第405話 リサへの相談

「ここで話した事は口外しないでほしい」と頼んでおいた効果は、それなりにあった。

 友人達は特定の女の子達を見る目が少し変わったり、アイザックを見る目が変わったりしただけで、外部で話題に挙がるような事はなかった。

 屋敷を訪れた時、人払いをした時にだけ話すよう心がけてくれていた。


「ところでさ、リサさんに相談した?」

「いや、まだ。なかなか切り出し辛くてさ」

「早くしなよー。卒業までになんとかしないと、あの子達が困るんだからさ」

「うん、わかってはいるんだけどね……」


 ポールは「早くリサに相談しろ」と、いつも指摘するようになった。

 アイザックの尻を叩いてくれているのだろう。

 はっきりと意見を言ってくれる。


「アイザック、いやなんでもない」

「言いたい事があるなら聞くよ」

「とりあえず、ティファニーの事に集中しなよ。それからでも遅くないからさ」

「なんだか引っ掛かるな……。まぁいい。言いたくなったら遠慮なく言ってくれ」


 レイモンドは、どこか歯切れが悪くなった。

 思慮深いからか、深刻に考え過ぎているのかもしれない。

 彼の考えがまとまるまで、アイザックは時間を与える事にした。


「なぁ、フェリクスさんに関する一連の噂を聞いたんだけど……。今のお前と同一人物なのか?」

「どういう意味だ?」

「女関係では、まるで別人じゃないか。お前が二人いるようにしか思えない」

「その言い方じゃあ、僕が女性関係ではまったくダメな男みたいにしか……。否定はできないけど」

「話を聞くまでは、意識して女を口説いてるもんだと思っていたくらいだ。あれで口説くつもりがなかったのなら、逆に器用なものだな」


 カイは、アイザックに呆れていた。

 フェリクスを使ったロックウェル王国への嫌がらせをしていたアイザックと、女の子達への対応で困るアイザックは別人にしか思えなかった。

 人の心を読むという点では同じ。

 男女で対応がここまで違うというのが信じられない事だ。

「何らかの事情で、とぼけたフリをしているのだ」と思っていた。


 一方、ノーマン達はアイザックにかける言葉がなかった。

 彼らにできるのは、曖昧な笑顔を見せて「頑張ってください」と言うくらいだった。

 ティファニーですら子爵家の娘。

 ロレッタなど王女殿下である。

 失敗すれば、自分達には責任の取りようがない大問題になる。

 対処方法を考えてはいるが「こうすればいいのでは?」などと軽々しく意見を言えなかったのだ。

 アイザックも彼らに強要する事はできないので、誰かがいい案が浮かぶまでは待つ事にした。


 ――そう、待つ事にした。


 気が付けば十月に入り、アイザックは刻一刻とタイムリミットが迫ってきている事を思い知らされる。

 さすがにこれではいけないと思い、アイザックは行動に移す。


「リサ。話があるんだけど、ちょっといいかな?」

「え、ええいいわよ」


 アイザックがいつになく深刻な表情をしているからか、彼女の表情も硬い。

 緊張している彼女を連れ、二人きりで話せる部屋に移動して、ソファーに並んで座る。


「実はリサにお願いがあるんだ」

「うん、だろうなとは思っていた」


 意を決してアイザックは相談を持ちかけるが、リサに看破されていたらしい。


「最近、ずっと何か言いたげにしていたもの。私にだってわかるわよ。……でも、ダメよ」

「えっ、なんで!?」


 アイザックが相談したいと思っていたのをわかっているのに、リサは容赦なく拒否した。

 あまりにも冷たい対応に、アイザックは「そこまで嫌われるような事をしたのか?」と心配するが、リサはなぜか照れて赤くなっていた。


「もうすぐ十八歳の誕生日だもの。女の人に興味があるんだろうけども……。ちゃんと学院を卒業するまでエッチな事はいけません! 婚約者相手でもダメだからね」


 リサはアイザックが「十八歳になったらエッチな事をさせてほしい」と頼んでくると思っていたようだ。

 


