第525話 法務大臣達との昼食

 貴族。

 それも高位貴族向けのテーラーは、いつも通りの朝を迎えるところだった。

 だが、この日は違った。

 まもなく開店という時に、エンフィールド公爵家の紋章が入った馬車が止まったからだ。

 店外の様子に気付いた店員が、すぐさま店主を呼ぶ。


「なんだ? なにがあった? とりあえず、店を開けろ」


 店主も外の様子に気付いて、営業を始める。

 普通ならば、用があれば貴族が屋敷に呼びつけるところだ。

 なのに、わざわざ本人がやってきた。

 これは明らかに異常である。

 店主の脳裏に、処刑された商人の事が浮かぶ。


(いや、商品の価格は変えてないので処罰はないはずだ。それに、処罰するのに本人がくるのがおかしい。なにか用事があってきたのだろう)


「いらっしゃいませ」


 店主は顔が引きつりそうな気分だったが、営業スマイルで塗り潰す。

 アイザックも笑顔だったが、噂の印象では笑顔のままで「お前を吊るすためにきた」と平然と言ってのける男らしいので油断はできない。

 どのような用件でやってきたのかを、吐きそうな思いをしながら待っていた。


「オープン前だったようなのに開けてもらってすまない」

「エンフィールド公のためならば、いつでもご要望にお応えさせていただきます」

「ありがとう。実は頼みたい事がある」


(きたっ!)


 店主だけではなく、店員の間にも緊張が走る。 


「喪服を作ってもらいたいんだ」

「喪服……、でございますか?」


 アイザックの頼みを聞いて、店員達の緊張が和らいだ。

 だが、店主は違った。

「お前の葬儀に出るためのなぁ!」と言い出す可能性を考え、まだ油断していなかった。


「そう、喪服だ。今まで葬儀に出たのは子供の時だけでね。さすがにもう着る事はできないんだ。エリアス陛下の本葬に備えて、新しく用意しなければならない」


 アイザックは、少し照れた表情を見せる。


「国王代理としての仕事が忙しくて、その事に気付いたのが今朝でね。王宮に行く前に採寸してもらおうと立ち寄る事にしたんだ。私のものだけではなく、カービー男爵らの分も頼む」


 そう、アイザックは喪服の事を忘れていた。

 パメラ達と話して思い出すまで、喪服の存在を忘れていたのだ。

 先日の葬儀は、いきなりの事だったので礼服で出席する貴族も多かった。

 だが、今度の本葬は違う。

 準備をする時間があるので「喪服を持ってません」などという言い訳は通用しない。

 慌ててマット達の分も含めて頼む事にした。


「はい。はい、もちろんです。エンフィールド公直々のご依頼など、身に余る光栄です。喜んでやらせていただきます!」

「この店は王都一と聞いている。いい仕事をしてくれると期待しているぞ」


 すぐさま、アイザックやマット達の採寸が始まる。

 アイザックの採寸は、店主自ら行った。

 採寸されている間、アイザックはいくつかの質問をする。


「そういえば、素材の仕入れ価格が上がっているなどで困っている事はないか? 商人間の噂などでもかまわない。表立って言えないのなら、ひとり言でもかまわない」


 ――ひとり言。


 つまり、仲間を売るのに抵抗があるのなら密告しなくてもいい。

 ただひとり言を、アイザックが勝手に聞いただけである。

 それならば、商人仲間を売るという事にはならない。

 また、アイザックが不快に思う事でも、処罰はしたりしないという事である。

 なぜなら、聞いていないのだから処罰しようがないからだ。


 店主は困った顔を見せた。

 しばし逡巡したあと口を開く。


「中規模の商会の極一部では不満を持っている者もいるようです。一獲千金のチャンスを失ったので。ですが、すでに大きな商会は安定を望んでおり、賭けに出る体力のない小規模な商会も現状を歓迎しているようですね。エンフィールド公の価格統制は、概ね受け入れられているようです」


