第446話 婚約破棄

 卒業式前日の放課後。

 アイザックの周囲には友人達が集まっていた。

 いや、アイザックだけではない。

 ジェイソンには王都に住む貴族が、地方領主の子息には傘下の貴族が集まっている。

 これは卒業式前だからだ。


「明後日からは名前を呼ぶのも気を付けないとな。公の場でアイザックなんて呼び捨てにした日には……。やだやだ、考えたくもない」


 ポールが卒業後の事を考えて頭を抱える。

「生徒は皆平等」という理念がある学院だからこそ、公の場でも許される態度である。

 学生ではなくなったら、不用意な発言の一つが致命傷となり得る。

 だから、誰もが主従関係となる相手と語り合っていた。

 こうしていられるのも明日で最後なのだから。


「そもそも、お前らズルイよ。家が代官だから、引き継ぎの勉強をするために実家に帰れるんだからさ。俺なんてウェルロッド侯爵家の騎士団に入るんだぞ。いつアイザックと会って、ボロが出ないか心配だよ」


 最初の一年は騎士見習いとして、基本を覚えさせられる。

 だが、ポールは子爵家の嫡男だ。

 二年目の途中か、三年目には小規模の部隊を任される隊長クラスになるだろう。

 出世すればするほど、公の場でアイザックと顔を合わせる機会が増える事になる。

 その時「ようアイザック」と声をかけてしまわないか不安だったのだ。


「それくらいはいいじゃないか。お前は出世が見込めるんだからさ」


 一人の男子生徒が、贅沢な悩みだと言う。

 彼はネイサンの友達だった者だ。


 ――ポールやレイモンドのようにネイサンから遠くもなく、カイのようにアイザックとの関係を修復することもできなかった。


 ネイサンとの距離が近かった者ほど、気まずさを感じてアイザックに近付けなかった者は多い。

 だが、気まずかろうが、アイザック達とは上手くやっていかねばならない。

 そういった者達も、ウェルロッドの集まりには顔を出していた。


「そうだねぇ、僕も人間だから親しい人間は取り立てる事もあるだろうし、失敗も大目に見る事があるだろうね」


 アイザックも「仲が良ければ出世がしやすい」と肯定する。


「だけど、ある程度までだね。例えばウェルロッドの兵を一万預けるとなったら、能力がないと任せられない。ある程度のところまでは出世しやすいかもしれないけど、頂点にまでは簡単にはいけないよ」

「えっ、そうなの?」


 貴族社会での出世は人脈が重要なので、ポールは多少なりとも期待していたようだ。

 彼の考えもおかしなものではない。

 だが、アイザックはこの機会に話しておこうと思った。


「実力がなければ兵を無駄に損なうし、ポールだって敗北の責任を問われてしまう。実力を考慮して、責任のある立場にするかどうかを考えるのも友情だと思うよ。要職には力のある者に就いてもらう事になると思う。同じくらいの実力なら優先したりもするだろうけどね」

