第38話

「ゆっくりで良いので適度に回しましょう」


「うふふ、わかった。じゃあ並ぼう」


 次のコーヒーカップの乗り物の入場列に那内と雨狩は並ぶ。


「自主トレとかで集中する時はどうすればいいかな?」


 暇だったのか、那内が雨狩に話す。


「クラッシックを聴きながらするのが良いんではないでしょうか?」


「なんで?」


「スポーツ選手などがリラックスしたり、試合前に緊張をほぐして無駄な動きを省くようになるのがクラッシックが多いみたいです」


「なるほど~! 今度家で腕立てとかする時に聴くよ~。あっ、その時には一緒に商店街でCDとか買うの付き合ってくれないかな? ブティックとかも回りたいんだ~」


「いいですよ。日曜日であれば空いていますから、勉強は夜にやれば間に合いますし」


「趣味とか無いの? 色々教えたげるよ~。例えばね……」


 雨狩は無趣味なので、那内に色んな趣味を教えられる。


「あっ、もうコーヒーカップ乗れるみたいだよ。雨狩君と話していると長い時間も短く感じて嬉しいな♪」


「……僕もですよ」


 二人はコーヒーカップに乗り、係員が全員乗ったのを確認してコーヒーカップが動き出す。


「そういえばいつも雨狩君は自信が無いけど、何が原因なの?」


「……社会を知らない子供だからです」


 コーヒーカップを那内がゆっくり回す。


「そんなことで自信を無くすのは変だよ!」


 雨狩は酷く寂しい自信の悩みを打ち明ける。


「所詮僕たちも親に養われている限りは、学費や進学を助けられる身分です。意見なんてあるようでない日本社会特有の子供に……」


「細かいこと気にしすぎだよ! そんな理由で自信を持たないのは勿体ないよ!」


 那内がコーヒーカップを激しく回す。


「えっ! ちょ、ちょっと! うわっ! 早い! で、ですが実際にそうでは……」


「んもー! 色々あってもそういうところは変わらないのが雨狩君らしいよね。もっと自信を持っていいよ! 社会が試合なら今を練習だと思えばいいよ!」


「練……習……ですか?」


 那内が満面の笑みで言葉を続ける。


「自信を付ける大切な要素だよ。学生のうちを練習。社会進出を本番。練習を本番にして、本番を練習だと思うようにする」


 コーヒーカップが那内が回さないのか元の遅い速度に戻っていく。


「練習を本番、本番を練習? 今の社会人の準備期間を本番と思えば良いのですか?」


「最初はそう思うの。それで段々意識し無くなれば本番があっても、練習と同じ感覚でテニスの試合と同じでベストな結果が出るよ」


(……そういう考えもあるのか。僕は小さなことに悩んでいたのかもしれない。今までの出来事はどこかで本番だった自分が居て色んな結果が出せたのかもしれない)


 雨狩は悩みを打ち明けて、まだ解決できたわけではないが肩の力が楽になった気がした。


「ありがとうございます。少し生きやすくなりました」


 そう言った後で雨狩は自然と優しい笑みがにじみ出る。


 その顔を見て那内はドキッとした。


 酷く優しく表情。


 那内は言葉が照れなのか見つからずに黙り込む。


 二分後にコーヒーカップが止まり、アトラクションが終了する。


「じゃ、じゃあ、アイス食べたら次はゴーカートで乗り物練習だよ~」


「ええっ!? 体力ありますね。メリーゴーランドにしませんか?」


「乙女チックだね~。うん、じゃあそっちにも行こうか」


 那内の笑顔に、雨狩は日常を取り戻した喜びもあってか新鮮な気分になる。


 そして自分の気持ちに気づいていた。


(短い期間だけど、僕は那内さんが好きなんだろう。色んな非日常的な出来事があったけど、彼女を愛している。この気持ちは裏切りたくない)


「? どうしたの?」


「アイスクリーム買ってきますよ。そこの椅子に座っておいて下さい」


「うん。ありがとー♪」


 雨狩はアイスを買うと、那内がニコニコと笑顔を浮かべながら雨狩を椅子に座って見ている。


 照れくさいのか雨狩は少し目をそらして、顔を赤らめる。


(告白しないと引きずりそうだな。今言った方が楽かもしれない。こんなに緊張したのは高校受験以来だな)


 雨狩は那内にソフトクリームを渡す。


「ありがとうね。えへへ~♪ あっ! それは!」


 那内が雨狩が胸ポケットにしまい込んでいる何かに指をさす。


「あはは……露骨でしたか? でも大事にしてたんです」


 エメラルドグリーンのつぶらな瞳をしたトリケラトプスのキーホルダー。


 雨狩の私服の胸ポケットにしゃがみ込んだときに見えていた。


「持っててくれたんだ~。嬉しいな~」


「那内さんから貰ったものですからね。大事にしてます」


「雨狩君……私……雨狩のことが……」


「それは僕の口から言わせて貰えないでしょうか?」


「えっ! き、気づいていたの?」


 那内は顔を赤らめる。


「あんなことがあった後ですから言おうにも言えませんでした。この気持ちは何だろうとずっと思っていましたが、確信しました」


「……雨狩君」


「那内さん」


 いつものように精一杯の気持ちで平静を保つふりをする。


 真剣な顔になり、一言添えるように静かに言った。


「貴方を……愛している……」


 告白だった。


 那内は沈黙し、真剣な眼差しで椅子から立ち上がり雨狩の顔を見る。


「私も雨狩君が好き。大好き。プロのテニス選手になって帰ってくる家に雨狩君が居て欲しい!」


 那内はそう言って雨狩に口づけをした。


 初めてのキス。


 柔らかい感触の中で拍手が聞こえた。


「ノリノリだね雨狩君」


「!? その声は!」


 那内と雨狩はキスを止め、声の方向を見る。


「なんで……貴方が、そこにいるんですか?」


 気づけば周りには人気が無い。


 晴れていた昼の空は暗くなっている。


 拍手をしていた人物が手をぶらりと下げて、歪な笑みを作る。


「答えてくださいっ! 殺されたはずです! 出石眞さん!?」

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