第719話 アーク王国軍の反攻

 アーク王国では急速に反攻計画が立てられていた。


「ようやく国土奪還へ向けて本格的に動く事ができるな。それがリード王国のおかげというのは皮肉なものだ。ハハッ」


 甲高い声で自嘲じみた笑い声をあげるのは、アーク王国元帥ミッキー・ドレイク侯爵だった。

 彼の領地は西部にあったが、北東部にあるアントリムという地域にも飛び地があった。

 そこは彼の親族が領地運営を任せていたが、今は消息不明となっている。

 囚われの身ならばまだいいが、あの地域は反貴族主義者が支配しているらしい。

 すでに殺されている可能性も高い。


 ――領地を取り戻し、親族の敵討ちをする。


 ドレイク元帥はやる気に満ちていた。


「リード王国はなんだかんだと文句をつけてくる。北東部の反乱軍を殲滅すれば、リード王国も文句をつけてこなくなるだろう。全力でいくぞ!」


 アーク王国軍は、北東部の攻撃に一万八千の兵を動員するつもりだった。

 元々のアーク王国軍は総勢六万。

 その内、衛兵などの後方部隊を除いた実戦部隊は三万五千ほど。

 一時期は二万四千まで減っていたが、臨時徴兵により戦前より多い三万八千名にまで増えている。


 それ以上増やせなかったのは武器の増産が間に合わなかったからだ。

 だがリード王国による武具の無償供与によって少し余裕ができた。

 戦線が安定しているところから部隊を引き抜き、一気に北東部を制圧するつもりだった。


(リード王国には感謝しかない。北東部を攻撃する口実を作ってくれたのだからな)


 ドレイク元帥といえども、個人の思惑で侵攻計画を立てられるわけではない。

 どうするか困っていたところに、リード王国から強い要望が出されてきた。

 彼は「リード王国の要望だから仕方がない」という建前を手に入れた。

 自領を奪還するいい口実ができたのだ。

 アイザックに感謝くらいはする。

 もっとも感謝の気持ちを返すかどうかは、また別問題である。


「北東部の反乱軍はアンカーソン伯爵領を中心に、三万から四万程度が駐留しているようです。しかし、その装備のほとんどはクワやスキといった農具ばかり。あとは木製の槍や包丁といったものばかりで、統制の取れた正規兵の相手をできる状態ではありません」

「内戦開始当初とは違い、今は我が軍も立ち直っています。烏合の衆など鎧袖一触です」

「リード王国からの輸入も再開されておりますので、鎮圧作戦に必要な物資も十分に備蓄されています。当面の作戦行動に支障はありません」


 彼の側近が次々に現状の確認をする。

 どれも反攻計画を後押しするものである。


「カニンガム伯の報告で助かったな。反乱軍も一枚岩ではない事がわかったのは大きな収穫だ。そこを突けば各個撃破もしやすい。まずはリード王国から要請のあった北東部を潰し、反乱軍どもを一気に殲滅してやろう」