「そうか、なら頑張らないといけないな」


 ポールだけではない。

 アイザックの話を聞いていた者達の目の色が変わる。


 ――出世は実力次第。


 この一言は大きかった。

 ネイサン派だった者達でも、努力すればウェルロッド侯爵家の政治や軍の要職に就く事ができるかもしれない。

「可能性はゼロではない」という事が、皆に希望を持たせていた。


 これに不満を持ちそうなのがアイザックと親しい友人達であったが、彼らも仕方ないと受け止めていた。

 アイザックが単なる侯爵家の後継者であったのならば問題はなかっただろうが、ただの後継者ではない。


 ――王国史上、最年少の宰相に抜擢されるかもしれない男だから問題だった。


 当然、周囲にいる者達も厳しい目で見られてしまう。

 実力のない者は、嫉妬から引きずり降ろそうと画策されるだろう。

 敵と戦う前に、身内の妨害と戦わねばならない。

 仲良しこよしではやっていけないのだ。

 アイザックが言うように、実力のある者を取り立てねばならない。

 それが皆のためだとわかっていたので、不満には思わなかった。

 ただ、少しだけ残念がってはいたが。


「あれ? でもダッジ殿がいたんじゃあ……」


 ポールが有力なライバルの名前を出した。

 誰も彼が本当に家庭教師だけで終わるとは思っていない。

 一国の元帥を務めていた者ならば、アイザックの片腕にふさわしい。

 さすがにマットやトミーでも、ダッジが相手では厳しいものがある。

 最前線で剣を振るのと、後方で采配を振るのとでは役割が違うからだ。

 途方もなく高い壁に気付き、ポールは意気消沈する。


「何を言ってるんだ。アイザックがウェルロッド侯爵家の当主になる頃には引退しているさ。フォード元帥のように生涯現役を続けない限りはね」


 友人の不安に、レイモンドが心配ないと答えた。

 まだモーガンも生きているし、ランドルフもいる。

 アイザックが当主になるまでは、彼らの側近が取り立てられるはずだ。

 代替わりするまでに、ダッジが老衰していてもおかしくない。

 若者にはチャンスがあった。


「焦る必要はない。俺達は若いんだ。出世できるかよりも、出世した時の事を考えて頑張るべきだろう」

「おうよ!」


 カイが最後を締める。

 彼の言葉に、周囲から勢いのいい言葉が返された。


 ――チャンスはある。


 ならば、チャンスを掴み取るために頑張るだけだ。

 すでにチャンスを掴み取った男の言葉には、やる気を出させる説得力があった。


「それにさ。卒業したら出世を気にするどころじゃないよ。当面は貴族としての務め・・・・・・・・もあるしね」


 話を聞いていた者達が、貴族としての務め――後継者作りを考えてにやりとする。

 今まで婚約者という存在がありながら、せいぜい抱きしめるくらいしかできなかった。

 触れる事もできなかったのなら仕方ないが、容易に触れる事ができる相手がいたのだ。

 なのに、一線を越える事は絶対に許されなかった。

 今まで生殺しだった分だけ期待も高まる。


 アイザックも――


「パメラとリサ、二人同時に初夜っていうのはありなのか?」


 ――と成人向け漫画のような展開を妄想してしまう。


 実際には無理だとわかっていても、妄想は止められない。

 他の者達も、結婚生活に想いを馳せる。

 彼らは浮ついた気分のまま、この日を過ごした。



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 卒業式には錚々たる顔ぶれが集まった。


 ――エリアスを始めとした王族。

 ――各国からの使者や大使。

 ――王都にいるエルフやドワーフ達。

 ――全貴族の当主。


 今年は子供や孫が卒業する事もあり、すべての侯爵家の家族までもが勢揃いである。

 アイザックやジェイソンが卒業するという事もあり、来賓席は非常に豪華なものだった。

 ジェイソンと同じ世代には優秀な若者が揃っており、将来への期待度も高く、それに比例して注目度も高い。

 生徒達は、大人に一挙手一投足を見られていると思って緊張していた。

 そのため卒業式は張り詰めた雰囲気の中で進められた。


 しかし、生徒の振る舞いに厳しい目を向けたりはしない。

 卒業式で浮かれるのは、よくある事。

 一々目くじらを立てたりすれば度量が疑われてしまう。

 大人達は「あなた達を見ていますよ」とプレッシャーをかけるだけで、粗相をしでかした者をどうこうしようという者はいなかった。


 ――多少の事ならば。


 事件は卒業式が終わった時に起きた。

「さぁ、卒業式は終わった。子供達を祝おう」と弛緩した雰囲気の中、ジェイソンが立ち上がり、皆の前に向き直る。


「卒業式は終わった! だが、裁かれねばならない者が残っている! しばし時間をもらおう! ニコルさん、前にきてくれ」

