第393話 ニコルの探り
「今日も暑いね」
ニコルがジュースを飲みながら、胸元の服を摘まんでパタパタとさせる。
薄着なので、つい彼女の肌に視線が釘付けになってしまう。
そんな自分に気付き、アイザックは自己嫌悪に陥る。
「そうですね」
「早く帰るか、用件を言ってから帰れ」と思っているため、つい素っ気ない返事してしまう。
それはニコルの胸元に視線が向いてしまった照れ隠しでもあった。
「色々と話したい事があるんだけど……」
ニコルは、チラリチラリと秘書官見習いや使用人達を見る。
誰にも聞かれたくない話をしたいのだろう。
(いや、
もし、パメラの事を話題に出すのなら、誰にも聞かれない状態が望ましいと思うのはアイザックの方である。
彼女の方から人払いを求めてくれているのは、アイザックに配慮してくれているのかもしれない。
「みんな、下がってくれ」
「これほどお美しいお方と二人切りになれば、良からぬ噂が立つかもしれません。退席は致しかねます。閣下のため、ネトルホールズ女男爵のためにもご再考ください」
秘書官見習いは体を震わせながら反論した。
これはアイザックのために言わねばならない事だ。
ノーマンからも、必要な進言であればお叱りを受けないと聞いている。
それでもやはり、アイザックの命令に大人しく従わないという事は、かなりの勇気を必要としていた。
――正式な秘書官ではない自分が言っても許されるのか?
――今回に限って「口答えをするのか!」と叱られたりしないか?
――秘書官や政務官の採用にあたり、この一件が尾を引いて不採用にされないか?
そういった様々なパターンが頭の中を駆け巡っていたからだ。
だが、ノーマンには「閣下のためにやるべき事をやらなかったら、必ず後悔させてやる」と厳しく言いつけられている。
進んでも地獄、進まなくても地獄。
悩んだ結果、直属の上司で普段接する機会が多いノーマンの言葉の方を恐れた。
だから、アイザックに顰蹙を買う事を恐れながらも進言する事ができたのだった。
「それはわかっている。だけど、ここなら垣根に囲まれているとはいえ、どこからでも見る事ができる。屋敷の二階より上からなら丸見えじゃないか。万が一にも何かが起きれば誰かに気付かれる。さすがに誰に見られているかわからない場所で過ちを犯すつもりなどないよ」
「閣下は冷静なお方なので大丈夫かもしれませんが……」
彼はニコルの方を見る。
言外に「ニコルに襲われたら?」という心配をしているという事を含める。
――身体的にも、性的にも危険かもしれないと。
アイザックがティファニーより弱かったのは皆に知られている。
勉強一筋のティファニーにすら負けるくらいだ。
人並の実力を持つ女子ならば、アイザックを組み伏せる事もできるだろう。
彼はどちらかというと、
その心配を感じ取ったのか、ニコルが慌てる。
「あっ、そっか。アイザックくんは公爵閣下だから心配されるんだね。大丈夫、大丈夫。今日はお礼を言いにきたんだから、アイザックくんに何もしないって。お話をするだけだよ」
ニコルの貴族らしからぬ返答を聞き、秘書官見習いは思わず「はぁ、そうですか」と答えそうになってしまう。
だが、それはアイザックに仕える者として、なんとか堪えた。
礼儀を知らぬ小娘といえども男爵家の当主である。
一介の文官がとっていい態度ではないからだ。
しかし、それほどまでにニコルの態度はインパクトがあったという事である。
「……失礼致しました。何かあった場合は大きな声をお出しください。すぐに駆け付けられる場所で待機しておりますので」
――アイザックかニコルか。
どちらに向けたものかわからない言葉を残して、使用人達と共に去っていった。
これにはアイザックも苦笑いを浮かべる。
(いくらニコルでも女の方から襲うわけないだろうに)
主人公がそんな行動を取るのなら、十八禁マークがパッケージに貼られていただろう。
この世界では、性的なものやお酒やタバコに厳しいところがある。
婚約者のリサにですら、胸やお尻に触る事を祖父母や両親から固く禁じられている。
お酒も二十歳になってからという決まりがある。
「主人公だけは特別」という可能性もあるが、お礼にきたと言っているのだから襲い掛かってはこないはずだ。
もちろん、アイザックにもその気はない。
安心して話ができるだろうと考えていた。
「えっと……、まずはお礼だね。襲われた時に助けにきてくれてありがとう」
「どういたしまして。とはいえ、助けたのはフレッドだし、あの件のお礼は言われていたはずだけど」
「学校で会った時に言っただけだしね。改めてちゃんと言っておきたかったの」
「今思うと、自分でもあの助け方はどうかと思うけどね」
「本当にね」
自虐を含んだ謙遜をすると、ニコルがあっさり同意して笑う。
アイザックは、ちょっぴり心が傷付いた。
「でも、それだけじゃないよね? 他にも用があってきた。違うかい?」
アイザックにとって恥ずかしい過去でもあるので、話を逸らそうとする。
すると、ニコルは目を大きく開いて驚いた。
「さすが、アイザックくんだね。そこまで見抜いているなんて」
(馬鹿にしているのかな?)
