第402話 真実の告白
週末になると、アイザックは側近と友人達を集めた。
彼らに極めて重要な話をしなければならないからだ。
まずノーマン、マット、トミーの三人を呼んだ。
彼らはアイザックに恩を感じており、軽々しく会話の内容を漏らしたりしない。
マットに関しては、とある事情から迷ったが、一人でも多く知恵を借りたいので呼ぶ事にした。
友人で呼んだのはポール、レイモンド、カイの三人である。
ルーカスを呼ばなかったのは、この重要な話をパメラに伝えてほしくないからだ。
「どうしても」と言われたら話してしまうかもしれない。
アイザックとしては、それだけは避けたいところだった。
呼ばれた者達の表情は固い。
アイザックが、いつになく深刻な表情をしていたからだ。
実際、アイザックを取り巻く状況が逼迫しており、本人が危険を感じていたので当然である。
「今日来てもらったのは、非常に重要な話を聞いてもらうためだ。場合によっては僕の――いや、ウェルロッド侯爵家の未来にも大きく影響する内容を話す事になる。だから、ルーカスは呼ばなかった。彼もある事柄に関しては信頼できる友人ではあるものの、基本的にウィンザー侯爵家の人間だ。ウィンザー侯から強く話すように言われたら、正直に話さざるを得ない立場。だったら、最初から話を聞かせない方がいいだろうと思って呼んでいない」
まずはルーカスを呼んでいない理由を話した。
アイザックの話を聞いて、ポール達の表情が更に強張った。
――これはパメラからの依頼に関する集まりではない。
本当にウェルロッド侯爵家の未来に関わる重要事項について話すのだとしか思えなかった。
「そんなに重要な話を自分達が聞いても、有効な意見を言えるのか?」と不安になったからだ。
「この場に呼んだのは側近中の側近と見込んだ者と、友人の中でも信頼できると思った者達だけだ。だけど、どうしても『ここだけの話なんだけど――』と、誰かに話してしまうかもしれないと思う者は出ていってくれていい。出て行っても非難はしない。むしろ、自分をわきまえていると思って、より信頼を深める事になるだろう。僕の話を聞いたあと一切口外しない。その自信がある者だけが残ってほしい」
続けられた言葉は、彼らの不安をより一層煽るものだった。
だが、誰も席を立とうとはしなかった。
――それほどまでに重要な話をしてもいい相手。
アイザックに、そう思われているという事でもあるからだ。
信頼には信頼で答えたいという思いから、不安に打ち勝とうという気持ちの方が勝っていた。
誰も席を立とうとしない。
彼らの反応を見て、アイザックは少しだけ笑みを見せる。
しかし、その笑みは一瞬だけ。
すぐにアイザックの表情から笑顔が消えさった。
「ありがとう。今日は、みんなに助けてほしいから呼び集めたんだ。本当に……、助けてほしいんだ……」
アイザックが薄っすらと涙を浮かべながら体を震わせる。
その姿から、呼ばれた者達は戦慄する。
「アイザックがここまで困る問題とは何なのか?」と思うと、再び不安に押し潰されそうになる。
「どのような問題でしょうか?」
ノーマンが尋ねる。
まずは問題を知らねばならない。
それがどんなに恐ろしい内容であってもだ。
秘書官である自分が知らない大問題。
それもウェルロッド侯爵家に関わるものとなれば、聞かずにはいられなかった。
「話したい事はいくつかあるけど……。まずはティファニーの事だ」
「ティファニー様の?」
ティファニーに、アイザックでも対応できない問題が迫っているのだろうか?