「お、おい。ジェイソン……」


 ――二年連続でジェイソンが卒業式でやらかそうとしている。


 その姿を見て、エリアスが狼狽する。

 他の者達も同様ではあったが、すぐに落ち着きを取り戻した。

 ジェイソンが呼んで出てきたのは、ニコルだけではなかったからだ。


 ――フレッド、マイケル、チャールズ、ダミアン。


 彼らもジェイソンの呼びかけに応じていた。

 ニコルと彼らの組み合わせで、大体の者達が予想がついていた。


 ――この三年間で起きた騒動の中心人物達だ。


 きっとジェイソンが彼らを裁くのだろうと考える者が大半であった。

 何が起きようとしているのか不安を感じていた者達も、ホッと胸を撫で下ろす。

 中でも「マイケルは裁かれて当然だ」と思われていた。

 アイザックの甘い裁定とは違い、暗い期待がジェイソンに向けられる。


 だが、極一部の者達は彼らとは違った期待をしていた。

 ジェイソンが暴走し、エリアスが止められない。

 この状況は願ってもないものだったからだ。


 エリアスを除き、誰もがジェイソンの行動に期待する。


「嘘っ!」


 パメラが驚きの声をあげる。

 ジェイソンの呼びかけに応えていたのは、ニコルとゴメンズだけではない。

 二人の女子生徒も応じていた。


(あの子達には見覚えがあるぞ。時々、パメラと一緒にいたような気がする)


 パメラの友達か取り巻きといったところか。

 身近な人物に裏切られたと思ったから、彼女は驚いていたのだろう。

 ジェイソンが裏切るのは予想済みだったが、これは完全なる想定外だった。

 アイザックも嫌な予感を覚える。


 ジェイソン達が壇上に上がった。

 ニコルがジェイソンの隣に立ち、フレッド達が背後に並んで立った。

 そこで皆が考えていたものとは違う事を知る。

 フレッド達が断罪される者ではなく、まるでニコルを守る騎士のような態度を取っていたからだ。


「裁かれなければならない者の名は――パメラ・ウィンザーだ!」

「なんだと!」


 ウィンザー侯爵が怒りを籠めた声で反応する。

 これは打ち合わせの通りの反応ではあったが、ジェイソンに裏切られた怒りは本物だった。

 ジェイソンを信じ、なんとか王家を救おうとしてきただけに、裏切られた時の怒りも大きい。

 自分に向けられたものではなかったが、それでもアイザックも思わず震えてしまいそうになる。

 だが、ジェイソンは平然としていた。


「ま、待て。これは何かの間違いだ。日を改めて話し合いの場を設けよう」

「間違い? ただの間違いで、パメラを罪人扱いされねばならぬ謂われはありませぬ。この場で聞かせていただこうではありませんか。皆の前で誤りであったと認めてもらわねば、こちらも引き下がれませぬぞ!」


 エリアスが止めようとするが、ウィンザー侯爵は即座に拒否した。

 これも打ち合わせの流れだった。

 パメラの無実を皆の前で証明するのが目的である。

 それと、ジェイソンの醜態を衆目に晒すという狙いもあった。


 打ち合わせ当初はウィンザー侯爵も渋っていたが、実際にジェイソンの行動を目の当たりにして協力する気になってくれたようだ。

 アイザックは頼もしい味方ができたと喜ぶ。


「しかしな、これ以上やれば両家の間に深い溝ができてしまう。後戻りできなくなる前に――」

「後戻り? このままおめおめと引き下がっては、パメラに罪があったと認めるも同じ。すでに戻れるところを過ぎております! 白黒ハッキリさせねば引き下がれませぬぞ!」


 いつになくウィンザー侯爵が強気なので、エリアスは言葉が出てこずに口をパクパクとさせる。

 彼にもウィンザー侯爵の気持ちはわかっているつもりだ。

 孫娘が罪人扱いされれば、誰だって怒るし、助けたいと思うだろう。


 ――だが、それはそれ。


 このままではジェイソンが致命的なミスを犯しかねない。

 パメラも息子の婚約者として可愛がってきたが、やはりエリアスも自分の息子の方が可愛い。

 なんとかしてジェイソンを救いたかった。

 こういう時になんとかしてくれるのがアイザックだったが、アイザックに動く気配はない。

「早く動いてくれ」とエリアスは願う。


「パメラが犯した罪は皆も知っているだろう」


 エリアスの思いも知らず、ジェイソンは話を続ける。


「このニコル・ネトルホールズ女男爵を謀殺しようとした事だ!」

「なにぃっ!」


 ジェイソンが最悪の言葉を発した事で、エリアスは驚きの声をあげた。

 出席者全員が驚いていたが、彼らのどよめきをかき消すほど大きな声だった。


「それはすでに解決した問題のはずだろう!」

「いいえ、まだです! 人の上に立つ者には器量が求められます。目障りだからといって、簡単に人を殺そうとする者など不適格。そのような悪逆非道な輩は裁かねばなりません!」