このくらいは誰にでもわかる事だ。
今更、襲われそうになった時の礼だけを言いに来るなど考えられない。
他の用件で会うための口実だと誰もが思うだろう。
しかし、ニコルは本気で驚いているようだ。
(褒めておだてるためかな? 演技が上手いな。本当に驚いているようにしか見えないぞ)
これが彼女のやり口なのかもしれない。
騙されないようにしようと、アイザックは気を引き締める。
「実は……、確認しておきたい事があったんだ」
「へぇ、何かな」
アイザックが 警戒していると察したら、彼女も言葉を選ぶようになるだろう。
警戒している事に気付かれないよう、平静を装いながら答える。
「ダミアンくんの事。あと、チャールズくんとマイケルくんの事かな」
彼女は攻略対象の事を聞きにきたようだ。
全員アイザックが関わっているので、気になっていたのだろう。
そういう用件であるのなら大歓迎だ。
「デートしよう」などと誘われるよりはずっといい。
「彼らの……。何が聞きたいんですか?」
「なんでアイザックくんが関わってくるのかなって思ってね。一人や二人ならともかく、みんなに関わってくるのっておかしくない? 何か理由があるんだったら教えてほしいなーって……」
ニコルの表情は真剣なものの、どこか恐れを含んだものだった。
アイザックには理由がわからなかったが、どのようなものか考える。
(チャールズの時に気にしているようだったから、どんな理由かを聞いてくるのはまだわかる。だけど、なんで恐れる? 俺に邪魔されそうだからか? 実際は自爆しているだけなんだけどな……)
アイザックも「ニコルが恐れている」というところまでは気付けたが――
「実力と権力を兼ね備えたストーカーに狙われている恐怖」
――だとまでは見抜けなかった。
仮に気付けたとしても、きっと気のせいだと思っていただろう。
一人の人間として、男として絶対に認めたくない事実である。
そんな風に思われているとは微塵も考えていなかった。
一口ジュースを飲み、余裕のある笑みを見せる。
「あぁ、そんな事を聞きに訪ねてこられたんですか。ちゃんと理由はありますよ」
「ど、どんな理由? みんなの事が嫌いだとか?」
ニコルは「聞きたくはないけど」と思いながらも聞くしかなかった。
理由を知っているか、いないかでは大違いだ。
ちゃんと聞いておけば、彼女なりにアイザック対策も取れる。
「先に行動される前に確認をしておかねばならない」という焦燥感に駆られていた。
だから、夏休みを利用して会いにきたのだ。
「チャールズはティファニーが、マイケルはジュディスさんが、ダミアンはキャサリンさんが関わっていたからだよ」
アイザックの返答は、あまりにも普通の答えだった。
予想していた答えとは違い、ニコルは呆気に取られる。
「えっと……、どういう事? キャサリンって誰?」
普通過ぎる答えだったせいで、逆にニコルは思考が追い付かなかった。
そのため、反射的に聞き返してしまう。
「ティファニーは僕の従姉妹だから言うまでもないね? ジュディスさんは、お爺様とランカスター伯が親友で仲が良いから助けに行った。キャサリンさんはダミアンのお母さんだよ。彼女は母上の友人だから、その縁でいい考えがないか聞かれたんだ。あぁ、あくまで相談に乗っただけで、解決したのはフォスベリー子爵だからね。そこは勘違いしないで」
この程度の質問をするためにやってきたのなら拍子抜けである。
アイザックは余裕のある態度で答える事ができた。
だが、ニコルは深刻な表情をしていた。
「そっか、アイザックくんはみんなと縁があったんだ……。そういえば、フレッドくんとも従兄弟みたいな感じの関係だったもんね」
彼女は考え事をしながら、ぶつぶつと独り言を呟いている。
その姿は、アイザックにとって不思議にしか思えなかった。
貴族間の繋がりは重要なもの。
貴族である以上、彼女も有力貴族の交友関係くらいは知っているはずである。
なのにニコルは、まるで今気付いたかのような反応をしている。
(そこまで馬鹿なのか?)
