第466話 仮の戴冠式と披露宴

 ジェイソンが言ったとおり、戴冠式は簡易的なものだった。

 セスがジェイソンに神への奉仕を誓わせ、頭に聖油をかけるというものである。

 そのあと、セスの手によって王冠が被せられた。

 新たな王の誕生の瞬間であるが、アイザックには感動も何もなかった。


(あの王冠、綺麗なのに油でベットベトじゃないか……。戴冠式って、こういうものなのか?)


 もし自分が王になっても、できれば被りたくない代物になってしまった。

 儀式のためとはいえ、もったいなく感じる。

 だが、引いている場合ではない。


「新王陛下、万歳! ジェイソン陛下、万歳!」


 アイザックが口火を切ると、他の貴族達も一斉に新しい王を祝う言葉を叫び始める。

 ジェイソンは満足そうにしているが、ジェニファーを始め、極一部の人間は呆気に取られて動けなかった。

 祝いの言葉は、しばらく続いた。

 まるで本当に祝っているかのように。


 自然に祝いの言葉が静まってくると、アイザックが一歩前に出る。

 そして、ひざまずいた。

 皆の視線がアイザックに集まる。


「我ら貴族一同、改めてリード王国に忠誠を捧げる事を誓います」


 その言葉に合わせて、他の貴族達が一斉に頭を下げる。

 椅子が邪魔になってひざまずけないため、お辞儀をする事で忠誠を誓う意思表示をしたのだ。

 もっとも、彼らが忠誠を捧げるのはリード王国であって、ジェイソンではない。

 ささやかな抵抗ではある。

 それでも、少しだけ出席者達の溜飲を下げる事ができた。


 この動きにも、ジェニファー達は身動きできなかった。

 彼女達でも「なぜジェイソンに忠誠を誓うのか?」と疑問に思う状況である。

 もし、テレビのある世界だったのならば「あっ、ドッキリか!」と思ったかもしれない。

 それほどまでに信じ難い状況だった。

 だが、ぼーっとしているわけにはいかない。

 彼女達も、慌てて頭を下げる。


 似たような事は各所で起きていた。

 エリアス派の者達が、アイザックに合わせていただけに、彼らの存在は目立つ。

 今のジェイソンなら「自分の即位に不満のある者達」と見てくるかもしれない。


 戴冠式において、ジェイソンの方はまだよかった。

 問題はニコルだ。

 彼女も王妃として、聖油を浴びて、ティアラを載せられる予定だった。

 だが、彼女は「ウェディングドレスを汚したくない」と嫌がった。

 セスは「汚くないですよ」と、やんわりとなだめるが、彼は一瞬「聖油が汚いとは何事か!」という憤慨を表情に出していた。

 この状況をよろしくないと見たアイザックが動く。


「ジェイソン陛下・・。この戴冠式はのもの。王妃殿下は、また後日という事でよろしいのではありませんか?」

「一緒に受けてほしかったのだが……」

「噂で聞いた話ではありますが、そのウェディングドレスは陛下が一年前からご用意されていたとか。聖油が綺麗か汚いかという問題ではなく、チリ一つ付けない状態で大事にとっておきたいのでしょう」

「確かに父上が退位するので、急いで行った簡易的なもの。後日、改めてやればいいか」


 ニコルが受けたくないのなら、受けさせなくていい。

 その方が正統な王位継承ではないと言い掛かりをつけやすくなる。

 だから、アイザックは彼女の肩を持った。

 ジェイソンも、アイザックの言葉に思うところがあったのだろう。

 素直に進言を聞き入れた。


「そこまで大事にしてくれて嬉しいよ」


 しかし、それはそれで問題がある。

 このような言い方をしてしまったら、教会の立場がない。

 実際、セスが叱りつけようとして、必死の形相で堪えていた。

 これで教会関係者や、信心深い者達もジェイソンの敵となったはずだ。

 愛があれば、すべてを乗り越えられると考えていそうだが、それだけで乗り越えられる問題ばかりではない。

 大いなる障害を生みだすばかりで、人生のハードルを上げてしまっている。


(まぁ、誓い合ったばかりだし……。頑張って)


 アイザックは、ジェイソンに憐れみすら覚えていた。


 ――好き合って親しくなればなるほど、人生を破滅に導く女。


 そんなものに引っ掛かってしまった事に。

 原作ゲームのシナリオライターがまともであれば、本物の幸せな生活を送れただろう。

 可哀想だが、この程度の事もわからない奴に国を任せるわけにはいかない。

 やはり、ジェイソンを歴史の舞台から引きずり下ろすしか選択はなかった。



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 披露宴を兼ねたパーティー会場にて、アイザックは真っ先にジェイソンに祝いの言葉をかけた。