「なんという事を……」


 エリアスはアイザックを見る。

 いや、彼だけではなかった。

 他の者達もアイザックに視線を向ける。

 この九年間、貴族社会でもくだらぬ理由で刃傷沙汰は起こっていた。


 だが、それでも真っ先に思い浮かぶのはアイザックの兄殺しである。

 それだけインパクトが強いものだった。

 今の発言は、アイザックへの当てつけにも取られかねないものだ。

 エリアスは「最も敵に回してはいけない者を敵に回したのではないか?」と戦々恐々とする。


(なんでみんなは俺を見るんだよ……)


 しかし、アイザックは自分への当てつけだとは思っていなかった。

 話の流れ上、ジェイソンの言葉はパメラに向けられたもの。

 なぜみんなが、そこまで過剰反応するのかが不思議で仕方なかった。


 アイザックが悠然と構えているのを見て、エリアスは救われた気分だった。

 ウィンザー侯爵一人でも大変なのに、アイザックまで参戦してきてしまっては、収めようのない事態になってしまうからだ。

 だが安心すると、それはそれで「怒っていないのなら、助けてくれてもいいのに」と、エリアスは不満を感じてしまう。


「パメラの罪はそれだけではない! ずっと私を監視していたのだ! パメラがネトルホールズ女男爵の美しさに嫉妬し、亡き者にしようとしていたのを私は知っていた。だから彼女を亡き者とするため、私の隙を窺っていたのだ! 証人もいる」


 ジェイソンは女子生徒、二人を指し示した。

 パメラの取り巻きらしき者達だ。

 事態の大きさに震えている。


「さぁ、証言してくれ」


 ジェイソンが証言をうながす。

 すると、二人は顔を見合わせてうなずく。

 そして恐る恐るとではあるが話し始めた。


「私達……。パメラ様に殿下を監視するように命じられました」

「そんなっ! 私、そんな事を頼んだ覚えがありません!」

「黙れ! こうして勇気を出して証言してくれる証人がいるのだぞ。今更言い逃れようなどとするな!」


 パメラは「本当に知らない」という反応を見せる。

 それもそのはず、彼女は本当に何も知らなかった。


(あっ……。もしかして、これは俺のせいか?)


 ――知っているのはアイザックとシャロンの二人。


 かつてアイザックは、シャロンに「友達に頼んで、さり気なくジェイソンを見張っておいてほしい」と頼んでいた。

 もしシャロンが「パメラが心配するから」と黙っていたとしたら……。

 パメラにとって、完全なる不意打ちである。

 アイザックのところからではシャロンの姿は見えないが、きっと震えている事だろう。


(ごめん、あとで説明するから……)


 慌てふためくパメラとシャロンに、心の中で謝罪する。


(それにしても、あの二人……。いや、きっと裏切り者は他にもいるんだろうな)


 かつてティファニーが話していた「ニコル派」の話を思い出す。

 あれは有力貴族と縁がない者だけではなかったのだ。

 パメラの取り巻きの中にも、より有利な条件で取り立ててくれる側に付く者がいても不思議ではない。


 ウェルロッド侯爵家にも、ネイサン派という不利な立場の者達がいる。

 だが、彼らは政争で負けた側なので、まだ「負けたから」と自分を納得させる理由があった。

 しかし、パメラの取り巻きは違う。

 政争で負けたわけではなく、なにか失敗をしたわけでもない。


 ――ただ、常に自分達よりも優先順位が上の者がいる。


 その事を不満に持ち、ニコルに取り立てられる事を期待した裏切り者が出ても、おかしくはなかった。

 彼女達も下剋上・・・を狙っただけ、人生を賭ける相手がニコルになっただけだ。

 一世一代の大博打に出たのは、彼女達だけではないはずだ。

 彼女らの証言をどうにかしても、第二、第三の矢が放たれるだろう。

 アイザックは、意図せずしてパメラの窮地を作ってしまっていた。


「彼女達は正義のために、勇気を振り絞って打ち明けてくれたのだ! お前の悪辣なやり方に失望してな! だが、いつでも正義が守られるとは限らない。ウィンザー侯爵家の力の強さに彼女達も身の危険を感じている。だから彼らを説得したのだ。ネトルホールズ女男爵と証人を守るために力を合わせようと」


