第563話 ザックの生誕祭
――世継ぎの誕生。
それはすぐに王都中に知れ渡った。
伝令が駆け回り、王都中の教会が鐘を鳴らす。
「それにしてもよぉ。子供が産まれるの早くねぇか?」
「結婚してすぐの子供なんじゃないか?」
「英雄色を好むっていうけど、早いよなぁ」
「陛下の行動が早いから、今もこうして昼間っから酒を飲んでいられるんだろ」
「そりゃそうだな。手の早い陛下と」
「麗しき王妃殿下と、王太子殿下の健康を祈って」
「乾杯!」
あまりにも順調なので茶化してしまうが、アイザックの家族計画を批判したりはしなかった。
むしろ民衆は自分の事のように喜んだ。
それもそのはず、王位継承者の誕生は国の安定に繋がるからだ。
もっとも「ジェイソンのような者でなければ」という条件は付くが「アイザックの子供なら大丈夫だろう」と安心していた。
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ザックが産まれた翌日、彼の生誕祭を開く事になった。
だがその前に、出産当日に呼ばなかったハリファックス子爵家の面々や、ウィンザー侯爵家側の親族を呼び寄せていた
「王妃殿下、ご出産おめでとうございます」
「ありがとう、ティファニー」
ティファニーはパメラと挨拶をしたあと、ザックを見る。
「ケンドラの時もそうだったけど、赤ちゃんって可愛いね」
「ケンドラの時は、お猿さんみたいだって言ってたじゃないか」
「あら、そうだったかな?」
ティファニーは笑って誤魔化す。
アイザックも笑うしかなかった。
「私もそう言っていたからね。よく覚えているよ。ところで――」
アイザックは、ハリファックス子爵に視線を向ける。
「お爺様、大丈夫ですか?」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ、です」
彼は大泣きしていた。
一時は相続も危ぶまれていたアイザックが、気が付けば王になって子供まで持っている。
込み上げるものを抑えきれず、目からこぼれ落ちていた。
アイザックは祖父の体を抱きしめる。
「今まで心配をおかけしました。ですが、おそらくもう大丈夫です。これからは孫や曾孫を可愛がってのんびりお過ごしください」
優しい言葉をかけると、泣き声がさらに激しくなった。
ハリファックス子爵もアイザックを抱きしめ返す。
「よくぞ、よくぞぉ……」
「今まで支えてきてくれたお爺様達のおかげです。乳母が決まるまでは母上達に子育てを手伝っていただく事になるので、カレンさんにも手伝っていただく事になるかもしれません。ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします」
「私にできる事なら喜んで」
カレンもできる事は手伝おうとしてくれていた。
こういう時、親族のありがたみを覚える。
(親戚作りは大事だな……。身内だからって無条件で信じる事はできないけど、赤の他人よりはマシだろう。ザックにも頼れる相手を作ってやらないと……)
同時に、ウィンザー侯爵家側と比べて親族の少なさも実感した。
ウェルロッド侯爵家側は、ジュードのせいで親戚付き合いをしてくれる家が極端に少なくなっていた。
ザックのためにも、この問題はなんとかしなくてはならない。
アイザックは新たな課題を解決しなくてはいけなかった。
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「祝ってくれれば祝いの品は必要ない」と言って貴族を集めたが、すべての貴族が贈り物を用意していた。
パメラが妊娠していると聞いた時点で、すでに用意していたからだ。
マットですら、ジャネットが用意したプレゼントを持ってきてくれたくらいである。
王妃が妊娠しているというのに、出産してから慌てて贈答品を用意する粗忽者など貴族社会で生きてはいけないのだ。
「昨日、我が妻パメラが男児を産んだ。これはリード王国の新たな船出に吉兆といえるだろう。だがジェイソンの事を思い出して、王太子の誕生に不安を覚える者もいるかもしれない。我が子ザックを、ジェイソンの二の舞にはしないと誓おう」
アイザックの挨拶では、やはりジェイソンに触れざるを得なかった。
アイザックは「ジェイソンのようにしない」と言ったが、それは本心である。
息子に幽閉されるような目に遭いたくなどない。
教育と婚約者選びはしっかりするつもりだった。