 すると、ジェイソンは疑問を返してきた。


「祝福してくれたのは、全員ではなかったな。私の即位は歓迎されていないのか……」


 ほとんどの貴族が賛同していたが、極一部の反応が遅れた事を気にしているらしい。


(親は監禁するのに、そこは気にするんだ)


 ジェイソンのメンタルが強いのか弱いのかわからなくなってしまう。

 

(これって根回ししなかったら、勝手にエリアスを殺してくれてたんじゃ……)


 アイザックは、なんとなく損した気分になる。

 だが、すでに計画は動き出している以上、今更変えるわけにはいかない。


「それは私のミスです。この一週間の間、陛下の即位に難色を示しそうな者を中心に説得しておりました。そのため王妃殿下のご親族など、歓迎してくれそうな方々は後回しになってしまったのです。ですので陛下の即位を歓迎していないというのではなく、驚かれていただけでしょう」

「ならいい」


 そのためにも、まだ彼のご機嫌を取らねばならないのだ。

 アイザックは我慢して、忠臣としての外面を装う。


「王妃殿下、ご成婚おめでとうございます。陛下の隣がお似合いですね」

「ありがとう、アイザッ――エンフィールド公。なんだかこういう呼び方って慣れないね」


 ニコルがアイザックの呼び方を変えるのに照れ臭そうにしている。

 つい「今まで通りでかまいません」と言いたくなってしまうが、アイザックはぐっと堪える。


「その呼び方で慣れていただかねばなりません。少なくとも公の場では。でなければ王妃殿下が礼儀知らずと思われるだけではなく、陛下も軽んじられてしまいます。直していただく必要があります」

「王妃様って窮屈なんだね」


 ニコルはつまらなさそうに呟いた。

 彼女もジェイソンを奪っておきながら、王妃になるという覚悟が足りないようだ。

 もしパメラであれば、そんな事は言わなかっただろう。

 こういう時のための教育と覚悟ができていない悪い面が出てきてしまっている。


「パメラは楽な人生を送れてよかったのかもね」

「ええ、そうですわね」


 パメラは、ニコルの失礼極まりない発言にも表情を変えず受け流した。

 そんな彼女をアイザックは頼もしく思う。

 一方、リサは動揺しているので、彼女は自分が支えないといけないなとも思っていた。


 あまり長くいてもロクな事がなさそうであるし、軽く挨拶をして話を切り上げた。

 それにアイザックもやらねばならない事がある。

 アイザックのあと、外国の使節団がジェイソンに挨拶をする。

 すると、予想通りアーク王国の者達がやってきた。


「説明していただきましょうか」

「ええ、ではこちらで」


 パーティー開始早々、別室での密談は褒められたものではない。

 だが、非礼であるとわかっていても、彼らは聞かずにはいられなかったのだ。

 アイザックも彼らの気持ちはわかるので、素直に別室に案内する。


「さて、実は――」


 まずは王宮内で起きた事を説明する。

 ただし、他国の人間に知らせていいところとダメなところは、しっかりとわけてだ。

 話を聞いたアーク王国の者達は、明らかな動揺を見せる。


「それならば、前もって教えていただけてもよかったのでは?」

「我が国の者ならば、リード王国のためと思って我慢してくれるでしょう。ですが、国外の方々を無条件で信じるわけにはいきませんでした。たとえば貴国の場合、王妹であるジェシカ殿下との関係が深すぎる。絶対に騒ぎ立てたり、面会を要求しなかったと言い切れますか?」

「……必要とあらば」

「そこで『できる』と言い切れない方には、やはり教えなくて正解でしょう。ジェイソン殿下の即位を邪魔されては困るのです。エリアス陛下の救出のためにも、順調に進んでいるように見せておく必要がありますので。もちろん、ジェシカ殿下の救出も最優先事項ですのでご安心を」

「なんという事だ……」


 ほとんどの者達が頭を抱えたり、天を仰いだりして途方に暮れた。

 彼らが途方に暮れているからこそ、


「この状況を打破するために、我らも精一杯やっております。今は静観しておいていただけないでしょうか? これはリード王国の貴族一同の頼みだと考えていただいてかまいません」

「わかりました。エンフィールド公に考えがあるのならお任せします」


 そこまで答えてから、ふと彼の頭に一つの事が思い浮かんだ。


「あぁ、なるほど。戴冠式の時に即位を祝った者達。彼らはエンフィールド公の動きに賛同している者というわけですか。どうりで誰も異議を言わなかったわけですね」

「それ以外の者達は、ジェイソン殿下やネトルホールズ女男爵に極めて近い者達です。陛下救出の準備は着々と進んでいます。できる事があれば手伝いたいと思われるかもしれませんが、何もしないでいただけると助かります。できましたら、本国への報告も今しばらくお待ちください」