ついそう思ってしまう。
「そりゃあ、色んなところと関係を持っていますよ。フレッドだって、殿下やダミアンとも関係があります。大貴族なら交流範囲も広いですから」
「うーん、そうだよねぇ……。でも、なんでみんなを許したの? ティファニーとジャネットはともかく、ジュディスなんて殺されそうだったよね? なんでみんなに厳しい罰を下さなかったの?」
(そこに触れてくるか……)
アイザックとしては、そこには触れてほしくないところだった。
――特にニコルには。
「お前の逆ハーのためだよ」などとは絶対に言えない。
そんな事を言えば頭がおかしいと思われてしまう。
それっぽい言い訳をせねばならなかった。
(しかも、ニコルのやる気を削がないようにしないと……)
「そうだねぇ。チャールズはティファニーが、まだ忘れられないから。マイケルは主犯としての証拠が弱いから。ダミアンは生き恥を晒して生きていかせるため。だから、復帰不可能なほど厳しい処罰を下さなかったんだ。……表向きはね」
「表向き?」
アイザックは裏があるという事を隠さなかった。
ニコルが怪訝な表情をする。
「ニコルさんのためだよ」
「えっ、私の!?」
ニコルが目を白黒させる。
ここで自分の名前が出るとは思わなかったのだろう。
彼女の顔を見て、アイザックはフフフッと小さく笑った。
「ニコルさんは、彼らの告白を受け入れなかった。でも、自分に好意を見せてくれた相手。それも、婚約者を捨ててまで愛を告げてくれた相手が死んだりしたら、やっぱり悲しいと思うよね?」
「そ、そりゃあまぁ……」
「だからだよ。賠償を済ませたり、主犯として他の者を処刑したり、代わりの婚約者を見つけたりして罪を償った。それらは口実で、すべて彼らを助けるためだ。彼らを見捨てると、気に病んだニコルさんの笑顔が曇ってしまうからね」
アイザックは「よく言えた、俺!」と満足していた。
こう言えば、きっとニコルはやる気を出してフレッドやジェイソンに向かってくれるはずである。
安心したせいで、優しい笑顔が自然と浮かぶ。
手ごたえを感じたので、ニコルの表情を窺う。
彼女はアイザックの顔を見て、頬を薄っすらと赤く染めていた。
(いやぁぁぁっっっ! やり過ぎたぁぁぁ! 笑顔が曇るのを心配したとかまで言わなきゃよかったぁぁぁ! なんであんな事を言ったんだよ、俺は……)
アイザックはミスに気付いた。
「なぜそこまで言ってしまったのか?」と後悔してしまう。
今はミスに気付けたが、話している最中は不思議なくらい「危険だ」と気付けなかった。
誤魔化すためとはいえ、度を過ぎて致命傷となってしまった。
(なんとか、なんとかしないと……。そうだ、ジェイソンになすりつけないと)
「それに、彼らはニコルさんにふさわしい相手じゃない。ニコルさんにはもっとふさわしい相手がいる。もっと高貴な男がね」
「高みって……、フレッドくんの事?」
「いや、もっと上だよ」
(ジェイソンだよ、ジェイソン! 気付け、馬鹿!)