ノーマンは周囲を見回す。
他の出席者達も、不安から周囲の様子を窺っていた。
彼らの反応から、誰も知らない問題らしい事がわかる。
「そうだ。……ポール達は知ってるから、ノーマン達には最初から説明しないといけないね」
――友人は知っている。
その言葉に、言われた当人達が一番困惑していた。
「最近、学校で問題なんてあったかな?」と視線で会話し始めるが、誰も心当たりがなさそうだ。
「実はティファニーが、チャールズにフラれた時――」
だが、アイザックがノーマン達に説明し始めると、きっとチャールズ絡みの事だろうと思い始めた。
それ以外に思い浮かばなかったからだ。
皆、黙ってアイザックの話を聞く。
ティファニーの話が終わると、アイザックは一度深呼吸した。
「その時の事がきっかけで、僕がティファニーの事を愛していると思われたらしい。でも違うんだ。僕はティファニーの事を愛していないんだ」
「えぇぇぇーーー!」
ノーマン達は「嘘っ」という表情を見せるだけだったが、ポール達は椅子から立ち上がって驚く。
それもそのはず「アイザックはティファニーの事を好きなんだ」と、ずっと思っていたからだ。
告白の現場を見ていただけに、今聞かされた者達よりも驚きは大きい。
「嘘だぁ! あんなに真剣に語ってたじゃないか!」
「どう考えてもティファニーさんの事を話しているようにしか思えなかったぞ!」
「じゃあ、本当に好きな人は他にいるっていう事か? それって誰だよ!」
「まぁまぁ、落ち着いて。僕が好きな人はともかくとして、肝心なのはティファニーに誤解されているってところなんだよ」
アイザックは、パメラの事をはぐらかしながら本題に戻そうとする。
「ティファニーの事は好きだよ。好きではあるんだけど、それは家族としての好きであって、一人の女性として愛しているってわけじゃないんだ。偶然、僕が好きな人と条件が重なってしまっていたみたいで、誤解させちゃったみたいで……。どうすれば傷つけずにわかってもらえるかなと……」
アイザックの相談事は恋愛に関するものだった。
とはいえ、パメラと上手くやる方法などではない。
自分に向けられた好意を、どうやり過ごすかというものだった。
このあと、アマンダ達の事も話すつもりである。
「いや、無理だろ。だって、ウェルロッド侯爵家やハリファックス子爵家の面々が揃ったところで彼女は打ち明けたんだろ? 勘違いだったってわかったら……。恥ずかしくて、下手したら自殺しかねないぞ」
カイが「解決不能だ」と答えると、他の者達もうなずいて同意する。
本人が勘違いしているだけならともかく、家族や親族の前で打ち明けてしまった。
ティファニーは自ら後戻りできない状況を作ってしまったのだ。
これをどうにかするのは至難の業だろう。
それこそ、アイザックでなければできないはずだ。
「自殺……、そこまでか……。そうだよな。家族に知られたって事は、これから先ずっと付きまとう出来事だ。……だけど、どうにか丸く収める事ができないかな?」
だが、そのアイザックが頼りない。
今までに見た事のない弱気な顔をしている。
この問題についてお手上げのようだ。
カイ達も必死に考えるが「どうしようもない」という答えしか浮かばなかった。
それほどまでに状況が悪い。
「問題が多い――というよりも、問題ばかりです。ですが、その中でも最も重要な問題点を解決すれば、解決の糸口が見つかるのではないでしょうか?」
「というと?」
トミーの発言に、アイザックが身を乗り出して食いつく。
「私は『そう遠くないうちにふさわしい相手が現れる』と言ったところが原因だと思いました。まるで『ふさわしい男になって、いつか君を迎えにいく』と告白しているかのようでした。その部分をどうにかすれば、ティファニー様にはわかっていただけるのではないでしょうか?」
「可愛い」や「性格がいい」と言った部分は、この際どうでもいい。
それくらいはお世辞の範囲だ。
お世辞くらいで「好きだ」と思うのだとしたら、それは誤解する方が悪い。
だが、今回は誤解させてしまう発言が含まれていた。
トミーは誤解を決定的にしてしまったであろう箇所を指摘した。
「それだったら、送って帰った時に『君は大切な人だ』とか言ったのも問題じゃないですか?」
下校後の話は初耳だったレイモンドは、強くインパクトを受けた部分を指摘する。
「そちらも問題ですが、先の発言がなければ『家族として大切な人』という意味で言ったと押し通す事ができるのではないでしょうか? 全体的に見れば言い訳のしようがありませんので、狙いを絞って一点突破するべきだと思います」
トミーも副騎士団長として働いた事で成長しているのだろう。
包囲されて逃げ場がないと見るや否や、一か所に戦力を集中させて退却を図るべきだと主張した。
彼の主張に、アイザックは光明を見出す。
「おぉ、確かに誰が好きかは、はっきりと言っていない。そこをなんとかすれば……。なんとか……、できるかな?」
さすがに方法までは意見を述べる者がいなかった。
誰もが「誤解を解く事はできる。でも、ティファニーを傷つけないようにするのはほぼ不可能だ」という共通した認識を持っていた。
当然、アイザックはティファニーを傷つける手段を望まないだろう。
そうなると、答えを見つけるのは難しい。