「リサ、僕が頼みたいのは違う事なんだけど……」

「えっ、嘘っ! アイザックの目にいやらしさを感じていたから、てっきりそういうお願いかと……」

「違うよ。実は困った事態になっていてね。リサの力を貸してほしいと思っていたんだ。エッチなお願いじゃないよ」

「あら、そうだったの。もう、いやだわ」


 早とちりしたせいで、リサの顔はより赤くなっていた。

 本当はお願いしたいところではあるが、さすがにアイザックも卒業までは我慢するつもりだった。

 長年我慢していたのに比べれば、あと半年くらいの我慢は誤差というものだ。


「そういうお願いは卒業と結婚してからするからね」

「バカッ」


 リサが照れ隠しでアイザックの肩を叩く。

 かなり力が入っているので、アイザックは痛みで顔をしかめた。

 だが、こういうやり取りができる事に喜びも感じていた。

 前世では、そもそも相手がいなかったからだ。

 しかし、いつまでも楽しんではいられない。

 話を進めなければならなかった。


「実はリサに大事なお願いがあるんだ。ティファニーの事なんだけど――」


 アイザックは話しにくい内容ではあったが、包み隠す事なく、すべてをリサに説明した。

 最初は照れたままの表情で聞いていた彼女も、話が進むにつれて顔が強張っていく。

 リサの反応を見ていたアイザックは言葉が詰まりそうになる。

 だが、ここで逃げるわけにはいかない。

 アイザックは勇気を振り絞って、すべてを話した。


「まさか、アイザックがティファニーの事を愛していなかったなんて……」


 話を聞き終えたリサは困惑していた。

 今までは、どう考えてもアイザックがティファニーの事を愛しているようにしか思えなかったからだ。

 しかし、アイザックの想いを聞くと感想は一変する。

 いや、アイザックへの評価も大きく変わった。


 ――なんて紛らわしい男だろう、と。


「ちゃんとティファニーに、本当の事を伝えないとダメよ」

「わかっている。わかっているけど……。ティファニーに伝えるのに、リサお姉ちゃんの助けを借りたいなぁって。ダメかな?」


 アイザックは「可愛い弟分と妹分の仲介」というのを強調するため、久々に「お姉ちゃん」という言葉を使った。

「こういう事情だ。よきにはからえ」で済ませられる問題ではない。

 姑息だとは思ったが、この方法以外に頼む方法がアイザックには浮かばなかった。


「アイザック……」


 リサが悲しそうな目をする。


(しまった! 頼み方を間違えたか!? それともハンカチに関する話は、もっとぼかすべきだったか!?)


 アイザックは「これなら素直に助けを求めておけばよかった」と後悔する。


「ティファニーが『あなたに好きだと言われた』と告白した日から、私はあの子と何度も話したわ。その時、ハンカチの話にも触れていたのよ」


 何を言われるのか不安で、アイザックは生きた心地がしない。

 ゴクリと唾を飲み込んで、リサの話を聞く事しかできなかった。


「あの子は『これが良い転機になるかもしれないって思った』と言っていたわ。バレンタインデーの故事に倣って告白されたら、さすがにチャールズの事も忘れられるだろうからってね」

「ううっ……」


 ――ティファニーは、アイザックの告白を待ちわびていた。


 その事実は、パーティーのあとの集まりで聞いていた。

 それでも、改めてリサの口から聞かされると気まずいものがある。

 まるで責められているような気分だった。


「でもね、落ち着いて考えたら、そうでもなかったかなって思ったそうよ。一時の感情に任せて行動しても良い事なんてない。アイザックに告白されても、あとで悩む事になっただろう。告白されなくて助かったって言っていたわ」

「そ、そうなの?」


 ティファニーは乗り気だったように見えたが、一度落ち着いたらアイザックへの想いは薄れたらしい。

 先ほどとは一転、アイザックは助かったような気分になった。


(そういえばそうだよな。従姉妹として心配だからお守りを受け取ってほしいって言ってたし……。あの時も責任取って結婚してとか言われなかったから、このままでも大丈夫なんじゃないだろうか)


