第445話 ウィンザー侯爵の決断
検討に検討を重ねた結果、シルヴェスター達はアイザックへの抗議を一旦保留とする事を決定した。
一度国に戻って、ギャレットの判断を求める事となった。
ダッジはあくまでも教師として雇われるのであり、リード王国で陪臣になるわけではないというのが決め手だった。
エリアスの下で働くならばともかく、元帥だった者がアイザックの家臣になるのは格落ちという印象を拭えない。
だが軍学の教師ならば、隠居した老人の再就職先として不審がられる事はない。
まだ対外的に面子は保てるので、慌てる必要がないと判断したのだった。
それに、指揮官を引き抜かれた事に関しては、アイザックを責める事はできなかった。
これは駐在大使であるコリンズ伯爵が――
「アイザックが雇った者は、ロックウェル王国の者でも自由にしていい。文句は言わない」
――という約定を交わしていたからだ。
大使は外交で国の代表を任される重要な役目。
彼がサインしてしまった以上、
ダッジは「元帥を引き抜かれて面子が潰された」というのも問題であったが「現職の時に引き抜き工作をされた」というのが一番大きな問題だった。
本人の口から「抗議の辞職だ」と言われ「不満を持つ部下達を他国に行きやすくするためだ」と言われたら、シルヴェスター達ではどうしようもない。
国際問題上等でリード王国と揉める覚悟ではあったが、その勢いを大きく削がれてしまった。
それに、アイザックに大きな借りができた。
――ジェイソンの卒業を祝う。
これは卒業式だけの問題ではなかった。
卒業後、間もなく行われるであろうパメラとの結婚式も祝う事にもなる。
そうなると、抗議の使者である彼らには用意がない。
「結婚祝いの祝いの品をどうするのか?」という大きな問題が発生した。
そこでアイザックの出番となった。
アイザックは、ドワーフ製の商品を扱う商人達と深い関係にある。
しかも、ランカスター伯爵家から返却された五十億リードのお小遣いも残っている。
アイザックが王家への進物に十分な品質の商品を取り扱う商人を紹介し、購入資金も無期限、無利子、催促なしという条件で貸し付けた。
シルヴェスター達は、もう文句を言うどころではなくなってしまったのだ。
ここから先、どうするかはギャレットでしか判断を下せない。
彼らはとりあえず、ジェイソンの祝いの使節団としての役目を果たす事だけを考えた。
今頃は他国の使節団と同様客人として扱われ、飛行試験場でハンググライダーの見学を楽しんでいるだろう。
――そして、アイザックも今を楽しんでいた。
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相談の名目で単身ウィンザー侯爵家を訪れ、密談を行っていた。
「波風を立てず、陛下の意向に沿った形で話は進んでいます。これで僕の事を認めていただけますよね? お義祖父様」
ウィンザー侯爵を認めさせる事ができたのだ。
これは大きい。
嫌々味方されるよりも、積極的に味方してくれる方が断然良いのは言うまでもない。
「しかし、まだ終わってはいない。すべて解決してから判断すべきだろう」
「往生際が悪いですよ、
「どの口が言うか」
――王家に反旗を翻す約束を、エリアスの名前を出して履行させようとする。
そんなアイザックに、ウィンザー侯爵は呆れてしまう。
「謝れば付け入る隙を与えるとはいえ、よくもまぁ謝罪をせずに切り抜けたものだ。あそこで開き直るとはな」
「大きな問題だからこそ、過ちを認めてはいけない。それくらいはおわかりなのでは?」
「わかってはいる。わかってはいるが、本当にやるかどうかは状況次第だ。相手はただの亡命貴族ではないのだぞ」
ウィンザー侯爵は溜息を吐いた。
外交問題になるので、ダッジを雇うのはまず無理だったはずである。
「使者を納得させるには、その気はなかったとダッジを送り返すしかない」と考えていた。
なのに、アイザックはシルヴェスター達の抗議を黙らせ、ダッジを雇う事になった。
想像を超えていていくアイザックに、呆れる事しかできなかった。
「ところで、ダッジ元帥は本当にわざと引き抜いたわけではないんですよね?」
セオドアが何とも言えない複雑な表情で、アイザックに尋ねる。
「そうですよ。僕はフェリクスに高官を勧誘しないようにと注意しておきましたから」
アイザックは笑顔で答える。
だが、そのスマイルが余計に怪しさを醸し出し「表向きはそういう事にしている」と言っているようにしか見えなかった。
なにしろ国内で反乱を企てている男だ。
外国に対して遠慮などするはずがない。
反乱に必要な人材を引き抜いてきたのだと確信する。
「ところで、セオドアさんは義父上とお義父様とどちらで呼ばれるのがよろしいですか?」
「えっ、パメラにはお父様と呼ばれていますが……。どちらでもお好きにどうぞ」
「なら、お義父様ですかね。父上だと被ってしまいますから」
アイザックはニヤリと笑い、ウィンザー侯爵を見る。
「僕は無理難題から逃げませんでした。ウィンザー侯もこの問題から逃げないでくださいね」
