第18話
「!? 何か聞こえませんでしたか?」
「ゲームの声なんじゃないの~?」
那内がそう言って、雨狩達が一部始終見ていた格闘ゲームの画面を指差す。
「私、ゲームとかよく分からないけど、ゲームの声だよ! うんっ、そうだよっ!」
(那内さんはそうは言っているけど、この格闘ゲームの声とは何か違う。僕もゲームの音声だとは思いたいけど、あの異形の声? いや、声こそ違うが金髪の男か? だが、前者である可能性が高い)
店員が筐体にメンテナンス作業しながら、チラチラとこちらを不審者を見るような眼で見ている。
三人は不気味な声もあって、長居は無用と判断した。
「もしかしたら、異形の声かもしれないわ……河川敷に移動した方が良いわね。今後どうするかはそこで話しましょう。そこなら支部に連絡も取れるわ。ここは騒音が多くて、エクソシスト専用電話じゃ無理ね」
そう言って、出石眞は背を向けて歩き出す。
雨狩は那内の手を握り、早歩きでペースを合わせてゲームセンターから去っていく。
※
「貴方は先ほど適性があるなら能力を借りれると言いましたが、能力を返すことも出来るんですよね?」
昼頃に珍しく人気のない平日の河川敷で、雨狩は出石眞に話す。
「さっすが、雨狩君っ! 私の気がつかないところに気がついて質問できる! 秀才だよ~」
那内は能天気に喜びながら河原は襲われないと思ったのか、流れる川を背中に自分の事のように嬉しそうに称賛する。
「な、那内さん。秀才って訳ではないです。本当に秀才ならこんな事態にあっても、既に解決していると思いますよ」
「も~、雨狩君、自信がないなぁ~。あまり物事深く考えない私が言うのもなんだけど、そのままだと埼玉一自信のない秀才高校生になっちゃうよ~?」
「……」
「どしたの~?」
「いえ、その、なんだか自信のないってのが、確かにそうではあるのですが、秀才と言っても過去の中学埼玉県内テスト二位だから、一位の笹本さんが秀才だと名乗ればそもそも埼玉一を名乗れませんし……」
「も~! 細かい事気にしすぎだよ! きっと私以外でも、みんな雨狩君はすごい人って言うよ~。さりげないけど、二位って凄いよ~! 自信もっと持ってもバチは当たらないと思うよ~」
「あ、あははは……年を重ねると脳が劣化していくんですけどね……」
マイペースな那内に、雨狩は今の事態への緊張感がほぐれる。
そして出石眞を前にしても、自然と笑みがこぼれる。
「そうね、彼女の言うとおり自信は大切ね。緊張ばかりで、いざというときに行動できない男は何をやってもダメよ。秀才であっても、その意味を成さなくなるわ」
雨狩は出石眞の言葉で、ハッとして質問を答えてくれるようにジッと見た。
視線で内容を理解した出石眞は、雨狩の先ほどの質問に腕を組んで答える。
「……能力を返すことも出来るけど。デメリットが発生するの……過去に見たことがあるわ」
「デメリット? それは全ての能力で共通して起こるものなのですか?」
雨狩の言葉に、那内は静かに授業を受けるように立ち尽くす。
そのまま二人を黙って見つめる。
「ええ……ランダムで能力が選ばれるように基本的にはランダムで人間の五感のどれか一つを失う。能力使用時にもデメリットが出る。私の場合は魔炎スカルフレイムを使えば味覚を一日失うわ」
五感。
視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚。
平成の現代においても、それらにハンデを持つ人間も適性がありながらどれか一つを失う。
能力を返せば、普通の生活は不可能だろう。
雨狩は想像すると異形と会った時の不安が蘇っては、デメリットでまた別のベクトルでの不安が新たな負担になる。
(普通ならまず能力を返さない。だが、万が一、それら以上の地獄があるとしたら返す方法も聞くべきだ)
雨狩は少し不安を和らげて肩の力を抜き、次の質問を機械的に悟られないように言葉にする。
「返す方法は?」
「能力を借りる青文字のテキストの最後に書かれているわ。ディスペルっと頭でも言葉でも、同時にはっきりと唱えて、目を閉じる。そしたら、暗闇の中に王冠が現れる。それを壊すイメージを頭でイメージすれば解除できるわ」
「あ、雨狩君。もしかして使っちゃうの? 聞かなくて良かったんじゃないかな? 借りたわけじゃないけど借りたままが安心だよ~」
押し黙っていた那内が、不安そうに話しかける。
「出石眞さんが居なくなったことを考えての情報ですよ。借りるということは、返すことも想像しなければいけませんからね。いつかは返さなければいけないと僕は思いますよ」
雨狩は自分の両手をおへその辺りに指を絡めて置き、落ち着きながらそう那内に言う。
「質問と説明はこれくらいでいいかしら? 私はエクソシストの会社員みたいな手当もあるんだけど、ここまで紙も渡さずに話したのは喉が痛むわ」
「だいたいのことは表面的ではありますが、理解出来ました。あとはあなたが異形を仕事として終えて、この埼玉県を守ってください。貴方にとっては慣れた仕事ではありますが、人の命を救済する気品のある仕事です。敬意と今までの治安への感謝をさせていただきます」
雨狩はそう言って出石眞に対して静かに深く頭を下げた。
那内は雨狩の何気ないその行動と、それに対してやや驚いて言葉が出ずに目をつぶって不敵な笑みを作った出石眞を見る。
自分にもこういう人としての気品と礼儀と優しさと聡明さが、人一倍ある雨狩に恋をしたことを嬉しく思い、胸が痛んだ。
この人で良かったと思う那内が、そこに確かにいた。
「雨狩君。わたしね……」
「オネイサン……オネイサン……キヒヒッヒヒヒッヒ!!」
「この声は!?」
三人がゲームセンターの筐体から出ると断定したあの時の不気味な男の声。
無人の河川敷の草原で、突き刺さるように響き渡り耳に残る。
「雨狩君。那内さんをお願い!」
出石眞はそう言って手から駐車場で見せ、説明した能力を使い戦闘態勢に入る。
魔炎スカルフレイム。
炎を操り、具現化された髑髏の小手と三本の鋭利かつ細長い三本の爪の能力。
その姿は現実では歪だが、異形の悪魔を相手に頼りになる必要悪な力。
あの日の夜の出石眞を昼だが、幻想的に彩っている。
炎を作り出す工程の中で空気が集まり風邪を作り、出石眞のフォギーベージュの髪をなびかせる。
雨狩は三度目の非現実な光景を受け入れ、適応する。
能力適性があるからだろうか、順応していく。
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