第522話 王都からの手紙
アイザック達が出陣したあと、パメラ達は不安な日々を送っていた。
そんな彼女達は――
クロードに留守を命じられたブリジット。
マットとポールの帰りを待つジャネットとモニカ。
そして、実家にいるよりは結婚相手が見つかるだろうと、領都に送り込まれたティファニー。
――といった友人達と過ごす事で不安を紛らわせていた。
しかし、誰もが戦場へ家族を送り込んでいる。
お茶会をしていても、大切な人を心配する話になってしまう。
だが、六月十八日。
エメラルドレイクでの戦闘から五日後。
戦場から知らせが届く。
マット、クロード、ハリファックス子爵、ウェリントン子爵からも手紙が届いたので、マーガレットから知らせを共に受けようとの申し出があった。
状況が気になっていたので、断る理由などない。
みんな揃って、マーガレットの待つ会議室へ向かう。
会議室にはマーガレットの他に、ルシアや留守を任されている文官達も集まっていた。
王国を二分する戦いなだけに、要職にある者も呼んで、皆で聞こうというのだろう。
まだ幼いケンドラだけが呼ばれていなかった。
――先に報告を受けていたマーガレットが、そう判断した。
その事実が、何か重大事件が起きたのであろう事を、全員に予感させる。
特にルシアが暗い顔をしているのが気になった。
全員が席に座り、手紙を受け取ると、マーガレットが話し始める。
「まずは先に言っておきましょう。兵に負傷者が出たものの、主だった者に負傷者は出なかったそうよ」
戦闘は上手く進んだようだ。
発表を聞き、皆が胸をなでおろす。
だが、マーガレットがパメラを見つめているのに気付き、何か問題があったのではないかと不安になる。
「でも、ジェイソン陛――ジェイソンを生きたまま捕らえる事に失敗して、生死は不明のようね」
「ジェイソンが!?」
彼に関しては色んな意味で諦めていたパメラも、死を聞かされては驚かざるを得ない。
隣に座るリサが、そっと手を重ねた。
パメラは、リサの手を握り返す。
「詳しい状況は、伝令から聞いてちょうだい」
マーガレットは、伝令に視線を向ける。
伝令は、詳しい状況を話し始めた。
「ジェイソンが、湖に沈んだ……」
ジェイソンの最期を聞き、パメラは絶句していた。
自然と手に力が入っているのが、リサにはよく感じられた。
「氷の船に乗って、湖を渡ろうとしたようです。ですが、魔力が切れてしまい、船が溶けて沈んでしまったとの事です」
「この季節に氷の船……、自殺行為ね。私達だって、夏場に氷の船を作って遊んだりしないわよ」
ブリジットは呆れていた。
魔力に優れるエルフでもやらない事を、人間がやった。
それも王と近衛騎士という国の上層部がだ。
しかも、戦局を打開するための逆襲ではない。
逃げるためにやった事なので「そこまでして逃げたかったのか」と情けなく見えていた。
「最後の姿を確認されたのは、セオドア・ウィンザー様です。詳細は、パメラ夫人への手紙に書いておられるとの事でしたので、後ほどご確認ください」
仮初めの王に対するものとはいえ不敬な言動だが、一伝令にはエルフの代表を批難するのは難しい。
ブリジットの発言は聞き流し、次の報告へ移ろうとする。
次は、ポールの話についてだった。
「ポールが、フレッド将軍と一騎打ち!」
すると、今度はモニカが反応する。
彼女には、ティファニーが肩に手を置いて落ち着かせようとしていた。
「私は現場を確認しておりませんが、危なげなく勝利されたと伺っております。仮に負傷されていたとしても、すぐに治療されたはずです」
伝令も、モニカを安心させようと怪我はなかったと話す。
「フレッド将軍はジェイソンの懐刀。それを討ち取ったのよ。初陣で大手柄を立てた事を喜んであげなさい。でも、二人きりになったら、新婚早々に未亡人にするつもりなのかと叱りなさい。妻には、その資格があります」
マーガレットのアドバイスを、モニカは素直に聞き入れた。
アドバイス通りに、ポールが帰ってきたら「危ない事をして」と叱るつもりだった。
伝令の報告は続く。
次に驚いたのは、ジャネットだった。
「父がブランダー伯を討ち取った!?」
――戦場を離脱しようとしていた裏切り者を討ち取った。
ブランダー伯爵が裏切ったのも驚きだが、その裏切り者をウェリントン子爵が討ち取った。
たまたまウォリック侯爵に騎兵を任された結果、大手柄を立てる事になったとはいえ、やはり大きな驚きである。
「『直前で裏切ったブランダー伯を討ち取った功績は大きい。もしかすると陞爵もあるのではないか』と、ウェルロッド侯がおっしゃっておいででした。その辺りの事は、ジャネット嬢への手紙に書かれているのではないでしょうか?」
「父が、伯爵に?」
ジャネットは、手紙に視線を移す。
今はまだ話を聞いているところだったが、すぐにでも中を確認したい気持ちに駆られていた。
しかしそれも、周囲から「おめでとう」という祝いの言葉を受けたので我慢する事ができた。
「ありがとうございます。ですが、まだ正式に決まったわけではありませんので……」