 アイザックは光明が見えたような気がした。

 ティファニーにその気がないのなら説得は容易である。

 リサに相談してよかったと思い始めていた。

 しかし、彼女に平手打ちを浴びせられる。


「なにが『そうなの?』よ! あなたが安心したらダメでしょう! いい? ティファニーはチャールズに別れを告げられて辛かったのよ。そんな時に、あなたに優しい言葉をかけられた。ティファニーがどれだけ嬉しかったか……」


 リサの目には、薄っすらと涙が浮かんでいた。


「誤解をさせてしまったのは、あなたの責任なの。だから、ティファニーが責任を取ってほしいと求めてこないからって、安心してはダメなのよ。責任を取らずに済みそうだからって、安心するなんて無責任よ。ちゃんと自分のやった事と向き合いなさい」

「……ごめんなさい。反省します」


 リサに叱られ、アイザックはシュンとする。

 

(そうだよな。ティファニーに違うって言わずに済むかもと安心してちゃダメだよな)


 意識してやっていたわけではないので、危機感が先に立ってしまい当事者意識が薄かったようだ。

 その事を指摘され、アイザックは反省する。


「わかってくれればいいのよ。ティファニーがどれだけ辛い思いをしていたのかは私にはわからない。だって、私は学生時代に捨てられる婚約者なんていなかったもの。……あっ、涙が出そう」


 学生時代の事を思い出したのか、リサの目から涙がこぼれ落ちた。

 アイザックがハンカチを差し出すと、それで目元を押さえた。


(それに関しては自業自得じゃ……)


 アイザックは、そのように頭の中で考えたが言葉にはしなかった。


「私がもしアイザックに捨てられたらどう思うかっていうとね。婚約者に捨てられたっていう悲しみもあるだろうけど、これから先どうしようっていう気持ちの方が勝ると思うわ。だから、チャールズに捨てられた時のティファニーの気持ちを本当に理解する事なんてできない。でもね、救われた時の気持ちはわかるの」


 リサは涙を拭きながら、自分の気持ちを語る。


「もう私は結婚できないんだと諦めていた時、アイザックに婚約してほしいって言われた時は嬉しかったわ。私を必要としてくれる人がいるんだってね。自分の事を好きだと言ってくれる人がいるとわかって、ティファニーも嬉しかったはずよ。チャールズに捨てられたという悲しみを打ち消すほどではなくても、心の痛みを和らげる事はできたと思うの」

「だといいんだけど……。やっぱり、真実を話すのは追い打ちをかける事になるかな?」

「伝え方を考えればいいんじゃない?」

「伝え方かぁ……」


(どう言えっていうんだ……)


 それが思いつくのなら「リサから話してほしい」と頼もうと考えたりはしない。

 自力でなんとかしようと思っていたはずだ。

 どうすればいいのか教えてくれないかなと、リサをジッと見る。


「ティファニーの事は好きだけど束縛しようとは思わない。誰か他の人と幸せになってほしい。そんな感じで言えばいいんじゃないかしら?」

「それだと、婚約者から奪いたいと思ったとかの部分がフォローできないんじゃない?」

「卒業後、結婚する相手がいなかったら僕と結婚しようとくらいは言ってあげてもいいんじゃないの?」

「それはちょっと……」

「ティファニーの事は嫌い?」


 アイザックが渋ると、リサがティファニーに対する思いを尋ねてきた。

 改めて問われると難しい問題である。


「ティファニーの事は嫌いじゃないけど……」


 アイザックは、ふと過去の事を思い出した。


(あれっ。走馬灯を見ていた時、リサだけじゃなくてティファニーとかブリジットさんの顔も思い浮かんだような……。あれって家族として? それとも異性として?)


 親しい者達の顔が浮かんだだけだと思っていたが、それならばリサもその中の一員に過ぎない。

「そばにいてほしい」と思った事があるかどうかの違いでしかないのだ。


(もしかして、俺ってティファニーやブリジットさんの事も好きだったとか?)


