第414話 反抗期
ジェイソンが正式にウィンザー侯爵家に「パメラが犯人だと言った事は間違いだった」と認めて謝罪した。
これ以上、王家と争う必要がないウィンザー侯爵も、この謝罪を受け入れた。
王家とウィンザー侯爵家の仲裁を果たした事により、アイザックのバランサーとしての名声が高まった。
表向きは問題が収まったが、火種は水面下でくすぶっている。
パメラは当面の間、ジェイソンの愛が離れたと実感しつつも、婚約者を演じなければならないので辛い思いをするだろう。
だが、その辛い思いが報われる時は来る。
心苦しいながらも、彼女に耐えてもらわねばならなかった。
和解からしばらくすると、ジェイソンが行動し始める。
フレッド達に「誰と結婚するとニコルが幸せになれるのか」という事について説得し始めたのだ。
さすがに「お前じゃ無理だ」などという直球は投げていないようだが、結果は芳しくないようだ。
誰もがニコルを我が物にしたいと思っている。
やはり、簡単には認められないのだろう。
誰が結婚するかで揉めているようだ。
ここはジェイソンの頑張りに期待したいところであった。
そのニコル本人はというと、ジェイソンに「今は耐えてくれ」と言われて、パメラを糾弾するのをやめていた。
彼女の沈黙は、アイザックにとって不気味であったが「ジェイソンが告白に近い事を言って黙らせたんだろう」と思う事にした。
「卒業式のあと、パメラと別れて君と結婚できるようになる」とでも言えば、目的を果たしたのだからニコルも黙るはずだ。
ただ一点、気持ち悪いものを見るかのような視線で見られるようになったのが不思議で仕方なかった。
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一段落したところで、アイザックは祖父母と共に王宮へ呼び出された。
そこでエリアスとジェシカから礼を言われる。
「エンフィールド公、ジェイソンを説得してくれて助かった。心より感謝する」
「臣として当たり前の事をしたまでです」
殊勝な態度のアイザックに、エリアスは満足そうな笑みを見せてうなずく。
「ウェルロッド侯爵夫妻も、ウィンザー侯を説得するのに協力してくれたそうだな。そなた達の働きにも感謝している」
「ウィンザー侯との付き合いは、エンフィールド公よりも長いですから。説得するのに必要なサポートをしたまでです」
モーガンはチクリと「ウィンザー侯の説得なら自分に任せてくれればよかったのに」という嫌みを含める。
エリアスも言葉の意味に気付き、目を白黒させて動転する。
「と、ところで、ジェイソンをどうやって説得したのだ? あれだけ頑なな態度をとっていたのに、あっさりと意見を翻すなど信じ難い事だ。後学のためにも教えてほしいものだな」
そのため、エリアスはアイザックに質問する事で、対処を考える時間を得ようとした。
アイザックの話を聞いている間は、モーガンも口出しをしないだろう。
褒美や言い訳を考えるだけの時間を稼げるはずだった。
「特別難しい事は話しておりません。ただ、ネトルホールズ女男爵の事を好きになってしまったのなら、彼女の事を考えた行動をするべきだと伝えただけです」
「ふむ……、どのような事を言ったのだ?」
「もし、将来的にネトルホールズ女男爵を
正直にそそのかしたなどとは言わない。
言えるはずがない。
そのため、アイザックはジェイソンのサポートに専念しようと考えていた。
「まずは……。これまで殿下は、わがままを言ったりしない、聞き訳のいい子供だったと思います。いかがでしょう?」
「そうだな。これまであのような姿を見せる事はなかった」
「パメラさんにあんな酷い事を言う子ではありませんでしたわ」
エリアスとジェシカが「あんな子じゃなかった」と言った。
これにはアイザックも同意する。
ニコルと出会うまでは、本当に人生を踏み外すのか心配になるくらい聡明な少年だった。
親が嘆くのもわかる。
「なのに、最近になって聞き訳が悪くなった――」
アイザックは、ここで一息入れる。
このせいで、エリアスはアイザックの話に強く興味を惹き付けられた。
モーガンへの対処について考えるのを、つい後回しにしてしまうほどに。
「――つまり、反抗期ですね」
「反抗期!」
考えもしなかった理由に、二人の驚く声が重なる。