「パメラは休ませているが、それは出産したばかりだからだ。出産によって危険な目に遭ったという事ではないので安心してほしい。今日は危急の要件ではなく、王太子が無事に誕生したという発表のために集まってもらっただけだ。我が子共々、今後ともリード王国をよろしく頼む。さぁ、今日は楽しんでいってくれ」
アイザックは挨拶を短めで締める。
我が子への愛を語ろうにも、まだ一日しか経っていない。
ケンドラと違って思い出が少ないので、語れるものがなかったせいだ。
挨拶が終わると、貴族達がアイザックに祝いの言葉をかける流れとなった。
ウェルロッド侯爵家とウィンザー侯爵家はすでに済ませているので軽い挨拶で済んだが、ウィルメンテ侯爵家は違った。
まだ十歳になっていないが、未来の義弟となるローランドも連れてきており、見て取れるほど緊張していた。
「お世継ぎの誕生、大慶至極に存じます」
「ありがとう。……いつかは私もローランドとケンドラの事を祝う時がくると感慨深いな」
さりげない会話。
だが、アイザックには裏の意味を含めていた。
――ケンドラを泣かせるような事があれば許さないぞと。
ウィルメンテ侯爵も、アイザックの言葉の裏を感じ取っていた。
しかし、ローランドは違う。
「はい、私も祝っていただけるように頑張ります!」
子供らしい真っ直ぐな目で、ケンドラを幸せにしようと心に誓っているようだった。
その言葉の重さを理解せずに――。
「あぁ、期待しているよ」
(ケンドラに愛想を尽かされても、それはそれでいいけど)
アイザックは子供相手でも容赦はしない。
ケンドラに嫌われて婚約が解消されるような事があれば、それはそれでいいと思っていた。
子供に向けるべきではない感情を持っていると見抜いたウィルメンテ侯爵は、王妹を娶る責任の重さを痛感していた。
当時は「ウェルロッド侯爵家との関係改善のため」としか思っていなかった婚約が、ここまで大事になるとは思わなかった。
アイザックだけではなく、世間の目にも注意を払っていかねばならない非常に厳しい立場になってしまった。
ウィルメンテ侯爵は、挨拶が終わると順番を待っている貴族達に取り囲まれる。
ウェルロッド侯爵家やウィンザー侯爵家の面々と同様、アイザックの親族として期待されているからだ。
現状に危惧を覚えたのは、ウォリック侯爵だった。
4Wの中で唯一アイザックと血縁関係がないからだ。
この機会を逃すまいと勢い込んでいた。
「王太子殿下ご生誕に当たり、ウォリック侯爵家一同、衷心よりお慶び申し上げます」
「ありがとう。これからもウォリック侯爵家の忠勤に期待している」
アマンダもいるが、彼女も祝いの言葉をかけるだけである。
いつもなら「アマンダもよろしくお願いします」と言うところだったが、さすがにウォリック侯爵も学んでいた。
「次はリサ殿下の番ですな。お二人の子供が楽しみです」
「あ、ありがとうございます」
――今回は押したりはしなかった。
時代が時代なら、セクハラ発言として失脚しそうな言葉をかけるだけで、あっさりと引き下がった。
「押してもダメなら引いてみろ」である。
ロレッタとの結婚が決まれば、アマンダも結婚できるとわかっているという余裕のおかげで、いつもと違う行動が取れたのだ。
しかし、その単純な行動にアイザックは驚いていた。
(さすがに子供が産まれた時は、娘を押し付けようとはしないのか……。次期国王に誰を選ぶのかという時には動いたのに! でもそれって普通は逆だよね!)
アマンダはまだ常識的な対応ができるが、ウォリック侯爵は違うはずだった。
アイザックとしては助かるが、ウォリック侯爵の優先順位の基準がわからず、その不気味さが不安にさせる。
「これならば、いつもの彼のままでいてほしかった」とすら思ってしまう。
しかし、表向きは間違った対応をしているわけではないので「大丈夫ですか?」と聞くわけにもいかなかった。
モヤモヤとしたものを感じながら、次の相手と話をしていく。
次に動きがあったのは、ランカスター伯爵の時だった。
ジュディスは暗い紫色を基調とした、ゆったりとしたドレスを着ていた。
胸元が開いてはいるので喪服のような印象は受けないが、やはり明るい色のドレスは好みではないのだろう。
だが、彼女がそのドレスを着ていたのには、趣味以外の理由があった。
それは彼女が挨拶のためにお辞儀をした時にわかる。
(むふっ!)
アイザックが思わず声を出しそうになるが、隣にリサがいるので必死に堪えた。
――ジュディスの胸が重力に引かれているのを目撃したからだ!
