っている……ということですよ」


 その台詞に、すとんとなにかが腑に落ちた。

 なるほど、確かに。あれもまた忍者である、というのなら……今後どんな忍者が出てきても、おかしくはあるまい。

 目の前にいる2m超の大女も大概ではあるし、鬼の面を被って風を操っていた草也自身もまた常識外れ。聞けば特撮怪人もいるというのだから、草也の常識で測ることそのものが無意味である――というのは、なるほどその通りである。

 それを思えば、たかだか踊り子風の忍者がいたからといってなにを驚くことがあろう。多様性だ。忍者には多様性があるのだ。


「……なるほどね。とすると、紅葉ちゃんにはますます悪いことしちゃったな」

「それより、どーだ。オマエ、忍者装束出せそうか?」


 そういえばそういう話だった。


「あー……いや、その、正直今メチャクチャ雑念混じってると思う」

「だろーな。ダハハ、やーいスケベ野郎」

「君は絶対わかってて話進めたよなぁ!?」


 否定自体は、まぁあんまりできそうにないのだが。

 男として当然の反応である。この辺りは。不可抗力だ。


「んじゃま、そーだな。ヒント出してやる。オマエ、忍者のカッコ自体は一回なってんだよな?」

「一応ね。あの時は僕も無我夢中だったけど」

「その時、面頬めんぽとかつけてなかったか?」

「……面頬とはちょっと違うけど、お面ならつけてた」

「じゃあそれだ。アタイたちのキモはそこだからな」


 ヒールターンは、自分のドミノマスクを指で叩いて示した。

 派手なカラーリングと異常巨体に印象を引っ張られがちではあるが、ヒールターンのいでたち自体は、かなりオーソドックスな忍者のそれである。

 そんな中で異彩を放っているのが、そのドミノマスクだ。一般的な忍者はドミノマスクなどしない。

 そしてそれこそが、忍者としてのキモ・・であると、彼女は語る。


仮面をつける・・・・・・んだよ。自分の心にな。スイッチを切り替えろ。目を閉じて、大きく息を吸え。んで吐け。その間に、自分の仮面をイメージしろ。イメージの中に自分を潜らせていけ。わかるか?」

「……わかった。やってみる」


 言われるがまま、草也は目を閉じる。

 イメージ。

 明確な……自分であって、自分でないもの。

 ……となれば、まぁ、思い当たるものはただひとつ。

 瞼の裏の暗闇に、あの時――――嵐の孤島で迫って来た、鬼の面を描き出していく。


「………………………スゥー…………………ハァー………………」


 深く吸い、深く吐く。

 その度に少しずつ、面の輪郭が詳細になっていく。

 反りのついた二本の角を生やし、どこか嘲笑を思わせる表情の、鬼の仮面。

 今、草也の魂に融けてしまっているという、あの耳障りな声で嗤う鬼のそれ。


 深く吸い、深く吐く。

 ゆっくりと、意識をイメージの中に融かしていく。


 深く吸い、深く吐く。

 深く、深く、どこまでも、深く。


 深く吸い、深く吐く。

 潜る、潜る、潜る。意識の海に。


 深く吸い、深く吐く。

 ……嘲笑が、聞こえてくる気がした。

 嗤っている。

 誰が?

 決まっている。

 カッと頭が熱くなる。

 胸の奥でどす黒いナニカが渦を巻く。

 嗤うな。

 お前が。

 お前のような忍者が、何を嗤うんだ。


 描き出した仮面。それが嗤っている。

 無性に腹が立った。

 睨みつける。仮面を、乱暴につかむ。

 あの時あいつが草也にそうしたように、乱暴に、爪を立てるように、しっかと掴む。


 ――――――――俺はオマエで、オマエは俺さ。ハハーッ!


(……だったら、その目障りなニヤケ面を今すぐやめろ)


 仮面を引き寄せる。

 額と額を、ぶつけるまでに近づける。

 ぽっかりと空いた瞳の部分と、睨み合うように。

 鬼の面は嗤っている。

 腹が立つ。

 草也だけではなくて――草也の全ても、家族も、嗤われている気がした。


(お前は、僕なんだろ――――だったら僕を、嗤うんじゃねぇ……!)


