第616話 ティファニーとの婚前デート

 王国歴五百四年一月一日。


 セスによって教皇と教皇庁の復活が宣言される。

 それをアイザックが、リード王国国王として承認した。

 ただし、まだ他国は正式に承認していないため、今のところ教皇庁の影響範囲はリード王国内に留まる。

 だが、セスが起こした奇跡を目の当たりにしては、彼を認めないというのは難しいはずだ。

 他国の教会も教皇庁の下に集うか相談する事になるはずだろう。


 そして二度の奇跡に関わったアイザックが聖人認定された。

 これはアイザック本人を含め、ほとんどの者が「えっ、マジで?」と首をかしげる判断だった。

 しかし、あまり強く否定しては「そこまで否定するのか?」と、アイザックに不快な思いをさせるかもしれない。

 アイザック本人も疑問に思っているとは知らないため、誰もが余計な事は言わなかった。

 そのため意外にも強い反対意見もなくスムーズに認定は進んだ。

 これにはアイザックもありがた迷惑である。


 アイザックに想定外の事もあったが、基本的には望む方向へと進んでいく。

 そして予定通りの行事――ティファニーとの結婚式の日が迫る。

 結婚式がまもなくといったある日、彼女から提案がなされる。


「デートがしたい?」

「うん、いきなり結婚よりも、恋人として一回くらいはデートしておきたいかなって……。ほら私って、チャールズに捨てられてからずっと引きずってて、新しい恋人を作れなかったでしょ? それがいきなり結婚って事になったから、一度だけでも結婚前にデートできたらなぁって……」


 アイザックと結婚するとはいえ、ティファニーも自分からデートを求めるのは恥ずかしかったようだ。

 頬を赤らめている。

 それでも、このような申し出をしてきたのは「恋人とのデート」というものに憧れていたからだった。

 結婚してからでは「夫婦のデート」になる。

 それでは遅いのだ。

 そんなティファニーのいじらしいお願いにアイザックが見せた反応は――困り顔だった。


「もう少し早く言ってくれれば……」

「迷惑だったらいいの! 国王陛下なんて忙しいもんね。気にしないで」


 彼女は慌ててデートを撤回しようとする。

 だが、アイザックも彼女とのデートが嫌で困っているわけではない。

 彼が困っているのは、問題がティファニーに関する事ではないからだ。


「ティファニーとのデートは迷惑じゃないよ。迷惑なのはセス……、教皇聖下だよ」


 セスの事を思わず呼び捨ててしまいそうになるが、それはアイザックもなんとか我慢した。


「教皇聖下の事を迷惑だなんて……。それはよくないよ」

「いいんだよ、聖人認定なんて本当に迷惑だったんだから。聖人だぞ、聖人。これまでなにをやってきたかを考えれば、普通そんな認定できないだろ。これまで畏怖の念を抱いて見てきていた下級の役人とかが畏敬の念を抱いて見てくるんだ。やりづらいったらありゃしない」

「怖がられるより、尊敬してくれたほうがいいんじゃないの?」

「怖がられてるほうが都合がいいんだ。不正してやろうとか思いにくくなるからね。『聖人だから許してくれるよね』とか思われて舐められたら困る」

「今更アイザックを侮る人なんていないと思うけどなぁ……」


 これまでアイザックを舐めた相手――主に商人達――が、相応に痛い目を見てきた事は周知の事実である。

 そのためティファニーが思った事は、だいたい当たっていた。


「万が一のことを考えてだよ。それで、デートはどうする? 国王という立場以上に注目を浴びると思うし、護衛も付くから学生の放課後デートのように二人でとはいかないと思うけど」

「もう後悔ばかりするような事はしたくないから行ける時に行きたい。アイザックがよければだけど……」

「私はかまわないよ。妻になる人の願いはできるだけ叶えてあげたいからね。もっとも望み通りのものになるとは約束できないけど。どこか行きたいところはあるかな?」

「うーん……、特には思いつかないかな」


(えっ、ないの!? 自分からデートを提案してきて!?)


 ティファニーの「行きたいところが特に思いつかない」という返事に、アイザックは冷や汗をかく。

 それはつまり「既婚者なんだからデートプランを考えられるよね?」と言われているのに等しいからだ。

 アイザックが恋人とのデートをしたのはリサのみ。

 パメラ達とは恋人期間がないか短く、結婚してから関係を深めていった。

 だから恋人としてのデートプランなど、アイザックは持ち合わせていなかった。


 リサの時は彼女が「あそこに行きたい」など言ってくれていた。

 だが、ティファニーからは行きたい場所の希望がない。

 かつてエリアスに無理難題を押し付けられた時の事を思い出す。

 アイザックにとってデートプランを考えるのは、それくらい難しい事だった。


「じゃ、じゃあなにか考えておくよ」


 アイザックは困る。

 困ってはいたが、ここは見栄を張る。

 アイザックには秘策があったからだ。



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「今日は楽しかった」

「フフッ、それはよかった」


 アイザックがリードするデートは成功した。

 パメラに相談して「恋愛に夢を見ている女の子向けデートプラン」を考えてもらったおかげだった。

 こういう時は詳しい者に頼るに限る。

 婚約者相手とはいえ、婚前に夜遅くまで連れ回すわけにはいかないため、今は最後の締めとしてアイザックの経営するお菓子屋でティータイムを取っていた。


「本当は学院前のお店に学生時代に行きたかったなぁ。放課後に恋人同士で寄って帰るっていう定番になってたよね」


 ティファニーは学生時代を思い出していた。

 チャールズと行こうと思えば行ける機会はあったが、当時は勉強を優先していて店に寄る機会がなかった。

 そうこうしているうちにチャールズから別れを切り出され、デートに行く機会を完全に失ってしまった。

 それを思うと、早めに違う相手を探しておいたほうが学生時代は幸せだったかもしれない。


「私もそうだったよ。下校後、恋人とゆっくりとした時間を過ごしたい。そう思って学院前の店を作ったくらいだからね。結局、婚約した相手はリサで、下校後そのままとはいかなかったけどね」

