ゆりすぐり

紙月三角

百(合)物語 ~prologue~

 ライトを消した、アパートの一室。中央には様々な形のアロマキャンドルや、誕生日ケーキについてきた余りのようなシンプルなローソクが何本か立っていて、ゆらゆらと室内を照らしている。



「これは……私の友だちの、そのまた友だちの話なんだけどね……」

 ローソクを囲む三人の女性。

 そのうちの一人――イチカ――が、オドロオドロしい口振りで話し始める。

 ローソクの火に下から照らされて陰影が強くなっていることも相まって、どこかこの世のものとは思えない雰囲気がある。

「彼女には、とても仲のいい女友だちがいたんだけど……。それがまさか、あんなことになるなんて……」

「ゴクリ…」

 静かな室内では、誰かがツバを飲み込む音さえもよく聞こえる。緊張感が、この場を支配している。


「二人は、本当にとてもとても仲が良くて、仲が良すぎて、毎日ずぅーっと一緒だったらしいんだ……。あんまりにも仲が良かったから、周囲の人たちからは『カップル』とか『付き合ってる』なんて言われてからかわれてたくらいだったんだけど……でも、そんなこと気にせずに、二人は親友としていつも一緒に遊んでいたんだって。そんなある日、彼女たちがいつものようにどちらかの家で二人きりでいたときに……うっかり転んだ拍子に、抱き合うみたいな姿勢になってしまって……それがきっかけで二人とも変な気分になってきてしまって……気付いたら、一線を超えて…………百合になってしまったんだよーっ!」

「キャーーーッ!」

 突然大声をあげたイチカに、ロングヘアーのニコが、悲鳴で応えた。

「……」

「ちょ、ちょっとイチカ! そういうのはズルいわよ⁉ いきなり、大声出すなんて!」

「そう? でも大声とか、こういう話するときの定番じゃない? 実は、『百合は……おまえだーっ!』って言うのとどっちにしようか迷ってたんだけどねー」

「まったく……。ただでさえ、百合の話なんて怖いんだから、必要以上に怖がらせないでよ!」

「えへへー」

「い、いやいやいや……」

「まあとにかく。これで、九十五話目ね?」

「うん! とうとう、百物語完成まであと五話だね⁉ 次は、誰が話すー?」

 そう言うと、イチカは「ふっ」と眼の前のローソクの火を一つ吹き消した。



 どうして、彼女たちが今こんなことをしているのか?

 その理由を知るには、今から数年前までさかのぼらなくてはならない。



――――――――――――――――――――


 その頃はまだ高校生だった三人は、それぞれタイプは違っていたが、いつも一緒に遊ぶような、いわゆる仲良しグループだった。三人とも恋人はいなかったが、そもそも三人で遊ぶ方が楽しかったのでそんなものは必要としていなかったのだ。


 そんなある日、やはりいつも通り三人で一緒にいたときに、イチカがふと、こんなことを言い出した。

「二人とも……百合の人に会ったことって、ある?」


 いきなり突飛なことを言い出すのは、イチカにとっては普通のことだった。たいていいつもは次の日になれば、イチカ本人がそんなことを言ったことを忘れてしまって、また別のおかしなことを言い出すのだ。

 だが、そのときは違っていた。

「百合ってくらいだから、きっと、百合の花みたいにすっごく可愛くてすっごくきれいで、いい香りがすると思うんだよねー」とか。

「あ、もしかしたら、百合の人があんまりにもきれいだったから、それに似たきれいなお花の名前を百合にしたんじゃない⁉ ……あれ? そしたら百合って言葉、結局どこからきたの?」なんて。

 忘れるどころか、日に日にその興味は強くなっていき、それに合わせてイチカの頭の中での百合に対するイメージも妄想を強めていく。

 それを見かねた仲良しグループのニコが提案したのが、現在三人が行っている百物語……いや、百合物語だった。



―――――――――――――――――――― 



「怪談を一つ話したらローソクを一つずつ消していって、百個のローソクの火が全部消し終わったときに、本物の幽霊が現れる、それが百物語。だったら、同じように百合の話を百個話したなら、最後には本物の百合が現れるはず。……そう言って私がこの会を始めてから、もう数年がたってしまったわ。長かったわね」