 客の好みに合わせて話題を変えるのは、貴族相手の商売をしている者なら持っていて当然のスキルである。

 店主は、アイザックが望んでいるであろう話題を出した。


「そうか、それはよかった。不満を持っている者も、一時的な収入で喜ぶのではなく、長期的に安定した収入を得られる事を喜んでもらいたいな」

「私もそう願っております。……実は私はウォリック侯爵領の出身でして、親族はウォリック侯爵領に住んでおります。十年前のような混乱が起きずに済んで安心しておりました。時には厳しくとも、エンフィールド公のようなお方に王になっていただければ……。いえ、これはひとり言とはいえども言い過ぎでした。申し訳ございません」

「かまわん。誰も聞いていないひとり言を罰する事など誰にもできん」


 アイザックは答えながら、心の中でガッツポーズをしていた。


(よっしゃーーー! 俺の評判は上々。良い流れがきている!)


 ブラーク商会などからも、アイザックの良い評判の報告を受けている。


 ――商人の評価はそこそこだが、一般市民の評価は非常に高い。


 価格統制という非常策を使い、変わらぬ日常生活を保証したのが大きかったようだ。

 それに商人の影響力は大きいが、数は一般市民の方が圧倒的に多い。

 圧倒的多数に支持をされていれば、商人もそちらに迎合するだろう。

 国民の多数を味方につける考えが成功したらしい。


 採寸が終わり、店主が色々と紙に書いている。

 そこでアイザックはノーマンを呼び寄せる。


「ところで、服の生地に余裕を持たせて、あとで微調整するというのは可能か?」

「もちろん、できます。どのようなご要望でございましょうか?」

「私の喪服だけではなく、他の者の分も用意してもらいたいのだ。学生ならば学生服でいいだろうが、私と同年代の者達は卒業したばかりだ。少し年上の者も、身内に不幸がなければ喪服を用意していないだろう。生地の用意をしておき、すぐに仕立て挙げられるように準備しておいてもらいたい」


 ノーマンが大きな袋をカウンターに置く。 

 アイザックは、袋の中身を店主に見せる。


「一億リードある。服代を先払いしておくので、準備した生地が無駄になっても、そちらは損はしないだろう。足りなくなれば、ウェルロッド侯爵家に請求してくれ」

「葬儀が二か月後と考えれば、一億リード分の喪服を作るのは難しいかと思われますが……」

「余った分は、針子などに報酬を弾んでやれ。地方に住んでいる貴族や、ブランダー伯爵領を押さえに行っている貴族が戻ってきたら忙しくなるからな。しばらく休めなくなる」


 アイザックは、さっそく潤沢な資金を使おうとしていた。

 たかが喪服ではあるが、葬儀は王族のものである。

 若者でも普通の礼服で出るような事は避けたいはずだ。

 こういった細やかな心遣いが、人の心を鷲掴みにする。

 今頃は、パメラ達も女性服の店で同じ事をしているだろう。

 アイザックは、フフッと笑う。


「他の店にも同じ依頼をするつもりだ。フリーの針子の確保や、生地の確保などで忙しくなるだろう。争いにならぬようにな」

「はっ、細心の注意を払って行動致します」


 そう答えるものの、店主は「高額の報酬で針子を確保せねばならない」と考え始める。

 安く雇えば、他の店に引き抜かれてしまうからだ。


 ――いかに人件費を安く抑えつつ、一億リードの中から利益を出すか。


 依頼を受けた時点で、他店との競争は始まっていた。



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 王宮に出仕したアイザックは、いつも通りの仕事をこなしていた。

 そこに使者が訪れる。


「アマンダさんが王都に? 心配していたし会いたいけど、今は無理かな。よければ夕食に招きたいと伝えておいてくれるかな」


 地味な書類処理ではあるが、今のリード王国には必要な事だ。

 事務を滞らせるわけにはいかないので、アイザックは使者にそう答えた。

 アマンダの使者も、今すぐ会ってもらえるとは思っていなかったのだろう。

 ウォリック侯爵のように粘ったりせず、すんなり用件を持ち帰ってくれた。


(ティファニー達も到着したし、みんなも招待して歓迎すれば、婚約話とかも切り出してこないだろう)