アイザックは心の中で必死に願う。
その思いが通じたのかわからないが、なぜかニコルの表情が冷めたものに変わった。
「あぁ、うん。それは……、ないかなぁ……」
「えぇっ、ないの!」
「そこはわかってほしいかな」
「まぁ、いきなりこんな事を言われたら無理もないかも」
「……そうかもしれないね」
(いきなりジェイソンに行けって言っても、やっぱり無理なのか。段階を踏んで攻略していくタイプなのかな? まぁ、王子様を狙えって言われても無理だよな)
(なに、こいつ。ちょっとは良いところあるかもって思い直したら、すぐに『高貴な僕がいるよ』って言ってくるなんて。せめて、そこは男らしく『俺と結婚してくれ』って自分から告白するところじゃないの? ストーカー気質のナルシストとか、やっぱりアイザックってキモイわ)
「フレッドの上」と言えば、普通はアイザックを思いつく。
アイザックは「一番上」と思っていたが、ニコルは「一段上」という意味で受け取っていた。
二人とも曖昧な笑顔でフフフと笑い合う。
まるで本心を誤魔化すかのように。
「そういえば、この紙飛行機って折ったのと違うよね」
ニコルがペーパープレーンを見て、アイザックに尋ねてきた。
話を逸らそうという意図が丸わかりだが、それはそれで痛いところを突いてくる。
続けて誤魔化すしかない。
アイザックは、メモ用紙を折って紙飛行機を作る。
「従来の紙飛行機だと『人はどこに乗ればいいのか?』という問題に突き当たるんだ。上に椅子を置くわけにはいかないしね。だから、将来的に人を乗せられる形を僕なりに考えたんだよ。胴体をこういう形にする事で人を乗せやすくなって、着陸もやりやすくなるはずなんだ」
「……どうしてこの形にしようと思ったの? もしかして、どこかで見た事あるの?」
ニコルは訝しむような目でアイザックを見る。
その指摘はズバリ的中している。
だが「前世の記憶がある」などと言えば、一気に痛々しい奴扱いをされてしまう。
適当な理由を答えねばならなかった。
この時、アイザックの脳裏にブリジットとの思い出が浮かんだ。
「……トンボです。トンボを見て思いつきました。ただ、飛行機と虫とでは素材が違います。翼を二枚付けるにしても、トンボの羽根と同じ付け方では安定しませんでした。そこで、後方に鳥の尾羽を模して補助用の小さな翼を付けてみたのです。この考えは当たりでしたよ。ほら、こんなに真っ直ぐ飛ぶようになりました」
アイザックは実際に投げて見せる。
真っ直ぐスッと飛び、綺麗に着陸した。
「ねっ?」
「組み合わせたのかぁ。どこかで誰かに教えてもらったりしたのじゃないの? 本当に一人で思いついたの?」
ニコルは、なぜかまだ飛行機の発想について食らいついてくる。
これだけの発明なら仕方ないのかもしれない。
アイザックは、返答に困ってしまう。
「こう、天啓を得たかのように、ふとこうすればいいんじゃないかと思いついたんです」
そのため、苦し紛れの言い訳をしてしまった。
「天啓を得たかのように? ……それなら説明し辛いのも無理ないね」
ニコルは、うんうんとうなずく。
なぜこのような言い訳で彼女が納得したのかが、アイザックにはまったく理解できなかった。
下手をすれば「前世の記憶がある」と答えるよりも、頭がおかしい奴扱いされても不思議ではない言い訳だったからだ。
(ジュディスのような例があるからかな? 占いに比べれば、突然思いつくくらいおかしくないと思われるだけの土台が、この世界にあるから納得してくれたのかもしれない……か)
今は言い訳を考える時間がない。
あまり深く追及されても、アイザックが困るだけだ。
ニコルが不思議がらなくなったのなら、それはそれでいい事だと考えるしかなかった。
「ちょっと借りるね」
彼女はアイザックから鉛筆と紙を借り、横に長い二等辺三角形を描き始める。
そして、横から見たであろう図も描く。
それはまるで、ハンググライダーにしか見えなかった。
(こいつ……、どうしてハンググライダーを知っているんだ?)