 リサとの婚約は後悔していないので、彼女を家族枠で思い浮かべたとは考えられなかった。

 ならば、ティファニーやブリジットの事も好きだったと考える方が自然である。

 あまりにも突然の思いつきに、アイザックは家族枠と混在していたという発想が浮かばなかった。


 ――しかし、一方のリサにはとある考えが浮かんでいた。


「そういえば……」


 ――アイザックが好きな人。


 その相手に、リサは心当たりがあった。

 ちょうど時期も重なる。


「アイザックの好きな人って……。えっ、あれっ……。嘘っ!」


 ――その人の事を好きだと気付いた時には、すでに婚約者がいた。


 リサには、その相手に覚えがあった。


「もしかして、まだパメラさんの事を!? それに、それに……」


 ――その人を婚約者から奪い取りたいとすら思っていた。

 ――だから、奪い取ったとしても、誰にも文句を言わせないように今まで頑張ってきた。

 ――いつか、彼女の隣に立つにふさわしい男になるために。


 それだけではない。

 アイザックの言動が、どういった意味を持つのかまで彼女はわかってしまった。


「まさか、王家に――」

「リサ」


 恐怖のあまり体が震えるリサに、アイザックは真剣な面持ちで話し始める。


「あくまでも、そう思っていた・・・・・・・というだけだよ。現実的に考えて、そんな事ができるはずがないってわかるだろ?」

「でも……、でもパメラさんは、パーティー会場で私の事を聞いてきたわ。みんな私にアイザックの事を聞いてくるばっかりだったなのに、パメラさんは私の事を……。ひょっとして、パメラさんも……」


 社交界では誰もリサに興味を持たなかった。

 幼少期のアイザックが、どんな少年だったかを尋ねられたりするのが主な会話内容だった。

 それなのに、パメラはリサに興味を持ってどんな人間かを知ろうとしていた。

 つまりそれは、パメラの方もアイザックに気があるという事である。


 ――では、ジェイソンの立場はどうなるのか?

 ――ウェルロッド侯爵家と王家。ウィンザー侯爵家と王家の関係はどうなるのか?


 リサの頭の中で、かつてないほどせわしなく思考が駆け巡る。


「リサ!」


 アイザックは考え込むリサを強く抱きしめる。


「ティファニーを慰めるために言った事じゃないか。深刻に考えないでくれ。リサにも家族にも迷惑をかけるような事はしない。それは約束するから落ち着いてくれないか」

「本当に? でも、それならパメラさんの態度は?」

「パメラさんは気遣いのできる人だ。男爵家のリサが公爵夫人としてやっていける性格かどうかを確かめようとしていたんじゃないかな? リサの性格を知らなきゃ、社交界でサポートのしようもないからね」

「ならいいのだけれど……」


 一度浮かんだ疑惑は簡単には晴れない。

 アイザックがパメラを庇った事で、リサの疑いはより深くなっていく。


「アイザックはパメラさんが好きな人じゃないの? なら、誰を第一夫人に迎えるつもりなの? 本当はパメラさんを迎えたいと思っているんじゃないの?」


 リサは矢継ぎ早に質問を投げかける。

 だがその質問は、アイザックには答え辛いものだった。


「確かにパメラさんへの想いがないとはいいきれない。第一夫人を誰にするのかは決まっていない。ちゃんと卒業式までには答えを出すつもりだけど……。家が取り潰されるような行動は取らない。それだけは信じてほしい」


 アイザックも、ニコルのジェイソン攻略が不発になれば諦めるという選択肢もあると考えていた。

 強引に反乱を起こして失敗。

 一族郎党処刑され、家が取り潰しになるという事態は避けるべきだという事はわかっている。

 その事自体は嘘ではない。

 ただ「今もパメラを狙っている」という本当の事を言っていないだけである。


 それでも、リサには十分だったのだろう。

 少し落ち着きを取り戻した。


「そうなんだ……。ちょっと安心した。でも、初恋の人に勝てないっていうのは、正直なところ悔しいかな」

「それはまぁ、その……。姉弟として過ごした時間の方が長いから、これから次第だね」


 とりあえず、リサが落ち着いてくれたおかげで、アイザックも安心する事ができた。

 しかし、彼女がパメラへの想いに気付いてしまったため、肝心な内容が解決しないまま話が終わってしまった。

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