第422話 離間工作

 戦技部の模擬戦は、誰も予想しなかった終わり方を迎えた。

 しかし、その終わり方が問題だった。

 フレッドの行動はあり得ないもので、特にウィルメンテ侯爵は大きな衝撃を受けていた。

 まずは彼を落ち着かせ「ネトルホールズ女男爵を殺そう」と思う余地を無くしておかねばならない。

 そうしなければ、きっとウィンザー侯爵がニコルを暗殺して、ウィルメンテ侯爵のせいにするだろう。

 ウィンザー侯爵を止めるには、何が必要かをアイザックは考える。


 考えた結果――


「文化祭も終わり、このまま解散といきたいところでしょう。ですが、その前に話しておきたい事があります。主にウィルメンテ侯爵のために」


 ――学院の一室を借りて、説明会を開く事にした。


 呼び出したのはウィルメンテ侯爵家だけではない。

 ジェイソンの証言も必要なので、エリアス達王族。

 釘を刺しておく必要があるウィンザー侯爵と、ついでにその家族。

 そして後々「侯爵家なのにハブられた!」と文句を言われないために、ウォリック侯爵家も呼んでいる。

 ウェルロッド侯爵家の面々も出席しているが、アイザックに同行しているというよりは、ウィルメンテ侯爵家を心配しての出席という色が強い。


「学院長達も気になるようでしたが、これは私的な問題が大きく影響していますので遠慮していただきました。……とはいえ、私もまだ確認していませんので、想像でしかありませんが」


 アイザックは、フレッドとジェイソンを交互に見る。

 彼らの間で何が話され、何を決意したかは想像できる。

 しかし、それは確定ではない。

 念のために確認をしておかねばならなかった。


「フレッド。君は恋と友情を天秤にかけて、友情を選んだ。違うかい?」

「あぁ、そうだ」


 フレッドは力強く、綺麗な顔でうなずいて答えた。

 アイザックが早い段階で集会を開こうと言ったおかげで、まだウィルメンテ侯爵に殴られていなかったからだ。


「やっぱりそうか」

「どういう事ですか?」


 ウィルメンテ侯爵もイラつきを隠せなかった。

「早く説明してくれ」という感情が言葉から読み取れる。

 アイザックとしては出し惜しみする理由がないので、素直に説明する事にした。


「殿下とパメラさんの間で起きた事は聞いておられますよね?」

「もちろんです。大きな問題でしたので。それと愚息が、どのように関係するのですか?」

「それは本人の口から聞いた方がいいでしょう」


 アイザックはジェイソンに視線を移すと、皆の視線も彼に集まった。


「殿下。フレッドにニコルさんの事を諦めてほしいと頼みましたか?」

「頼んだ」


 その言葉に、場が騒然とする。

 ウィルメンテ侯爵達は「ジェイソンとパメラの間で揉め事が起きたが、すぐに解消した」と聞いていた。

 だが、ジェイソンはまだニコルを諦めていない。

 それどころか、ライバルになりそうな相手を説得しているらしい。

 どういう事かと困惑する。


 しかし、エリアスやジェシカが慌てていないので――


「ニコルを側室にするという方向で王室は動いているのではないか?」


 ――と思い、徐々に場が収まりつつあった。


 とはいえ、それはウィルメンテ侯爵やウォリック侯爵達のみ。

 パメラの両親であるセオドアとアリスの二人は、かなり動揺していた。


(ウィンザー侯爵も、彼らに反乱に関する事はまだ話していないみたいだな)


 二人の反応を見て、アイザックはそう判断した。

 知っていれば、まだジェイソンがニコルの事を諦めていないという事に驚きはしない。

 パメラとの問題は倦怠期に起きる喧嘩のようなもので、とりあえずは落ち着いたとでも聞かされていたのかもしれない。

 彼らが何かを言い出す前に、アイザックは自分にとって都合のいい流れに動かそうと行動する。


「フレッド。何を言っていたのかは聞こえなかったけど、何をしていたのかは見ていたからわかる。ニコルさんに騎士の誓いを立てた。そうだね?」

「その通りだ」


 フレッドの答えを聞き、ウィルメンテ侯爵の体が強張った。

 今にも殴り飛ばしてしまいたいのだろうが、エリアスの前なので我慢しているのだろう。

 彼をイラつかせるのが目的ではないので、アイザックは彼の誤解・・を解いてやろうとする。


「ウィルメンテ侯は、フレッドの行動に怒られていたようでした。それはもっともなものだと私にも理解できます。まだ婚約者も決まっていないのに、下級貴族の女当主に騎士としての誓いを立てたのですから。そんな事をするくらいなら、せめて自分の妻になれと言えと思われた事でしょう。ですが、今話した内容を思い出してください」