「そうです。殿下もパメラさん自身に不満があったわけではありません。ただ、親に決められた相手というのが不満だったようです。今まで婚約者の存在に不満を感じなかったものの、ネトルホールズ女男爵と出会った事で『本当に好きな人と結婚するべきでは?』と考え始めたようです」
「むぅ……」
エリアスが唸る。
もし初恋による暴走なら、仕方のない面もあるかもしれない。
ジェイソンが王太子だから大事になっただけとも言える。
「ネトルホールズ女男爵を好きになった。でも婚約者のパメラさんが彼女を受け入れてくれるかわからないし、どう話をすればいいのかわからない。どうすればいいのかと考え、その中には『陛下が婚約者を決めていなければ、こんなに悩む事もなかったのに』というものもあったようですね。……少しだけ、私も殿下の気持ちがわかりました」
「なにっ、わかるのか! 教えてくれ」
「陛下にせかされなければ、リサへの求婚の言葉を、もっとよく考える事ができたのに。時期も考えて、一生の思い出に残るようにできたはずだった」
「っ!」
「不敬ながらも、そんな考えを持ってしまいました。私が婚約者を持つのは必要な事だとわかってはいたのですが……」
――アイザックのような立場にある者が婚約者を決めずにいると、周囲の者達への影響が大きい。
そういう理由で、アイザックに婚約者を決めろと迫った事がある。
あの時の事に不満を持たれていたと知り、エリアスは絶句する。
「その思いは殿下も同じ。必要な事だとわかっていても、不満を持ってしまうものです。ですが、必要な事なので不満を持つのはいけない事だと考えてしまう。答えを簡単には出せない問題に、かなりの葛藤があったみたいですね。パメラさんに厳しく当たってしまったのも、早々に婚約者を決めてしまっていた陛下への反発が含まれていたのでしょう。パメラさんは婚約者として子供の頃から一緒だった相手。わがままをぶつけやすい相手だったのかもしれません」
「なるほど……、反抗期か……」
エリアスはジェシカと見つめ合う。
今までジェイソンは手のかからない子供だったが、思春期という難しい年頃を迎えたのだと判明した。
これからどう接するべきか目で語り合っていた。
「側室を迎えるにしても、まずは正室になるパメラさんと結婚してからでないと彼女の面目が保てません。でも、ネトルホールズ女男爵は他の男子生徒からも人気がある。先に誰かに奪われないかと思うと冷静でいられなかったのだと思われます。いえ、ライバルは同世代の男子だけではありません。ウェルロッド候も『自分がもっと若ければ側室に望んだかもしれない』と仰っていました」
「おい」
「学生以外の貴族達までもがライバルとなり得るのです。かなりもどかしい思いをしていたみたいですね」
モーガンが「打ち合わせと違うぞ」とアイザックを睨む。
だが、アイザックはスルーして話を進めた。
今はエリアスの思考を誘導する方が優先されるからだ。
「そういう事なら、ジェイソンも相談してくれればよかったのに……」
ジェシカが悲しそうな表情をして呟く。
相談してくれれば、パメラとの仲がこじれる前に問題を解決できたかもしれない。
たった一言。
そのたった一言で回避できた事態だったかもしれないのだ。
悔やんでも悔やみきれない。
「家族だからこそ相談しにくい話はありますし、同年代の友達だから話せる事があります。陛下はその事をわかっておられたので、私に仲裁を依頼された。そうですよね?」
「う、うむ。そうだ」
アイザックに尋ねられると、エリアスは「その通りだ」という態度で何度もうなずく。
実際は違うのだが、この流れに乗ったようだ。
「殿下も今はまだ心の整理がついていないようです。ですが、落ち着けばネトルホールズ女男爵を側室に迎えたいと頼んでくるでしょう。今回の件は反省しているようなので、その時までは干渉せず、殿下を見守ってあげてください」
「側室ならば、まぁよかろう。私も側室を持っているが、子供はジェシカとの間にジェイソンが生まれたのみ。跡継ぎを産ませるのも王の仕事だ。側室を持つ事を否定するつもりはない」
「ならば、今しばらく時間をお与えください。そう遠くないうちに、この度の一件を恥じて悔いるでしょう。今、叱りつけても反発するだけ。本人が過ちに気付くのを待つしかないのです」
「そうかもしれんな……」
アイザックは、あえて
――「ニコルを側室として迎える」という印象を前もって植え付けておけば「パメラの代わりに正室にする」とジェイソンが言った時の驚きも大きなものとなる。
