第512話 罪をなすりつけられる者達

 ウェルロッド侯爵家傘下の貴族がエリアスに別れを告げ終わる頃には、謁見の間に貴族が集まっていた。

 誰もが暗い表情をしている。

 本来ならば次の国王候補であるウィルメンテ侯爵ですら、演技ではなく落ち込んでいるようだった。

 それもそのはず、責任を感じていれば「次の国王は俺だ! やったー!」などと喜ぶ気分にはなれないだろう。

 多少ヘコむのはかまわないが、あまりヘコまれ過ぎても困る。

 必要な場面でフォローが必要だろうとアイザックは感じていた。


 謁見の間、玉座側には貴族達と向かうようにクーパー伯爵や大臣達が並んでいる。

 アイザックは、貴族側に立っていた。


「エンフィールド公も、こちらへきていただけますか?」

「わかりました」


 クーパー伯爵が、アイザックを自分達の方へ呼び寄せる。

 これは「エリアス救出のために旗印として動いた者」として呼んだだけである。

 彼としては、なぜアイザックが話を聞くだけの側にいるのかが理解できなかった。

 しかし、これはアイザックの計算である。


 ――皆の前で宰相がアイザックの助けを求めているかのような言葉を発する意味の重さ。


 実際に、どういう意味で言葉を発したのかは関係ない。

 そう受け取られかねない状況で、クーパー伯爵が言ったという事が重要なのだ。

 皆が動揺している今だからこそ、頼れる存在としてのアピールが必要である。

 だからアイザックは、クーパー伯爵の言葉を引き出すために話を聞く側に立っていたのだった。


 ――クーパー伯爵にも助けを求められる存在としてアピールするために。


 アイザックは、クーパー伯爵の隣に立った。


「少し休んだくらいでは、まだお疲れでしょう。宰相閣下が疲れた姿を見せていては、皆が不安になります。進行は私にお任せください」

「それもそうですな……」


 鏡で見た自分の姿が力のない情けないものだった。

 クーパー伯爵は、アイザックに主導権を渡す。


「何が起きたのかを時系列で話すつもりでした。まずは近衛騎士が動くきっかけになったであろう伝令を確認した兵士の話をするとよろしいでしょう」

「わかりました」


 アイザックは、皆のいる方に向き直る。


「なぜ陛下にあのような事が起きたのか? すぐに確認を取りたい者ばかりだろうとは思う。だが、まずはエリアス陛下やミルズ殿下といった犠牲者の皆様の冥福を祈りましょう。黙祷!」


 アイザックが黙祷を捧げる。

 こうする事で、エリアスの喪主のようなアピールをするためだ。

 他の者達も、これに倣った。

 黙祷が終わると、本題に入る。


「では、まずは近衛騎士が動くきっかけになったと思われる伝令。その目撃証言を確認しましょう。昨日までに到着していた方々は聞いているかもしれませんが、私やウェルロッド侯爵軍の者達はまだ聞いておりません。それに、皆で聞く事でわかる事もあるかもしれませんので」


 アイザックの言葉に合わせて、壁際で控えていた兵士が動く。

 リード王国のほぼすべての貴族の目が彼に集まっている。

 その事は本人もよくわかっていた。

 王宮を守る兵士なので貴族の目には慣れているはずにもかかわらず、ぎこちない歩き方をしていた。


 緊張は明らかだった。

 だが、彼は緊張を感じさせないしっかりとした声で説明を始める。

 その内容は、アイザックにとって理想通りの動きだった。

 内心では満足していたが、深刻な顔をするのを忘れない。

 兵士の話が終わったあと、アイザックが質問をする。


「本当に、その伝令に見覚えはなかったのか?」

「ございません! 王都近辺の部隊に所属する伝令はすべて覚えています! 地方に所属する伝令も、よく訪れる者は覚えています! あの者達は、初顔と言っても過言ではありません! これは長年、王宮の入り口を任されてきた者としての誇りに賭けて断言できます!」


 ここで「見覚えがあったが、あえて通した」などと言えば、近衛騎士の共犯に見られかねない。

 当然、兵士は強く否定する。


(そりゃあ、ブラーク商会の人間だし)