ウィンザー侯爵が話を逸らそうとしたので、アイザックはすかさず話を戻す。
「むぅ……、わかった。考えておこう」
「考えておくのはいいですけど、ちゃんと答えは出してくださいよ。お義祖父様と呼ぶ日は、そう遠くないのですから」
卒業式は目前まできている。
もう考えている時間などない。
ウィンザー侯爵の往生際の悪さに、アイザックは残念がる。
しかし、今まで強く反対していたのだ。
「じゃあ、そうしよう」とはいかないとわかっていた。
仕方がないので、話す相手を変える。
「パメラさん、もう少しです。一時的に嫌な思いをされるかもしれませんが、我慢してください。必ずその分はあとで幸せにする事で埋め合わせをします」
「はい、それは期待しています」
返事をしてから、パメラは頬を赤らめる。
少し大胆な事を言ってしまったからだ。
(ホント、わかんねぇな。ジェイソンはなんでニコルを選んだんだか)
アイザックとしては、パメラで大満足である。
彼女に感じる絆のようなものは特別だった。
見ているだけで「この人を幸せにしたい」という気持ちが込み上がってくるのだ。
例えこの感情が、この世界の仕組みによるものだったとして悔いはない。
「それと……」
言い辛そうに、アイザックがモジモジとする。
「今更こういう事を言われても困るでしょうが……。僕は女性を幸せにする方法を知りません。頼りないと思われるかもしれませんが、これから手探りで探していく事になると思います。努力はしますが、足りないところもあるでしょう。そういったところは指摘していただけると助かります」
「それは……。それは私も一緒にいい家庭を作る努力をしていければと思っていました。色々と学んできましたが、本当に結婚した事なんてありませんもの。ただ結婚すれば幸せになれるというものでもありませんし……。両親の姿から学んでいますが、私達と両親は違う人間ですので同じやり方で上手くいくとは限りませんし」
パメラもアイザックと同じ不安を感じていたようだ。
――同じ事を心配していた。
ただそれだけではあるがアイザックには嬉しかった。
貴族における家長たる者の責任は重い。
「公爵なんだから、あなたがしっかりして」と言われてしまう可能性だってあったのだ。
もっとも、パメラもジェイソンの事があったので、自分から動かないといけないと思っただけかもしれない。
理由はどうあれ、彼女から協力の申し出があったのはありがたい事だった。
二人の姿を見て、アリスが小さく溜息を吐いた。
「お父様、二人はもうすっかり結婚する気のようです。約束をしていたのですから、認めてあげるしかないでしょう」
彼女は「アイザックとの結婚もやむなし」と考えるようになっていた。
やはり決め手はダッジの存在である。
この時期に他国の元帥と参謀を引き抜くなど、どう言い訳しようが故意だとしか思えない。
特にアイザックの計画を知っている者にとっては。
そこまでやる男だ。
断る方が怖い。
拒絶するよりは、受け入れた方が楽だと思ったのだ。
それに最近のジェイソンを見る限り、パメラを愛してくれているアイザックの方がまだマシである。
アイザックがパメラを蔑ろにするような事があれば……。
その時はその時だ。
相応の対応を考えるのみである。
娘にまで注意されたウィンザー侯爵は難しい顔をする。
しばしの間「むむむ」と悩む。
「……わかった。認めよう」
「お義祖父様!」
「いや、そう呼ぶのはまだ早い」
喜び勇んだアイザックに、ウィンザー侯爵は早いと指摘する。
「実際に殿下がパメラを裏切るところを確認した時、一切の感情を捨てて認める事にする。そうなれば、もう何も言わん。それは確実に約束する。それまで待て」
「まぁ、そういう事にしておきましょうか」
アイザックは「往生際が悪いな」と思いつつも、仕方ないとも思っていた。
ウィンザー侯爵は長年リード王国に仕えている。
その長さが、忠義や関係の深さともなっている。
簡単に割り切れないのだろう。
だが、今度は軽口による約束ではない。
本気での約束をしてくれているようだ。
これだけジェイソンを信じているのだ。
裏切られた時の失望も大きいだろう。
ならば、あとは卒業式でのジェイソンの暴走を待つのみ。
今のジェイソンの姿を見れば、考えを改めてくれるはずだ。
「では、卒業式での反応を説明しておきましょうか。少しでも有利な状況は作っておきたいですので。これは殿下を信じているかどうかに関係なく、真剣に覚えておいてくださいよ。ウィンザー侯爵家のためでもありますので」
あとは当日の練習をしておくだけだ。
アイザックがどんな事をするのかすべてを話したりはしない。
しないが「こういう流れの時は怒ってほしい」などの打ち合わせはしておく。
ジェイソンとニコルを「ウィンザー侯が怒っても仕方ない」と思われるように、悪者に仕立て上げねばならないのだから。
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