「我らもしばらくすれば帰国します。さすがに報告を送らずにいても、帰国すれば陛下に報告せずにはいられません。いつかは知られるものと思っていただきたい」

「あなた方も仕える主君がいる身。時間をいただけるというだけでありがたい事です」


 さすがに完全に緘口令を敷けるとは思っていない。

 今すぐに報告されないだけマシだろう。

 その間に対応策を考えておけばいいだけだからだ。


 とりあえずは納得してくれた。

 騒ぎ立てないと約束してくれただけでもマシである。

 部屋を出て、パーティに参加しようとすると、ロレッタ達ファーティル王国の人間と、シルヴェスター達ロックウェル王国の人間が外で待っていた。


「エンフィールド公、この状況はいったい――」

「――どうなっているのですか!?」


 本来は敵対国の者同士なのに、なぜか上手く言葉を被せてきた。

 彼らの心配もわかる。

 しかし、同時に来られたのは困る。


 ――ファーティル王国向けの説明と、ロックウェル王国向けの説明では内容が異なるからだ。


 同盟国の王女であるロレッタの方を優先して説明するべきだが、一応シルヴェスターもジェイソンの結婚式を祝う国賓待遇をされている。

 同盟国だからといって、当たり前のように優先するわけにはいかない。

 国賓であるシルヴェスター側の面子も考えねばならないのだ。

 普通であれば、同時に説明すればいいだけだが、今はそれができない。

 難しい状況に追い込まれてしまった。


「同盟国には、外務大臣である私の方からご説明差し上げます」


 ――そこにモーガンが颯爽と現れた。


「あの……。はい、お願いいたします」


 ロレッタも「外務大臣からの正式な説明」という名分の前では「アイザックから聞きたい」という、わがままを言えなかった。

 ファーティル王国には、モーガンが説明してくれる事となり、アイザックはシルヴェスター達に対応するだけでよくなった。

 役割分担は大事である。


「では、シルヴェスター殿下。どうぞ」


 アイザックは、ロックウェル王国の人間を部屋に招き入れて説明を始める。

 彼ら向けには多くを語らない。

 特にジェイソンをおびき出すというところは隠していた。

 話し終わると、シルヴェスターがアイザックに詰め寄り、両肩を掴む。


「なぜそのような大事な事を話していただけなかったのですか! 我らも全力でエリアス陛下をお助けしたというのに!」


 彼がなぜそこまでエリアスを助けたいと思っているのかが、アイザックにはわからなかった。


「あれほど素晴らしいお方はいない! まさに賢王の二つ名にふさわしいお方だ! 四年前には戦争をした相手だというのに、温かく受け入れてくれる度量の持ち主。あれほどのお方は今まで見た事がない! エリアス陛下の不幸はリード王国だけの問題ではない。世界の損失だ!」


(えぇぇぇ……)


 ――抗議の使者だったが、エリアスはジェイソンを祝うための使者という扱いにしてくれた。


 あの時の事を深く感謝しているらしい。

 それだけではなく、これまでにエリアスと直接話してきた事で、その人柄に感銘を受けたのだろう。


(……詳しく知らないから、表面のいいところだけしか見えていないのかな?)


 もしかしたら、大なり小なりエリアスに不満を持つリード王国の貴族の誰よりも、彼が一番純粋にエリアスの事を尊敬しているのかもしれない。


「我が国にできる事があれば何でもする。陛下を説得してみせる!だから、エリアス陛下を助け出してくれ!」

「言われるまでもありません。私達は無事に陛下をお助けするために努力を惜しんでおりません。ただ、外国勢力の手助けを受けては後々問題になりますので、リード王国内で問題を解決するつもりです。お気持ちだけありがたく受け取らせていただきます」

「う、うむ。そうだな。他国の手助けを受けては、リード王国の貴族は情けないと噂されてしまう。それではエリアス陛下の名にも傷がつく。しかし――」


 説得されても、シルヴェスターは「エリアスのために何かやりたい」という気持ちが抑えきれないようだ。

 イマイチ納得していない様子である。


「頼みたい事が思い浮かんだ時はお願いします。何もしない事が、今はエリアス陛下のためになるのです」

「うむ、わかっている」


 シルヴェスターは本気で心配しているようだ。

 そんな彼の様子を見て「『ちょっと国を攻めるふりをしてもいいですか?』とお願いできるかな?」という無茶振りをアイザックは考えていた。

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