第523話 28日後
王族の葬儀から四週間が経った。
この間、アイザックは人任せばかりにしていたわけではない。
まずは近衛騎士団の解体を行った。
王を守るべき者が裏切ったのだ。
当然である。
特別扱いしていても、裏切る時は裏切る。
ならば、特別扱いをやめてもいいはずだ。
そう考えたので、元々の近衛騎士団は新たに宮廷魔術師団として編成して軍の一部隊とする。
新生近衛騎士団は、新たな人材で構成する事にした。
とはいえ、信頼できる相手を選ばなくてはならない。
自然と、エンフィールド公爵騎士団を中心にした構成となる。
マットを新しい近衛騎士団長とし、王宮での警護を任せる事になった。
ただし、旧近衛騎士で医療が得意な者は、医療班として残留させる。
また、臨時措置として、エルフからも二名ずつ交代で常駐してもらう事にもなった。
強力な毒を仕込まれたとしても、助けられるようにである。
「王の護衛に外国人を用いるのはいかがなものか?」という意見もあった。
だが、アイザックは退けた。
――すでにフェリクスやダッジという前例があり、リード王国の人間でなくとも信用できると言って。
当時のアイザックは次期国王という立場ではなく、ただの公爵という身分に過ぎなかった。
今とは立場が違うものの、それでも彼らは真剣に対ジェイソンの方策を考えてくれた。
リード王国のため働く意思があるのならば、味方だと認めねばならない。
そもそも同じリード王国の人間でも、ジェイソン派のように信用できない者だっていたのだ。
リード王国の人間だからといって無条件に信用していいわけではない。
――近衛騎士には出自や立場よりも、本人の資質を重視する。
アイザックは、そういう方針を取っていた。
エルフを無条件で信用するのも危ないが、基本的に争いを好まない性質を信じる事にした。
体が真っ二つになっても治療できる力は、自分の子供の安全のためにも確保しておきたい。
「バチカンを守るスイス人衛兵のような存在になってくれれば」と思い、チャレンジする事にした。
他にあった大きな事は、とある商会長を族滅にした事くらいだった。
アイザックは「二割程度までなら値上げを許す」と言った。
だが、その商会は二割以上の値上げを行っていた。
その言い分は――
「昨日の価格から二割値上げしただけだ。昨日の相場から、二割値上がりするというのが一週間続いただけだ。一気に値上げをしていない」
――というものだった。
だがアイザックは、そのような屁理屈を許しはしない。
価格統制は、物価の急騰を防ぐためのものではない。
物価の値上がりを防ぐためのものなのだ。
そのような者を見逃していれば、真面目に命令を聞いている者が馬鹿を見る事になる。
アイザックの意図に反する行動を見過ごす事はできなかった。
(商人相手とはいえ、
処分は、商会長の一族全員とはいかなかった。
寄付してくれた商会に嫁いでいたり、婿入りしている者もいたからだ。
親族の恨みを残す事になるが、アイザックを舐めた商会長夫婦と子、孫を処刑とする事で矛を収めた。
アイザックの言葉が、ただの脅しではないと知っていた商人達は大人しくしていた。
いつも殺る気満々のアイザックが「今は商人の力が必要だから」と見逃してくれるはずがない。
有言実行の男。
それも、躊躇なく権力を振るう者を相手に「警告されたら直せばいい」などと軽く考える者はいなかった。
エリアスの時代であれば、一度は大目に見てくれただろう。
だが、もうエリアスはいない。
いつまでも過去に囚われていてはいけないのだ。
時代の変化についていけない商人が脱落しただけである。
だから、処刑が行なわれても不必要に騒がなかった。
騒ぎが起きないのなら、それに越した事はない。
アイザックには不気味な静けさではあったが、この状況を好ましく受け止めていた。
あとアイザックがやったのは、エリアスの寵姫に褒美を与える事だった。
王妃はジェシカ一人であるが、
結局、ジェイソンしか生まれなかったので、彼女らの存在は無駄だったかもしれない。
現に、ジェイソンが即位した時に暇を与えられて、後宮で待機させられていた。
今まで子供ができなかったとはいえ、寵姫は寵姫。
三か月ほど男を近づけず、エリアスの子供ができていないかどうかを確認する必要がある。
ジェイソンが即位してから三か月以上が経ち、妊娠の兆候もない。
そこでアイザックは、子爵位相当の貴族年金を与えると約束して実家に帰らせる事にした。
これはリード王国において、寵姫に暇を取らせる時に取る対応としては一般的なものである。
(パメラのような正統派美女もいれば、個性的な顔もいたんだよな……)
寵姫達の事を、アイザックは思い出す。
個性的な顔が美人とされる世界において、王の寵姫もその例に漏れる事はなかった。
ブリジットに「チェンジ」と言った事を申し訳なく思ってしまうほどの者もいた。
彼女らには丁重に後宮を去ってもらい、パメラ達が引っ越してくる準備ができた。
――実はこの一ヶ月、アイザックがやった事といえば、これくらいである。
あとは上がってきた書類を決裁する程度だ。
アイザックが思っていたよりも、大臣達が頑張ってくれている。
彼らの権限で処理できる問題に対処してくれているおかげで、アイザックは楽ができていた。
今は王族の死という混乱期で忙しいが、落ち着けば二日に一回書類仕事をすればよさそうなくらいである。
秦の始皇帝のように、最高権力者になってもワーカーホリックになる者もいるようだが、アイザックには信じられなかった。
部下を信じて仕事を割り振れば、一人でやるよりもずっと早く仕事が終わる。
誰でもわかる事だ。
だが、始皇帝は猜疑心が強く、部下を信じられなかったと聞く。