ティファニー本人に聞いてみる必要がある。
でなければ、この場にいる者達に答えなど見つかるはずがない。
「どのように対応するかは、今この場で決めるのも尚早というものでしょう。焦っては事を仕損じます。まずは情報の共有と確認が重要です。一つ一つ問題を潰していきましょう。二年も放置していた問題ですので、簡単にはいかないでしょうから。閣下も誤解が解ければそれでいいというのではなく、ティファニー様を傷つけないようにしたいと考えられておられるのですよね?」
「その通りだ」
ノーマンが慎重論を述べる。
彼の意見は、アイザックの望んでいる方向性と合致していた。
長年仕えてきたので阿吽の呼吸というものだろうか。
こういう話をしている時でなければ感動できただろう。
「ご友人方に『閣下が心を寄せている方が他にいる』という話をしていただき、それが遠回しにティファニー様の耳に入るようにされていはいかがでしょうか? そうすれば『あれは勘違いだったかもしれない』と考え始められるでしょう。まずはティファニー様がご自身で心の中を整理する時間を用意し、徐々に受け入れられる下地を作っていただくというのはいかがでしょうか?」
(おぉ、いいね)
アイザックは、ノーマンの意見に興味を持った。
直接「君の誤解だ」というよりも、遠回しに聞いた方がショックは少ないはずだ。
本人に「あれって誤解だったの?」という疑問を持たせるのは良い考えだ。
そうすれば、アイザックから直接話をされた時に受け入れられるだろう。
――だが、この意見に反発する者達がいた。
「えっ、僕達が言うの? 僕達もあの現場にいた当事者だし……」
「アイザックのいないところで噂をしているっていう形でなら話せるだろうけど……」
「実はアイザックが職員室に行ったあと、アビーが『きっと間違いじゃありません』ってティファニーさんに言ってるんだよね。僕達も否定しなかったし……」
役割を任されそうになった彼らは、その役割に適任ではなかった。
彼らはティファニーの誤解に同意していた。
今更「アイザックには好きな人が他にいる」とは言い辛い立場である。
「上げるだけ上げといて、はしごを外すのか?」と思われるだろう。
「僕達よりも、ノーマンさんの方が適任じゃないかな? アイザックの側近が本当に好きな人の事を知っているっていう方が自然に思えるかもしれないよ。アイザックとティファニーのための忠言って思われるだろうしさ」
レイモンドが、ノーマンの方が適任だと言い出した。
ノーマンは、アイザックの側近中の側近。
ネイサンを殺す前から仕えている彼なら、アイザックの本命を知っていても不思議ではない。
彼が「二人のために真実を話す」という形ならば、ティファニーも信じられるはずだ。
「私が、ですか……。それができるのならそうしたいのですが、私が動けば閣下の命令だと思われます。ティファニー様が閣下に迷惑がられていると思って傷付いたりはしないでしょうか? 他の方が告げられた方がよろしいかと思われます」
だが、ノーマンは「自分は適任ではない」と答えた。
理由は、アイザックに近すぎる事。
これはこれで正しい意見のように思えるものだった。
しかし、それでは困る。
――この状況で助け舟を出したのは、今まで黙っていたマットだった。
「閣下には良い婚約者を紹介していただいて感謝しております。彼女は私が傭兵上がりだというのも気にしておりません。『今の貴族は祖先の功績を受け継いでいるだけ。自力で爵位を授かったあなたこそ本物の貴族だ』と言って受け入れてくれています。彼女の寛容さには助けられています」
彼は、何故かジャネットの事を話しだした。
アイザックも不思議に思ったものの、すぐに彼が何を言いたいのかを察する。
「リサに相談しろって事か」
「その通りです。三人は幼い頃からの付き合いなのでしょう? ティファニー様も、リサ様からの話なら聞き入れやすいのではないでしょうか?」
「リサにか……」
リサに相談すれば、ティファニーにやんわりと教えてあげる事はできるかもしれない。
だが、彼女の立場が問題だ。
彼女はアイザックの婚約者である。
――そんな彼女が「アイザックには他に好きな人がいるの。あなたじゃないわ」と言って大丈夫だろうか?
――リサとティファニーの関係が壊れてしまわないだろうか?
その事を考えると、どうしても踏ん切りがつかなくなる。
(いや、相談するべきだな)
しかし、アイザックはリサに相談する事に決める。
「婚約関連の話だ。いつかリサには話さなくてはいけない。なら、この機会に話す事にするよ。ティファニーに上手く説明できるか聞いてみよう」
――アイザックがリサに説明して、ティファニーへの対応を任せられるか尋ねる。
そう言った事で、場にホッとした空気が流れる。
「じゃあ、次の相談なんだけど……」
だが、それは束の間の事。
アイザックの言葉で、またしても緊迫した雰囲気になる。
ノーマン達は「えっ、まだあるの?」という表情を見せ、ポール達は「やっぱりか」という表情を見せる。
彼らの反応の違いは、学院内におけるアイザックを取り巻く状況を知っているかどうかの違いなのかもしれない。
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