今度はアイザックが疑問に思う番だった。
絵が完成した時、ニコルが何を言うのかを待つ。
「空を飛ぶだけなら、これでどう? 翼に持つところを付けたらいいだけだし、簡単にできそうじゃない?」
「上に椅子を取り付けるよりかはいいだろうけど……。なんで下にぶら下がろうと思ったんですか?」
アイザックの質問に、ニコルがうろたえる。
「えっと……。紙飛行機! 折って作るタイプの紙飛行機って下に持つところあるじゃない? だったら、下に付けてもいいんじゃないかと思ったの」
彼女の説明はそれっぽいが、慌てて答えているところが気になったので、さらに突っ込んだ質問をする。
「飛んだあと、ずっとぶら下がり続けるのは大変だよね? 落ちたら死んじゃうよ。それに着地する時はどうするんですか? 足から降りたら骨が折れるけど対策はある?」
(もし、この問いに答えられたら……。ニコルはただの主人公というわけではないのかもしれない)
さすがに主人公とはいえ、ハンググライダーまで思いつくのは異常である。
アイザックもハンググライダーを考えたが、どうしても安全に着地できる方法が思いつかなかった。
乗った事がないので、大雑把な形しか覚えていなかったからだ。
ネットで検索すればすぐにわかる事だが、思い出すのは難しい。
もし、彼女がその解決手段を知っているのだとすると、この世界の住人としてはあり得ない事だ。
――もしかするとニコルは……。
仮定の話ではあるが、考えれば考えるほどゾッとする話である。
その答えを、嫌でもアイザックは確認しなければならなかった。
ニコルの答えは――
「えっと……、気合で?」
――なんの解決にもならないものだった。
「気合じゃ無理でしょう。『死んでもいいから飛びたい人』なんて募集したら、気合が入っている人だって尻込みしますよ」
これにはアイザックも拍子抜けである。
(なんだ、ただの思いつきか)
アイザックは安心しつつも、どこか残念な感情を覚える。
「私だって空を飛んだ経験なんてないんだもん。そこはアイザックくんが華麗に解決手段を考えるところでしょう」
安全な登場方法や着地手段を思いつかなかったニコルは、アイザックに責任を押し付けようとする。
これにはアイザックも困った。
「解決手段って言われても……。車輪付きのソリのようなものでも付けるとか?」
「ほらぁ、やればできるじゃない。最初はそういう手段で飛んで、技術力を高めていったらいいでしょう。これで解決ね」
アイザックが言ったのに、なぜかニコルが胸を張る。
「まぁ、そうかもしれないけど……。最初は土嚢を載せて実験かな」
いきなり人間を乗せて事故が起きると取り返しがつかない。
人間の重量と同じ重さの土嚢でバランスや、着地時の衝撃をチェックしないといけないだろう。
しかし、それでも一歩進んだ事は確かだった。
「あっ、そうだ。これはアイザックくんが全部思いついたって事にしておいて」
「どうして? 簡単に空を飛べそうなものを思いついたっていうのは名誉な事だよ?」
「みんなを助けてくれたお礼として受け取って。これで貸し借りなしにしてくれると嬉しいな」
「……わかった。そういう事なら受け取りましょう」
(意外と律義なところがあるのかな? まぁ、ニコルをドワーフ達に会わせたりしないで済む分、楽でいいか)
ドワーフのキャラは原作に出てこなかったので、どういう動きをするのか予想できない。
不測の事態が起きる可能性は極力減らしておきたいところだった。
ニコルの申し出を断る理由などないので、アイザックは素直に受け入れた。
もし、彼女の目的が「お礼」ではなく「貸し借りなし」の方に重きを置かれているとわかっていれば、きっと違った反応をしただろう。
だが、わからないので、素直に受け取る事しかできなかった。
もし「ストーカー気質のナルシスト」などと思われているとわかっていれば、そのおかげで狙われていないとしても必死に否定しただろう。
「ゴメンズだって似たようなものじゃないか! 俺とあいつらがどう違うんだ」と。
アイザックと彼らの違いは明白だった。
ニコルにとって、よくわかる相手とよくわからない相手という大きな差があったのだ。
意外にも安定を望むニコルにとって、この差は埋められないほど深いものだった。
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