第7話

「肌も、髪と同じで、綺麗ですね」


「そうかな~、汗臭くない?」


「いいえ、全く。僕なんか運動したらすぐ汗出ますので、運動後はすぐに男性用の香水を付けてますね」


「おしゃれだね~。汗びしょびしょの雨狩君の体を、タオルでゴシゴシ拭いてあげたいな~」


「ええっ!? じ、自分で出来ますよ」


「冗談だよ♪」


 那内のどこか悪戯めいた笑顔が眩しい。


 雨狩は思わず顔が紅潮する。


(ああ~! どうして僕は、同い年の那内さんのことばかり考えているんだ~! 家に帰って勉強して、両親からのいつもの課題をしなければならないのに~。早く済まさなければ~!)


「どうしたの?」


 雨狩は初めてのその感情に戸惑いながらも、すぐに自分の今の気持ちがバレないように話を続ける。


「い、いや女性は肌の手入れとかするのが当たり前だと、サイトの情報に開示されていたもので……確かメイクとかで用語があったはずですね。ええと、キャンメイクでしたっけ? よくは分かりませんが」


「友達は必ずするかな~」


 聞き手に回ろうかと雨狩は思いつつ、那内が目線を少し外して話を続ける。


「私は朝起きて軽くランニングしてから、家でシャワー浴びているだけだよ~。メイクはしないかな~」


「それだけで、あんな綺麗な肌なんですね」


「えっ、ええと……ありがとう」


 その時に一瞬だけ、那内の表情が照れたような表情になる。


 雨狩ははにかみながら、視線を近くの自動販売機に反らす。


「の、喉乾きませんか?」


「んっ……そだね。雨狩君何飲む?」


 那内はそう言って、自販機に三百円入れる。


「ミルクココアですかね。でも、何で聞くんですか?」


「ほいっ♪」


 那内はミルクココアのボタンを押し、次にカルピスソーダを押す。


「はい、どうぞ」


 那内はミルクココアを雨狩に手渡す。


「え? ああ、お金出しますので」


「そんなのしないでいいから、早く飲んだ方が良いよ」


「なんだか申し訳ないですが、そういうことなら、わかりました。いただきます」


 雨狩は冷えたミルクココアをチビチビ飲みながら、カルピスソーダを美味しそうに飲む那内を眺める。


 飲んでいる冷えたミルクココアが、どこか美味しかった。


 飲み終わったペットボトルをゴミ箱に捨てる。


 そして那内のカルピスソーダを手に取り、雨狩は同じように捨てた。


「ありがとうね」


(なんで僕、那内さんとこのまま一緒に居たいって今思ったんだろ?)


「ん? どしたの?」


「あ、い、いえ、ちょっと思うところがあって」


「思うところ?」


「那内さんって、スタイル良いんだなって」


「!? て、照れるよ~。ご飯よく食べているからかなー?」


「食べすぎちゃうと次の日に痩せなきゃって、思っちゃいますよね」


「そうかな?」


「僕は食べすぎると、ダイエットしなきゃ笑われるかなって」


「私、ダイエットしたことないよ~」


「えぇ? 凄いなぁ。何もかも、完璧な人なんですね」


「でも、私……」


 那内は困ったように頭を書きながら、上目遣いで恥ずかしそうに言う。


「どうかしましたか?」


「完璧って言ってくれたけど、勉強凄く苦手だよ~。今日の小テストの結果で、理系科目全般が赤点ギリギリだったんだー」


「……僕も勉強は大変だし、いつも時間かけてますよ」


「成績凄く良いのに? てっきり雨狩君は家での勉強を短時間で終わらせて、今日の小テストの結果みたいに毎回良い成績出しているのかなって思ってた」


「他のことにあまり興味がないから、それくらいしかないんですよ。それに実生活で役に立ったことないですけどね」


「お母さんが勉強しないとダメだって、怒るんだ~。お小遣い引かれちゃうかも」


 雨狩は目的を忘れて、那内のことが話している内に気になり始める。


 次第に困っている那内を、自分から何かしてやりたい、と無意識に思うようになった。


「それなら……僕で、良ければ、その、お、教えましょうか?」


「いいの! やったぁ! 嬉しいな~♪」


 那内は雨狩の右手を両手でがっちりと握る。


「ほぇ! ちょ、ちょっと那内さん! いきなりそんな……」


 雨狩は綺麗な女性に手を握られるのは、初めてのことだったので動揺していた。


 それが気になっている女性だったので、心臓はさらにドクンっと高鳴る。


「え? 勉強教えるの、やっぱりダメかな?」


「い、いえ。そう言うことじゃなくて! もちろん教えますけど」


「あっ、そうだ。大したお礼じゃないけど、あげるね」


 那内は握っていた両手を離すと、スマートフォンに付いているドーナツのストラップを外し始める。


「ほっ……」


 右手を胸に当てて、落ち着こうとする。


 雨狩は気が付けば、深呼吸をしていた。


「はいっ、今はこれだけしかないけど、我慢してね。お気に入りなんだ。そ、その、出来れば雨狩君のスマホにつけてくれると嬉しいな~」


 そう言って那内は、恥ずかしそうにドーナツのエンゼルフレンチのストラップを渡す。


「ありがとうござ……!?」




 雨狩がお礼を言う前に、違和感が襲う。

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