「では、死体に身分を証明するものは残っていなかったのか?」

「何もありませんでした。伝令を任されるほどの騎兵であれば、名のある鍛冶師が打った剣を持っているはずですが、装飾だけが立派で刀身は数打ちの安物でした。魔法で燃やされたとはいえ、割符なども見当たらなかったので、王国軍の伝令だったのか怪しいものです。鎧だけ用意した王国軍以外の者と考える方が自然かもしれません」

「なるほど……」


(鎧や旗は用意できても、さすがに小道具までは完全にとはいかなかったか。さすがにそこまで求めるのは酷というもの。ブラーク商会はよくやったと考えるべきだな)


 アイザックは、うんうんとうなずく。


「何か思いつかれたのですか?」


 その姿を見て、クーパー伯爵が質問する。

 伝令の正体に気付いたと思ったからだ。

 もちろん、アイザックは伝令の正体を知っている。

 だが、それを馬鹿正直に話すつもりなどなかった。


「先遣隊が出立したのは十四日で、王都に到着したのは二十日。それも強行軍でです。前日に到着するとすれば、十三日には出発していた事になります。キンブル将軍、ジェイソンに伝令を送る様子はありましたか?」

「いえ、ありませんでした」


 答えるキンブル将軍の顔はやつれていた。

 ほんの二週間ほどで、十歳は老けて見える。

 元々高齢という事もあり、そのまま死んでしまうのではないかと心配してしまいそうになった。


「キンブル将軍が別働部隊を率いて本陣を離れたあと、伝令が戦場の隙間を抜ける余裕はなかったはずだ。そうなると、伝令を王都へ送る事ができて、なおかつ王宮の門番が顔を知らない相手というならば、対象は限られる」

「ブランダー伯ですね」


 クーパー伯爵が落ち着いた声で答えた。

 どうやらアイザック達が到着する前に、伝令を送れる相手の見当は付けていたらしい。

 彼らもただ嘆いてるだけではなかったようだ。


「そう、ブランダー伯の可能性が高いと私も思います。ただ、暗殺命令を出すほどエリアス陛下を恨んでいたとは思えません。まだジェイソンが命令を出していたというのならばわかるのですが……」