 ニコが、感慨深い表情でつぶやく。

「そうだねー。ただでさえ、三人とも別々の大学に進学してからは会えるタイミングも少なくなっちゃったけど。社会人になってからなんて、それに輪をかけて集まりづらくなったよねー? 結局、クリスマスとかバレンタインとか、そういうイベントごとに集まって、コマ切れで数話ずつくらい話すのが定番になってさー。でも、それも今日で終わっちゃいそうだねー?」

 イチカも、ようやく自分の願いが叶うという期待感からか、目を輝かせている。この二人は、この会の存在意義について何の疑いも持っていないようだ。

 だが、そんな中で一人だけ……、


「あ、あのー……盛り上がってるところ、申し訳ないんだけどさー……。百話話したからって、本当に百合に会えるとは限んないんじゃないかなーっと……」

 ボーイッシュなショートカットのミナが、気まずそうに二人に水をさしてきた。

「会いたい物の話を百個したら本物に会える、とか……。多分なんだけど、百物語ってそういうシステムじゃないんじゃないかと……」


 これまで、彼女たちの間で何度も開催されきた百合物語会。テーマが百合なら何でも話していいという緩いルールだったが、実は百合の話をしていたのはイチカとニコだけ。これまでミナは、「ごめん。ちょっと思いつかない」とか「今回はパスで」とか言って、これまでずっと話をするのを避けてきたのだった。


「えー? ミナちゃん、何でそんなこと言うのー? ミナちゃんは、百合に会いたくないのー?」

「い、いや、会いたいとか会いたくないとか、そういうことじゃなくて……っていうか多分だけど、あたしたちが気付いてないだけで、そういう人って結構どこにでもいるんじゃないかなー、とか……」

「何それ? まったく、ミナはまた、そういう意味がわかんないことばっかり言って! そんなことより、今はあと五話の百合話をどうするかを考えないと…………ああ! そういえば、百合が現れたときに捕獲するために投網を買っておいたのに、今日持ってくるのを忘れてしまったわ! これじゃあ百話話したあとに百合が現れても、逃がしてしまうじゃないの⁉」

「大丈夫だよ、ニコちゃん! わたし、ちゃんと百合の大好物のキュウリを用意してるから! いざとなったら、わたしが部屋中にキュウリをばらまいたり四股を踏んだりするから、そのスキに二人で百合を捕まえてよ!」

「いやいやいや! お前ら、百合のことを何だと思ってんの⁉ 川辺に住んでるUMAだと思ってない⁉」


 ミナの当然のツッコミに、「ムッ」という表情で明らかに機嫌を悪くするイチカとニコ。


「っていうかさー……ミナちゃんって今まで一個も百物語話してくれなかったよねー? それなのに、今みたいにわたしたちのこと責める資格なんて、あるのかなー?」

「い、いや……別に、責めてるわけでは……」

「そうよそうよ。百合が河童の仲間じゃないなんて、どうしてミナに分かるの? そんなの、会ってみなきゃ分からないじゃない? それともミナあなた、私たちよりも百合のことをよく知ってるってことなの⁉」

「い、いや、常識的に考えて、河童の仲間なわけがないし……っていうか、どこをどう間違えたらそういう話になるんだよ!」

「じゃあさじゃあさー……」

「そこまで言うなら、ミナあなた……」

 ミナに詰め寄るイチカとニコ。

 声を揃えて彼女にこう言った。

「残りの五話は、あなたミナちゃんが、話しなさいよねてちょーだいよ!」


「え……?」

 一瞬固まるミナ。


 だが、もともと負けず嫌いな性格だったこと。それに、これまでさんざん二人から適当すぎる「百合話」を聞かされてきて、うんざりしていたこと。

 さらには……どういうわけか、二人の女友だちに詰め寄られているという今の状況に心拍数が上がってしまって、いつもよりも思考がまともでいられなかったことも相まって……。

 考えるよりも先に、ミナはこんなことを声に出してしまっていた。


「わ、分かったよ! それじゃあ、二人に聞かせてあげるよ! とっておきの……あたしの知ってる中でもゆりすぐりの、百合話を!」

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