企画:120分1本勝負

すわともみ

2021年11月6日

タイトル:イチゴの呪い


ケーキを作る仕事に携わってますが、やってる仕事は単調な事務作業です。楽しいことですか、たまに規格外のイチゴが大量に入ることがあるんですよ。そう、大量に。大体そういうのって廃棄したりなんだりするんですけど、状態とか質はいいのに規格外になるようなイチゴを大量に仕入れちゃうんですよね、時期によってなのか、なんなのかわからないんですけど。さあ、調べたこともないので周期とかもわかんないですね。でもまあ、そういうイチゴがたまに私たち事務方のほうにも届くことがあるんですよ、いりませんか、おいしいイチゴですって。なので、そういう時は家でイチゴジャム作ったりお菓子作ったりなんだりしてますねえ。


飲み会で私が話す内容はこんなものばっかりだ。ケーキの製造工場の経理課で働いているので、初対面の人間に職業を問われるとすらすらと出てくる。場数だけは踏んだので、この話でもしていれば印象は可もなく不可もなくということになる。なんで私は合コンや街コンに行かなきゃいけないんだろう。

原因は横にいる友人、アリサだ。アリサは恋人が欲しくて仕方ないのだ。誕生日やクリスマスは異性の誰かと過ごしたい、とかなんとか言って、私をこういう面倒な場に連れていく。アリサの不機嫌なところはもっと面倒だと思ってしまって毎回断らない私も悪い。毎回を重ねていくうちに、私はアリサのなかで高校時代のクラスメートから『合コンの友』になっていた。


私は私で、彼氏でもできればきっとアリサとのこの不名誉な関係も元に戻るし、いいんだけろうど、それもうまくいかない。なんか、こう、こういう話をして頷いてほしいわけでも、つまらないと罵倒されたり指摘されたり意見を言われたいわけでもない。たぶん、私のイチゴの話を聞いた人はそもそもこの時点で私のなかで恋愛対象じゃなくなるんだろう。なんだそれ、私って生きづらいなあ。


だがしかし、そんな日々も今日で終わったのだ。

自分で言った通り、単調な事務作業の仕事をほとんど定時で終え、私は駅までの道を急ぐ。

メッセージアプリにはアリサとその他もろもろの友人たちのグループがちかちかと受信通知を知らせていた。

中央線に乗って新宿に急ぐ。新宿から三丁目方面に歩く。伊勢丹からちょっと入ったところのバーを今日は指定されたのだ。先に何人か友人たちは集まっていた。

「意外に近くにいたわ!あの時は男子なんてガキだったけど、」

と、話すアリサがいた。

そうだ、「みんなの知ってる人間と付き合った。みんなと飲むまで教えない」とかメッセージを送ったこいつだ。

同級生の誰だよ、と、ほかの友人はわいわいと話していた。

私は遅れたことを詫びつつ、空いている席に座る。

アリサはようやく私が到着したのを見ると、手に持っていたサングリアであろう赤い液体の入ったグラスをかっくらい、半ば私に向かって言った。これは宣戦布告なのだろうか。

「エイジと付き合うことにしました」と、言ったのだ。

平日にも関わらず事件と思って8人くらい集まった友人たち数人が、視線だけ私に向けた。

エイジという当時ガキだったといわれているのは私の片思いの相手だったのだ。やっぱこれは宣戦布告か、はたまたすでに開戦されているんだろうか、いや、不戦敗か、なんなんだ、と一瞬で私の思考は三丁目のこのバーから新宿駅まで行ってしまっていた気はするけど、とりあえず末広通には戻ったと思う。

みんな祝福していて、私も祝福の笑顔を作った。



それから、いちおうアリサとエイジは3か月は続いている。

そして、二人をきっかけにして、久しぶりに同窓会が開催された。

高校を卒業して8年。久しぶりに会ったエイジは変わってなかった。横にいるアリサの距離が近いなあと思って、そっか付き合ってるんだった、と思い返した。

アリサがお手洗いに行ってるうちに、友人数名がエイジに声をかけた。

「アリサ、彼氏欲しくて奔走してたんだよ、まさかエイジが捕まるなんて思わなかったけど」

エイジは「聞いてる聞いてる、大丈夫、俺が引き取るよ」、なんて笑ってた。

面倒なことに、話を聞くうちにエイジは私の家と同じ駅が最寄りだったことを知った。数年同じ駅をお互い利用してても会わなかったのに、アリサが使ったSNSのほうが距離が近かったのか、と思った。

アリサは最寄り駅にしょっちゅう出没するようになった。エイジが帰宅する前に私と会ったり、たまにエイジと3人で会うようにもなった。

私は人の恋人を恋愛対象にする質ではない。


またアリサに呼び出される。

連絡に気づいたタイミングでアリサは私の最寄り駅でもう飲んでいた。

そのまま一緒になって私もタパスをつまみつつ、アリサの話を聞く。聞いてほしいことがあるんでしょ、聞きますよ、と思いながらオリーブもかじる。

アリサの酒癖は中の上、という程度だ。マイナス思考になる。

「もうだめだ、合コンまた行かなきゃかもしれないよ中村」

「なんで」

「エイジと私じゃ釣り合わないかもしれないじゃん」

そう言ってアリサはまたグラスを空にしてしまった。この問答何回目だろう。

ちなみに私の名前は中村だ。

「アリサ、終電何時」

「大丈夫、もう帰るけどお」

鍵はエイジの家だあ、と言って、机にふせてしまった。だめだなこいつ。そう思って

「アリサ? スマホ借りるよ?」

聞いているかはわからないが断りを入れ、スマホの画面に触れる。

エイジはすぐ出た。

「駅まで来てくれたら、いまから迎えにいくから駅まで連れてこれる?」

私は電話を終わらせると会計を済ませ、アリサをどうにか駅まで連れてった。立たせるのがやっと。

私は酒は飲んでも飲まれてたまるか、とアリサを見ながら思う。

エイジは自転車に乗ってやってきた。ありがちなボアブルゾンを着ていた。ああ、この前アリサも同じの着てたな、と思った。

「エイジ、この子いま取り扱い注意だから、私も家まで運ぶよ」

「ありがとう。じゃあ中村、自転車とチェンジ。荷物はかごに。俺はアリサ」

私はエイジの自転車を持ち、エイジはアリサを背負った。アリサは寝たらしい。

そのまま徒歩10分のエイジの家に3人で向かった。初めて来た。男子の家ってこんな感じなのかと思った。

机のお茶の入ったボトルが出ていてグラスが飲みかけだったところを見ると、急がせてしまったんだな、と思う。

「ありがとう、夜遅いし送ろっか」

「いいよ、それよりアリサの介抱よろしくしてもいい?」

「おう。引き受けた」

エイジはまた笑った。

「ちょっとアリサ寝かせるから、アパートの下までは送らせて」

そういって背中を向けてアリサを運んでいく。

ねえ、君が好きだったんだよ、とかなんか言ったら、困るんだろうか。面倒なんだろうな、とは思う。私はその背中に無言の言葉を投げつけた。

「ねえあのさ」

「ん?何」

「中村の、イチゴの話、してもいい?」

私は、最近ジェラートのレシピにまで手を出したイチゴの話を始めた。

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