本当はジャネットも「やったー!」と喜びたいところであった。
だが、これは内戦である。
この場にいる誰かが、ブランダー伯爵家やその傘下の貴族と深い繋がりがあるかもしれない。
彼女自身、ブランダー伯爵家傘下の貴族に友人がいる。
「あまり喜びを表すのはよくないのではないか?」という思いから、喜びを押し殺していた。
「陞爵の可能性があると言ったのがウェルロッド侯なのよ。おそらく、ウォリック侯も賛同するでしょう。エリアス陛下も、きっとお認めになられるわ。ジャネット、そしてモニカ。あとで商人を呼ぶから採寸してもらいなさい」
「採寸ですか?」
ジャネットとモニカは、不思議そうに顔を見合わせる。
そんな二人に、マーガレットは優しい笑顔を見せた。
「ウェリントン子爵も、ポールも大きな手柄を立てた。それは、陛下に功績を称されるという事なのよ。その時、家族であるあなた達も謁見の間に呼ばれるでしょう。内戦を早期解決させた英雄の身内として、恥ずかしくない格好をしなくてはいけません。ドレスを新調しなさい。ちょっと早いけれども、お祝いとしてプレゼントさせてもらうわ」
「侯爵夫人! ありがとうございます!」
二人は礼を言った。
ウェルロッド侯爵夫人からの祝いの品を辞退する事などできない。
それに夫に恥をかかせぬためにも、ありがたい申し出だった。
素直に受け入れる以外の選択など、二人には思い浮かばなかった。
「内戦で血が流れるのは悲しい事よ。私も友人の夫が戦死したという報告を聞いて悲しかった。このあと、あなた達も悲しむかもしれない。だから、喜べるところで喜ぶというのも大切なのよ。喜びは不謹慎なものではなく、悲しみを受け止めるクッションになってくれるのだから」
マーガレットは、年長者としてアドバイスをする。
それはありがたいものであったが、同時に不安を掻き立てるものでもあった。
そして、その嫌な予感は的中する。
――フォスベリー親子の死亡。
この報告に、ジャネットは絶句した。
ダミアンはともかく、フォスベリー子爵までもが自殺したというのは辛かった。
そういう人だとは知っていた。
知ってはいたが、ダミアンの責任まで背負う必要はなかったという思いは残る。
彼女の隣に座っていたティファニーが心配そうに寄り添う。
ルシアも、フォスベリー子爵の事は知っている。
それにキャサリンの事を思うと、自然に涙を流してしまう。
「フォスベリー子爵のおかげで、騎士団の突撃が止められた。ウェルロッド侯爵家の被害が少なくて済んだ恩人よ。フォスベリー子爵夫人には、恩返しをする事になるでしょうね」
ルシアとジャネットの悲しみを和らげるため、マーガレットはフォローを入れる。
残された者を無下にはしない。
――ダミアンの罪ではなく、フォスベリー子爵の功績を取り立てる。
そうする事で、フォスベリー子爵夫人の立場を守ろうというのだ。
ルシアも、友人の事を心配していた。
「サンダース子爵からの手紙では、王都に住むフォスベリー子爵夫人に説明しておくとありましたが、私もフォスベリー子爵夫人に会うため王都に向かいたいのですが……」
「私もいきたいです」
ルシアの言葉に、ジャネットも乗った。
ダミアンには酷いフラれ方をしたが、フォスベリー子爵夫妻には感謝している事も多い。
マットとの出会いも、彼らがいなければ実現しなかった。
それにこれまでの付き合いから、心配する気持ちの方が強かった。
「落ち着いてからならいいでしょう。そう遠くないうちに王都を解放したという知らせがあるはずです。今年は例年よりも早めに王都へ向かうつもりでいなさい。陛下のご無事を祝いにいきますからね」
一通り報告が終わると、マーガレットが話を締めくくった。
だが、まだ聞きたい事がある者が残っていた。
「ジェイソン、フレッド、ダミアン……。ネトルホールズ女男爵に心を奪われた人達が、みんな亡くなってしまいました。もしかして残った人達も……」
ティファニーである。
彼女は戦死者の中でも、特に気になる名前を列挙する。
ティファニーが何を言いたいのか察したマーガレットは、正直な感想を述べる。
「ブランダー伯の行動を考えても、マイケルは死刑となるでしょう。アダムス伯は積極的に協力してくれたそうだけど、その功績を持ってしてもチャールズの助命は難しいでしょうね。彼らが協力していなければ、ジェイソンが王位を簒奪しようと考える事も、死ぬ事もなかったはずですからね」
「やはり、そうなりますか……」
覚悟はしていたが、いざ「死刑になる」と聞いてしまったら、やはり心が深く沈み込んでしまう。
彼の事など、もう忘れたはずなのに。
「パメラも、ジャネットもそう。縁がなかったとはいえ、長年婚約者として一緒にいた相手の事を簡単に忘れる事などできないわ。あっさりと忘れる事ができる人よりも、情に厚いと誇りなさい。でも何より大事な事は、過去を乗り越えられるかどうかです。幸い、二人は共に乗り越えられる相手を見つける事ができた。あなたも、チャールズの事を忘れさせてくれる相手を探しなさい」