 昼食時には、休憩時間の合った者達と食事をする。

 この日は、クーパー伯爵とウリッジ伯爵の二人との会食だった。


「処刑の許可証にサインするなど慣れるのに時間がかかる仕事も、ウリッジ伯はあっさりとサインできております。ただし、法の執行者という点では稀有な才能をお持ちですが、裁定者として一人前になるには、まだ時間がかかりそうです」


 クーパー伯爵の言葉に、ウリッジ伯爵は照れる。

 アイザックも苦笑いを浮かべていた。


(噂通り、やっぱり厄介な人だったんだな)


 ――独自の正義感を持ち、その感情が強い。


「犯罪者は裁く」という決意を持つのはいい。

 だが、クーパー伯爵の言葉の裏を考えれば「裁き方が厳し過ぎる」といったところだろうか。

 法務副大臣という立場上、法に則った裁きをしてもらわなくてはならない。

 畑違いの人間を法務副大臣に任命したせいで、少し困っているようだ。


 しかし、ウリッジ伯爵を外す事はできない。

 彼のような人間だからこそ、ニコル達の処刑を執行できるのだ。

 クーパー伯爵なら大丈夫そうだが、どこかで日和るかもしれない。

 その点ウリッジ伯爵なら、躊躇する事なく刑の執行を行ってくれるだろう。

 独善的なところがあるからこそ、任せられる仕事もあるというものだ。


「それは追々慣れていってもらうしかないでしょう。ところで、どの程度裁かねばならない家があるかの算出はできましたか?」

「ええ……、できました」


 ――裁かねばならない家。


 これには、ネトルホールズ男爵家やブランダー伯爵家以外の家も含まれている。

 あまり気分のいい話題ではなかった。

 だが、避けられない話題でもあった。


「ネトルホールズ男爵家とその親族はもとより、ブランダー伯爵家の傘下の貴族も含まれます。伯爵家はブランダー伯爵家のみ。子爵は十四家、男爵は四十七家の族滅となるでしょう。ただし、これは書類上のものです。ジェイソン派の貴族と血縁関係にあるものの、エリアス陛下派として戦っている者達は免罪となるでしょう。詳しく調べれば処罰を受けるのは、その半分といったところでしょうか」

「かなりの数になるが仕方ないか。エリアス陛下のみならず、ミルズ殿下まで手にかけたのだ。リード王国への反逆者を許すわけにはいかない」


 ブランダー伯爵家と、その傘下の貴族は取り潰すしかない。

 だが直系の者でも、他家に養子にいった者などは、その立場によって処罰を変更せねばならないだろう。

 本人が望むのならば、消せぬ汚名を負った家名を継いでもらってもいいかもしれない。


「ところで、ネトルホールズ女男爵達の様子はどうですか?」


 ニコルの話題になると、クーパー伯爵は言い辛そうに口をもごもごとしていた。

 彼の代わりにウリッジ伯爵が答える。


「エンフィールド公に会わせてほしい。話せばわかってもらえると喚いておりました。エメラルドレイクでの話を聞いておりましたので、二人を会わせないほうがいいと思い、無視しております」


 あっさりと答えたウリッジ伯爵に、クーパー伯爵は目を丸くして驚く。

 アイザックと会いたいという報告をしていなかったからだ。

 ただし、これはアイザックのためでもある。

 ニコルの影響を受けていた場合、アイザックがどのような行動を取るかわからないからだ。


「そうしてください。私も会いたくはありませんから」


 だが、アイザックは会いたそうな素振りも見せなかった。

 その堂々とした態度が「アイザックは操られていない」とクーパー伯爵を安心させる。


「ネトルホールズ女男爵の母親は、王位簒奪をそそのかした事など知らないの一点張りです。彼女の生家であるブレナン子爵一族や、ネトルホールズ男爵家の縁戚にある者達も同様です。ですが、あのような小娘が一人でできるものではありません。きっと協力者がいるはずです。私は突き止めてみせます!」