暗い色のドレスのせいで、肌色がよく映える。
特大サイズの谷間がアイザックの視界に入った。
(このサイズで、ブラジャーをつけてなかったらこうなるんだ……。地球の重力に魂を引かれるってこういう事だったんだな)
アイザックは、しみじみと感じ入っていた。
しかし、そんな状態を続けてはいられない。
正気に戻らねばならなかった。
(ダメだダメだ! 確か妊娠中の浮気は離婚原因として、そこそこの割合があったはず。リサ相手ならともかく、出産翌日にジュディスに色目っていうのは昌美もいい気はしないはず。でも……)
どうしても視界に入るものは見てしまう。
特にこの世界において、谷間だけでここまで広い面積の肌色を見せられる人物は他にはいない。
一人の男としては、目を離したくないという気持ちも強かった。
だが、ランカスター伯爵達が顔を上げるタイミングに合わせて、視線を逸らす事に成功する。
祝いの言葉をかけたあと、ランカスター伯爵はある話題を持ち出した。
「これでロレッタ殿下とのお話も進むというわけですね」
(この人にはその事を話しては――。そうか、外務副大臣を任せたんだった!)
その他大勢の貴族ならばともかく、外交に携わる人間ならばモーガンから聞いていてもおかしくない。
しかし、厄介な相手に知られてしまった。
「パメラとリサ以外にも妻を娶るなら、ジュディスもいいですよね?」と言われるかもしれない。
その場合、アイザックは断り切れない。
――つい先ほど、あれほどのものを見せつけられたのだから。
(くそっ、すべて計算ずくってわけか!)
ジュディスのほうは、彼女自身がやった事だ。
だがこのような流れになると、ランカスター伯爵と共謀したかのようにしか、アイザックには思えなかった。
ウォリック侯爵が珍しく大人しかっただけに、ランカスター伯爵の狡猾さが際立って見えた。
しかし、アイザックもやられっぱなしではない。
「あれはまだ正式に決まったものではありません。このような場で話題に持ち出さないでください」
「これは失礼致しました。私も老い先短い身。ウェルロッド侯から曾孫の自慢をされてつい……」
ランカスター伯爵は、体を縮こませた。
その姿は老人といった印象を与えるが、アイザックはジュディスの兄のジョシュと彼の妻に視線を向ける。
ここに連れてきてはいないが、彼らの間にはすでに子供が産まれている。
曾孫を盾にして切り抜けようとしているのはわかる。
だがアイザックは「知っているぞ」とジョシュに視線を送り、あとで反省を促させようとする。
「そうでしたか。ランカスター伯とは色々と話す機会を作ろうとは考えていますので……。また今度話しましょう」
「ジョシュさんのお子さんはお元気ですか?」と尋ねる事もできた。
しかし、それではランカスター伯爵の面子を潰してしまう。
面子を傷つけない形で追い返した。
(昔は外務大臣をしていたのになぁ……。やはり年かな?)
「ウォリック侯爵にもできた事ができないって……」と、ウォリック侯爵を基準に考えて、アイザックの中でランカスター伯爵の評価が落ちる。
だが「ジュディスと結婚してほしい」という要求を言わず、会話の中でさりげなくアピールするだけで済ませる良識は残っているようだ。
ザックの生誕祝いの雰囲気を壊しはしなかったので、アイザックはひとまずよしとする。
次に訪れたのはエルフの大使であるエドモンド達だった。
クロードやブリジットは話し合いのため、村に戻っていて今はいない。
名実共に、彼らがエルフの代表だった。
「お世継ぎのご誕生おめでとうございます。わたくし共からは、少し違ったお祝いの品をお送りいたします」
「ほう、どのようなものでしょう?」
「クロードの大臣就任であります。やはり少人数のエルフでは、他国で捕らえられたりしないか心配です。村長会議で大臣就任の件を受け入れようという事になっております。もうじきクロード達が戻って参りますので、その時に正式な返答ができると思います」
「おお、それはめでたい。人間とエルフの新たな門出となるでしょう」
「はい、新たな門出となる事を期待しております」
エドモンドの言葉は、何か違う意味を含んでいるようだった。
この状況なら、少し考えればどのようなものかはわかりやすかった。
(ブリジットの事か……。まったく、子供が産まれたら新しい妻の話になるか……。男の子が産まれたって言ったのは自分のせいとはいえせわしないな。リサとだってまだ初夜を過ごしていないのに)
――誰もが娘を差し出してアイザックと繋ぎを持とうとする。
歴史上、それは珍しい事ではないと知っている。
だが、息子の誕生日ぐらいはそっとしておいてほしいと思ってしまう。
しかし、それは王には贅沢な悩みであった。
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