 アイザックは本当にわからないという演技をする。

 いや、これは演技ではなかった。

 ブランダー伯爵が、王族の抹殺を命じる理由が思いつかない。

 ただアイザックが罪をなすりつけようとしているだけで、彼にはそこまでやる理由がないからだ。


「実は、エリアス陛下が襲われたのは夕食時でして……。陛下と近衛騎士の会話を聞いていた侍女が一人生き残っています」

「なんと!」

「どのような会話が行なわれたかを証言させるつもりでした。すぐに証言させますか?」

「……そうしましょう」


 アイザックは、膝が震えそうになる。

 近衛騎士がおかしな事を言っていれば、貴族達が不審がるかもしれない。

 すでに証言を聞いており「犯人はお前だ!」と、吊るし上げられるかもしれなかった。

 証言を聞くのは怖い。

 しかし、証言を避ければ怪しまれる。

 聞かないという選択は選べなかった。


 年配の侍女は部屋の外で待っていた。

 彼女が一歩、歩みを進めるごとに、アイザックの心臓もドクンと大きく鳴る。


「生き残ったという事は、エリアス陛下の最後を確認した者という事でもある。ではまず、近衛騎士は何を言っていたのか話してもらおう」


 内心では恐れながらも、アイザックは堂々とした態度で侍女に質問する。

 侍女はキョロキョロと周囲を見回しながら震えていた。


「私も……、私も陛下を守ろうとしたんです! 私が生き残っているのは、逃げたわけではないのです!」


 ――自分だけが生き残ってしまった罪悪感。


 それが震えの原因だった。

 他の侍女達は、みんなエリアスを守ろうとして死んでしまった。

 なのに、彼女は生きている。

 生き残ってしまったからこそ「エリアスを見捨てたのでは?」と周囲に思われていると疑心暗鬼になり、挙動不審にさせていたのだった。


「その話はもう終わっているはずだ。お前が生きているから、近衛騎士が何を言っていたのかわかるのだ。処罰は下さない」


 クーパー伯爵が落ち着かせる。

 だが、彼女はまだ震えていた。

 これだけ多くの貴族がいるのだ。

 暴走する馬鹿がいないとも限らない。

 これでは話が進まないので、アイザックも動く。


「情報は重要だ。落ち着いて皆に何があったか聞かせてくれ。すべて真実を話すのならば、エンフィールド公爵の名において安全を保障する。だが、そのまま話せないというのならば、陛下に関する重要な情報を隠したとして厳しい処罰を与える。少しずつでもいい。話してほしい」


 アイザックは、安全を保障しつつも罰をチラつかせる。

 さすがにアイザックの言う「厳しい処罰」は、侍女には刺激が強かったようだ。

 たどたどしい言葉ではあったが、少しずつ話し始める。




 近衛騎士は、直系の王族がジェイソンだけ生き残れば助かると思っていた。

 エリアスは抵抗し、近衛騎士の一人を食器用ナイフで殺した。

 だが、戦闘の専門家には勝てず、追い詰められる。

 しかし、近衛騎士達の背後で争う声が聞こえた。

 新たに近衛騎士の一団が現れ、同士討ちを始める。

 魔法が飛び交い、エリアスに何かの魔法が当たった。

 エリアスを庇うようにジェシカが死に、ミルズ達も殺されていった。




「エリアス陛下救出に向かった近衛騎士は、私が説得した者達です」


 クーパー伯爵が、侍女の話の補足を始める。


「あの日、怪し気な伝令を近衛騎士の副団長が焼き殺したという報告を受けました。そのあと、ジェイソン陛下――ジェイソン派の近衛騎士が王宮を出ていったので、エリアス陛下派とわかっていた者から接触し、行動に移す準備を整えていました。奴らが監獄塔に向かったと聞き、味方に付いた近衛騎士や衛兵を突入をさせたのですが、今一歩およばず……」


 クーパー伯爵は、顔を悔しそうに歪ませる。

 もう少し早く動いていれば、エリアスを助けられたかもしれない。

 彼は紙一重の差を悔しがり、アイザックは紙一重の差に冷や汗をかいていた。


「ウィルメンテ侯とウォリック侯の軍が王都に着いた時、王都を戦場にしてでも奪還作戦を取るという選択もありました。ですが、民に被害が出るのをエリアス陛下は望まないといって選ばなかったのは私です。責任は私にあります。宰相閣下はよくやってくださいました」


 ここでアイザックは、自分に責任があると認めた。

 これは王になる時、周囲の印象を和らげるためである。


 ――責任を認めず、王になれば周囲はどう思うだろうか?


「自分が王になるため、ウィルメンテ侯爵に責任を押し付けて、自分は逃げていたんだな」と思われる可能性が高い。

 そうなればアイザックの統治は厳しいものとなる。

 ギリギリまで「王位に興味はないですよ」というアピールをし続けねばならなかった。


「お前達もそうだ。本来ならば、これは我ら貴族が解決せねばならぬ問題だった。立場を考えればよくやってくれている。ご苦労だった。これからもリード王国のために尽くしてくれ」


 アイザックは、侍女や門兵をねぎらう。

 この行動に一番強く反応したのは彼らではない。


 ――ウィルメンテ侯爵だった。


 ウィルメンテ侯爵は露骨なまでに目を泳がせていた。

 アイザックの言った「我ら貴族が解決せねばならない問題だった」の一言が効いているのだ。


 貴族が解決するとなれば、当然高位貴族の働きが重要になる。

 なのにウィルメンテ侯爵は、ブランダー伯爵を味方に引き入れるという大失態を犯していた。

 それはアイザック達が王都に到着するまでの間、他の貴族から厳しく非難される大問題となっていた。

 傘下の貴族すら、時には冷ややかな視線を向けてくる事があった。


 ――ブランダー伯爵の裏切りが、エリアス殺害のきっかけになった。


 今更アイザックが誘導するまでもなく、それが貴族達の間で共通認識となっていた。

 そのため貴族の義務などの話は、ウィルメンテ侯爵にとって針の筵でしかなかった。


 だが、アイザックは話をやめる気配がない。

 門兵と侍女が退出するのを待ち、続きを始める。


「私の考えでは、エリアス陛下の暗殺指令を伝えた伝令は、ブランダー伯が送り出したもの。その理由は、ジェイソンを王にしたままの方が都合がいいから。エメラルドレイクでの決戦で負けようとも、ジェイソンが生きていれば、直系の王族として国王の座に君臨したままだという可能性があった。国王としての権限を使い、ブランダー伯への罪を軽減する事も可能だったでしょうから」