 ウリッジ伯爵は気合が入っていた。

 敬愛する王族を一挙に失ったのだ。

 その怒りは大きい。

 だが、その怒りの矛先は間違っていた。


(そりゃあ、ニコル一人でできるもんじゃなかったよな)


 ――目の前でカスタードプディングを食べている男。

 ――その男こそが、すべての元凶だったからだ。


「ネトルホールズ女男爵だけでできるものではないでしょう。ですが、それが親族とは限らないでしょう」

「誰か心当たりがあるのですか!」


 クーパー伯爵とウリッジ伯爵が「だったら先に教えろよ」と言わんばかりに、非難めいた目でアイザックを見る。


「ジェイソンですよ。王太子だからこそ、できる事もあったはずです。ネトルホールズ男爵家の親族では、ブレナン子爵家が有力者と言えるでしょう。ですが、子爵家全体で見れば、その力は中の下といったところ。簒奪に協力しても、大した影響力はありません。ジェイソンがニコルのために行った。もしくは、ニコルがジェイソンをそそのかしただけと考えた方がいいかもしれませんね」


 アイザックの答えは、シンプルかつわかりやすいものだった。


 ――ジェイソン。


 彼の存在は大きい。

 だが、ニコルと出会うまでの印象が強いため、彼が道を踏み外したところを誰も想像できなかった。

 今でも信じられない者がいるくらいである。

 彼が自ら道を踏み外したのではなく、誰かに道を逸らされたのだと信じたがっている者もいた。

 だからこそ、主犯として思い浮かびにくいのだった。

 クーパー伯爵とウリッジ伯爵も「やはり、ジェイソンがすべての元凶なのか」と考え込んで黙り込む。


「昔の彼を知るからこそ、彼が王族だからこそ、ジェイソンの責任を追及したくないと思うのも無理はありません。そう思う者に救いがあるかもしれません」

「処刑の時にマイケルとチャールズの二人の反応を見る、というものですね」

「その通りです。もし、この仮定が当たっていれば、ネトルホールズ女男爵一人の責任というのがわかるでしょう。もっとも、それはそれで後悔する者もいるでしょうが……」


 ――ニコルと出会っていなければ、聡明な王太子のままだった。


 それは王家に対して強い忠誠心を持つ者ほど、強い後悔を持たせる事になるだろう。

 だが、やらねばならない事だった。


 ――すべての責任をニコルに押し付けるために!


 会話が途切れたところで、アイザックの秘書官の一人が近寄って耳打ちする。


「ジュディスさんが王都に着いたので、ランカスター伯から夕食を一緒にどうかというお誘いか…」


(今晩はアマンダを招待しているしなぁ。……そうだ!)


「今日、アマンダさんを夕食に誘っている。彼女も戦場に出ていたので、同級生の顔を見れば安心できるだろう。もしよければ、ジュディスさんを連れて出席してもらえないか聞いてきてくれ」


 アイザックの頭に「二虎競食の計」という言葉が浮かぶ。

 アマンダとジュディス、二人を対峙させれば、牽制し合うはず。

 きっとアイザックは安全だろう。

 それにお腹が大きくなったパメラもいる。

 問題は起きないはずだ。

 アイザックは、二人に真剣な表情を見せる。


「王都にくるのは彼女達だけではありません。他の貴族もやってくるでしょう。その際に起こりうるのが私刑の横行です。エリアス陛下を慕っていた者も多いでしょうしね。ですが、ジェイソン派は法の下に裁かれねばなりません。国法を軽んじられぬよう、お二方の働きに期待しております」

「お任せを。ジェイソン派に私刑を行おうとする者の動きを制するのは容易です。一番厄介なのは、法が許しているからとギリギリを攻める者ですから」

「おや、そのような厄介者とは誰の事です?」

「さて、誰の事でしょうね」


 クーパー伯爵も、ここ数か月の事で度胸がついたのかもしれない。

 アイザックを相手に、微笑みながら紅茶をすすっていた。

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