第408話 パメラの過去の発言

 土曜日にウィンザー侯爵家と、日曜日に王家と順番に話し合う事になった。

 これは先に王家と不用意な約束をして、言質を取られないようにするためだ。

 裏切るつもりであっても「裏切らない」という言質を取られているかどうかの違いは、後々影響が出てくる。

 先にウィンザー侯爵と話をしておく事で、どこまで約束できるかの線引きをしておくつもりだった。


 今回はエリアスの命を受けて、仲裁に入るという形になる。

 アイザックが事情を聞くため、ウィンザー侯爵家に出向く形になった。

 同行者はモーガンとマーガレットの二人である。

 マーガレットまで同行するのは、ウィンザー侯爵家側も侯爵夫人のローザが同席するからだ。

 彼女と仲の良いマーガレットが居た方が、話もスムーズになるだろうと思われていた。


 屋敷に着くと、ウィンザー侯爵がローザとパメラを連れて出迎えてくれた。

 アイザックが公爵というだけではなく、王家の依頼を受けて動いている者だからだ。

 しかし、ウィンザー侯爵の表情は好意的なものではなかった。

 それは「王家の手先」という理由ではない。


 ――パメラが五歳の時に起きた事件が原因だった。


 アイザックが仲裁に入ると聞いて、彼は運命の悪戯を呪った。

 王家への忠誠心があるようだが、あわよくば破談を狙っているかもしれない相手である。

 まだ直接話し合いをしていた方がマシにしか思えなかったので、アイザックの仲裁を素直に歓迎できなかった。


 そして、パメラの表情も優れなかった。

 彼女は「アイザックが仲裁に入る」と聞き「ジェイソンとの仲を取り持とうとしているのではないか?」と疑っていた。

 やはり、あの時追いかけなかった事が、彼女の心理に影響している。

「信用してくれ」と言いながら、信用できない行動を取るアイザックに、どうしても不安を感じてしまっていた。


 アイザックも彼女の感情は理解しているつもりだ。

 ちゃんとあとで説明するつもりだった。


「エンフィールド公、ようこそお越しくださいました」

「ウィンザー侯、お久しぶりです。殿下と同級生という事もあり、陛下より仲裁を要請されました。まずはパメラさんの言い分などを伺いたいところですね」

「用意は整っております。どうぞ、ご案内いたしましょう」


 この用意とは、人払いの事だった。

 案内された応接室に入ると、人数分の茶と菓子を用意してメイド達が出て行く。

 秘書官も護衛もなし。

 ウェルロッド侯爵家とウィンザー侯爵家の人間だけが部屋にいる状況となった。

 アイザックとパメラが向かい合い、彼らの左右を祖父母が挟んで座る。


「さて、早速ですが本題を。パメラさん、ネトルホールズ女男爵を階段から蹴り落としましたか?」


 この質問をされる事はわかっていたはずだが、やはり改めて聞かれると緊張するのだろう。

 パメラの体が強張る。


「いいえっ、そんな事……。私はやっていません!」


 緊張からか、彼女の挙動が怪しい。

 だが、アイザックは彼女が犯人だとは微塵も疑わなかった。


(こんな疑いをかけられるのは初めてだろうしな。いくら気高い侯爵令嬢っていう設定でも、やっぱり冷静ではいられないか。怯えているみたいだ)


 それどころか、彼女に同情的になっていた。

 平穏な日常を過ごしていたところ、突然「階段からニコルを蹴り落として殺そうとした」という疑いをかけられてしまったのだ。

 平然としている方がおかしい。

 怯えて当然である。


「では、ネトルホールズ女男爵をどんな用事で呼び出していたのですか?」

「それは……」


 パメラがチラチラとアイザックを見る。


(もしかして、俺の事で!?)


 アイザックは、ドキドキとする。

 自分の事をニコルと奪い合っていたのであれば、アマンダとロレッタがやり合うのとは違って素直に嬉しい出来事だ。


「ネトルホールズ女男爵に蔑まれた目で見られたのです。殿下と話しながら『この人はもう私の事しか目に入っていないのよ』という目で。しかも、教室内のみんなの前でです。殿下と仲良くするのは許せます。でも、彼女の態度がどうしても許せなかったのです。ですから、一言注意しようと思って呼び出しました」

「そうですか……。それは辛かったですね……」


 パメラは侯爵令嬢である。

 周囲に蔑まれるような経験はなかったはずだ。

 ジェイソンですら軽々しく侮蔑できる相手ではない。

「婚約者を奪われて、どんな気持ち?」と、馬鹿にされた目で見られれば、一言くらいは注意もしたくなるだろう。


 パメラとは「ニコルの事はアイザックに任せる」という話をしていた。

 なので彼女の反応は、感情のままに行動をしてしまった事を恥じてしまったものだったのだと思われる。

 この事実は、勘違いしたアイザックにとっても辛いものだった。

 自意識過剰な勘違いをしてしまった事に、恥ずかしくなって思わず叫びたくなってしまう。

 だが、そんな事はできないので、話を進めて気を紛らわせようとする。


「では次に、階段でネトルホールズ女男爵に何を言われていたかを教えていただけますか? 『――あんたなんかに言われたくないわよ』と、ネトルホールズ女男爵が言っていたところは耳に入ったのですが」