 ――フレッドは恋よりも友情を選んだ。

 ――ジェイソンは、ニコルを側室にしようとしている。


 この二点を考慮するように言われて、頭に血が上ったウィルメンテ侯爵も理解できたようだ。


「フレッドもネトルホールズ女男爵に恋慕していた。ですが、殿下も彼女に強い興味を持っている。だから、フレッドはネトルホールズ女男爵を諦めて、殿下に譲る事にした。でも、彼女への想いを諦めきれない。だから、騎士としての誓いを立てた。ではこの場合、ネトルホールズ女男爵に騎士の誓いを立てる事は道理から外れた行為でしょうか?」

「違う……、かもしれません……」


 ウィルメンテ侯爵は理解した。

 王太子の側室・・・・・・ならば、社交界では侯爵家の方が格上とはいえ、ただの女男爵としては扱えない。

「いくらなんでもさすがに階級差があり過ぎる」とは思うものの、今回の行動はジェイソンの事を考えたものである。

 ジェイソンとの友情や、ニコルへの恋心を考慮すれば、フレッドの行動はおかしくはない。

 特にフレッドの性格を考えれば、考えなしに行動しても不思議ではなかった。


「ですが、フレッドはまだ婚約者が決まっていないのですよ? あのような場で騎士の誓いを立てたりすれば、ロクな相手が見つからなくなるでしょう。侯爵家という肩書きにしか興味を持たない者と結婚せねばならなくなります」


 フレッドの行動は「私には他に好きな人がいます」と公言したようなもの。

 政略結婚とはいえ、それなりに愛されたいと思っている者には「じゃあ、その人の事を想い続ければいいんじゃない?」と距離を置かれてしまうだろう。

 完全に権力や財力目当ての相手しか見つからなくなってしまう。

 ウィルメンテ侯爵は、若気の至りでは済ませられないフレッドの行動を、理由があるとはいえ簡単には許せなかった。


「それはアマンダさんという素晴らしい相手がいたのに、ウォリック侯爵領が混乱したという程度で婚約を破棄したウィルメンテ侯爵家側の責任が大きいですね。代わりの相手を見つけるはずが、いまだに見つけられていなかったではないですか。当時子供だったフレッドの責任ではありませんよ」

「それは父上が……」


 ウィルメンテ侯爵は、今思い浮かんだ言葉すべてを吐き出したかった。


 ――アマンダとの婚約を破棄したのは先代のウィルメンテ侯爵で、本当なら彼が代わりの婚約者を探すはずだった。

 ――しかし、ネイサンの十歳式で死んだため、代わりを探せなくなった。

 ――あと、父親すら文字通り切り捨てたウィルメンテ侯爵に不信感を抱き、フレッドに婚約者を差し出してくれるいい家が見つからなかった。


 アイザックがメリンダとネイサンを殺さなければ、まだ彼は生きていただろう。

 きっと、このような事態にはなっていなかった。

 しかし、ウィルメンテ侯爵家の責任も大きい。

 特にウォリック侯爵家の混乱を見て「共に肩を並べる相手ではない」と見くびったのは大きな失敗だった。


 ウィルメンテ侯爵が困っている姿を見て、ウォリック侯爵が満足そうな表情を見せた。

 だが、それは一瞬のもの。

 皆の視線がアイザックとウィルメンテ侯爵に集まっていたので誰も気付かなかった。


「今は婚約者がおらず、完全にフリーな立場。ならば、フレッドの行動を責められないのではありませんか? 彼は最強の騎士を目指していました。命を懸けてでも守るべき相手を見つけられたのです。そこはよかったと思ってあげるべきでしょう。殿下との友情に厚いという点も、ウィルメンテ侯爵家にとって悪い事ではありません」


 ジェイソンが「本命はニコルだ」と言い出さないよう、アイザックは細心の注意を払いながら話を進める。


「婚約者がいないことや見つからないことに関しては、フレッドだけの問題ではありません。それはウィルメンテ侯爵家の問題です。今回の一件で彼だけを責めるような真似はしないであげてください。絶対にやめていただきたいのが、ネトルホールズ女男爵を亡き者にして、騎士の誓いをなかった事にしようとする行為です。そのような行為は反感を買う事になるので、ウィルメンテ侯爵家のためにもやらないでください」

「わかっています。まずは家庭内でよく話します」


 実際、フレッドがニコルの手の甲に口付けした時は「殺してしまえば手っ取り早い」と考えたものだ。

 だが、その手が悪手である事は、ジェイソンやフレッドの視線からよくわかる。 

 少なくとも、二人からは恨まれる事になっただろう。

 しかも殺意を感じるレベルで。


 それに、ニコルがジェイソンの側室になるというならば、おそらくエリアスも公認のはず。

 国王公認の相手を暗殺するのはまずい。

 少なくとも、犯人が誰かわかる状況では絶対にやってはいけない事だ。

 稚拙な考えで行動していれば、きっと後悔する結果になっていただろう。


(ローランドの事を警戒していたようだが、それでも配慮をしてもらえたという事か)