 ドレイク元帥にも恥はある。

 元帥という立場にある者が私利私欲で動くのは体面が悪い。

 そんな後ろめたさからか、彼は言い訳をするように「リード王国の要望があったから」という事を無意識に強調してしまっていた。


「他方面では反乱軍を挑発し、攻勢を警戒させて北東への援軍を遅らせて、その間に片をつける。なにか意見のある者はいるか?」

「マクドナルドを打ち取って、一気に内戦を終わらせようとしているという噂を流してはどうでしょうか?」

「良い案だ。奴は北部中央付近に陣取って指揮を執っているらしいからな。そこの守りを固めれば他が手薄になる。次」

「実際に小規模の強行偵察を繰り返したほうがいいかもしれません。動きがなければ怪しまれるでしょうから」

「それも良い案だ。一つ一つの案では疑われるだろうが、複数の案を組み合わせる事で信憑性が高まるからな。では次」


 ドレイク元帥は、おおまかな方針を出したあとは部下達に案を出させていく。

 一人ですべてを考える事ができない以上、多くの頭を活用したほうがより有効な策が出るからだった。



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 アーク王国軍は秋の収穫前に反攻を開始した。

 これは反乱軍に籠城するための食料に余裕を持たせないためである。


 ドレイク元帥は軍を三つに分けた。

 一カ所に固まっていても、どうせ道が悪いため一度の戦闘に参加できる数は限られている。

 数カ所から進攻し、それぞれが反乱軍の策源地となっているアンカーソン伯爵領のハートネットを目指す事になっていた。

 自分の手元に戦力を集中して安全な状況を保ちたいと思うのが人というもの。

 だが彼は軍を分けて進む分進合撃を選んだ。

 それが効果的だと思ったからだ。

 彼は必要な決断ができるタイプだった。


「王国軍が攻めてきたぞ!」

「いつも通り援軍の要請を出せ!」


 前線に築かれた砦に籠っている反乱軍は、王国軍の接近を察知した。

 彼らはよくある小競り合いだと思っていたが、しばらくしていつもとは数が違う事に気付いた。


「これはマズイんじゃないか……」


 そう思った時には遅かった。

 砦から逃げ出す事もできず、駐留していた民兵の命が瞬く間に散っていった。

 同じ事が各地で繰り広げられており、反攻開始から数時間で三千の反乱軍兵士の命が失われた。


 反乱を起こした当初は農具でも通用した。

 だがそれは少数の兵士を圧倒的に上回る数で袋叩きにできたからだ。

 完全武装したまとまった数の正規軍を相手にはできなかった。

 ドレイク元帥を始めとするアーク王国軍も「あれ、思っていたよりも弱いぞ」と感じていた。


 これは戦線が停滞したからだった。

 軍と無縁だった農民が、守りを固めるために軍の真似事をして木と土で砦を作った。

 そのせいで圧倒的な数が集まった大集団・・・としての利点が失われ、個の集団・・・・が無数に散らばるだけになっていた。

 少人数の戦いとなると、あとは軍の装備と練度の差が顕著に現れる。

 百対三百の戦いなら兵士にも大きな被害が出るが、百対百の戦いが三度続くのなら民兵ではなく兵士が圧倒的な勝利を収めるからだ。


 そしてこうなったのは反乱軍の責任でもある。

 北東部の反乱軍は、ハーミス伯爵達と共闘しているものの命令系統が違う。

 彼らの首脳部は貴族や大商人を排除した下層階級の平民で構成されている。

 従軍経験者はいるが、徴兵されただけの一兵士が専門的な軍事知識を持っているわけではない。


 ――理想と熱意はあるが知識はない。


 知識階級を排除した弊害が顕著に現れていた。

 その結果、反乱軍は三日間で戦死、捕虜、逃亡と、様々な理由で一万の兵を失った。

 この状況をドレイク元帥は「ドアを壊すだけで倒壊する腐った納屋のようだな」と考え、勝利を確信していた。


「一週間、一週間だけ止まらずに進め! 奇襲効果が残っている間に少しでも多くの戦果を残すんだ!」


 だが彼も油断はしていない。

 今は反乱軍が分散しているから余裕を持って勝てているだけだとわかっていた。

 各地から一万、二万という数が集まってくれば攻勢は止めねばならない。

 そのため第一段階、第二段階と相手の動きに合わせた攻勢を計画していた。


 ――第一段階は北東部に全面攻勢を仕掛け、第二段階は反乱軍が集結できないように分断して各個撃破を狙う。


 それが成功すれば北東部にまとまった数の反乱軍はいなくなる。

 他方面からの援軍が来るまでに占領された北東方面の領土の半分は取り戻せるだろう。

 大敗北を喫したという噂が広まれば、平民が集まっただけの反乱軍からは逃亡兵が出るはず。

 停滞していた状況をひっくり返す事ができれば、アーク王国軍の士気も高まって次の勝利へと繋がっていく。


 最初が大事だという事は、皮肉な事にアイザックが証明していた。

 ファラガット共和国も開戦初期に軍の大半を失うほどの惨敗をしたため、状況を好転させる事もできずに滅んでしまった。


 ――攻勢を仕掛けて早い段階でできる限り多くの反乱軍を潰し、組織的な反抗ができない内に勝負を決めてやる。

 

 ドレイク元帥は反攻計画を立てるにあたり、リード王国のファラガット共和国との闘いを参考にしていた。

 彼は相手が仮想敵国であろうとも、学ぶべきところは学べる男だった。

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