 アイザックの仮説に反対する者はいなかった。

 誰もがその可能性が高いと思っていたからである。


 ウェルロッド侯爵家が到着するまでの間、先に到着した貴族達には議論する時間が十分にあった。

 その本質は「誰に責任を押し付けるか」というものであったため、裏切り者のブランダー伯爵が格好の標的となっていたのだ。

 そして、ウィルメンテ侯爵も同様に標的となっていた。

 これは旗印であるアイザックに責任を押し付けようとした場合、報復が怖いからというのもあった。


 だが、これらはアイザックの計画通りである。

 先にウィルメンテ侯爵家を王都に向かわせたのも、ウェルロッド侯爵家が最後に向かうと決めたのも、この状況を作り出すためだった。

 人が人である以上、目の前にある標的に狙いをつける習性がある。

 まだ王都に到着していないアイザックよりも、目の前にいるウィルメンテ侯爵に非難を浴びせる方がわかりやすく、簡単だからだ。

 ウィルメンテ侯爵が非難の的になってくれたおかげで、ここからがやりやすくなる。


 そして何よりも「アイザックに言われて気付いた」のではなく「自分達が考え出した答えとアイザックの考えが同じだった」というのが大きい。

 アイザックに言われて気付いたのであれば「アイザックに思考を誘導されているのでは?」と疑う者も出てくるだろう。

 しかし、先に自分達が議論して出した答えと同じであれば「自分達の考えは正しかったのだ」と信じてくれるはずだ。


 ブランダー伯爵が怪しいと思うのは、裏切り者である以上、当然の流れだ。

 アイザックは、皆もそう思うだろうと考え、その流れに逆らわない方向で思考を誘導する事にした。

 これならば「誰かに操られている」という印象は与えないはずである。


 問題は、ウィンザー侯爵がどの程度動いていたのかだ。

 もし、彼がブランダー伯爵に責任を押し付けようと積極的に動いていれば、アイザックと縁戚関係があるだけに怪しまれる。

 慌ただしくて確認できなかったのが心残りだった。

 アイザックがチラリとウィンザー侯爵を見ると、彼は目を逸らして微動だにしない。

 ジッとして不動の姿勢を見せた。


(空気を読んで動かないでいてくれたという意味かな? さすがは元宰相というところだな)


 アイザックも、ウィンザー侯爵が伝えようとしている事を感じ取っていた。


「ところで、マイケルやチャールズは捕えているのですか?」

「もちろんです。ネトルホールズ女男爵は、一時的にとはいえ王妃と呼ばれる立場だったので監獄塔の上層階に。マイケル・ブランダー、チャールズ・アダムスは、他のジェイソン派と共に地下牢に捕えております」

「なるほど」


(ならば、安心して次の一歩を踏み出せるというものだ)


 アイザックは、王手をかけに打って出る。


「エリアス陛下とミルズ殿下が亡くなられた悲しみに暮れている場合ではなくなった。直系の王族がいなくなった以上、傍系の王族を国王として戴く必要がある」


 この言葉に、ウィルメンテ侯爵がビクリと反応する。

 どう考えても、一番最初にお鉢が回ってくるのは自分だからだ。

 だが、ウォリック侯爵家との関係やフレッド、ブランダー伯爵の件を考えれば適任ではない。

 他国から王族を呼び寄せてほしいところだった。


 しかし、それを自分からは言い出しにくい。

 今後「王の責務から逃げた」と後ろ指を指されてしまう可能性が高いからである。

 どうにかして逃れられないかと、彼は必死に考え始めた。

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