 ウィルメンテ侯爵は、アイザックに救われた気分だった。

 こうして話し合いの場を設けてくれなければ、屋敷でニコルを暗殺するために策を張り巡らしていただろう。

 取り返しのつかない失敗をする前に、冷静に物事を考える余裕ができた。

 フレッドとはよく話し合わねばならないが、それはこれから時間をかけて、じっくりと話し合えばいい。

 慌てる必要などないのだ。

 しかし、この集まりには疑問も残る。


「しかしながら、この話をするのならジェイソン殿下とエンフィールド公。あとは我が家だけでもよかったのではありませんか? ウェルロッド侯爵家はローランドとの関係から仕方ないとは思うのですが……」


 今回の話は、周囲に聞いてほしくはないものだった。

 ウィルメンテ侯爵家がフレッドに婚約者を用意していなかったせいで、ニコルという女に惚れこむ隙を与えてしまった。

 言うなれば、ウィルメンテ侯爵自身の失策を改めて確認したようなものである。

 恥を晒しているも同然なので、それを知る者を最小限にしてほしいと思ってしまう。


 だが、当然アイザックにも理由がある。

 ウィンザー侯爵に釘を刺すためだ。


「ウィンザー侯にも、フレッドの行動がどういったものか知っておいていただかねばならないと思ったからですよ」

「どういう事です?」

「それはですね――」

「まぁまぁ、この話はもう――」

「――ウィンザー侯がネトルホールズ女男爵を暗殺する絶好の機会だと思っていたようなので、考え直していただくためですよ」

「なにっ」


 ウィンザー侯爵が口を挟んで止めようとしたが、アイザックは止まらなかった。

 話すべき事を最後まで話した。

 これにはウィルメンテ侯爵も、格上相手だとはいえ遠慮なくウィンザー侯爵を睨む。

 ジェイソンとパメラの間で揉め事が起きたのは、ニコルが大きく関係している。

 その事を考えれば、アイザックの言葉が真実だとしか思えなかったからだ。


「以前であればウィンザー侯が怪しまれましたが、今ならばネトルホールズ女男爵が暗殺されても『フレッドの行動に不満を持ったウィルメンテ侯が動いた』と周囲は考えるでしょう。罪をなすりつけられるところでしたね」

「なんという事を……」

「違う、そのような事は考えていない。エンフィールド公の誤解だ」


 ウィルメンテ侯爵は「アイザックに救ってもらった」と思っていたので、アイザックの言葉を信じていた。

 そのため、ウィンザー侯爵の弁解が白々しいものに感じられていた。

 それは彼だけではなく、他の者達も似たようなものだった。

 ジェイソンとフレッドなどは、殺意の籠る目でウィンザー侯爵を見ていた。


 しかし、アイザックには未来のお義祖父さんを追い詰める気はない。

 皆の意識を一度ウィンザー侯爵に向ける事ができれば、それでよかった。

 こうして一度でも意識を向けておけば、当然ウィンザー侯爵も怪しまれる可能性が高いと思って、軽々しく動く事はできない。

 牽制さえできれば、今は十分だった。


「そうですか? ウィンザー侯は誇り高いお方。いつかは報復手段を取るかと思っていたのですが……」


 アイザックの言葉でウィルメンテ侯爵やウォリック侯爵の頭に思い浮かんだのは、カーマイン商会の時の命令だった。

「貴族としての名誉を取り戻せ」という命令により、アイザックは暴力的な解決手段を取った。

「あの時の事を考えれば、ニコルの暗殺もあり得ないとは言えない」と思わせるのには十分だろう。


「しかし、ウィンザー侯は私に穏便な解決方法が重要だと教えてくださったお方でもあります。だとすると、私の考え過ぎだったかもしれませんね。よからぬ疑いをかけてしまい、申し訳ございませんでした。私も突然の事で、深読みし過ぎてしまったようです」


 とはいえ、フォローは忘れない。

 あの一件以来、アイザックは暴力的な手段を取らないようにしてきた。

「アイザックを大人しくさせたのに、自分は暴れるような事はしないだろう」と、周囲に思わせられるだけの事は話しておく。


「今回の事は、この一度の話し合いでわだかまりなく解消できるとは思っていません。ウィンザー侯にも改めて謝罪をしたいので、後日また話し合えたらと思います。しかし、これからは協定記念日や十歳式などで忙しくなる季節。年が明けて落ち着いてからにでも訪問させていただきます。それまでは穏やかな・・・・日常を過ごしていただきたいと思います」


 アイザックは「暗殺に限らず、直接的な行動をするなよ」と最後に釘を刺す。

 これはウィンザー侯爵だけではなく、ウィルメンテ侯爵も対象にしたものだった。

「考え直したけど、やっぱりニコルがいなくなればいいよね?」と思った時の行動を制するためだ。

 とりあえず、今だけでもニコルに手出しをさせなければ、それでよかった。

 次の事は、今後考えていくつもりである。

 特に心証を損ねたであろうウィンザー侯爵をフォローする方法は、最優先で考えておかねばならなかった。

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