「そうだったんだ! アマンダさん達にあれだけ熱烈にアピールされても、デートに誘ったりはしなかったんだね」

「友達として行くくらいはできただろうけど、あんまり密室で一緒になるのは将来結婚する人に対する裏切りになるかと思って、女の子を誘ったりはしなかったよ。店に行く時はポールとかレイモンドといった男友達を連れてっていうのが多かったね。もっとも、今は多くの妻を持つ身になっちゃったけど」


 アイザックが笑う。


「けど、この店を持つきっかけはティファニーだったかな」

「えっ、そ、そう?」


 アイザックの言葉をティファニーは「君をデートに連れ込むためだ」と言っていると思い、彼女は恥ずかしそうにする。


「三歳くらいの時だったかな。カレンおばさんと一緒に遊びに来ていた時、ティファニーがお菓子を美味しくなさそうに食べているのを見て、砂糖を控えめにしたお菓子を作ってもらおうとしたんだ。それがきっかけで、砂糖まみれのお菓子もどきから、ちゃんとお菓子として美味しく食べられるものを広めようと考えたんだよ。覚えてない?」

「うーん、そうだったかなぁ。さすがに三歳の時は覚えてないかなぁ……」


 ティファニーは考え込むフリをして、アイザックから視線を外す。

 彼を見たままではいられなかったからだ。


(三歳の時の事まで覚えてくれているなんて……。そっか、そんなに昔の事もちゃんと覚えてくれていたんだ)


 ――子供の頃からずっと自分の事を思い続けてくれていた。


 その愛を重く感じる人もいるだろうが、ティファニーはそれが嬉しかった。

 そんなティファニーの反応を見て、護衛兼毒見役で同じ室内にいるトミーが「早くここから離れたい」と部屋の片隅で遠い目をしていた。

 彼はアイザックから「ティファニーに誤解されている」という相談を受けていたため、本当の事を知っていたからだ。


「じゃあ、ティファニーがパトリックの初めてを奪った時の事は覚えてない?」

「パトリックの初めてを!?」


 今度は恥ずかしいどころの話ではない。

 ペットの初めてを奪ったなど、醜聞にしか過ぎない。

 ティファニーは先ほどとは違う方向性の恥ずかしさで顔を真っ赤にして、今の話を聞いていたであろう周囲の護衛を見回す。

 彼らはそっと優しく視線を彼女から外した。


「ちょ、ちょっとなにを言ってるのよ? パトリックの初めてを奪ってなんていないはずでしょ」

「いいや、奪ったよ。パトリックのお腹を枕にして寝てもいいかなー? でも子供の頭とはいえ重いよなーってずっと悩んでいたのに、ティファニーはあっさりパトリックを枕にして寝ちゃってたからね。あの時は先を越されて悔しかったなぁ」

「パトリックを枕に……。もう! なに紛らわしい言い方をしちゃうのよ!」

「おや、なぜ怒るんだい? ティファニーはなにと勘違いしたのかな?」


 怒るティファニーに、ニヤニヤと笑顔を見せるアイザック。

 彼が誤解を招く言い方をしたのは一目瞭然だった。

 からかわれたとわかったティファニーがムッとした表情を見せる。


「まぁ今のは冗談として」

「冗談で済む範囲を超えていると思うのだけど」


 ティファニーが不機嫌そうな目でアイザックを見る。

 だがアイザックはその目を気にせず、そっとテーブルの上にあった彼女の手に自分の手を重ねた。


「これまで妹のように思っていたティファニーと結婚するのは、私としても思うところがある。だが結婚する以上は幸せにする努力はすると約束する。だけど子供の頃からよく知っている間柄だ。他の妻達と違って昔話に花を咲かせたり、話題によってはからかったりする事もあるだろう。それはお互い様だと思って笑い飛ばしてほしい。もちろん、笑い飛ばせる内容になるように気をつけるけどね」

「もうリサお姉ちゃんがアイザックの事を話しているだろうけど、昔の事をみんなに聞かれるかもしれないからね。私もアイザックの事を貶めるような事は言わないように気をつけるね」

「あぁ、よろしく頼む。いきなり殿下と呼ばれる立場になるけれど、みんなも手助けしてくれるだろうし頑張ってほしい」

「ウェルロッド公爵夫人の指導が終わると思えば、なんとかなりそうな気がするから、きっと大丈夫」

「リサも結構きつそうだったけど、お婆様の指導ってそんなにきつい?」

「きつい」


 ティファニーとの結婚話が進むと、王家に嫁げるだけの礼法を身につける必要性が話題に上がった。

 自然とリサに教育を施したマーガレットが、ティファニーの指導を受け持つ事になる。

 マーガレットの指導はなかなかのスパルタで厳しいらしい。


「私と結婚するために頑張ってくれてありがとう」


 アイザックはティファニーの手をしっかりと握る。

 ティファニーもアイザックの手を握り返した。


 一週間後、二人は結婚式を挙げて夫婦となった。

 このティファニーとの結婚を内政優先の一区切りとし、アイザックは国外政策に本腰を入れていく事になる。


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ありがとうございます。


十八章はこれで終了です。

来週は十八章の登場人物紹介で、十九章は再来週から投稿する予定です。

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