――その驚きからエリアスは反射的に二人の結婚を否定し、ジェイソンの暴走を誘発する。
それがアイザックの考えだった。
「話が違う」と思えば、人は相手の意見を真っ向から否定してしまうものだ。
エリアスとジェイソンの仲を引き裂くには、ニコルとの結婚を否定させるのが一番のはずである。
そのためにも、今はエリアスに「ジェイソンがパメラと別れて、ニコルを王妃として迎えたがっている」という事は伝わらないようにした。
見守っておく方がいいと言ったのも、ニコルに関して親子の対話を避けさせるためだ。
エリアスに心の準備をさせてはマズイ事になる。
――不意の一撃ですべてを決める。
それがアイザックの基本方針だった。
かつての十歳式の時のように。
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当然、ウィンザー侯爵からも話し合いの申し出があった。
こちらはお礼を言うという雰囲気ではなかった。
それもそのはず、こちらは表面だけの和解という事がよくわかっていたからだ。
裏でアイザックが暗躍しているのがわかっているだけに「和解ができた」と喜ぶ事などできなかった。
「例の件はお考えいただけたでしょうか? ウィンザー侯爵家にとって悪い申し出ではないはずですよ」
ウィンザー侯爵の顔色は優れない。
内容が内容だけに、満面の笑みで対応されるはずがないとわかっていても、やはり深刻な表情で話されると不安になる。
いきなり「貴様ら逆賊は死ぬべきだ!」と言われ、武者隠しから出てきた兵に殺されたりするかもしれない。
味方になるという確信がないだけに、アイザックも落ち着けなかった。
「……二人を和解させるつもりはない。そう言っていたのに、あちらから正式な謝罪があった。という事は、二人の関係もこのまま修復されていくのではないか? そう考えている」
アイザックの様子を窺うように、ウィンザー侯爵は返事をする。
彼の姿を見て、アイザックは軽く溜息を吐く。
「ジェイソンが謝罪をしたのは、ネトルホールズ女男爵のため。その事は前もって話しておいたはずですよ」
ジェイソンに話した内容は、以前会った時にウィンザー侯爵にも話してある。
そうする事で「ジェイソンが過ちを認めて謝罪した。誠意ある謝罪をしてくれたから、すべてを水に流そう」などと思われないようにするためである。
――パメラやウィンザー侯爵家への謝意や配慮はなく、すべてはニコルのための謝罪。
その事を強調する事で、ウィンザー侯爵をぬか喜びさせなかった。
また、同時に「ニコルのためなら、これほどまで簡単に頭を下げられるのか」と失望させる狙いもあった。
これでジェイソンが、どれほどニコルに傾倒しているのかが、ウィンザー侯爵にもよくわかったはずだ。
「しかし、実際にどのような話をしたのかを知っているのはエンフィールド公のみ。殿下が本当に反省していたという可能性も――」
「ウィンザー侯、ジェイソンがライバルになりそうな者達を説得して、ネトルホールズ女男爵を我が物にしようとしている。その動きは掴んでいるはずです。反省しての謝罪ではなかったとおわかりでしょう」
希望を捨てきれないウィンザー侯爵を、アイザックがバッサリ切り捨てる。
やはり、そこまで簡単に割り切れる問題ではなかったようだ。
これはウィンザー侯爵が特別未練がましいわけではなく、モーガン達の方が割り切りが良すぎるだけである。
モーガンも父を嫌いながら、その影響を大きく受けてしまっていたらしい。
「このまま座してパメラさんに不幸が訪れるのを待つおつもりですか?」
「そのような事はさせん。……だが、他の方法もあるはずだ。もし殿下が暴走しても、4Wが揃って抗議すれば考え直してくれるのではないか? いくらなんでも、皆が揃って抗議すれば考え直すはずだ」
「揃うといいですね」
他人事のように言うアイザックに、ウィンザー侯爵がムッとして睨む。
実質、ウェルロッド侯爵家は協力しないと言っているようなものだからだ。
「ウィルメンテ侯爵家とウォリック侯爵家が協力してくれれば――」
「ウィンザー侯、往生際が悪いですよ。両家を説得できるだけのメリットを提示できるのですか? 彼らとしては、殿下に取り入った方が手っ取り早いでしょう。特にアマンダさんがフリーなウォリック侯爵家は、殿下に付く代わりに妻として迎えてくれと提案しやすいですよ」
「くっ……」