 ニィ、と仮面が笑みを深くしたような気がして――――――


「――――よし、完璧。アタイの教え方がいいんだな!」

「お見事です。あとはその感覚を忘れないように、ですね」


 ――――――――意識が、現実に引き戻される。


「あ………………?」


 目を開いて、己を見る。

 果たして草也は、再び鈍色の忍者装束に身を包んでいた。

 手甲ブレーサーに覆われた手で顔を撫でてみれば、自分が鬼の面をつけていることがわかる。


「……なるほど、こういう感じか」


 ぐ、ぱ、と手を握っては開いてみる。

 忍者装束は不気味なほどに草也の身体にフィットしており、仮面も含め違和感をまったく示さない。まるで手足や皮膚の延長線上のように感じられた。


「ほほー、中々男前じゃねぇの。後で自主練しとけよな」

「今の手順を挟まずとも、いつでも装束を身に着けられるように……というのが理想ですわ」

「OK、忘れない内にやっとくよ」


 軽く拳を振るってみれば、びゅおうと空を切る気持ちのいい音が鳴る。

 ……あの時のように風の刃や弾丸を放つのも、なんなくできそうな感触だ。

 本当に、魂そのものに刻まれているのだろう。戦い方が。


「で、せっかくだし…………おーい、紅葉サンよ! 生きてるかァ?」

「うぅ……どーせあたしなんか……」

「ダハハ、死んでるわ」


 一方その頃、紅葉はずっといじけていた。

 ……よほど非忍者扱いに傷付いたのか、それが引き金になって負の連鎖でも起こったのか。申し訳ないなぁ、という気持ちになる。

 三人は顔を見合わせた。なんとなく、言葉は無くともそれで十分だった。


「紅葉様、紅葉様、風間様の準備も整いましたし、ここは是非とも紅葉様のお手並みを披露していただければ」

「え、あたしが……?」

「そうそう。ズバッと後輩にカッコいいとこ見せてやれよ。な?」

「後輩に……カッコいいところを……」

「……うん、僕も紅葉ちゃんの忍者っぽいところ見たいなぁ」

「忍者っぽいところ……!」


 ゆっくりと、いじけていた紅葉が息を吹き返す。

 ちょっとわかってきたのだが、この少女ものすごく素直なのである。

 なのでちょっとしたことで落ち込むし、こうやって少しおだてるとすぐに元気になる。

 ありていに言うとチョロい。大丈夫なのかなこの子。草也はちょっと心配だった。


「うん……うん! まっかせてください! それでは先輩忍者であるこのあたしが! 風間さんに戦の指南をしてあげましょう! ってうわっ、風間さんカッコいいお面つけてますね!」

「う、うん、ありがとう?」


 完全復活した紅葉は、ようやく草也の変身に気付いたらしい。本当に大丈夫なのかなこの子。

 未だにその暴力的な肉感ボディに慣れることはできていないが、会話を通して年下感が強くなったというか、そういう・・・・対象を見る目ではなくなってきた感がある。

 あるいは装束を着る……つまり、スイッチ・・・・を切り替えたおかげなのだろうか。少しずつ、冷静に彼女を見ることができるようになってきた。

 この調子で慣らしていけば、彼女の肢体に惑わされることもなく会話することができるかもしれない。

 なるほど、これも修行の内ということか。

 いつまでも女の色香に惑わされているようではいけない、というのは草也自身も思っていたことだ。


 そんなことを考えている間に、紅葉は大薙刀を軽々と、ひゅおんひゅおんと振り回す。その度に金細工がしゃなりと涼やかな音を鳴らし、薄手の衣装と艶やかな黒髪が流れるように風に舞った。


 しゃなり、

 しゃなり。

 ひゅおん、

 ひゅおん、

 しゃなり。


 美しい――――色香に惑わされまいと覚悟したはずなのに、視線は知らずの内に彼女に釘付けになってしまう。

 目を奪われる。

 意識を持っていかれる。

 それがわかっているのに、抗えない。

 ……マズい。

 単純な女性的な魅力の話では、無い。

 もはやそれは、彼女のの一側面に過ぎない。

 これは彼女が練り上げ、身に着けた――――相手を幻惑する、魅了の忍法・・なのだ……!



「さぁさ、それでは――――――――紅葉、一差し舞わせて頂きますっ!」



 自信たっぷりの笑顔で構える紅葉。

 応じるように、草也はどうにか拳を握り固めた。

 いざやいざ。

 実践授業の、始まりである――――!

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