 ジェイソンは、フレッド達を指し示す。

 方々から「おぉ」や「ほう」という声が聞こえる。

 だが、これはジェイソンの覚悟に感心してのものではない。

 フレッド達が同行している理由が判明したものに対してのものだ。

 アイザックも「あぁ、そういう理由で一緒に前に出ていたのか」と納得していた。


(ジェイソンと結婚して、他のゴメンズはニコルを守る騎士役として周囲を固めるって事か。そうでもなきゃ、他の男とイチャつくのを近くでは見ていられないもんな)


 アイザックは「ゴメンズの説得は上手くいったようだな」と考える。

 計算違いの出来事も起きたが、流れ自体は問題ない。

 自分の出番がくるまで暇なので、これくらい事を考える余裕はあった。


「彼らだけに任せるのではいけない。私も行動せねばならないと考えた。そして、皆で相談して答えを導き出した」


 ジェイソンは、ニコルと見つめ合う。


「私がネトルホールズ女男爵を妻とする。そして、パメラのような外道から彼女を守ると決めた!」


 この時、マイケル、チャールズ、ダミアンは、一瞬苦々しい表情を見せた。

 相談したと言うものの、実際はかなり強引な説得だったのかもしれない。

 フレッドのような騎士に憧れを持っている者ならともかく、普通の男ならば好きな人を奪われて悔しいだろう。

 誰もが「あの人が幸せになれるのなら諦める」などという潔さを持ち合わせていないのだから。

 ハーレムエンドも、耐えねばならない者には辛いものだ。


 この場に居合わせた者達は、ジェイソンの真意を感じ取った。

 そして、その思いは一致していた。


 ――「あぁ、なんだかんだ言って、その女と結婚したいだけなんじゃないか」と。


 もしも本当にパメラに非が有ったのなら、ジェイソンの主張は受け入れられたかもしれない。

 しかし、ジェイソンの主張は言い掛かりに近いものにしか思えなかった。

 駐在大使はここ数年の姿を見ているが、使節として訪れていた者達は「これが聡明だと噂されるリード王国の王太子か……」と、初めて見るジェイソンの姿に衝撃を受け、将来に不安を感じていた。


 本来ならば近衛騎士に殴らせてでも止めるところだが、エリアスは事態を飲み込めずに硬直していた。

 ウィンザー侯爵も「やめさせてくれ」などとは言わない。

 先にジェイソンが裏切った以上、エリアスが立ち直るきっかけをくれてやるつもりなどなかった。


「王族の行動を監視するなど、謀反も同然! ニコル・ネトルホールズ女男爵を殺害しようとした事。そして、王族への反逆行為。以上、お前が犯してきた悪行だ。お前のような女に未来の国母は任せられん! ただ今をもってウィンザー侯爵家パメラとの婚約を破棄する事をここに宣言する! また、その罪は許しがたい。以後、このような事が起きる事を防ぐため、見せしめとして死罪を申し付ける!」


 今までの関係を断ち切る決定的な言葉。

 だがその場に居た者達がその言葉に反応し、言葉を紡ぐ前……。

 一人の男の声が静寂を打ち破った。


「イィィィヤッホォォォォォォ」


 喜びの声を叫び上げた青年。

 彼は幼い頃からの奇行でよく知られている、ウェルロッド侯爵の嫡男アイザックであった。

 今、彼は両腕を高らかに挙げドヤ顔――俗に言うコロンビアのポーズ――を決めている。


予定通り・・・・に婚約破棄イベントまで来たっ。これで王族と貴族派を繋ぐ縁は完全に切れる。ここから想定通りに進めればきっと――)


 貴族とは思えぬ行動を取ると知られてはいるが、これは貴族らしからぬ行動どころではない。

 落ち度がなさそうなパメラの不幸を喜ぶなど、人の道を外れている。

 人々の視線はジェイソンから、アイザックへと集まる事になった。

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