穏便な解決方法を諦めきれないウィンザー侯爵だったが、またしてもアイザックは未練を断ち切らせるためにバッサリいった。
(諦めが悪いなと思ったけど、そういえば『穏便に解決しろ』と言ったのはこの人だったか)
かつてアイザックに「法で許されているとはいえ、何をやってもいいわけではない」と注意してきた人物だ。
他人に求めるだけでなく、本人も穏便な解決方法を模索し続けているのだろう。
――他人に厳しく、自分にも厳しい男。
一筋縄ではいかぬ相手だからこそ価値がある。
だからこそ、味方に付けたいところだった。
「確かにエンフィールド公が言う通りの状況になってきている。だが、まだ確定したわけではない。そこで、こちらが賭けに出てもいいと思える要素がほしい」
「……公文書で誓いでも立てろと?」
もちろん、そんなもので「反乱後にウィンザー侯爵家を重用します」などと書いた時点で王家にバレる。
アイザックも本気では言っていなかった。
「アマンダと婚約してほしい」
「くっ……」
ウィンザー侯爵も、紙切れなど信用していなかった。
欲しいのは、反乱が成功するという確信である。
しかし、アイザックにとって辛いところでもあった。
ウィンザー侯爵家としても、側室が増えるのは歓迎できないはず。
わざわざ側室を増やそうとするのが、アイザックには理解できなかった。
「ウォリック侯爵家だけ血縁の輪から弾くわけにはいかない、というわけですな」
「そうだ」
だが、モーガンは想定済みだったらしい。
平然として答えていた。
「ウィルメンテ侯爵家は、ケンドラとローランドの結びつきがある。だが、ウォリック侯爵家だけ血縁関係で結ばれないとなると、不満を持って王家に付くかもしれん。だから、ウォリック侯爵家が協力できる状態を作ってほしい」
「でも、パメラさんの――」
「パメラは未来の王妃として教育を受けている。血を残す重要性も教えているので、夫が側室を迎えて当たり前だという事も教育済みだ。そもそも、反乱を考えているのなら甘い事を言ってられんぞ。先代ウェルロッド侯がエンフィールド公と同じ立場ならば、同世代の婚約者がいない娘を全員側室にしていただろう」
「しかし……」
「ここで渋る事こそ、往生際が悪いと言えるのではないかな?」
「くっ……」
一筋縄ではいかない男だけあって、アイザックにやり返してきた。
前回は動揺でそれどころではなかったようだが、今回は考える時間があった分だけ、やり返す余裕があるようだ。
しかも、ただの言い掛かりではなく、必要な事だと認めざるを得ないのが嫌らしい。
「アマンダさんと婚約するにしても、パメラさんの事は明かせません。……彼女を第一夫人とした場合、後々揉め事になるかもしれませんよ」
「誰を第一夫人とするかは、エンフィールド公にお任せしよう。パメラを愛しているというのならば、パメラを第一夫人にするのが筋だろうがな」
ウィンザー侯爵は悪い笑みを隠そうとしない。
これはアイザックへの挑戦状なのだろう。
――王家を裏切らせるのなら、このくらいの問題は解決してみせろ。
アイザックには、そう言っているように見えた。
「期間は……、行動を起こす時までとしようか。行動を起こさないというのであれば、アマンダと無理に婚約する必要はない。その辺りの判断もエンフィールド公にお任せしよう。もちろん、こちらもあらゆる事態に備えて用意だけはしておく。すべてはエンフィールド公次第だ」
ジェイソンがニコルを手に入れるために本格的に動き出した事に、ウィンザー侯爵も危機感を持っていた。
とはいえ、それだけでパメラと別れて、ニコルを王太子妃にするためだと判断する事はできない。
そのため、アイザックの行動で判断する事にした。
――反乱の用意を盤石のものとしたのなら、それに従う。
――用意が不十分であれば、王家に従う。
ジェイソンの事を、まだ心のどこかで信じているために完全には切り捨てられなかった。
今の行動は、一時の気の迷いに過ぎないと考えてしまうのだ。
積極的にアイザックに協力する事は気が引ける。
だから、家の存続が可能だと思える方に賭ける事にしたのだった。
ウィンザー侯爵家の行く末は、アイザックの行動に託された。
しかし、それはアイザックにとって非常に難しい問題でもあった。
ジェイソンを暗殺してこいと言われるよりもずっと……。
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