第15話

「本川先生にはあたし達からも昼休み終わる前に、雨狩君が三加のために出て行ったこと伝えとくわ」


「お願いします。じゃあ行きましょう、柳沢君」


「んじゃ、付いてきて」


 柳沢と雨狩は階段に走らずに、早歩きで向かった。


 心の焦りが足を速くさせる。







 雨狩は柳沢の早歩きの案内で、学校の見たことのない日陰ばかりの錆びた鉄のドアがある場所に着く。


「あのドアから抜け出すんですか?」


「ちょっと違うな。あれはその格好のままだとカモフラージュ見てーなもんだから」


(監視カメラがあるということか……となると他に出る場所がある?)


 ドアから離れた場所に、用務員室と書かれた木造の物置小屋があるのを雨狩は確認する。


「田辺さん今大丈夫?」


 初老の用務員らしき男性を呼び止める。


 この学校に通って、二年も経たないが初めて見る人物だった。


「久々にアレ使っていいかな? つーか二ヶ月ぶりっすね」


「ええよ、ええよ。わしゃどのみちこれがバレて辞めても学院長の古くからの知り合いじゃし、孫と息子が養ってくれるからの問題ないんじゃ」


「さっすが田辺さんっ! 話が分かるぅ! はい、そんな優しい田辺さんにはこれっ! 前回のお礼の為の例のデータが入ったUSBっす!」


 二人、いや井田達とこの田辺さんは雨狩の想像以上に何か深いパイプと取引があるように思えた。


(あのUSBには何が入っているか詮索しないでおこう。世の中には知らなくて良い事があるかもしれないし、今は那内さんの安否が心配だ!)


「あんがとよ、まぁこれは道楽でやっとるし好きにせい。いつもの部屋にあっから早めにするんじゃぞ」


「はいはーい。雨狩君鞄に制服入る? あの木造の小屋に入って、早く着替えて奥のドアを使え、外につながっているから出たら走れ」


「わかりました。ありがとうございます。」


「初めてだな……」


「えっ?」


「お前に女が出来て、しかも俺らをこういう意味で楽しませるのはさ」


「お、女って、那内さんをそんな……」


「じゃあ、俺は戻るぜ。小屋の中にいくつか服があっから、サイズ大きめなの我慢しろよ! あの場所他の奴に教えんなよ。カメラ無い場所だしよ! 明日の朝また会おうぜっ!」


 そう言って柳沢は後ろを向く。


 そのまま短距離走のように大げさにスタートを切り、物凄いスピードで走って校舎に戻っていく。


「若いの急いだほうがええぞい。カメラは無くても、交代でやってくる警備員が通るまで長くはないわい」


「は、はいっ!」







 雨狩は走る。


 ブカブカのポロシャツと穴の多いベルトがついたデニムのズボンを着て、制服を入れた鞄を隠す袋を持って周囲の奇異な視線を気にしつつも、汗をかきながら走る。


 普段の雨狩ならその視線が気になるところだが、そうは言っていられない状況の為か必死であった。


 雨狩は息を切らしながら汗を流す。


 お世辞にも早いとは言えない速度で街を走り続ける。


 那内が殺されているかもしれないと思うと、走って流れる汗よりも、冷や汗が多く流れていく。


(まずいな。あの事件が起きて四日も経っていない。そんな中で目撃者の那内さん一人で帰らせたんじゃ危険だ。警察の方々のパトロールがあるとはいえ、次の出現場所は一度だけしかない上に予測も困難で危険だろう)


 スマホの場所はいつかあの謎の男と、那内と一緒に出会った場所を通過する。


 駐車場におかっぱ気味の跳ね髪のショートヘアの女性らしきシルエットを確認する。


 本人かどうか息を切らしながら、腹に力を入れて応援団の様に叫ぶ。


「那内さんっ!」


「あ、雨狩君っ!」


(どうやら生きてはいるようだ。安心した)


 雨狩が走るのを終えて、膝くるぶしに両手を当てて下を向いて息を整える。


 やや離れたところから、那内とは違う落ち着いた女性の声が頭の上から聞こえた。


「待っていれば来ると思いました」


 その声を聞いて、雨狩は俯いた顔を上げる。


「!? 貴方はあの時の!」


 そこにいたのはあの時のフォギーベージュの髪型の綺麗な女性。


 口調はどこか穏やかだった。


(まずい。走りすぎて思考が下がっている……那内さんに近づかないといけない。この女性は体力が回復してから対処しよう。聞きたいことが田辺さんと井田君達の暗黙の関係とは違って、山ほどある)


「ごめん、心配させた。私、雨狩君やケイちゃん達にあの事話せなくて怖くて、どこか遠くに行けば悪魔が来ないと思ってた」


 那内の声は泣きそうだが、弱々しくも十代の女性らしい普段より小さな体で雨狩に近づいて震えている。


 雨狩は弱々しく震える那内の右手を、両手で握った。


「あ、雨狩君。ケイちゃん達が色々言っても怖くて巻き込みたくないから、あたし怖くて! ううっ! ひっく! ありがとうっ! 一人で怖かったよー!」


 那内は雨狩の手を空いた左手で、強く握り返す。


 手から伝わる暖かい体温と震えを雨狩は那内から強く感じる。


「この人ね、さっき会ったばかりで、味方だよって言ってくれたんだ」


 雨狩は息を整え、思考を正常に戻していく。


「初めまして……って訳でもないわよね。出石眞鱗衣(いずしまりんい)。それが私の名前、那内さんの言っていた雨狩さんでしょ?」


(那内さんの恐怖からか言ってしまったであろう名前がバレているのは不味いな。不利になっている)


「聞いているの、雨狩さん? ずいぶん酷い服装だけど、学校はどうしたのかしら?」


「ええ、出石眞さん。率直に聞きますが、貴方は人間なんですか?」


 那内は震えて、雨狩の背中に回り右手を握る。


 那内が話せるような状態ではないため、雨狩は出石眞に安心感と情報を貰うために話す。


 彼女にはいつかの夜のように特徴的な髑髏の小手も無く、大きな三本の爪もない。


 服装はタイトな紫のロングスカート。


 上着は白のセーターに黒のビジネスシューズを履いている。


 それ以外は左手に携帯用の鞄を持っている。


 他に特徴もない。


 人ごみに居れば、少しは目立つ若い成人女性の格好。


 それが逆にあの夜の姿を見た後で比較すると、なおさら不気味だった。


「もちろん人間よ。安心して」


「……」


「沈黙は酷くないかしら? 他に聞きたいなら言うわよ? 24歳。 身長154センチよ。独身かな? ふふっ、過去に男の人との付き合いはあると思う?」


「そういうことではないでしょう」


「……あの悪魔の事ね」

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