働き過ぎて寿命を削ったようなものだ。
アイザックは、同じ轍は踏まないつもりだった。
前世では、一生懸命働いた。
今世でも、ここにたどり着くまで必死に頑張った。
あとは悠々自適の生活を享受するだけである。
まだ数年は現役で頑張ってくれそうな祖父達に仕事を任せ、その間に次の宰相や大臣を探しておく。
そうする事で、これからも楽ができるはずであった。
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アイザックは、自分の仕事が終わると帰宅の途に就いた。
そこそこの仕事量はあったものの、九時五時くらいでの帰宅だ。
羨ましがっていた前世の父と同じくらいの労働時間である。
国王代理という立場を考えれば、早いくらいだろう。
ちなみに、モーガンはまだ王宮に残って仕事をしていた。
屋敷に帰ると、今日は大勢の出迎えがあった。
普段ならば、総出で出迎える事はない。
近くにいる者が集まってくるくらいである。
アイザックは不思議に思ったが、その理由はすぐにわかった。
「パメラ! リサ!」
――領都にいるはずの家族がいたからだ。
周囲にいるのは彼女らの世話役だろう。
王都にきたので、最初の挨拶のために顔見せしているのだ。
だが、そんな事はどうでもいい。
まずアイザックは、パメラを抱きしめた。
「エリアス陛下を助けられなかった……。それに、ジェシカ殿下も。すまない」
「手紙を読みました。一生懸命に助けようとしてダメだったのです。悲しいですが、あなたを責めるつもりなどありません」
ジェイソンはともかく、エリアス達に悪い感情は持っていないはず。
犯人は自分であるものの、アイザックはパメラに助けられなかった事を謝罪する。
彼女は、表向きの理由を信じてくれていたようだ。
アイザックに責任はないと言ってくれた。
アイザックは、そっと彼女に口付ける。
少しパメラのお腹の膨らみが気になった。
きっと、お腹の中には子供がいるに違いない。
「でも、妊娠中って長距離の移動をしたらダメなんじゃなかったかな?」
「あなたが街道を整備してくれたおかげで、快適な旅でしたわ。それにブリジットさんがいてくれましたもの。気分が悪くなっても、魔法で治してくれましたわ」
「そうだったのか。ありがとうございます、ブリジットさん」
アイザックがブリジットに礼を言うと、彼女は「いいのよ」と身振りで応える。
大事な子供まで守ってくれたのだ。
後日、礼をしておかなければならないだろう。
次にアイザックは、リサのもとへ向かう。
彼女とも、キスを交わす。
「状況が大きく変わってしまって戸惑っているかもしれない。でも、みんなで協力し合えば乗り越えられるはずだ。一時的に辛い事になるかもしれないが、一緒に頑張ろう」
「ええ、自信はないけれど……。本当に次の国王になるの?」
「陛下を助けられなかった自分に発言権はないと思ったんだけど、それをウォリック侯爵に逆手に取られてしまった。レーマン伯爵の発言もあり、もう覆す事はできないだろう」
「そ、そうなのね……。私も頑張るわ」
頑張るとは言うものの、やはりリサの顔は引きつっていた。
(男爵令嬢から王妃殿下だしなぁ……。ニコルに匹敵する大出世だ。ニコルみたいに自分から狙っていなかっただけに、立場の変化を受け入れにくいだろうなぁ)
おそらく、リサの反応が普通だろう。
そう考えると、ニコルの強心臓っぷりがよくわかる。
リサと違い、自分からジェイソンを奪っていくのだから。
そしてアイザックは、こちらを見る小さな影に気付いた。
「ケンドラ、ちょっと見ない間に大きくなったね。さぁ、おいで」
「お久しぶりです、お兄様。お会いしたかったです」
――お兄様。
その言葉の破壊力に、アイザックはやられてしまった。
「お兄ちゃんも――お兄様も会いたかったよ!」
すぐさまケンドラに抱き着き、頬ずりをする。
いつもならその姿を、ルシアは微笑ましく見守っていた。
だが、今回は違う。
いつまでも見ている場合ではなかった。
「王都に着いた時、陛下の墓参りに行ったの。本当に陛下は……」
これからのリード王国の事を考えれば、子供達の表情を悠長に見ていられなかった。
アイザックは妹の頬を堪能しながら答える。
「本当です。私だけでなく、お爺様や父上も確認しました。だから、私がなんとかしなくてはなりません。いえ、みんなが今まで通りの暮らしをできるようにしてみせますよ」
言葉は頼もしいのだが、妹相手にデレデレとしている表情に迫力はない。
ルシアは「大丈夫かしら」という思いと「あとでパメラとリサにも同じ顔を見せてあげなさいと言わないといけないな」という思いがこみ上げてきていた。
「そうですね、アイザックになんとかしてもらわないと」
マーガレットが話に入ってくる。
彼女は、この状況をアイザックが作り出したと知っている。
尻拭いくらいは自分でやってもらわないと、これからが不安だと思っていた。
しかし、支援はするつもりである。
「アイザック、あなたにお土産があります」
「なんでしょうか?」
マーガレットは、フフフと笑う。
「このような場所で言う事ではありません。それに、長話もよくないでしょう。ジャネット達もきているので、カービー男爵達を帰宅させてあげなさい」
「気になりますね……」
もし、面倒な仕事を「はい、お土産」と言って渡されたら、イラッとしてしまいそうだ。
祖母の土産がどんなものか気になるが、さすがにそんなものではないだろう。
アイザックは、マット達に帰宅の許可を与え、屋敷の中へ入っていった。
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