「はい、頑張ります……」
ティファニーは「それはそれで難題だ」と思う。
そして同時に、王都に行きたくないなと思い始めていた。
処刑されるであろうチャールズを見たくはなかったからだ。
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三週間後、王都から伝令が送られてきた。
その内容は、アイザックの考えを知っていたマーガレットですら予想しえなかったものだった。
今度はルシアとパメラ、リサというウェルロッド侯爵家に関係のある者だけを集めていた。
エリアスやジェシカの死を知らされたパメラは大きなショックを受けていたが、それを越える衝撃的な知らせもあった。
「アイザックが、次期国王になるそうですよ」
「まさか!」
「詳しい事情は手紙に書いてあります」
ルシアが手紙を受け取り、パメラとリサが横から覗き込むという形で手紙を読み始めた。
アイザックを王に担ぎ上げた主犯はウォリック侯爵だが、レーマン伯爵によって、その正統性を補強された。
その流れは覆る事はなさそうである。
まさかの事態に、手紙を読んでも、まだまだ理解するのに時間がかかりそうだった。
「百日間は喪に服すと書いてあります。アイザックの即位は、喪が明けてからという事になるでしょうね。告別式の準備も行わなければなりませんし、即位式の準備もしなくてはいけません。忙しくなるから覚悟しておきなさい」
完全に予想外の事態ではあったが、表面上マーガレットは落ち着いた姿を見せていた。
これも年季の賜物である。
しかし、まだ若く、経験の浅い者に落ちつけというのは無理であった。
「あの、これって……。パメラさんが王妃になるという事でよろしいのですよね?」
――明らかに落ち着きのないリサが、マーガレットに尋ねた。
「いいえ、あなたもアイザックの正式な妻である以上、王妃と呼ばれる事になるでしょう」
「無理ですっ! 今ですらいっぱいいっぱいなんですよ! せめて寵姫とかにしていただけませんか?」
「それこそ無理です。あなたとパメラの結婚は、エリアス陛下が直々にお認めになられたものよ。それを反故にするなど認められません!」
「でも無理です。パメラさんならともかく、私が王妃殿下と呼ばれるなんて……」
「今度無理と言ったら、これから私の事をマーガレットと呼び捨てるようにさせますよ」
「そんな無――」
「そんな無理な事を」と言いかけて、リサはギリギリのところで堪える。
――マーガレットなら王妃という立場に慣れさせるため、本当にやらせる。
これまでの関係から、リサはマーガレットが本気だと悟った。
しかし、アイザックが公爵になっただけでも戸惑っていたのに、国王となれば想像もできない。
自分が王妃と呼ばれる姿など、もっと想像できない。
リサは逃げ出しそうになる。
だが、自分の手を握る感触を覚えた。
握っていたのは、パメラだった。
「私も未来の王妃として教育されていましたが、それでも王妃としてやっていけるか自信がありません。王太子妃として経験を積む前に、いきなり王妃ですから。一人では辛い立場でも、苦労を分かち合える相手がいると心強いのですけれど……」
パメラのすがるような目を見て、リサは彼女の手を振りほどけなかった。
侯爵令嬢とはいえ、年下のパメラが頑張ろうとしているのだ。
年長者として、助け合うべきと思ったからだ。
リサが困りながらも、王妃という立場を受け入れようとしている。
その姿を見て、ルシアは次の問題へと話を進める。
「そういえば、二人は喪服を持っていたかしら? すぐに仕立てないといけないようね」
「喪服だけではないわ。王妃として恥ずかしくない服装を――」
ルシアに同調したマーガレットは、言葉の途中で止めた。
「いえ、服は公爵夫人としての立場に見合ったものがあれば十分。喪服は王都で仕立てましょう」
「告別式まで時間はありますけれど、よろしいのですか?」
「あらかじめ王妃に相応しい格式の衣装を用意していたら、アイザックが王になるのをわかっていたのかと非難されるかもしれないわ。まずは王都へ向かいましょう。そして、王都で用意できるものを用意する。アイザックのためにも、余計な疑いを招くような真似はしない方がいいでしょう」
マーガレットは、アイザックの計画の詳細は知らなかったが、何をするかは知っていた。
だからかもしれない。
周囲にどう思われるかという点について、過敏になっていた。
ルシアは「考え過ぎなのではないか?」と少し思ったが、事情が事情である。
「いくら考えても、考え過ぎという事はない」と思い直した。
「今、王都で必要とされているものを持っていかねばならないわね。三日以内に出立するから、忙しくなるわよ」
マーガレットの言葉は、パメラ達にも緊張を与えた。
アイザックの私物などというレベルではない。
もっと重要なものを指した言葉だと感じていたからだった。
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