「彼女に注意をしていたら……。『この学院での主役は私。脇役のあんたなんかに言われたくないわよ』と言われました。確かに美しい方ですが、なぜそこまで言えるのか不思議でしかありません」

「それは……、凄い事を言われましたね」


 アイザックは、ウィンザー侯爵をチラリと見る。

 怒りで顔が真っ赤になっている。

 すでにパメラから聞いていた事だとしても、改めて怒りがこみあげているのだろう。

 彼が若い頃は侯爵家の後継者として扱われていたので、パメラ以上に周囲から侮られる事などなかったはず。

「絶対に許せない」と思っているのかもしれない。

 あとでフォローが必要になるだろうと、アイザックは考えていた。


「そして、ネトルホールズ女男爵が立ち去ろうとしたところ、彼女は階段を踏み外したと? それとも、誰か他の者に蹴られたのですか?」


 アイザックは核心に触れる。


 ――パメラが蹴り落としたのか?


 これは非常に重要な問題だった。

 アイザックも気になっていた。


「私はやっていません!」

「なら、ネトルホールズ女男爵の背中にあった靴跡は?」

「わかりません! 気が付けば靴跡が付いていました!」


 パメラは必死に否定する。

 彼女を100%信じてやりたいが、必死過ぎて逆に怪しく感じてしまう。


(いや、一瞬でも疑ってしまった事は反省しよう。こんな世界だ。何が起きても不思議じゃない)


 パメラに呼び出されたニコルが、あらかじめ靴跡を付けていた可能性もある。

 二人とも身長にさほど差がないので、靴のサイズも似たようなものだろう。

 ニコルの靴で試していたら、サイズがピッタリだったという可能性もある。


 それに、ニコルの魅力で男が惚れるどころか、知能が落ちて馬鹿になる世界だ。

 彼女のために靴跡が浮き出てきた、という不可思議な現象が起きた可能性もある。

 魔法がある世界なので、あらゆる可能性を疑うべきだろうと考えた。


「なるほど。殿下の気を引くために、ネトルホールズ女男爵が自作自演したという可能性も考えられますね」

「アイザック。そんなあっさりパメラさんの疑いを解いては、肩入れし過ぎていると思われますよ」


 マーガレットが、やんわりとアイザックをたしなめる。

 信憑性はともかく「パメラがやった」という証人まで出てきているのだ。

 今の段階で「ニコルが悪い可能性がある」と言ってしまえば、パメラ寄りの立場を露骨なまでに明確にしてしまう。

 それは時期尚早ではないかと心配したからだ。

 しかし、アイザックにはパメラがやっていないという確信があった。


「パメラさんはやっていないでしょう。お婆様がパメラさんの立場だったらどうされますか?」

「相手は当主とはいえ、男爵家の娘。夫を奪ってやったと蔑んできたら……。モーガンが一生嘆き悲しむような方法で死んでもらう事になるでしょうね」

「おい」


 マーガレットの答えに、モーガンは無反応ではいられなかった。

 だが、これがアイザックの求めていた答えである。


「それも一つの選択肢ですね。そして、それを実行するだけの力がウィンザー侯爵家にはあります。パメラさんが『自分の手で始末を付けなければ気が済まない』という性格でもない限り、学院内でネトルホールズ女男爵を蹴り落とす理由がありません。それがパメラさんを信じる理由です。この点を主張すれば、陛下や殿下にもわかっていただけるでしょう」


 パメラが周囲に一言――


「ニコルさんって目障りなのよね。消えてくれないかしら」


 ――と言えば終わる。


 それでも、パメラは周囲にほのめかして、ニコルを処分しようとはしていない。

 アイザックには、この理由だけでもパメラが無罪だと信じられた。

 侯爵家と男爵家の力関係を考えれば、誰もが思い浮かぶ事である。

 冷静さを失っていたとはいえ、ジェイソンがパメラを信じなかったのが不思議なくらいだ。


 だが、なぜかパメラは俯いていた。

 ウィンザー侯爵は無表情だが、ローザの方はテーブルをジッと見て、何かに耐えているような様子だった。


「……何か問題でも?」


 アイザックは、ウィンザー侯爵に尋ねた。

「侯爵家の力を使って、ニコルを殺す事もできる」というのは、パメラを庇う上で重要な理由だった。

 その前提条件が崩れてしまえば、違う方法を考えなくてはならなくなる。

 それは、ウィンザー侯爵もわかっているのだろう。

 話すのを嫌がっていた。

 だが、話さねば話が進まない。

 渋々ながらも、事情を説明し始める。


「実は……、パメラには家の者に命令する権限を与えていないのです。そしてそれは殿下もご存知です」

「なんですと!」


 アイザックは思わず大きな声を出して驚いてしまう。


(パメラを守る最大の盾が、いきなりなくなったんだけど!)


 アイザックもジェイソンも現場を見ていない。

 だから「直接手を下す理由がない」というのは、パメラを守るのに有効な口実だと思っていたのだ。

 なのに、それが使えないという。


「なぜですか? なぜそのような事に……」


 理由を尋ねると、ウィンザー侯爵はまたしても渋った。


(家の恥か? パメラの恥か? それとも、他に理由があるのか?)


 この状況で渋るという事は、他家には話せない内容なのだろう。

 ウィンザー侯爵とローザが黙り込んでしまう。

 ここで動いたのはパメラだった。


「実は――」

「パメラ!」


 ローザがパメラを止めようとする。


「お婆様、話しておいた方がいいですわ。この件にも関わる内容です。話しておかねば、エンフィールド公もどうすればいいのか困ってしまいます。話しておくべきです」

「そうかもしれないけれど……」


 ローザはウィンザー侯爵を見る。

 最終的な判断を彼に委ねようとしていた。

 判断を委ねられたウィンザー侯爵も悩んでいた。

 しかし、パメラの言葉にも一理あると考え、説明する事にした。


「パメラが四歳くらいの時の事。突然おかしなことを言い出しました。『私はニコルに殺される』と」

「それは!?」


 とんでもない内容の告白に、アイザックだけではなく、モーガン達も驚いた。


「ですが、当時はニコルという名前の者とは関わりがなく、悪い夢でも見たのだと相手にしませんでした。ですが、パメラが家臣に命じてネトルホールズ男爵家を調べさせ、ニコルという娘がいるとわかった時。……ニコルを殺してほしいと頼んできたのです」


 彼が話す内容は信じ難いものだった。

 アイザックも、パメラから「夢で見た」と聞いてはいたが、そんなに幼い頃から見ていたというのは初耳である。

 そして、ニコルの殺害を頼んでいたというのも初耳だった。


「当然、そんな頼みを聞くわけにはいきません。夢で見たという程度で人を殺していては、ウィンザー侯爵家が潰れてしまいますから。それでもパメラが諦める様子もないので、日常生活に関するもの以外は命令を聞かないようにと家中に通達を出しました。殿下には命令権を与えていない理由を『王妃となった時に備え、パメラがわがまま放題な娘にならないようにするため』と伝えておりました」

「なるほど……、あまり人に話せる内容ではありませんな」


 モーガンが、ウィンザー侯爵が言い渋った理由に理解を示す。

 会った事もない相手を恐れ、殺してくれと頼むなど常軌を逸している。

 王太子の婚約者としては不適切だと判断されてもおかしくない。

 黙っておきたかったと思うのも当然だろう。


「しかし、それだけの理由なら打ち明けてもよかったのでは? 我が家にはもっと個性的な子供がいたというのに」

「個性的というだけならば話しただろう。だが、パメラは殿下の婚約者という事もあり、良からぬ風聞が流れる事を恐れていたのだ。だが……、今思えば、パメラの言う通り殺しておけばよかったかもしれん。そうすれば、こうして悩む事もなかったのだ」


 ウィンザー侯爵が悔やむ。

 もし、パメラが求めてきた時にニコルを殺しておけば、今回のような事態にはなっていなかったはずだ。

 しかし、当時はジェイソンがニコルに夢中になるとは思えなかった。

 文字通りの後悔である。

 だが、改めて殺そうとはしていない。


「今更殺してしまえば、殿下の疑いはパメラさんではなく、ウィンザー侯爵家に向けられる事になるからできないというわけですね」

「その通りです。せめてパメラがあの娘と揉める前ならば問題にならなかったでしょう。いえ、問題になどさせなかった」


 ――ニコルを殺そうとしない理由は、ジェイソンに疑われるからだ。


 パメラに命令権がないと知られている以上、このタイミングで動けばウィンザー侯爵家の主導だと思われてしまう。

 そうなると、到底冷静とは言えないジェイソンに何をされるかわからない。

 王家との関係が修復不可能なほど壊れてしまう可能性がある。

 ジェイソンは未来の国王である。

 彼が生きている間、ウィンザー侯爵家は肩身の狭い思いをするだろう。

 だから、今からニコルを暗殺するような事はできなかった。


「ランカスター伯爵家のジュディスさんは、よく占いが当たるそうです。ウィンザー侯爵家の者には微量ながらも魔力があるそうですね? パメラさんが子供の頃に見た夢も、未来を予知する夢だったのかもしれませんね」


 魔法が存在する世界であるし、ジュディスのような高い精度の占いも存在する世界でもある。

 魔力を持つ者が予知夢を見ても不思議ではない。

 アイザックは、パメラの夢が正しかったのだと信じた。


「そうなのかもしれませんな。あの時信じてやっていれば……。ですが、エンフィールド公は、この事態を解決するために来られたのですよね? 殿下との関係を修復し、ネトルホールズ女男爵を遠ざける。そのような方法はあるのでしょうか?」


 ウィンザー侯爵は悔やむだけではなく、解決に動こうとしていた。

 アイザックが動いたのなら、解決手段も浮かんでいるはず。

 アイザックの案をたたき台にして、この事態を上手く収めようと考えていた。


 だが、アイザックは――


「そのような方法は考えていませんし、させませんよ」


 ――不敵な笑みを浮かべていた。

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